ヴァールの翼 09





ヴァールがいるだろう方を見る
まだエド達の姿は見えない。
先ほどの岩の衝突の土埃であたりの視界は悪いせいか、近づけないのだろう。

「エド達ならすぐ駆けつけて来るだろうけど…」

くすっと笑みをこぼしてはぱんっと両手を合わせる。
まずはこの土埃が邪魔だ。
ばっと両手を広げる。
するとばちばちっと練成反応の光ともに風が吹き上げる。
竜巻のように風は、土埃を巻き上げていく。
は風を広げて一部分だけ土埃を取り払った。
土埃の中風を起こせば普通は悪化するだけなのだが、それは風の使いようである。
但し、一部以外の土埃の巻き上がりようは悪化したが。

すっと視線を前に向ければ、たたずむ一人の少女ヴァール。
何を考えているのか分らない少女。

「無駄に力を使わないでよ」

ヴァールはの行動に不満のようだ。
顔を顰めている。

「そんなのは私の勝手よ。大体どうして私が襲われなきゃならないのよ」
「だって、貴方は『翼の錬金術師』でしょう?私の翼を作る為にお父様とお母様に生み出された錬金術師」

今度はが顔を顰めた。
少女の頭の中ではそういうことになっているのか、それとも誰かがそういうように教え込んだのか。

「私はヴァールの女神よ。全ての人間を見て、審判し制裁するためにいるの。翼がなければ上から見下ろすことができないわ」
「審判?制裁?なんのことよ?」
「私は女神よ、愚かな人間達を観察し、そして自らの判断で制裁を下す為に存在するの」
「何を言って…」
「だから、貴方は私に、ただ翼を与えればいいのよ」

ぞくりっとするような笑みを浮かべるヴァール。
は愕然とする。

「何を…、何を考えて…!!」
「貴方の意思なんてどうでもいいの。さぁ、早く私に翼を与えなさい」

小さな小さな少女。
合成獣とされた少女は…、女神となった。
女神になったと思い込んだ少女、人よりも偉い存在だと思い、人を裁く。


―あいつらの本当の願いはそれを救うこと、だからな


「本当の望みは娘を救うこと?!!どこがよ!」


普通の少女ではなかったのか、どうして少女を合成獣にしたのか。
娘を救いたいと思うならば、どうしてこの少女は自分が女神だと思い込んでいるのだ。

「五月蝿いわ。どうして早くしてくれないの?『翼の錬金術師』」
「私は『翼の錬金術師』なんかじゃないわ」
「そんなはずはないわ。このわたしが間違えることなどないもの」
「それでも!!私は『翼の錬金術師』なんかじゃないけど…!」

これは等価交換。
は両手を合わせる。


ぱんっ!!


「それなりの代価を差し出したあの二人の為に…!貴方を止める!」


ばんっと、はしゃがみこんで地に両手をつける。
練成反応の光。
ぱきぱきっとヴァールを覆うように水晶のようなものが覆っていく。
氷なのか、水晶なのか、一見ではよく分らない。
ヴァールは驚いたような表情をして、そのまま水晶に覆われていく。

ぱきんっ

全てを水晶に覆われたヴァールをはじっと見る。
ふぅ…と軽い息を吐き、ひとまず安心。
これで終わりな訳ではない。

「やっぱり、あのどでかい練成陣を使うのが一番いいかな?」

エド曰く、「少女の負の感情を土地全てで浄化してその負のエネルギーを翼と成す」練成陣。
果たして、このヴァールの持つ破壊衝動は負の感情と言えるのだろうか?
は考える。
この町にある巨大な練成陣は不完全だ。
その練成陣を再構築するとしてもにはその構築式が分らない。
それでも…、1つだけ方法がないこともない。
真理を見たものは、それ自身が構築式となるようなものである。
つまり…。

ばきぃぃぃんっ!!

「っ…?!!」

考え事をしていたははっと顔を上げる。
ヴァールの方を見れば、水晶は完全に砕けていた。
僅かな足止めにしかならない。
ヴァールはすっと顔を上げ、闇色の瞳をに向ける。

「どうして、誰も彼も私の邪魔ばかりするのかしら。せっかくいい気分で眠っていたのに上からの振動で起こされるし、待っていた『翼の錬金術師』は私に逆らう」
「起こされたって?」
「ええ。私が眠っていた地下の上で誰かが覗いてみたら黒ずくめの少年と女だったようだけど?壊すようにこのあたりを破壊していたわ。なんて目障り」

ということは、このあたりで起きた小さな爆発とはあの二人がやったことになる。
何の為に爆発なんて起こしたのか?
それか、とりあえず爆破すれば始末できるだろうと考えての事だろうか。

「目障りなのは不要だわ」

ばちばちっ

ヴァールからの練成。
それは練成の光だけでなく、雷。
雷を練成したようだ。

「消えなさい」
っ?!!

(こんなのどうやって防げって…!)

は両腕で顔を覆い、目を瞑って衝撃に耐える覚悟をした。
雷を防ぐ方法など思い浮かばなかった。
ただ、来るだろう衝撃を覚悟するだけだ。


ばちばちばちぃっ!!


雷がその身に降りかかる、かと思えた。

(あ…れ?何も感じない?)

