ヴァールの翼 06




夜の街を窓から眺める。
ぽつぽつとともる明かりは町を囲むようにある。

「夜見ると明かりが綺麗だね…」
「うん、そうですね…」

の言葉に答えたのはアルだった。
ここはエドとアルに与えられた部屋。
まだ寝る時間もないのではここに遊び…もといお話をしに来ていた。

「あ、そうそう!アルフォンス君!」
「はい、なんですか?さん」
「気になってたんだけどね、私の事は””って呼び捨ててでいいよ。その丁寧語も必要ないし」
「え?でも…」
「だって、エドワード君は私に丁寧語使ってないし、呼び捨てだし」
「それは兄さんだから」

苦笑するアル。
エドが誰かに丁寧語を使ったり、敬称を付けたりするのは考えられない。
敬称を付けるとしても軍としての地位。
ロイのことは大佐、リザのことはホークアイ中尉と呼ぶ。
特に敬意をはらっているようには見えない。

「それじゃ、僕のことも”アル”でいいよ、
「うん、分った。ありがとう、アル」

にこっと笑みをつくる
漫画を読んでいる時は、エドワードの事はエド、アルフォンスのことはアルと呼んでいた為か、”エドワード君””アルフォンス君”は呼びにくかったのだ。
後で、エドにも呼び名の許可をもらおうと考えているだった。


ばたんっ


部屋の扉が乱暴に開かれて、エドが何かを抱えて入ってくる。

「兄さん?それどうしたの?」
「ああ、ちょっとこの町の地図を借りたんだよ。いろいろ場所も確かめたいしな」
「何かあったとき地理を知っていた方がいいから?」
「ま、それもあるな」

エドは持ってきた大きな地図をテーブルの上にばっと広げる。
は窓の外を見るのをやめ、アルと一緒にその地図を覗き込む。
エドが地図のからみて右側をくるっと線で囲む。

「今現在、人が住んでいるのがこのあたりだけだそうだ。他の場所は殆ど廃墟、2年前の事件から人が減って結局この一角だけしか機能してない状態らしい」
「随分と狭いね。3分の1くらい?」
「だな。そして、ここが研究所のあった所だ」

エドが地図全体の真ん中あたりを指す。
ここに例の練成陣もあるらしい。

(あれ?)

地図を見て、はなにか引っかかった。
それを考えようと集中する。
町の地図、中央にある例の練成陣、そして何故か思い出したのは先ほどまで見ていた町の明かり。

「あ…」

思わず声をもらす
引っかかっていたことが何なのか分ったのだ。

「どうしたの??」
「あ、ううん。なんでもないよ、アル。ただ大きい町だったんだな〜って思っただけ」

はごまかすように笑みを浮かべた。

大きい町。
そう、町と呼ぶには敷地面積が大きすぎるほど…。
今の町を囲むようにあった町の明かり。
町全体を通してみれば、何か引っかかる。

(まるで、なにか…、ああ、そうか!この町全部が練成陣だ、しかも二つの。ううん、研究所があった場所にある練成陣もあわせれば三つ。町全てを覆う練成陣が1つ、もう1つは今の町を囲むように少し小さな練成陣、そして最後に研究所があった場所にあるという練成陣。これって何か関係が…)

道路と小さな通路、そして下水道など全てを組み合わせてできる巨大な練成陣。
2〜3箇所ほど、途切れている部分が見られるのでこの練成陣が機能することはないだろうが。

(でも、これが何を意味するのか理解ができない。まるで何かに隠されているように思える)

ちらっとエドを見れば特に気付いた様子は見られない。
それはそうだろう、まさかこの町全体が練成陣になっているなど誰が思うだろうか?
あからさまな堀などでもあれば別だろうが、そんなものはなく、ごくごく自然の道などを使って創り上げられている。

…?」

アルの心配そうな声が聞こえてはっとなる
ぱちぱちっと目をしばたかせてみれば、エドもを見ている。
思考の渦に入り込んでしまったのが不味かったのだろうか?

「心配事か?別にここで何の手がかりがなくても、お前を見捨てるような人でなしになるつもりはないぜ、オレは」

(ああ、なるほど。エドとアルは、私が何もわからないことに不安を抱いているんじゃないかと思ったわけね。やっぱり、嘘をついているのは辛いな〜)

「ありがとう、エドワード君。大丈夫だよ」

とでも言っておこう。
の言葉にエドは少し顔を顰めた。

「”エド”でいい」
へ?
「だから、”エドワード君”じゃなくて、”エド”でいいって言ったんだよ!」
「え…あ、うん。ありがとう、エド」

こっちからお願いするつもりが、エドの方から許可を頂いてしまった。
恥ずかしそうにそっぽ向いているエドが可愛い。
はくすくす笑ってしまう。

「そう言えば、この町に神話みたいな昔話があるそうだぜ?」

エドがふと思いついたとばかりに話し出す。

(昔話?)

