― 朧月 23




結局はクラピカと少し話をして、すぐに寝入ってしまった。
眠くないと思っていたのだが、クロロの腕の中は物凄く睡眠欲をかきたてる。
5時間ほど寝て、あとはクロロと一緒に置いてある本について話し合ったり、また寝たりとのんびりすごしているうちに30時間は過ぎた。
ごごごっと鉄の扉が開く。

「残り時間は30時間という所か」

タイマーを見るクロロと、そのタイマーをひょっこり覗き込む
確かにタイマーには30時間強の時間が表示されている。

「半分切ってるし、急ごう!」

ゴンがにこっと笑顔で先を指す。
先に何が待っているか分からない状況では、やはり急いだ方がいいだろう。

でも、確かこの先はそんなに時間がかかるものはなかったはずなんだけど…。

たたっと走り出したのでもそれに続く。
タイマーをつけていないは、選択についてはクロロに任せた。
分かれ道があるたび話し合っていたのでは時間を喰うだけだ。
多数決が必要な場所に来るたびに、タイマーについている○と×のボタンをそれぞれが押して先に進む。


道の途中であった罠などの多数決で決めるものは多数あった。
左右どちらに行くかの簡単なものから、クイズもあり迷路もあり。
だが、特に大きな怪我もなく残り時間20時間を切ったところで再び鉄の扉が立ちふさがる。
勿論全員開くを選択し、扉は難なく開く。
ごごごっと開いた扉の先には『最後の分かれ道』と書かれた小さな電子掲示板がある。
その両側には、大きく○と書かれた扉と×と書かれた扉がある。

『道は2つ。5人で行けるが長く困難な道、3人しか行けないが短く簡単な道』

長く困難な道はどんなに早くても攻略に45時間かかるが、短く簡単な道はおよそ3分との説明がある。
この扉がある部屋の壁には色々な種類の武器が並べられ、そして壁に設置された2組の手錠がある。

『長く困難な道なら○を、短く簡単な道ならば×を押して下さい』

はじっと壁に設置されている2組の手錠を見る。
何の変哲もない手錠。
丈夫そうな金属を使ってあるだろうが、とクロロなら外せないことはないだろう。
×を選ぶならば、2人はここに繋がれたままになる。

、どっちを選ぶ?」
「そうですね、私はどっちでもいいんですけど、やっぱり×の方がいいでしょうね。私とクロロさんが残れば問題ないですし」

残り時間は20時間弱という所だ。
長く困難な道がどんなものなのかは分からないが、早くても45時間かかるということは、ものすごく面倒な道なのだろう。

「確かにそうだな」

ジャラっと手錠をいじるクロロ。
凝で見ればほんの少し念が込められているようだが、とクロロなら問題ないだろう。
短く簡単な道が3分ならば、3分経った後に手錠を壊して短く簡単な道に入ればいいだけだ。

「それは駄目だよ!ここまで一緒に来たんだから、とクロロを残すのはオレは嫌だ!」

叫んだのはゴン。

「私も2人を残すのには賛同できない。借りをつくるのは遠慮したいのでな」
「んじゃ、どーすんだよ。残りは45時間もないぜ?この壁に並べられた武器をとって戦う?」

クラピカはゴンの意見に賛成するが、キルアが言うように確かにそれではどうする?という事になってしまう。
武器をとって戦う事が果たしていいことだろうか。
クロロとクラピカはただでさえピリピリした関係なのに、さらに争う必要性が出てくるとどうなるか分からない。

「オレに考えがある。だから○を選ぼう」

一斉にゴンの方に視線が集まる。

「この方法なら、全員でゴールできるはずだよ」

ゴンの目は嘘をついているような目ではない。
これまでのゴンの言動から、人を騙そうと考える子ではないことは皆分かっている。
クラピカがレオリオを見て、レオリオは頷く。
キルアははぁ〜と仕方なさそうに大きなため息をついた。
クロロは苦笑しながらゴンを見る。

「どんな方法か説明してから選択しても遅くはないだろう。時間は20時間ほど残っているんだ」
「うん、説明するよ」

確かにゴンの案を聞いてから決めても遅くはない。

「○の道と×の道は隣り合ってるよね。だから、○の方を押しても入り口のすぐ側の壁の向こう側は×の道があると思うんだ」
「そうか、壁を壊せばいいのか!」

ゴンの言葉にキルアはゴンの考えが分かったようだ。
クラピカもレオリオもなるほどと頷いている。

「問題は壁がどれだけ厚いかなんだけど」
「扉が離れている距離分の厚さだろうな。だが、この程度ならばそう時間も掛からないだろ」

クロロの言葉には頷く。
多少厚い壁なら時間をかければ問題ないだろう。
どうやら全員ゴンの意見に賛成のようだ。
タイマーを皆そろって○を選択する。
小さい電子掲示板に○5と表示され、○の扉がごごごっと開く。

