ヴァールの翼 01




いつものように学校へ行って、そして家に帰って寝て。
は何の変哲もないごくごく普通の高校生。
顔立ちが言い訳でもなく、頭がいいわけでもなく、スポーツもこれといって得意なわけでもない。
ただ、好きなことに関しては信じられない程の記憶力を持つが、何の取り得もないはずの少女なのだ。
だが…


「何?ここ…」


真っ白い空間。
目の前にあるのは大きな扉。
セフィロトの木が刻み込まれた門であることはには分からない。

(どこかで見たことがあるような…?)

首をかしげながら門の前に立つの姿は制服姿だったりする。
自分の制服姿に気付き、まじまじと姿を確認してしまう。

「何故に制服?」

の記憶では確か家のベッドで眠りについたのが最後の記憶だったはずだ。
決して学校の行きや帰りにこんなところに迷い込んだわけではない。
何より、手には何も持っておらず、鞄もない。

「ようやく来たな……」

後ろの方から突然声がしてばっと振り返る。
だが、そこには誰も見えない。
影すらも…。
否、…そこには何かがいた。

「何?」

は目を細めてソレを見る。
人の形をしているように見えるソレ。
果たして人と称していいのだろうか?
形だけが人の形。

「質問は後で聞いいてやる。これに耐えられれば、の話だがな」
「何なのよ」
「さて、愚かな二人の錬金術師の願いだ、お前には半分見せてやる」
「だから、何なの?」

ソレが笑った気がした。


ばたんっ


大きな音を立てて扉が開かれる。
目を大きく開いてはそれを見る。
どこかで見たことのある光景。
扉の中は真っ黒な闇。
その闇から黒い手が生えてくる。
何本も生えてくるその手はを絡めとり引きずり込もうとする。

…っ!!!

なすすべもなく引きずり込まれる
大きな扉、黒い手、人の形をしたソレ。
どれもどこかで見たことがある。
そう、それは……

鋼の錬金術師?!!じゃあ、これは…!)

夢か?
そう思っただったが、その瞬間頭の中に膨大に入り込んでくる情報、記憶。
繋がりがなく全てに繋がりがある。
知識、構成、世界、全てのもの、それは1つのもの。
理、全ての様、…最後は光。


ばたんっ


大きな音を立てて扉は閉まった。

「っ、はぁ、はぁ…」

はがくんっとその場に膝をつく。
頭の中で処理しきれないほどの膨大な情報量。
が理解しきるには時間が必要。
だが、それを修めきるのことが無理ではなかったようだ。

「よく耐えたものだな。錬金術の欠片も知らないやつが」

はそれを見る。
まだ言葉を発するほどの余裕はなく、ただ見るだけで息を整えようとする。
何が起こっているのかわからない。
見覚えのあるこの光景は漫画の中でだ。
決して現実ではない。
夢ではないのか?
だが、夢にしては今の苦しさは現実味がありすぎる。

「な、何なのよ…」

はソレを睨むように見る。
ソレはくっくっくと笑みをこぼす。
果たしてどこから言葉を発しているか?

「お前には状況だけ教えてやる。…それが等価交換だ」
「だから何なのよ」

突然連れてこられて何が等価交換だというのだろう。

「二人の錬金術師の愚かな願いによって選ばれた器、それがお前だ」
「器?」
「そうだ、真理を修めることができる器だ。あいつらの願い通りお前は真理を手に入れた。まぁ、半分だけだがな」

先ほどの膨大な知識の量。
まだ全てを把握するには無理かもしれないが、確かにの中にある。

「錬金術は知っているか?」
「言葉として聞いたことはあるわ」
「十分だ。全ては繋がりを持っている、それを現すのが円、錬金術は円を創り出し流れに沿って構築する。分かるだろう?」

解る。
錬金術の事など何も学んでいないが、それだけは感覚で理解できる。
円を形と成して全てをひとつにする、ひとつは全てなり。

「お前の役目は、二人の錬金術師の願いを叶えること。それと引き換えの真理と状況の把握だ」
「私をここに連れてきた二人の錬金術師の願いを叶えることが、この真理と今の状況を知る等価交換ってこと?」
「そうだ。二人は、真理を知りながら『あれ』を開放する者を、自らと引き換えに求めた。それがお前だ。お前はその二人に選ばれた」

