ヴァールの翼 08




は研究所跡をふらふら歩いていた。
やっとロイの都合がつき、エド達と例の練成陣を見に来たはいいが、エドとロイとアルでなにやら難しい話をし始めたので抜けた来たのだ。

ロイさんにここをこっそり調査させるよう命じた大総統の意図は。

「ここは、合成獣研究でもきっと『あの人たち』とは違う組織だったんだろうね」

だから、潰されたのではないのだろうか?
『あの人たち』とはハガレンに出てくる、ウロボロスの刺青をした人たちの事。
彼らが関係していたとすれば、そう簡単に軍に見つかって潰されるはずはない。
何しろ、彼らの手は軍の内部にも及んでいるようだから。
建物の壁際を歩きながらはそう考えていた。

からん…

崩れかけた建物、そこから小さな小石が落ちてくる。
建物自体が脆くなっているからなのか、小石ひとつ落ちてきてもは特に気にしなかった。
だが、そのままゆっくり歩いていると自分の上から影が射す。
ふと見上げてみれば。

……

地上から丁度2メートルくらい上が窓になっているのか、そこに座るようにしている人物がにこっと手を上げて微笑んでいる。
黒い髪にバンダナ、やけに露出度の高い服の少年。

(…なんか、この独特の格好の人って、嫌な予感がするんだけど)

はとりあえず引きつった笑みを浮かべながら手を振り替えしたりしてみる。
すると、その少年はひょいっと窓から飛び降り絵なの目の前にすとんっと着地する。

「こんなところに何の用?」
「あ、いえ、ただの散歩です」
「ふぅ〜ん」

少年はじろじろとを見てくる。
そうじろじろ見られるのは気分は良くない。
は少し顔を顰める。

「あの…、貴方の方こそこんなところで何を?」

(こんな廃墟と化した場所に何の用があるのかな?)

「ここにはもう何もありませんよ、きっと。だって研究所があったのは2年前のことらしいですから」
「そうだねぇ、確かに研究所があったのは2年前だろうけど、ここに用があるんだからしょうがない」

苦笑する少年。
建物を見上げるその目には何か目的があるように見える。
も同様に建物を見上げる。

「やっぱり、女神はそう簡単に見つからない、か」


(え……?)


肩を竦めた少年をは驚いたように見る。
女神、…この場で探している女神とはヴァールの女神の事か?
昔話の女神?それとも?

「もしかして、この町の昔話に出てくる女神でも探しているんですか?」

そうではないだろうと思いつつもは聞く。
少年は意味ありげな笑みを浮かべる。
服装を除けば変なところは見られない。
最も、その服装が問題なのだ。

「あら?何やってるのよ、エンヴィー。サボってナンパ?」

が歩いてきた方向とは別の方向から女性の姿。
こちらの女性も少年と同様露出度が少々高い黒服。
しかし、綺麗な女性である。

(…やっぱり、エンヴィーなんだ)

この独特な服装はそうではないかと思っていたが、なんとかは動揺を隠す。
となると、こっちの綺麗なお姉さんはやはりラストなのだろうか?とも思う。
どちらにしろ、係わり合いになりたくない人物達である。

「そんなんじゃねぇっての」
「探し物は?」
「全然駄目。ホントにあんの?」
「らしいわよ。あると言われた以上私達はソレを始末するだけ」

ため息をつく少年、エンヴィー。
は、そろそろっと後ずさりをする。
この場でこんな話を聞けば巻き込まれかねない。
それに彼らの探し物と自分の探しモノが一緒かもしれないのだから。

「ああ〜、メンドウだね〜。…あれ?どこ行くの?」

ぎくりっと止まる
やっぱり逃げるのは無理か。
引きつった笑みを浮かべながら、エンヴィーとラストを見る。
ラストはため息をつく。

「その子のこと、気に入ったの?エンヴィー」
「それもあるけどね、何か知ってるみたいなんだよね?」
「へぇ?興味深いわね」

二人の視線がへと集まる。
は思いっきり顔を横に振る。
何も知らない!!とでも言うように。

「知らないなら、なんで『女神』の言葉に反応したの?」
「そ、それは!この町の昔話を聞いて!」
「ホントに何も知らない?」
「し、知りません!」
「そのドモりが怪しいんだよねぇ」

の顔を覗き込むように見るエンヴィー。
ここで下手に情報でも漏らせばどうなるか分らない。

「やめなさい、エンヴィー。余計な時間を使ってる暇なんてないわよ。これは予定外の仕事なんだから」
「それが分ってるからこそ、こうして楽しようとしてるんじゃない」
「アンタのはサボってるって言うのよ」

(に、逃げたい、切実に。エドやアル、ロイさんならともかくこの二人とは係わり合いになりたくない。なにしろハガレン主人公陣の敵方みたいだし…)

「あ、あの、私はそろそろ失礼していいですか?」

なんでこの場を去るのにこの二人の許可を得なければならないんだろうと思いつつもそう言ってみる。
の言葉にエンヴィーがにこっと笑みを見せる。

駄目

(何ゆえ?)

