星の扉 07





ばさばさっと紙をめくる音が響く。
必要なデータをパソコンに入力して処理する。
簡単な仕事に思えるが、量が量だ。
確かに内容は急がないものなのかもしれない。
それでも、やっておかなければ後々大変になることは分かっているだろうに。

「ザックス、手休めるな」
「んなこと言っても……」

ザックスがパソコンに向かう姿は酷く似合わない。
文句を言いながらもクラウドの指示に従って書類を片付けているザックスである。

「オレの方が上官なのに…」
「ここまで書類を放っておく、あんたが悪い」

まさに立場が逆転である。
別にザックスの下士官として有能さを示す必要などないのだが、ここまで酷いと放ってはおけない。
同じ兵舎に住む友人でもあるのだから。

そのまま書類と格闘すること数十分ほど。
前触れもなく、執務室の扉がしゅんっと音を立てて開く。
ここの執務室はソルジャー1stの使用があるためかセキュリティーは随分と高い。

ソルジャーには軍のようにある程度まとまっているらしい。
1stは1stで数人でひとつの執務室。
そのメンバーでミッションに行くことも多いらしい。
最もソルジャーが何人も出向くミッションなどそうそうないのだが…。
1stのソルジャーのこの執務室の一員であるザックスはそれなりに期待されているという証明になるかもしれない。


「あれ、ザックス。いたの…?」


入ってきたのは鳶色の長い髪の一見線の細そうな青年。
この部屋に平気で入室できる所と、瞳からソルジャーだと分かる。

「もしかして、そっちが、噂の哀れなザックスの下士官君?」
「哀れって何だよ!哀れって!」
「だって、実際哀れでしょ?ザックスの下士官なんて書類作成に追われるだけでいいことないのに」
「そればっかやらせるわけじゃねぇよ!」

だが、結局のところ、そればっかりやらせる羽目にはなりそうである。
ザックス本人が変わってくれない限り。
青年はにこにこっと笑みを浮かべながらクラウドの方へと近づいてくる。
クラウドは処理中だった手を止めて立ち上がって挨拶をしようとするが。

「あ、いいよ。仕事続けてくれて構わないから。中断なんかしたら終わるの遅くなるでしょ?」
「はい…、お気遣い有難うございます」

クラウドはこのソルジャーに見覚えはある。
だが、ソルジャーもそう少なくはない。
多くはないが全ての人の顔と名前を覚えられるほどに数は少なくないのである。

「僕は、ラクシュ・ファイミール、ソルジャーの1stだよ。君は?」
「クラウド・ストライフです。サー・ラクシュ」

穏やかなラクシュの雰囲気に、クラウドも僅かに笑みを浮かべることが出来た。
愛想の良い表情と言うのはクラウドは苦手だ。
人付き合いが下手とも言える。
どうやって接しればいいのかが分からない。
ニブルヘルムでは、まともに話し相手になってくれたのが幼馴染のティファくらいなものだったからだ。

「クラウド…、お前、オレに対してと偉く態度が違わないか?」

拗ねた様な口調のザックス。

「それは、ザックスの普段の態度の問題だと思うけどね」

ラクシュの言葉にクラウドも同意するように頷く。
ザックスは「ひでぇ…」と言いながらいじけ始める。

「クラウド君、ザックスの書類との格闘が終わったら僕の方の仕事も少し手伝ってもらえると助かるな」
「はい、でしたら手が空いたら声をかけますね」
「うん、頼むよ」

ソルジャーは一般兵にしてみれば上官に当たる。
そんな相手にザックスのようなぞんざいな口調で対応できるはずもない。
ザックスには気を許しているからとも言える。

「それじゃあ、今後はちゃんとした態度と口調で対応するけど?」
「是非、そうしてみてくれ!」

ザックスがそう言うので、クラウドはにっこりと笑みを浮かべる。

「サー・ザックス。こちらの書類を早めに処理お願いしますね。お疲れでしたらコーヒーでもお入れしましょうか?」

ことさら優しい口調で語りかけるクラウド。
もちろん浮かべている笑みは優しげなものだ。
表向きは、だが。
本当に微笑む笑みでなく、貼り付けたような、目は決して笑っていない笑みである。
クラウドの顔立ちは世間一般ではかなり良い方な為、笑っていない笑みを浮かべられると結構怖いものがある。
ザックスはぞわっと背筋が凍るような気分になった。

「………クラウド、前言撤回するわ。いつものままでいてくれ」
「嫌なら最初から言うなよな」

クラウドから笑みがすっと消える。
そのやりとりを見て、ラクシュがぷっと吹き出す。
そのまま肩を震わせてくくくっと笑いをこらえているのが見えた。

「そんなに可笑しいか?ラクシュ」
「…くく、…いや、可笑しいと言うか、見てて面白いだけだよ」
「それじゃあ、同じだっての」

ザックスは持っていた処理途中の書類を放り投げる。
それを見て、クラウドは仕方なくザックスの放り投げた書類を手に取り、作業を始める。
ザックスとラクシュはそのまま話を続ける。
同じソルジャーとは言え、1stと2ndの差はある。
本来ならザックスはラクシュに敬意を払わなければならないはず。
クラウドの上官に対するあるまじき口調や態度を受け入れるように、上に当たる人物に対して気軽に話しかけられる所はザックスのいいところなのかもしれない。
そんなザックスだからこそ、ニブルヘルムからでてきたばかりの人を避けていたクラウドとも根気よくつきあってこれたのだろう。