「翼のない女神の話」
「なにそれ?」

はエドに聞く。
なんとなくその内容が気になった。

「なんでも、この町はその女神に守られているから、だから今この町にいる人たちはその女神の守りを信じてこの町にい続けるんだと」
「なんか、宗教的ね」
「でも、2年前にあんなことがあったから女神を信じたい気持ちも分るよ、僕は」

神様を信じたい気持ち。
それは神様でないと解決できないようなことが起こった時。
昔話にはこうあるらしい。

二人の神の夫婦から生まれた羽のない女神は、羽のないことで地上に落とされて、自分だけが地上へと落とされたことを憎み、地上を破壊する。
そこに一人の錬金術師が現れ、その女神をとめようとする。
女神は羽のないことで地上へと落とされた悲しみを語り、女神を哀れに思った錬金術師は、女神の羽を創り上げた。
女神はその錬金術師に感謝し、天上には戻らずに地上を守っていくことを決意した。
この土地にはその女神の加護がある。

「へぇ〜。なんか錬金術師が出てくるってところが本当にあったっぽい話だね」
「感心するなよ、。大体、翼を創り上げるってことは、つまりは合成獣を作るようなもんだろ?」
「エド、そうやって夢を壊すようなことを言わないでよ」

冷静に分析するエドは夢がない。
錬金術師は化学者のようなものらしいから、非現実的なことよりも現実的な論理で考えてしまうのだろうから仕方ないといえば仕方ないかもしれないだろうが。

「それで不思議なことだが、その女神の神々の名前が『ヴァン』と『レイン』ってことだ」
「へ?嘘?!」
「付け加えれば、その二人には娘がいたらしくてな…、名前を『ヴァール』って名前だったようだ。軍の情報だから確からしいぜ?」

はエドのその言葉に驚きで目を開く
『ヴァン』と『レイン』という名の神々から生まれた翼のない女神『ヴァール』。
思い出すのは真理の扉でアレが言った言葉。

―破壊と殺戮を繰り返す女神、…ヴァールの女神だ

(ヴァールの女神、翼のない破壊と殺戮の女神。ぞっとするような瞳と、そしてこの町の3つの練成陣。……まさか)

―翼を創り上げた錬金術師

「ねぇ、エド、アル。錬金術師は円を基本とし、構築式を組み立てて成すもの、だよね?」
「まぁ、ちょっと違うがそんな感じだな」
「どうしたの?

はすっと地図を指す。
まず、全体を囲む円をなぞるように示す。

「ここで1つの円」

そして今の町の活動区域を囲むような道をくるりっとたどる。

「ここが2つ目の円」
「おい、嘘だろ」
「兄さん、これって…」

がなぞる円で初めて気付いたようだ。
この町全体が練成陣だということを…。
エドは真剣に地図をぶつぶつと言いながら見る。

はよく気付いたね」
「うん。最初は窓の外の町明かりが町をくるっと囲ってるなって思って、地図を見てみたらなんか円になっているように見えたから」

呆然としたように呟く
自分には理解できない構築式。
エドならば理解できるだろうか。

「これはここがこう…、いや違うな。これがこうなって…、アル!紙とペンあるか?」
「うん、あるよ」

アルがこの部屋に備え付のメモ帳とペンを渡す。
するとエドはそれにカリカリと数式のようなものを書き込んでいく。
にはそれがなんなのかさっぱりだ。
アルには分っているようだが…。

「この練成陣、凄い複雑だね。基礎を無視してる感じだから独特の理論なんだろうけど」
「アル、分るの?」
「こういうのは兄さんの方が得意だから、僕にはなんとなくだけどね。時間をかければ僕でも解読できると思うけど」
「大体どんなものかは分かる?」
「う〜ん、一応分かるけど」
「けど?」

アルが迷っているように見えた。
こういう時、表情が分らないのは不便だ。
雰囲気である程度の感情は分かるが、細かい感情はさっぱり分らない。
アルが子供な分、感情が読み取りやすいのがなによりだが…。

「言いにくいんだけど、これ、多分合成獣を作る練成陣だよ。それもこの大きさじゃないと発動しないかなり複雑なもの」
「そっか、昔話に沿ったものだろうね。翼を創り上げる練成陣だったりするのかな?」

ふっと自嘲気味な笑みを浮かべる
の想像通りというところだろうか。
詳しい構築式はエドが今計算で出している。
そもそも計算で構築式をだすという感覚がには分らない。
なにしろ真理を見て、知識を叩き込まれて感覚で錬金術を理解しただ。
難しい計算は無理である。

「この練成陣、昔話になぞって作ったものか?それにしてはこんな大規模で複雑で面倒なこと…」
「エド?」

メモに書き込みをやめてぶつぶつ言い始めたエドに声をかけてみる。
エドははっと顔を上げたがどこか釈然としない様子である。

「分ったの?その練成陣がなんなのか?」
「一応な。相当古いものだから所々欠けてて今機能させることは難しい」
「じゃあ、今は使えないただの飾りってこと?」
「いや、修復すれば使える事は使える。けどな、その練成陣を発動させる相手がいない」
「相手?」

はよく分らず顔を顰める。

「条件がかなり絞られるんだよ、この練成陣。昔話の神話の通りに対象は『破壊衝動のある女神』…神なんていないからこの場合は少女だな。その少女の負の感情を土地全てで浄化してその負のエネルギーを翼と成す」
「まるで、御伽噺みたいな感じだね」
「そんな条件に当てはまる対象が都合よくこの町に来るわけないだろうに。こんな無駄で面倒なことしたのは誰だよ」

エドが呆れた用にメモを放り投げる。
はその言葉に顔色を変えた。
そう、都合よくいるのだその対象が。

「ねぇ、エド」
「なんだ?」
「ちなみに、練成陣の中心ってどこになるの?」
「中心?そうだな、もしその対象がいたとして発動させるつもりなら、ここだろうな」

エドが示したのは地図の中央。
研究所があったという場所だった。
はその場所をじっと見つめる。

(そうか、それじゃあきっとここにいるんだろうね。ヴァールの女神は…)