「暇そうじゃん、少し付き合ってよ」
「あの、でも、そちらは仕事のようですし!私がお邪魔する訳にもいかないですしっ!」
「全然邪魔じゃないからさ。もし、何かが襲い掛かって来ても置いて逃げるしさ」
「置いて逃げるって、酷っ!」

とりあえず突っ込み。
彼らしいというのか。。

「私は用事があるので、これで失礼します!」
「用事って何なの?」
「用事は用事です!」

ニヤニヤしながら聞いてくるエンヴィーには怒鳴るように返す。

(しつこい。どうして、こんなに関わろうとするんだろ?……もしかして、退屈しのぎの暇つぶし?)

「エンヴィー?いい加減にしたら?」
「と言われても、あるかないわかんないようなモノ探すより、こっちのが面白いし」
「面白いって何なん…、?!」


―みつけた……あたしの翼。


ぞくりっ


小さな少女の声が聞こえたと思ったら寒気がした。
頭の中に直接響いてきたような声。

「どうしたの?」

ひょいっとエンヴィーがの顔を覗いて来るが気にならなかった。
はゆっくりと建物の方を見る。
表情を驚きで固めたままで。


どんっ!!!


どでかい爆音がした。
同時に地震のような揺れ。
爆音というか建物の中から何か飛び出してきたような…。
土埃が舞うと同時に、ボロボロだった元研究所が崩れていく。
は空を見上げるように顔を上げた。
視線を感じたからだ。
そう、遠くから…。


―あたしの、翼の目印…見つけた


声が頭の中に響く。
ちらりっとエンヴィーとラストの方を見てみれば、彼らには聞こえていないようだ。
それにしても、彼らには動揺が微塵も見られない。


「翼の錬金術師…、みつけたよ」


すぃっとの目の前に下りてきたのは一人の少女。
真っ白いワンピースを身にまとい、黒く長い髪、そして同色の瞳。
ただ、瞳に見える色は残酷なまでの暗い闇。
目を細め浮かべている笑みはぞっとするようなもの。

「……ヴァールの、女神」

呆然と呟くに対して満足そうな笑みを浮かべる少女、ヴァール。
その姿は確かに女神のように綺麗で、美しいというよりも可愛らしい。
瞳に宿る残酷な色がなければ、の話だが。

「あら、ほんとにいたのね、噂の女神サマ」
「餓鬼は好みじゃないんだけど」
「誰もアンタの好みなんて聞いてないわよ」
「好みじゃないとやる気でないんだよねぇ。にしても、『翼の錬金術師』?やっぱり、鍵持ってたみたいだけど?彼女」
「そうね。たまにはアンタのナンパも役に立つってことね」
「”たまに”は余計」

ヴァールはエンヴィーとラストの方にちらっと視線を向ける。
余裕の表情でヴァールの視線を受け止める二人。

「探す手間が省けただろ」
「でも、女神サマの標的は私達じゃないようよ」

ヴァールはすぐに興味を失ったようにに視線を戻す。
は少し恐怖感を抱きながらもヴァールを見返す。
無邪気な笑みを浮かべているように見えるヴァールも、込められている感情は残酷なもの。

「ねぇ…、あたしの翼、頂戴」

ばちっ……ばちばちっ

ヴァールの周りから練成反応の光。
崩れかけている建物が分解され…、そしていくつかの大きな岩の塊となっていく。
岩の塊はヴァールの周りに浮く。

「早くくれないと、潰れちゃうよ」

くすくすっと少女が笑い


どごぉぉぉん!!


岩の塊がに向かって降りそそごうとする。
は足が凍りついたように動けないでいた。

(潰される!!)

そう思ったとたんに体がぐいっと引っ張られて浮遊感が襲う。
たすんっとどこかに着地したような音。
顔を上げてみれば自分がエンヴィーに荷物のように抱えられていることが分った。

「親切じゃない、エンヴィー」
「手助けは1回だけだけどね。あとは高みの見物といくよ」
「そうね、彼らもこの音を聞きつけてこっちに来るようだろうし」
「鋼のおチビさんもいることだし、片付けてくれるでしょ」

をすとんっと地面に置くエンヴィー。
はエンヴィーを見え上げると、にこっと笑みを返された。

「じゃあ、頑張ってね。『翼の錬金術師』サン?」

ひらひらっと手を振って去るエンヴィーとラスト。
この場から見えなくなっても恐らくどこかで様子を見ているのだろうが…。
はぎゅっと拳を握り締めて立ち上がった。