― 朧月 24




「諸君、タワー脱出おめでとう」

先ほどのトリックタワーでの試験官らしき男が4次試験の説明をしている。
塔の外に出た所に、丁度海が広がる。
少し離れた…と言っても距離としてはかなりあるだろうが…場所に小島が見える。
そこが4次試験会場になるようだ。

「これからクジを引いてもらう」

ガラガラっとクジの入った小さな箱らしきものをもう1人の男が持ってくる。

「このクジで決定するのは、狩る者と狩られる者」

クジの中には今残っている受験者26名のナンバーカードが入っている。
はちらっと周囲を見回す。
ナンバーを覚えておけば、ターゲットナンバーが分かった時に便利だ。
だが、26名分覚えられるほど、はそんなに記憶力がいいわけではない。

「それではタワーを脱出した順にクジを引いてもらおう」

タワー脱出第一位はヒソカだったため、ヒソカから順にクジを引いていく。
達もそう遅く脱出したわけではないので、クジの順番はすぐに回ってきた。
ごそごそっと選びながらクジをひくが、引いたものが引いた後で変わるわけではない。
手にとったクジの番号を、ゆっくりとは見る。
その間も試験官の説明は続く。

「っ!!」

引いたカードを見て、思わずは叫びそうになった。
だが、顔が引きつるのは止められない。

?」
「ど、どうしましょう、クロロさん…。ものすごい番号を引いてしまいました」

引いた番号はターゲット。
自分のナンバープレートが3点、ターゲットのナンバープレートも3点、その他のナンバープレートは1点、試験会場であるゼビル島の滞在期間に合計6点以上集め、終了までそれを維持することができれば合格である。
ゼビル島に移動する為に受験者は全員船に乗り込む。
その際、ナンバープレートを隠す者、堂々とつけている者、色々だ。


ゆっくり揺られる船の上。
とクロロは何故かゴンと一緒にいた。

「ゴン君、何番引きました?」
「見せっこする?」
「しましょう!」

ゴンがヒソカであるなら、仲間意識が芽生えそうだ。
せーのというゴンの声の合図でお互いの番号カードを見せ合う。
が思った通りゴンの持っていたカードの番号は44、ヒソカだ。
の見せたカードに書かれた番号は301。

「301?どんな人?」
「ものすごく不気味そうな人で、とてもじゃないですが相手にするなんて絶対に無理です」
「そんなことないよ。勝てばいいって勝負じゃないし、プレートをとれればいいってわけだから、やりようはあると思うよ。オレも頑張るから、も頑張って!」

が引いた番号の相手はギタラクル、つまりイルミだ。

「ヒソカとあの301番か。また2人とも運が悪いな」
「そういうクロロさんは何番の人ですか?」

クロロはぱっと自分の番号カードを見せる。
そこに書かれていた番号札は191である。

「191…って誰でしたっけ?」
「さあ?」
「オレも分からないや」

3人共に首を傾げる。
も受験者がナンバーを隠す前に見回していたものの、覚えていないという事は印象がそれほど強くない人なのかもしれない。
クロロのターゲットはともかくとして、の問題は自分のターゲットだ。
これでは3枚集めたほうが、絶対に楽である。

「よ!」

キルアひょっこり近づいてくる。

「何番引いた?」
「キルアじゃないよ」
「私もキルア君がターゲットじゃないですよ」
「オレもだ」

ピッとキルアは自分が引いたカードの裏を見せる。
キルアの番号は見えないが、見せようとする気なのか。
とゴンはみせっこしていた状態なので、カードの番号が丸見えである。
キルアは2人の番号をちらっと見て、自分のカードをひっくり返す。

「199?誰の番号?」
「さあ?全然分からねぇ」

ゴンの問いかけに、キルアは首を傾げた。
キルアもクロロもターゲットが分からず状態である。
それほど印象深い人物じゃないのは確実だろう。

「にしても…」

キルアはゴンを見る。

「クジ運悪いな〜」
「ははは」

ヒソカは受験者の中では確かに一番まともじゃないし、強い方だろう。
一番強いかといわれれば、イルミとクロロがいるのでそうだとは言い切れないが、受験者の中でその強さは郡を抜いている。

「ゴン君はあの人のプレート奪うのにチャレンジする気なんですね」
はしないの?」
「私は大人しく3点分集めます…」

絶対にそのほうが楽。
そう言いきれる。
確かにプレート奪うだけならできないことはないかもしれないけど、試験終了までが怖いし。

の強さなら、ヒソカとクロロ以外のターゲットなら楽勝じゃねぇの?」
「私はそんなに強くないですよ」
「だって301番って、オレの印象に全然残ってないくらいだから、大したことない相手だぜ、きっと」

キルアは軽くそう言うが、ギタラクルもといイルミが強いことは”知って”いるつもりだ。
キルアの印象に残っていないのは、イルミがそうしようと思っていなかったからか、わざわざ印象に残らないように行動しているからではないのだろうか。

