星の扉 25




もう日は暮れ始めていて、ミッションに取り掛かるのは恐らく明日になるだろう。
クラウドはニブルの村を避けて通り、魔晄炉の近くまで来ていた。
夕暮れの中建つ魔晄炉は、不気味なものに思える。
魔晄炉にあまりいい思い出はない。
丁度魔晄炉の入り口に人影が3つ見えて、彼らから隠れるようにクラウドは近くの木に隠れ気配を静める。

(この気配は…)

3つの人影のうち、ひとつは小柄だ。
そして、3つの気配ともクラウドの知っている気配。
木からちらりっと覗きこむように入口を見れば、予想通りの姿がある。
セフィロス、ザックスそして…ティファだ。
幼馴染の姿にクラウドはかなり焦る。

(何故、あの組み合わせでここにいるんだ?)

セフィロスとザックスは分かる。
だが、何故その2人についているのがティファなのだろう。
そう思いながらも、クラウドは久しぶりに見る幼馴染の元気そうな姿にほっとする。

(少し近づいてみるか…)

気配を消して、物音をたてないように入口の方へと近づく。
クラウドがゆっくり進んでいるうちに、彼らは魔晄炉の中へと入っていく。
気配は完全に絶っている。
気づかれないだろうと彼らに視線を向けていたのが悪かったのか、突然ぱっとセフィロスが後ろを振り返る。

「…っ!!」

すぐに木の陰に身を隠したクラウド。

「おーい、旦那!何やってんの?置いてくよー!」

随分と遠くから聞こえるザックスの声。
つまりセフィロスはわざわざ立ち止まって振り向いたという事であり、クラウドに気づいていたかもしれないという事だ。

(どういう感覚してるんだ…)

ザックスは気付かなかったという事は、気配は完全に消せていたはずだし、クラウドもそうだと言える自信もある。
自分に向けられる視線があった事に気付いたのか。
どちらにしても、このまま後をつけるのはやめた方が良さそうだ。

(魔晄炉の中でセフィロスが何も気づかなければいいが)

思わずこぼれる小さなため息。
ここで彼らが出てくるのを待つべきか少し迷うクラウド。

『マスター』

ほんのりとピアスになっているマテリアが熱を持ち、アーサーが頭の中に話しかけてくる。

『ここからもう少し離れた所ならば、大地を通して”厄災”の状態だけでも確認ができるかもしれません』

ここは魔晄炉の近く。
魔晄炉は星のエネルギーを吸い上げている為、この周辺での星の力は弱い。
だが、今の時期、少し離れた場所ならばまだ星の力が健在という事か。

(そうだな、ジェノバだけでも確認するべきだ)

クラウドは木の陰から魔晄炉の方をちらりっと見、セフィロス達がすでに中に入っている事を確認してその場を離れる。
この周辺は昔住んでいただけに少し詳しいつもりだ。
魔晄炉の見える、ここから少し離れた場所の候補を頭の中に挙げ、星の力がまだ健在だろう場所の検討をつけてその場所に向かうのだった。





クラウドはニブルヘルムから少し離れた小さな丘にいた。
丁度遠目でだが魔晄炉の位置もここからは確認できる。
そしてなによりも、ここにはまだ、星の力が満ち溢れている。

(さて)

クラウドはゆっくりと瞳を閉じ、集中する。
星との対話はそう難しいものではない。
だが、星の力を借りて何かを探るのは初めてなので、流石に緊張する。

『マスター、私が先導しましょう』
(ああ、頼む)

ふわりっと何かがクラウドの前へと立つのを感じた。
それは意識上の事で、実際の丘ではクラウド1人が立ったまま。
星に深く語りかけるためにクラウドが集中すると、ほんのりとだがクラウドの身体が薄緑色の光…ライフストリームの光に包まれる。

たどっていく先は、段々と星の力が弱まっていくのを感じる。
だが、完全になくなっているわけではなく、星の力の弱い中心に強大な星の力。
吸い上げられている魔晄…ライフストリームなのだろう。
魔晄炉からは、特にジェノバ特有の気配は感じない。

(まだ、目覚めていないのか?)

感じているだけなのではっきりとはわからないが、目覚めているかいないか微妙な所だと分からないかもしれない。
念の為もう少し深く探ってみるかと思ったその瞬間、どくんっと何かを感じた。

(…っ!!)

一瞬意識を駆け抜けた気配。
それはまぎれもなく覚えのあるもので、ほんの一瞬だったがクラウドはその気配が何なのか分かった。
かつて嫌というほど感じ、そして戦ったもの。

(目覚めて…いる?いや、だが、それなら、気配が一瞬だけというのは…)

そこまで考えて、クラウドは嫌な予感に思考を一度止める。
そのすぐ後、ぞくりっと強い嫌な気配をすぐ近くに感じた。
その瞬間からは殆ど無意識に行動するクラウド。
過酷な戦いを生き抜いてきた精神は、気配に敏感ですぐに身体がそれに反応する。
クラウドは一気に意識を引き戻し、殆ど反射的にソードを抜いて振り向き自分の背後にいるだろう”何か”に剣を突き付けた。
その”何か”が何なのかすら考えもせずに、静かな視線をクラウドは”相手”に向けた。

