ヴァールの翼 02
ゆさゆさっと軽くゆすられる。
最初はここちよいゆりかご程度だったが、次第にその揺れは激しくなり…
「おい!!」
はっと意識が覚めた。
ぱちっと目を開けて、はばっと体を起こす。
きょろきょろと周りを見回す。
知らない部屋、そして目の前には知らない人。
(…知らない人?)
は自分を起こしたと思われる人物を見た。
まだ12−3歳くらいの少年。
金色の髪を後ろで1つにまとめてあり、意志の強い金色の瞳。
服は全身黒尽くめの上に赤いコート、というところが一種異様だ。
「誰?」
相手が少年と言うことで、は多少警戒を抱きながらも尋ねる。
少年はため息をつく。
「兄さん、どう?あ、目が覚めたんだね」
少年の後ろの方からひょこっと現われる鎧。
声の高さから、まだその鎧の方も少年だと思われる。
金髪の少年と鎧。
(この組み合わせってまるで…。はは、まさかね、偶然よ偶然)
そこで改めては自分の状況を確認してみようとした。
見慣れぬ部屋…なのはともかく、自分が寝ていたらしいところは床の上。
しかもその床には一面に何か文様のようなものがある。
「何これ。魔方陣か何か?」
まさにそんなようなもの。
円が描かれ、その中に見知らぬ文字。
いや、本当に知らない文字なのか…、じっと見てるとソレを理解できそうな気がしてくる。
考えようとしてはそれを放棄した。
「マホウジンじゃねぇよ、練成陣だ。あんた、誰だ?」
の言葉に答えた少年はをじっと見る。
どこか少年は緊張しているように見える。
「誰って、そっちこそ誰よ?」
睨むように見てくる、というよりただ単に目つきが悪いだけかもしれないが…少年にも睨み返す。
もう少し聞き方があるのではないのか?
「兄さん、そういう聞き方はよくないよ。そもそも兄さんが悪いんじゃないか」
鎧の方が少年をたしなめる。
体の大きさの割りに高めの声。
声変わり前の少年のような声だ。
(にしても、この姿かたちがあの二人と一致する。もしかして、もしかしなくても…いや、でもそれにしては確率が…)
「けどなぁ!アル!」
「だって、兄さんが勝手にその練成陣に触ったりするから練成反応が起きたんじゃないか」
「触るくらいで練成反応が起きるかよ!」
「そういう練成陣かもしれないよ」
鎧の人の名前は”アル”。
となるとの思っている通りの人物かもしれない。
この二人がそうならば、確信せざるを得ないだろう。
真理の扉の場面ではまだ信じきれなかったこと。
「オレはエドワード=エルリックだ」
「僕はアルフォンス=エルリックです。貴方の名前を教えてもらえますか?」
(うあ、決定だ。完全にハガレンの世界だよ、やっぱり…)
は思いっきり深いため息をつく。
この広い世界で主要キャラにあえる確率など低いと思って期待してないでいたのだ。
そもそもハガレンの世界だと信じきれなかった部分もある。
「いきなりか…」
「なんだよ?」
の呟きが聞こえたのかエドが聞き返してくる。
「なんでもないよ。私は…じゃないね、こっちの言い方だと=」
この世界の基準は…というかこの国がかもしれないが…名前の方が先、あとが苗字。
それにならって名乗る。
「ところでアルフォンス君が言っていたことは本当?」
「え?」
「そっちのエドワード君が練成陣に触れたら練成反応が…っていうの」
「あ、はい。…ごめんなさい」
アルが申し訳なさそうに謝ってくる。
素直で可愛い子だ。
は自分ががこの練成陣によって召喚されたような形になっただろうことはなんとなく分かる。
そして、この練成陣は偶然エドが触れたことが切欠となって発動した、ように見えたのだろう。
これを使わない手はない。
「ところで、ここはどこなの?」
聞いても分からないが場所を尋ねてみる。
「ここはディスの町のマルティアって人の家だ」
「エドワード君とアルフォンス君の家じゃないの?」
ぶっきらぼうなエドの言葉には尋ねる。
ここが二人の家でないことは分かっている。
「違う」
「僕達ここの家の人に用があったんだけど、ここの家に住んでるはずの夫婦が今行方不明でこの家を管理している人に許可もらって入ったんだ」
(夫婦?じゃあ、もしかしてここの家主が私を召喚した、人。つまりは…、自らの身を犠牲として娘を救いたいと思った錬金術師)
「へぇ…。で、ディスってどこ?」
「はぁ?お前何言ってるんだ?ディスはディス。北東に位置する小さな町の名前だよ!」
「だって、私、そんな名前の町知らないもの」
確かにその町の名前は知らない。
「そーいえばお前、どこの人間だよ。服装も変わっているし」
は自分の服装を眺めてみる。
何故か制服なのに驚くが、確かにこのブレザー姿は珍しいものだろう。
男の制服ならば、スーツに近いものと言うことで違和感ないかもしれないが。
いや、そもそも普通の家でスーツでいるのはおかしいだろう。
「どこって…」
さて、どうするか。
ここで正直で答えてもいいが、果たして信じてもらえるか分からない。
それにこの二人に真理を見たと言うことを話すのは少し気が引ける。
(でっち上げるべきかな?)