「そろそろ船が着くようだぞ」
「う…、4次試験が始まっちゃうんですね」

は自分の引いたカードをもう一度じっと見る。
穴が開くほどじっと見ても表示された番号が変わるわけでもない。
301番が堂々と表示されている。

301番がイルミさんじゃないって可能性は……ないんだよね。

試合開始前に確認した時、確かに顔に針を刺した奇妙な男のナンバープレートは301番だった。
覚えてなくていいのに、こういう時ばかりは自分の目の付け所と記憶力を恨みたくなる。
キルアやクロロのターゲットは覚えていないのに、イルミの番号はバッチリ記憶されている。
は諦めるかのような大きなため息をつかずにはいられなかった。



3次試験通過の早い順から島に入っていく。
1人が上陸してから2分後に次の人、滞在期間は1週間。
1週間後に6点分のプレートを集めて船に戻ってくることができれば合格だ。
はクロロより後に島に入ったが、上陸してすぐの場所にクロロが待っていた。

「クロロさん」
「3点分集めるんだろ?」
「クロロさんのターゲットはいいんですか?」
のを集めている間に見つかるんじゃないか?この島もそう広いってわけでもなさそうだしな」

誰かと一緒に行動というのもありだろう。
歩きながらとクロロは話す。

「それより、私とクロロさんがターゲットになっている人をどうにかした方がいいですね」
「そいつから盗るほうが楽だな。隙を作っておくか」
「え…、もし、44番か301番のターゲットになっていたらどうするんですか?」

有り得ない話ではない。
何しろのターゲットがイルミだ。
ゴンとキルアのターゲットには特に変わりはなかったようだが、他は分からない。
とクロロが入ったことでどこかでズレているはずだ。

「それはそれで何とかなるだろ」
「そんな気楽なこと言わないでくださいよ…。私は絶対にあの人とは係わり合いになりたくないんですから!」
「そんなに嫌か?」
「嫌なんです!」

クロロは少し考えるように手を顎に置く。

にとってヒソカは特別か」

その言葉にぞわっとの腕に思わず鳥肌ができる。
確かに特別といえば特別かもしれないが、物凄く嫌な意味での特別だ。
だが、特別だという言葉を使って欲しくない。

「変なこと言わないで下さいよ、クロロさん!寒気がしたじゃないですか!」
「だが、がヒソカに対して過剰に反応しているのは確かだろ」
「あの人を一目見れば、過剰に反応したっておかしくないじゃないですか!変態オーラばしばしでてますしっ!」
「そうだな、否定はしないでおこう」

否定しないんだ…とは思ったりしたが、ここはあえて突っ込むのやめておく。

「オレはにとって特別?」
「い、一応特別ですよ」
「一応?世界でオレだけが大切なんだろ」

う…とは思わず言葉を止める。
ここでその話題を出してくるとは思わなかった。
じっとを見てくるクロロの視線から逃げるように、はクロロから目を逸らす。

「だけというかなんというか…。ミスティも大切な存在であることはあるんですけど」
「けど?」
「ミスティは人と同じような存在でも、やっぱりなんというか一心同体みたいな感じですし」

厳密には人ではないとは口にできない。
あれだけ1つの人格が確立されたミスティは人といって差し支えないだろうと思えるからだ。
念と称すると物扱いしているようになって、それはが嫌だ。

「だからクロロさんだけってわけで…も…」

クロロが右手をすっとの顔の高さまで上げて、静かにするようにという意味だと思っては言葉を止める。


「はい?」
「その言葉遣いとさん付け、そろそろやめよう」

クロロはすっと右手をの頬に添える。
少しだけ顔を上に持ち上げられ、クロロの顔がすっと近づく。

「く、クロロさん?」
「”さん”は必要ない」

さん付けをしていたのは、一応相手が年上であり最初はそれほど仲が良かったわけではないからだ。
それがそのまま続いていただけのこと。
確かに言葉遣いを改めても、呼び方を変えてもいいのだが、改めてそう言われるとものすごく照れる。

「く、ろろ?」
「そう、それでいい」

ものすごく嬉しそうな笑みを目の前で浮かべられてドキドキする。
その笑顔は絶対に反則だ!と思いながら、は目の端に何かキラリッと光ったものが見えた気がした。
普段ほけほけしているようなだが、流石に殺気を向けられればどんなにぼけぼけでも気づく。

パァン!

八方の音、そして同時に頭部に衝撃。

「いった…!」

衝撃があったのはの頭の左側、ちょうど左目のすぐ側だ。
クロロが足元に生えている草の細い葉を1枚むしりとって、それを弾が飛んできた方に投げる。
念を込めている様で、それは鋭い刃物と同様の効果を出す。
すぐにがっ…とうめき声が聞こえ、どさりっと倒れる音。


「大丈夫です…、あ、じゃなくて大丈夫」

”大丈夫です”と言ったところで、クロロがすっと目を向けてきたので慌てて言葉遣いを変えた。

「念でガードしたから怪我はしてないよ。ちょっと衝撃で頭がふらっとしたかな?くらいだから。撃ってきた人は?」
「首を刺したつもりだ。木の上から落ちたようだから、どこかしらには命中しただろ」

撃ってきた相手は木の上からを狙ったらしい。
その相手がをターゲットとしていた受験者なのだろう。
これでを狙う相手はいなくなったと考えられる。
だが、まだまだ残りの期間は長い。
4次試験はこれからだ。