「壁に武器はたくさんあるしそれを使って壁を壊せば…、ってクロロ、武器は?」
「いや、必要ない」

武器を持たずに扉をくぐるクロロ。
扉をくぐったすぐ側の壁にぴたりっと手を当てる。
武器を取るように言ったゴンだったが、クロロの行動に首をかしげながらもそれを見守る。
クロロは壁から手を離し、拳を静かに構える。
何をしようとしているのか分かったのはだけだろう。

「クロロさん、手加減して下さいね!塔を半壊なんて洒落になりませんよ」
「分かってるさ」

クロロが硬を使おうとしているのが分かった。
拳に念を集中させ、この壁を壊そうというのだろう。
だが、念の力を加減しなければ、この塔そのものが壊れてしまう可能性すらある。
すぅっとクロロが念をこめたとたん、何故かキルアがばっと後ろに後退した。
何かを感じたのだろう。
ゴンやクラピカ、レオリオもキルアほどではないにしろ何かを感じたようで反応する。

ごっ!!

衝撃音と共に壁の崩れる音がする。
かなり厚い石の壁だろうが、それが粉々に砕け、天井の方までぴしりっとヒビが入った。

「すごい!」

ゴンは純粋に感動したようで、目をキラキラさせている。

「大したことはない。コツさえ覚えれば誰にでもできるさ。もできるだろ?」
「え、まぁ、できないことはないですけどね…」

コツというより念を覚えれば、の話なんでしょうけど。
でも、念の話とかってやっぱりしちゃ駄目なんだよね。

ハンター試験の受験者の殆どは念の存在すら知らない。
こんなにもたくさんの受験者がいるというのに、念を使えるのは受験者の中ではを含めてたったの4人。

「今の…何だよ」

キルアが警戒するかのようにクロロを見る。
クロロはうっすらと笑みを浮かべる。

「悪いが、それを答えてはいけないことになっている。ハンター試験の規約でね」

きょとんっとしたのはだ。
そんなことは一言も聞いていない。
最も、ハンター試験の手続きをしたのも申し込みをしたのも自身ではないから知らないのは無理もないかもしれない。


「へ?」

にこっとクロロに笑みを向けられて、ぐいっと腕を引っ張られる。
そのまま腰を抱き寄せられて、壁にあいた穴をクロロはひょいっと越える。
超えた先は急な坂道になっていた。

「わ、ちょ…、クロロさん!」
「すべり台みたいなものか。このまま滑っていけばいいんだな」

ざざざっと滑りながら下っていく。
床は滑らかなもので、滑っていっても服が傷つくことはないだろう。

「クロロさん、ハンター試験の規約って…?」

ゴールまでおよそ3分。
3分のすべり台は意外と長いものだ。
は先ほど疑問に思ったことを聞いてみる。

「念を使えぬ者に、念の存在を教えないこと」

耳の横で聞こえる風の音で聞こえないと思ったのか、クロロはの耳元に口を近づけてそう言った。
耳元に聞こえてきた言葉に思わずどきりっとしてしまうが、内容を把握するとなるほどと思う。

「ハンター試験に合格すると裏試験というものがあるらしくてな、それに合格するとハンターとして認められる。その裏試験が念の取得だ」

そう言えばそんなものもあったような気がする、とは思い出す。
この試験についても、この先についての流れもおぼろげだが知っている。
ハンター試験に裏試験があったにはあった。
自分が念を取得しているのですっかり忘れいていた。
原作でもハンター試験の最中に、ヒソカとイルミは決して念について話そうとはしていなかったはずだ。

「でも、私知らなかったですけど」
は自分の実力を隠す節が見られるからな。念を説明する機会ができるはずないだろうと思ってた。実際、ハンター試験なんて大したことないものだしな」
「…そう思えるのは、クロロさんが強いからですよ」

確か次の試験って、狩る者と狩られる者だったよね。
できたら、できたら、念能力者以外がターゲットだと嬉しい!
私とクロロさんがいることで、ターゲットが変わる可能性あるからね。
あの人は絶対に嫌だ!
あの人がターゲットなのはゴン君で変わらないままでいて欲しい!


「ひゃっ…、な、なんですか?」

耳に息がかかるほど近くで名前を囁かれ、思わずびくりっとなる。
クロロの顔は見えない、見えるのは黒い髪だけだ。
もうすぐゴールかな、とが思っていると耳に何か生暖かい感触がした。
ぺろりっと舐められたような音が聞こえて、耳を軽く噛まれたのだと自覚する。

「考え事はオレがいないところでしろ」
「っ?!」

ばっとクロロから顔を離し噛まれて舐められた耳を手で押さえる。
の顔は真っ赤だ。

「そ…」

出口がすぐそこなのか、明かりが見えてきた。
タイマーが示す残り時間はあと19時間強という所だ。
時間はかなり余裕がある。

「それでも、そういうことを突然しないでくださいー!」

悲鳴のようなの声が響いたのは、ゴールについてからだった。
先についていた受験者達が何事かと2人を見るが、はそんな視線は気にらなかった。
顔を真っ赤にしてクロロを睨むように見るだけ。
ちなみに、そういう事が意外と逆効果であることは、結構本人だけが気づかないものである。