衝撃が来ないことを疑問に感じて、はそっと顔を上げる。
目の前を見てみれば、いつの間にか壁ができている。
が練成したわけではない。

!大丈夫か?!」

駆けつけてきたのは金髪の少年、エド。
同時にアルとロイも駆けつけてくる。

「エド?アルにロイさんも…」
「でっかい爆発音みたいなのが聞こえたから来てみたら、…間に合ってよかったぜ」

エドはほっとしたように息を吐く。
の目の前の壁はエドが練成したものなのだろう。


バキ、ベキベキ…


ほっとしたのもつかの間、エドが練成した壁がひび割れ崩れる。
ガラガラ…と崩れた壁の向こうにはヴァールの姿。
右手を前に突き出して不機嫌そうな表情である。

「なんなの。貴方達も私の邪魔でもする気?」

エドとロイがを庇うように前に立つ。
ヴァールは顔を顰める。
標的はだ、その邪魔をされるのが気に入らない。

「君がここで起きた爆破事件の犯人かね?」
「爆破?何を言ってるの?そんな小さなこと気にしないでほしいわ。それより私の翼を邪魔しないで」
「何を言っている?」
「貴方ごときに分ってもらわなくても構わないわ。どいて頂戴、邪魔よ」

巻き込んでいいのだろうか?
はエドとロイを見る。
アルはを支えるように横にいてくれる。

「エド、ロイさん」
「君は下がっていたまえ、どうやら話の通じる相手じゃなさそうだ」
「そうだぜ。は下がってろ、危ないからな」

アルがを手を軽く引き、数歩後ろに下がらせる。
エドはぱんっと手を合わせ、右腕の機会鎧をナイフ付のものへと練成させる。
ロイは右手に発火布の手袋をつけて構える。

「大佐も下がってれば?」
「何を言う?女性を守るのは私の役目だろう?」
「相手も”女性”だぜ?」
「私の好みではないな」
「うわ、ひでぇ言い方」

くすくすっと笑いながらもヴァールを見据えるエドとロイ。
なんだかんだと互いを信頼し合っているのが分る。

「大丈夫だよ、。兄さんと大佐が一緒なら怖いものなしだよ」
「でも…」

ヴァールの相手をするのはの役目であり、いまここにいる存在理由でもある。
二人だけに任せるわけにはいかない。
けれど、時間は欲しい。
二人の好意に甘えて時間稼ぎを頼む…といってもエドとロイは時間稼ぎのつもりではないのだろうが…つもりでいればいい。

はアルから見えないように両手を軽く合わせてから、しゃがんで地に両手を付ける。
不完全な古い練成陣。
構築式が分らなくても、感覚で理解できればそれを再現することは可能かもしれない。
不完全な練成陣と、自分という構築式を組み合わせて使う。
はこの町に描かれている練成陣を、感覚で理解しようとする。

妙な確信がある。
この練成陣を使うしかヴァールを止める方法がないってことが。


?どうしたの?」

地に手をついているを見てアルが不思議に思ったのか聞いてくる。
は曖昧な笑みを変えす。

理解は、…できた。
思ったほど、練成陣は崩れていなかったようだ。

(真理を見てなければできない芸当だね、これは)

はちらっとエドとロイの方を見る。
エドがヴァールに切りかかり、ロイが発火布で炎を起こして隙を作っている。
なかなかお目にかかれないコンビネーションだ。

ばちばちばちっ!!

ひときわ大きな雷がエドとロイを襲う。
まともに二人に襲い掛かり、二人は吹き飛ばされる。

「エド、ロイさん!!」
「兄さん!大佐!」

アルがエドに駆け寄るのを見て、はロイのほうに駆け寄ろうとした。
だが、その目の前にヴァールが立ちふさがる。
にやりとした笑みを浮かべて…。

「私の言う事をきかないなら、必要ないわ」

ばちばちっ

っ?!!

は身構える。
だが、身構えたからといって何ができるわけでもない。
ぎっとヴァールを睨むだけ。
ヴァールが手に雷を手にまといそれを振り上げようとした瞬間


ごぉっ!!


ヴァールの背後から炎が襲う。

「きゃぁぁぁぁ!!」

(炎?!ロイさん?!)

「君の相手は私のはずだが?」

不適に笑うロイ。
ヴァールはぎっとロイを睨みつけた。
に振り上げようとした雷をロイへと向ける。
ばちばちっと雷はロイを襲おうとするが、ロイはそれを横に飛んで避ける。
ヴァールがロイへの攻撃をした隙を見て、体勢を立て直したエドが襲い掛かった。

「もう…!邪魔よ!!!」


ばちばちばちっ!!


雷とは別の光。

「練成反応か?!」

エドがいち早くその光に気付く。
練成の光は、エドとロイのいた場所に広がり…が立っている場所まで光は続く。

ぴしっ…

亀裂の音。
その音が引き金となり、エドとロイの足場が崩れる。
何かにつかまろうとしても、その場一部でなく大部分が崩れる。
この下に地下があるからなのか、足元は脆くそして薄い。
崩れ落ちる大地はのところまで及び…

!!」

大きな手に腕を掴まれたと思った。
呼ばれた声はすこし高い声。
それを自覚した瞬間放り投げられて、最後に目に映ったのは……崩れ落ちる大地に飲み込まれるアルだった。

「アル!!」

おそらくアルが崩れる大地からを放り投げたのだろう。
自分が身代わりとなって落ちる代わりに…。
は崩れ落ちて大きな穴となった場所を覗く。
地下がさほど深くなければ、無事かもしれない。

「やっと、邪魔者がいなくなったわね。どう?わたしに翼をくれる気になった?それとも…」

はヴァールをぎっと睨んだ。
ヴァールが帯びている雷はばちばちっと音を立てて、研究所を崩していく。
このままでは、人が住む町のほうまで被害が出るかもしれない。

「どうなの?『翼の錬金術師』?」

迷っている場合じゃない。
は意を決して両手を合わせた。

(戦う、エド達に頼らずに…。そう、これは私の等価交換。私の戦いだから)