ヴァールの翼 10





はだっと走り出した。
場所は分かる。
そう、3つめの練成陣の場所へと。
恐らくその練成陣のある場所が、発動条件。

「逃げるの?…無駄よ」

走って逃げるように見えるのだろう。
を逃がさないようにヴァールは攻撃を加えていく。
無言で走る

(息が切れそう…。でも!!でも、ここで諦めたら駄目だ!)

走り続ける。
こんな時、もっと普段から体力を付けておけばよかったと思う。


ばちばちっ!!


雷がのすぐ側を襲う。
衝撃でバランスを崩すが、膝をつくだけにとどまる。
立ち上がろうとしたの目の前に、進行を阻むようにヴァールが立ちふさがる。
そのヴァールの向こうにはすでに練成陣が見える。

(あと…、一歩)

「逃げられるわけないでしょう?さぁ、どうするの?私に翼を授けるか、それとも消えるかよ」

くすくすっと笑うヴァール。

「望み通り、翼を上げるわよ。ヴァール」
「そう、最初からそうやって素直に…」
「古の練成陣を使ってね!!」


ぱんっ!!


ばんっとは大地に手をつける。
その瞬間、大地が淡い光を帯びる。
そう、この町全体を覆うように。

「な、何?何なの…?」

大きな光にヴァールは戸惑う。
3つの練成陣が発動する。
欠けた構築式を自身が補うことによって。

「いや、嫌よ!この光は嫌よ!何をしたの?!!」

不安そうな表情を浮かべるヴァール。
それはどこか泣きそうにも見える。
は間を置かずに手を合わせ、風を練成する。

ごう!!

強い風が吹きぬく。
風は意思があるようにヴァールを絡めとり…

「嫌!何なの?!」

風はヴァールの後方にあった3つ目の練成陣へとヴァール自身を運ぶ。
放り出されるように置かれたヴァールの位置は練成陣の中央。
ヴァールが練成陣に触れた瞬間、練成反応の光が強くなる。
3つの練成陣が呼応するように輝く。

「くっ…!!」

は顔を顰める。
あまりに大きな練成陣の発動。
それの欠けた構築式の部分を自身で補う。
流石に真理を見た身とはいえ、それは自身の身に負担がかかる。
圧迫感。
それでも、これは止めるわけには行かない。

止める!彼女をなんとしても!だって…本当の望みはヴァールを救うことだから!!)

ばちばちっと練成の光がどこまでも広がる。
光はヴァールを包み込み、覆っていく。
はその光景をじっと見ていた。
ヴァールの悲鳴が聞こえてくる。
その悲鳴には顔を痛々しく顔を歪めながらもとめようとは思わなかった。
大地についた手は少し震えている。

(お願い!もう、これで終わりにして!!)

この方法は、ヴァールを浄化する…という構成になっている。
それはヴァールの命を奪うと同意義ではないのだろうか?
それでも、はそれを止められなかった。

(これは本当はしてはいけないことかもしれない。だけど、私は、これ以上貴女を暴れさせて被害を出すのは嫌だから!)

金色の光はヴァールをすべて覆いつくす。


きぃぃぃぃぃん………ぱきぃんっ!!


割れたような音とともに光は霧散した。
衝撃がくる。
は思わず目を閉じた。


ごぅんっ!!


衝撃と共に強い風。
その風は一瞬のこと。
はすぐに瞳を開いてヴァールがいた場所を見る。

だが、そこには…、誰もいなかった。



「駄目…、だった?」

は何かを探すように周りをきょろきょろと見回す。
ヴァールを追い込んだ練成陣まで近づきながら。
練成陣は、あまりに大きな練成をした為か、まだ少し練成反応の光を帯びている。

!!

は自分を呼ぶ声にゆっくり後ろを振り返る。
心配そうな表情でこちらに向かってくるエドの姿。
服はボロボロで、顔のあちこちにも傷がある。

「エド…」

エドの無事な姿にほっとした。
それでも気持ちはどこか沈んだまま。

「大丈夫か?。怪我は?」
「あ、うん。平気」
「本当か?!それで、あの子はどうした?」

びくっとはその言葉に反応する。
エドが言っているのはヴァールのことだと分った。
けれど、ヴァールの姿は見えない。
エドはが立っている練成陣が光を帯びていることに気付く。

、その練成陣!」
「…うん」

は泣きそうな笑みを浮かべた。
エドはのを覗き込むように見る。

「何があったんだ?」
「っ!!」

はぎゅっと拳を握り締める。

(できると思っていた、救えると思っていた。けれど、この練成陣でヴァールを元の普通の少女に戻すことはできなかった。私は……)

「…ヴァールを、救えなかったよ」
?」

エドは軽くため息をつき、の頭を自分の肩に押し付けた。
は一瞬驚きはしたが、そのままエドにもたれかかる。
エドとの身長はそう変わらないから、不自然な格好じゃないかもしれない。

「よくわかんねぇけど」

エドは小さな子をあやすように、の頭を軽く撫でる。
こういう慰めはエドは苦手だ。
だが、幼い頃母がこうしてくれたのを思い出して、に同じようにしてみる。

「昔話ではな、翼を得た女神ヴァールはその地を守る為に、その地と同化する為に…、自らを翼として大地にとけ込んだそうだぜ?」
「エド?」

は顔を上げてエドを見る。


…はらり


白い何かが空から降ってくる。
空は真っ青な晴天。
雪が降るような陽気ではない。

「ヴァールの翼の羽が大地に降り注ぎ」


はらり…はらり…


「降り注いだ翼がその大地の守護となり、女神は大地にとけ込んだってな」

降り注ぐのは真っ白な純白の無数の羽。
それは大地を守るように降り注ぎ、一種幻想的な光景となっている。
とエドの周りにも次々と羽がふわりっと降りてくる。
そう、これはヴァールの翼。

「女神は自らの翼を降り注いで自らとし、この地を見守ることになったんじゃねぇの?」

翼を得た女神ヴァールは、自らを翼として、大地に降り注ぎ、大地にとけ込んだ。
翼は女神がその大地を守護する証。
エドの言葉にの瞳から涙がこぼれる。

「ちょ、?何で泣くんだよ?!」

慌てるエドには涙をぬぐいながら首を横に振る。
涙がでたのは悲しいからじゃない。
嬉しかったからだ。

「ありがと。…ありがとう、エド」

エドはなにも事情を知らないはずである。
何があったのかもその場にいなかったのだから知らないはずだ。
それでも、を慰めるように聞こえたエドのその言葉が嬉しかった。