「っ?!!」

剣を向けた相手をしっかり認識して確認し、クラウドは驚きで大きく目を開く。
慌てて剣を下げて鞘へと戻す。
そこに立っていたのは、魔晄炉の中に入っていったはずのセフィロス。
銀色の長い髪は風に揺られ、セフィロスもクラウドに剣先を向けられて少し驚いているようだ。

「申し訳ありません!」

ばっと勢いよく頭を下げるクラウド。
上官にあたる人間に剣を向けるなどもってのほか。
良くて減俸、悪ければ神羅兵をクビになって追い出されるだろう。

「いや、気にするな」
「ですが…!」

ばっと顔を上げてクラウドは、再度謝罪の言葉を口にしようと思ったが、セフィロスの表情に思わず言葉が止まってしまう。

「急に近づいたオレも悪かった…からな」

その表情はどこか悲しそうだ。
クラウドは自分を殴りつけたい気持ちになる。
普段のセフィロス相手だったのならば問題なかったのかもしれない。
だが、今は明らかにタイミングが悪かった。
クラウドに剣先を向けられたセフィロスが一瞬浮かべた表情。
それはまるで絶望のようだった。

「サー、なにか俺に用が?」
「いや、いい。大した用じゃない」
「サー…?」
「あまり、遅くなるなよ」

ふっと浮かべたセフィロスの笑みには感情が全く感じられなかった。
何か話があったのかもしれないというのに、セフィロスはそのまま何も言わずに離れていく。
追いかけるべきか、だが追いかけてどうする。
クラウドはぎゅっと自分の拳を握りしめる。

(馬鹿だ、俺。優先すべきはジェノバの目覚めでもなく、セフィロスだっただろう?!)

セフィロスが自分の出自に疑問を抱いていた事を、クラウドは知っていた。
人か化け物か、セフィロスは自分が他とは違う存在である事に気づいている。
ティファと顔を合わせる事になっても、ザックスに不振がられても、魔晄炉に入っていく時に同行すべきだったのかもしれないのだ。

「くそっ…!」

鞘におさめた刃をクラウドは一気に引き抜き、力任せにその刃を一直線に振る。
光の刃が剣から放たれ、近くの木々をなぎ倒しながら彼方へと消えていく。
バキバキっと音を立てて折れていく木、ガサガサっと揺れる葉。
完全にやつあたりだ。

「はぁ…」

ため息をついた所で事態は好転しない。
それは分かっている。

『マスター』
「ああ、悪い」
『いえ、マスターの”彼”への反応は決して悪くはありません』
「アーサー?」

ゆっくりと剣を再度鞘におさめながら、クラウドは顔を僅かに顰める。
あの反応は悪くなかったと、セフィロスに剣先を向けた事が悪くない事だとアーサーは判断したのか。

『先ほどの彼は、少し前の彼よりも”厄災”の気配が濃くなっています』
「濃く?」
『今のスピードで”厄災”に浸食されれば、彼そのものが”厄災”となりうる可能性が高いです』
「っ!!」
『”厄災”の気配の濃い彼に対して、マスターがあのような反応をしてしまったのは仕方のない事。星はジェノバの気配に敏感です』

集中して星に深く意識を入りこませていたクラウドが、ジェノバの気配にいつも以上に敏感になってしまっていたのが、無意識に剣先を向けてしまった理由になる。
ジェノバは厄災、厄災は星にとって良くないもの。
その気配の濃くなっていたセフィロスを、クラウドは無意識に”嫌な気配”としてしまっていた。

「だが、俺はセフィロスをジェノバの息子にしたいわけじゃないんだ…」
『ですが、最終的に決めるのは彼の”心”です』
「分かってる」

力づくでどうにかなる問題ではない。
力でどうにかできるのは、暴走してしまったセフィロスを止める事くらいだ。
セフィロスを説得できなければ、同じ道をたどる可能性が高くなってしまう。

― セフィロスに兄弟でもいればよかったのにねぇ

ふと、ルーファウスの言葉が頭をよぎる。
海チョコボを使えば、ニブルヘルムからミッドガルまで行ききは可能だ。
エアリスを連れてくる事も可能だろう。
しかし、同時に頭によぎるのは、綺麗な刀身に貫かれた祈るエアリスの姿。

(まだ駄目だ!エアリスを会わせるのは…!)

まだ、エアリスとセフィロスを会わせるのは怖い。
エアリスも今度こそ護るとクラウドは決めたのだ。
姉のようで、母のようで、そして仲間であった大切な存在。
泣きそうになるほど優しくて、クラウドに彼らを救う機会をくれた存在だ。

(俺だけで、できる事をやるしかない)

知識があっても、強さが戻りつつあっても、自分の小さな手で救えるものなどほんのわずかなのかもしれない。
それでも、クラウドは諦めるわけにはいかない。

―幸せにしてあげて、幸せになって…

大切な少女が言ってくれた言葉を覚えているから。
まだ間に合うはずだと自分に言い聞かせて、クラウドは顔を上げたのだった。




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