を呼び出そうとした二人の錬金術師。
その二人は自らの引き換えに、に真理を与えそして何かを望んだ。
は無理やり呼び出されたが、二人の願いを叶えることと引き換えに状況の把握。
そして、真理。

「私の場合、それは本当に等価交換が成り立っているの?」
「成り立っているだろう?二人の願いを叶える、そしてお前には状況をオレが教えた」
「それが本当に等価交換になりえるの?」
「わがままなヤツだな。真理を得ただけでも十分だと言うのに、このオレが何かを与えるなど今までにないんだぜ?」

ソレがニヤリと嗤った気がした。
ソレが与えるものは何もない。
真理を知る等価として奪うことはあってもだ。
たとえ僅かな情報すらも、ソレが自ら教えることは殆どない。

「わかったわ。私は真理を得た、そして状況もなんとなくわかった。それで?何をすればいいの?そこまで教えてくれるんでしょう?」

でなければフェアではない。

「お前はただ、アイツらが作り上げたモノを壊せばいい。分かるか?」

すっとそれは人差し指でを指した…ように見えた。
の頭の中に映像が浮かぶ。
崩れかけた建物の地下奥深く…、薄暗い大きな水槽に浮かぶのは一人の少女。
真っ白い肌に黒く長い髪。
こぽこぽっと泡が立ちつづけるその中に少女は浮くように瞳を閉じている。
少女の瞳がすぅっと僅かに開く。

ぞくっ

その瞳から見えた色は深紅、そして闇。
何も見えない全てを飲み込む虚無。

「な、に…?」

頭に直接流れ込んでくるその少女にぞくりっとした。
怖い。

「それを壊すのがお前の役目だ」
「壊す…って」
「それは二人の錬金術師が作り上げた合成獣さ。自分達の娘と未知なる生き物とを組み合わせて作り上げた、な」
「なっ!」

その言葉から二人の錬金術師が夫婦であっただろう事が分かる。
そして、その暗い瞳の少女がその錬金術師の娘であることも。

「破壊と殺戮を繰り返す女神、…ヴァールの女神だ、そいつは。だから地下奥深く封じられている」
「でも、そんな生きてる人をっ!」
「そいつを壊せなければ、お前が消えるだけだ」
なっ!
「それが等価交換だ。だが、そいつが目覚めればどうあっても止めなければならないことがそのうち分かるだろうさ。壊さずに止められるならやってみればいい。あいつらの本当の願いはそれを救うこと、だからな」

(救う事?壊すのが望みでなくて?どういうこと?)

「自分達がこんな姿にさせたというのに、親というものは馬鹿らしい。生かして救う道があるならやってみろ。この場所は『ディアクヴァン』。東に位置する小さな町のはずれにある廃墟の地下だ」
「ええ、やってやるわよ」
「いい返事だ。それでなければ面白くない」

頭の中の映像がふっと消える。
でもその映像はの頭の中に焼きついている。

「ところで、その役目が果たせれば私は戻れるの?」
「さぁな。先の事まではオレには分からない」
「んな、無責任な…」

はソレの返答に呆れる。
どうしろと言うのだ。
自分には元の世界に戻れる方法など知らない。

「お前が戻るまでは等価の中に含まれてない、自分でなんとかしな」
「はいはい、なんとかしますよ、自分で。来れる道があるなら帰る道も必ずあるはずだからね」
「おー、前向きで結構だ。じゃあ…、いって来い」


ごうっ


強い風が吹き抜ける。
あまりの風の強さには顔を腕覆う。
吹き飛ばされそうだ。

「来ることができれば、帰ることもできる。それは理屈だが全てじゃない…。その世界で俺を超える何かを見つければ可能だろうがな」


最後に聞いたのはその言葉。
風がいっそう強く吹きぬける。
あまりの強さに体が浮いて吹き飛ばされる。

体がバラバラになりそう!!

引きちぎられそうな痛みをこらえるかのようには体を守るように抱きかかえた。
そのまま意識は闇に沈む。
次に目覚めるのは果たしてどこか?


「少し気前が良すぎたか?」


ソレはくすりっと笑みをこぼして、の去っていった方を見ていた。

何を望むか、何をするか。
世の中の全ては等価交換で成り立つ。
だが、それが全てでなく、それが全てでもある。
世界の理を何も知らぬまま、世界の真理を知り得た異界の者は果たしてこの世界にどんな影響を及ぼすのか…。
未来とは、真理を知ったとて知りえることができないことである。