ヴァールの翼 07




本当ならば今日はロイと一緒に例の練成陣を見に行く約束だった。
しかし、この町もいろいろごたごたがあるらしく、しばらく無理そうとのこと。
特に急ぐ理由もないので構わないと、エドもも言った。
しかし暇である。

「あれ?」

ふと窓の外を見てみれば、エドとアルが出かけるようである。
どこにいくのだろうか?
に何も言わないということは、まだこの町にはいるだろうとは思うが。

「私も暇だし、どこかに行こうかな?」

2年前の爆破事件のことは町の図書館にでも行けば分かるらしい。
行動を起こすのにはもう少し情報が欲しい所。
は立ち上がり、とりあえず図書館に向かうことにした。

(エドが言っていたこの町に伝わる昔話。もう少し詳しく知りたいしね)



並ぶのは分厚い本ばかり。
はその中の一冊、分りやすそうな本を取り出す。
が、しかし。

「よ、読めない…」

言葉は通じるが本は読めない。
つまりは日本語で書かれているわけではないのである。
錬金術の本ならば、説明を読めずとも練成陣があれば理解はできる。
だが、普通の本を読むことはできない。
これはかなり不便だ。

(真理知ってても、文字の読み書きできないなんて…。不便だな〜。ほんと、アイツも融通が利かない)

は真理の扉の前であったソレを思い出す。
言葉が通じていた時点で安心して、まさか文字が読めないとは思ってもいなかった。

「えっと?英語、なのかな?これって…」

文字をたどっていけば、アルファベットで書かれている。

「…わんす、Once …upon a time, …Goddess Lain and God Van were?」

顔を顰めながらは読んでみたが、意味があまりよく分らない。
英語は不得意でもなく得意でもなかった、そこそこできたがそれは学校の勉強の中での話し。
実際の英会話ができるかと言われれば、できないとしかいえない。

「『God』は確か『神』でしょ?『Lain』と『Van』ってのは名前?…って、レインとヴァン?」

それは女神と神の名前であり、この町の奥深くに眠るヴァールの両親の名前でもある。
自らの命と引き換えにヴァールを止められる、真理を知るものを招いた。

「何やってるんだ?
へ?

真剣に本とにらめっこしていたの頭上から声。
顔を上げてみれば、エドがいつの間にか側にいた。
エドの手にもいくつかの本。

「あれ?エド?」

エドはひょいっとの持ってる本を覗き込む。
はエドが図書館にいたことに驚いたが、別段不思議なことではないと思いなおす。
探すものがある彼らにとって、知識が多いに越したことはないだろう。

「この町の昔話の本か。興味でもあるのか?」
「う〜ん、そんな感じ。でも、読めないんだよね」
「読めない?」

エドがの隣の席に腰掛ける。
手に持っていた本を机の上に置き、が睨んでいた本に目を通す。

「私、字読めないみたいなんだよ」
「はあ?」
「だから!文字読めないの」

エドは一瞬きょっとんっとする。
だが、次の瞬間顔を伏せて肩を震わせる。
恐らく笑っているのだろう。

「エドぉ〜」
「わ、わりぃ。まさか、字が読めないだなんて…」

ここが図書館でなければきっと大笑いされていたのではないかと思ってしまった。

「ところで、アルは一緒じゃないの?朝は一緒に出て行ったでしょ?」
「ああ、アルなら奥のほうで資料探し。本棚の高いところにある本はアルの担当」
「そっか。エドじゃ届かないもんねぇ〜」

にやにやとはエドを見る。

「誰がっ!!」
「エド、ここ図書館」
「っ!!」

は人差し指を口元にあてる。
さすがのエドも場所を考えたのか、ぴたりっと口を閉ざす。
が、頭を抱えてもだえている。
よほど背の高さが気になっているのだろう。

「そんなに気にすることないのに、だって私と変わらないじゃん」
「オレは嫌なんだよ」
「だったら牛乳飲めばいいじゃない」
「…牛乳は嫌いだ」

エドは顔を逸らして、ぽつりっと呟いた。
牛乳嫌いは知ってはいる。

「そんなんだから、大きくなれないんだよ」
「ほっとけ」

エドのどこかすねている様子にはくすくす笑う。
そうしていると普通の子供のようだ。
こんな小さな…小さいといえばまた怒るだろうが…体に大きなものを抱えているだなんて思いもしないくらい。
エドもアルも、には分らないほどの大変な思いをしてきただろう。

「見かけなんて問題じゃないよ。エドもアルも、私は凄いと思う」

まだ、親に甘えられる年齢だろうに、禁忌を犯した自分達の立場を理解している。
その上で、元の体に戻ろうとあがいている。

…?」
「私は二人の事情を詳しくは知らないし、聞かないよ。でもね、私がまだエド達の年齢の頃はそんなにしっかりしてなかった。それとも、その年齢でしっかりできるエド達が特別かな?」
「別にオレ達は特別なんかじゃねぇよ」

エドが顔を顰める。
分りやすい表情をするエドに思わす笑みがこぼれる。
そのあたりは、アルの表情変化がない分エドの感情表現が豊かなのだろうか、それとももともとの性格か。
しかし、後者の方が可能性は高そうだ。

「それでも、努力なしに今のエドとアルはないでしょう?」
「当ったり前だろ?」

エドはニヤリと笑う。
決して自分を過小評価をしない、そして過大評価もしない。
自分の実力を見極める。
それはすごいことだ。

(でも、やっぱり)

「エドって可愛いね〜」
「なっ!!」

体がちっさいからなのか、年下からなのか、アルの性格も可愛いがエドもこうみれば結構可愛いものだ。

がばっ

どわっ!!?!

は唐突にエドに抱きつく。
エドは小さいとはいえ、の中にすっぽりおさまるほどではない。
それでもと背丈が変わらない。

ぽんぽん

抱きつくというより抱きしめてエドの頭を撫でる。
も、自分でなんでこんなことをしているのか分らないが…なんとなくエドを抱きしめたくなった。
こうして抱きしめてみれば、小さな体のエドも体格はしっかりしている。
男の子なんだなぁ〜と思わせる。

「おい!離せよ!」
「いいじゃん、少しくらい」
「いきなり何なんだよ!!」
「何って…お礼?」
疑問系かよ!しかもどこがお礼だ!」

確かに。
これはお礼なんかじゃない。
けれど…は思う。
甘えてもいい年頃なのに、甘えることをしないエド達。

(私は、少しでいいから二人の甘えになれる存在でいられたらいいと思うよ)



あの練成陣を見れるまでの数日、はエドとアルと一緒に図書館に入り浸った。
とはいえ、は文字が読めなく、ただ暇つぶしで一緒にいるだけで、集中しているエドとアルの邪魔はなしないように。
だが、時にエドをよくからかいつつ楽しく数日を過ごしたのだった。

(この時間が、一時でなく…、続けばいいのにな。それでも、私にはやることがある。それを成すまではやっぱり、先の事は…、まだ、考えられない)