しばらくクラウドは書類整理での仕事が続く。
その間も一般兵としての訓練も欠かしてはいない。
ザックスはセフィロスと一緒にラクシュが同じミッションに行っていたと言ったが、クラウドはまだセフィロスを見ていない。
ザックスにそれとなく話をふってみれば…

「旦那?そーいやー見てねぇな…。ラクシュ、旦那は戻ってるんだろ?」
「どうかな?後始末をやってくれるって言っていたんで、僕は彼を置いて帰ってきたからね〜」
「…旦那に後始末を押し付けることが出来るのなんて、ラクシュくらいだぜ」
「かの英雄セフィロスを”旦那”なんて呼べるのは君くらいだよ。お互い様」

(どっちもどっちだ)

クラウドがそう言いたくなったのも仕方ないだろう。
やはりソルジャーというのは共通して一筋縄ではいかないような人が多いのかもしれない。

そんなこんなで、書類整理は一段落したため、ザックスから休めと言われて暇が出来たクラウドである。
ミッションが今度あるから、その前に休んでおけとのことだ。
確かに身体を十分に休めておくことは大切だろう。
それと、ミッションに参加することは貴重な経験になる。
2ヶ月間で、どれだけのミッションに同行できるかは分からないが。

強くなることは悪くない。
ザックスの下士官も悪くないし、その後ルーファウスの秘書になるのも悪くはない人生かもしれない。
最も、ルーファウスの秘書の件は、ルーファウスの気まぐれかもしれない為にいつ白紙に戻るか分からない話なのが難点だ。

「いつまでも、この状況じゃ駄目だ」

これから起こりうることを変えてみよう。
そう決めてはずだったのだ。
でも、今はなにも行動に起こせていない。
クラウドは街の中をふらつきながら考え事をしていた。


きゃぁぁぁ!!


突然聞こえた叫び声にはっとなる。
辺りを見回してみれば、のんびり街中を歩いていた人たちが同一方向へと逃げていく。


バンッバンッ!!


次に聞こえたのは銃声である。
叫び声と銃声。
それでクラウドは何が起きたのか判断した。
ただの強盗、もしくは小規模なテロだ。
神羅カンパニーは短期間で一国とも言えるほどの財力と組織力、そしてなによりも独自の軍隊すら持っている。
たかが一企業が、だ。
それそこ敵も多いだろう。
そして、治安も決して良いとは言い切れない所もある。
魔晄エネルギーを利用することに良くない顔をする人々もいるのは確かだ。
”アバランチ”のように…。

面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだと思い、クラウドも人の流れにのるようにその場から離れようとした。
だが…

「いやぁぁぁ!お願い!お願い!あの子を…!誰かあの子を!」

必死で泣き叫び周囲の人にすがり付いている女性が見えた。
クラウドは駆け出そうとした足が止まる。
自分は誰かを助けるために命をかけるような性格じゃない。
そう自覚しているし、そう思っている。
それでも、何故か放っておくことが出来なかった。
助けられるかもしれない命を見捨てることは、なによりも後悔するということを身にしみて判っているから…。

「子供?」

クラウドは泣き叫んでいる女性に近づき短く尋ねる。
女性は叫ぶ声を止め、クラウドを見る。
小さな少年にしか見えないクラウド、普通に考えればこんな少年に頼るなんておかしいかもしれないだろう。
けれどもその女性はそんなことを考えられもしないほど、助けを求めていた。

「お願いっ!大切な、大切な娘なの!人質に、されてっ!あの子、まだ、小さいのに…!」

すがるような声。
大切な者を失う悲しみは分かっているクラウドは迷いなく頷いた。

「必ず、助ける」

その女性の何よりの救いは、”娘”を無事に届けること。
クラウドは銃声がした方を睨む。
遠目に銃を乱射している男と、小さな5歳になるかならないかの泣き出している少女を抱えて銃を向けている男が見えた。

「強盗か…」

小さく呟きクラウドは駆け出した。
銃を乱射している男達の元へ。
時間さえ稼げればいずれ兵士なりが駆けつけてくる。
神羅カンパニーの兵はそこまで無能ではない。
今のクラウドは武器を持たない。
けれども多少の体術は出来る。


―武器がない時はね、不意打ちが一番だって!卑怯だって何だって最後に勝てばいいんだよ!


かつての仲間の声が頭によぎる。
それを思い出して、クラウドは僅かに笑みを浮かべた。
今からやることに対して、まるで余裕でもあるかのように…。




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