「私は日本という場所にいたのよ、どうしてこんなところにいるのか分からないわ」
「ニホン?聞いたことない場所だな」
「確か東の方にある所よ」
嘘は言ってない、嘘は。
確かこの世界の東方には日本だか中国に似たような国が存在してハズだ。
そのあたりをごまかしていけばなんとか騙されてくれるかもしれない。
「さんって、あの砂漠の向こうのシン国の人?」
ここで下手に肯定すると、バレた時がどうなるか分からない。
となれば答えはひとつ。
「ううん、シンじゃなくてそこから近い小さな国だと思う」
はそう言ってエドとアルの反応を伺ってみる。
エドとアルは顔を見合わせて、どうする…?と互いに聞いているようだ。
(よし!うまくごまかせた!)
「やっぱり、兄さんが練成陣に触れたせいで練成反応が起きて、さんが東の方から飛ばされちゃったんだよ」
「んなこと言われてもなぁ!!」
はこれからどうするかを考えた。
別の世界からきたことはごまかせたが、自分にはやらないことがある。
この二人を上手く騙して…というと聞こえが悪いが…なんとか『ディアクヴァン』という所まで行かなければならない。
問題は、は一文無しということだ。
「あの…、私、国に戻ってもどこが自分の家か分からないかもしれないんだけど」
エドがはぁ?とを見る。
「自分の名前と家の場所はなんとなくぼやっと分かるんだけど、今までどうして暮らしていたのかとか、両親のこととか、どうしてこんなことになったのかとか、思い出せなくて…」
泣きそうに顔を歪めて見る。
不安で仕方なさそうな表情を二人に見せる。
記憶喪失もどきを装ってみようと思ったのだ。
そうすれば、何か突っ込まれた時に分からない、知らないで済ませられる。
「そういえば、さん。自分の住んでる場所なのに曖昧な答え方だったよね」
『日本という場所』『確か東の方に…』『小さな国だと思う』というの言葉。
自分の住んでいる場所だというのに、確かに答え方が第三者的でおかしい。
それもの計算のうちなのだが。
「さん、何か思い出せることはない?やっぱり、兄さんが練成陣に触ったのが原因だと思うんだ。僕達でできることなら何かするよ」
「アル!」
「兄さん!元はと言えば兄さんのせいなんだよ?僕達が責任持つのは当たり前だよ!」
「…う」
アルの方がしっかりしているように見える。
体格云々関係なく、この兄弟が立場逆転して見られるのは仕方ないのではないのだろうか。
はそんなことを思う。
「覚えているのは『ディアクヴァン』って言葉。何か関係あるのかな?」
頭の回転の速いエドとアルの事。
『ディアクヴァン』に何かあるのでは?と思いついてくれるだろう。
「『ディアクヴァン』って、東の方にある町の名前だよね」
「そうだな、確か2年くらい前にちょっとした騒動があって有名になった町だな」
「その町に何か手がかりがあるのかな?」
「親戚でもいるんじゃねぇの?」
(ちょっとした騒動…?なにそれ?)
はエドの言葉に引っかかりを覚える。
もしかして合成獣のことと何か関係があるのだろうか。
「兄さん、連れて行ってあげようよ」
(やっぱ、アルはいい子だよね。弟にするならこんな子がいいな)
「…ったく。分かったよ。元はと言えばオレが悪いんだからな!!けどよ、そのディアクヴァンで何も分からなかったらどうるすんだよ?」
「その時は大佐に事情話してみたらどうかな?」
「げ…。アイツに借り作るくらいだったらこいつの面倒見たほうがマシ!」
「兄さん、それは言いすぎだよ、大佐にはいろいろお世話になっているんだし」
アルが呆れた口調で言う。
大佐というのは、東方司令部のロイ=マスタング大佐。
焔の錬金術師のことだろう。
(でも、今って漫画でいうといつの時期なんだろう?ディスなんて町、漫画には出てきてなかったし…。まぁ、いっか。そのうち分かるでしょ)
は結構気楽に考えていたのだった。