黄金の監視者 48




とシュナイゼルは、あの後少し話をしてすぐに行政区に戻ることになった。
またアッシュフォード学園に行けばいいとシュナイゼルは言っていたが、そうひょいひょい出歩くわけにもいかないだろう。
スザクとゼロの関係がほんの少し変わるかもしれない、それが分かっただけでも良かった。

「ユフィのところに戻るのかい?」
「そりゃ僕はユフィの警護のためにいるんですから」
「それなら、特区まで送った方がいいかい?」
「……そんなのどうでもいいんで、自分の仕事してください」

どうしてこうも一緒にいようとするのかが分からない。
ブリタニア帝国の宰相という地位にいる以上、暇と言うわけでもないだろうに。
が幼い頃はここまで構ってこなかった、というよりもがナナリーの所に行ったり修行していたりしていたので会う機会が少なかったと言うべきかも知れない。

「出来る時に兄弟としての交流をする方が大切だよ」
「そんなことやってて、足元すくわれても知りませんよ?」
「心配してくれるんだね」

は大きなため息をつく。

「そんなんじゃ、いつまでたっても父上を王座から引き摺り下ろすことなんて出来ませんよ?」
「父上に挑むには、多少遠回りくらいが丁度いいんだよ」
「遠回りしてどうするんですか」
「そうかい?それはも分かっていると思ったけれど?」

むっと顔を顰める
一筋縄ではいかない父には、正攻法じゃどうにもできないのはにもなんとなく分かる。
何よりも父はギアスについて何かを知っている。
人の力ではないあの力について知っているような相手に、まともな方法で敵うはずもない。

「多少の遠回りでどうにかなればいいですね」
「どうにかならないとでも言いたげだね、
「だってあの人、多分兄上の予想以上の事してると思いますよ。僕だってあの人がいなくなりさえすれば、ルルーシュ義兄上とナナリーの安全が多少なりとも今よりも保障されることは分かります。それでもあの人を手にかけることをしないのは怖いからですよ」

あの父を暗殺して、それでナナリーとルルーシュの安全が永遠に確保できるのならばだってそうしたい。
だが、あの父を殺しただけでは何も解決しない。
あの父がいるからこそ抑えられているものもある、そしてあの父には底がしれない強さがある。
その2つがあるからこそ、は父に直接何も出来ないでいる。
いくら強くなろうと頑張っていても、自分がまだ未熟であることは自覚しているから。

「そうだね、父上は怖い人だ」

シュナイゼルだってそれは分かっているはずだ。
だからこそ慎重に行動をする。
それでも、あの父にはその行動は筒抜けだろうが。

「ただ、出し抜くことは不可能ではないと私は思っているよ」
「まぁ、確かに不可能ってことはないでしょうけど…」

それはとても難しいことであることは確かだ。
父が持っていない力を持つことができれば可能だろう。
は自分の瞳を閉じ、そしてゆっくりと開く。
ギアスの力。

(その力を頭で知っているのと、実際使える人の違いってのがあるだろうから、多分そこに付け入る隙はあるとは思うんだけど…)

それが分かっていてもは策略でどうしても父に劣る。

(ルルーシュ義兄上とシュナイゼル兄上が本当に組めばどうにかなるんだろうな)

だが、目指すものが違うかもしれない以上、それは望めないことだろう。
ブリタニアの破壊を望むルルーシュ、父に代わってブリタニアの頂点を望むシュナイゼル。
ルルーシュとユーフェミアのように、ルルーシュとシュナイゼルが和解することは難しい。

(マリアンヌ義母様の暗殺に、この人一枚咬んでるかもしれないわけだしね)

ちらっとシュナイゼルを見る
ルルーシュはマリアンヌが誰にどうして殺されなければならなかったのかを知りたいだろう。
すべてはあの日から変わってしまったのだから。

「ただ、人を利用するのはほどほどにした方がいいと思いますよ、兄上」
「利用?」
「私情を挟まない策を立てるのはとても素晴らしいとは思いますけどね、それによってナナリーとルルーシュ義兄上に害が及ぶなら、僕はシュナイゼル兄上を許さないですからね」
「そうだろうね、気をつけるよ」

口でシュナイゼルがどう言ったとしても、はどうしても信用できない。
それは上に立つ以上、結果を出さなければ意味がないことを頭では理解しているからかもしれない。
かつて、軍にいたも幼いながらにも部下を率いたこともあった。
それは皇族だったからかもしれないが、部下の命を預かるということがとても責任が重いものであることは少しは分かるつもりだ。
結果を出さなければ、ブリタニアでは認められない。
ほんの少しでもそれが分かっているから、酷いことをしていると知っていてもはシュナイゼルを否定しきれないのかもしれない。



は富士山麓の行政特区まで車で送られる事になった。
見張りがつかなければならないのは仕方ない。
しかし、しかしだ。

「えっと、コーネリア殿下?」
「何だ?」

同行者がコーネリアである。
ブリタニア軍人のそこそこの階級の人でもつければいいものを、どうしてこう豪華な監視がつくのだろうか。

「兄上…」
「コーネリアがどうしてもと話をしたいと言っていてね」
「話、ですか…」

トウキョウ租界にある中央行政区から出る車の前で、はシュナイゼルと向かい合う。
今のは黒髪にサングラス、服は黒の騎士団の服ではないものの、この場では少々浮いて見える。

「お前とはじっくりと話したいことが山ほどある」
「…あはは、もしかして昔、何か約束していましたっけ?」
「笑って誤魔化すな」

色々と確実に問い詰められるだろう。
昔自分が何も考えずにブリタニアを出てきたのも悪かっただろうし、黒の騎士団に所属していることも含めて今のの状況はブリタニアにとって好ましくないものだろう。
ブリタニア皇族とこうして会うことなどないだろうと思っていたので、自分の思うままに行動してきたのが悪かったのか。

「ただの話だ。それ以上はせん」
「と言われましても…」
「車内の会話のプライバシーは守られるようになっている」
「いえ、そういうことではなくて」

(コーネリア殿下に問い詰められるのがちょっと困るんだけど…)

昔、コーネリアには手合わせをする時などにお世話になったといえばなったので、どうも強くでることが出来ない。
はっきりと敵意でも示してくれればの方も対応しやすいのだが、今のコーネリアはに敵意があるわけではないので困るのだ。
思わずため息が出てしまう。

「時間がない、行くぞ」
「…はい」

仕方なく車に乗り込む
一応自分は捕虜になってもおかしくない立場だ。
あまり文句も言えないだろう。

「気をつけるんだよ、
「…善処します」

シュナイゼルにかけられた言葉に、この人は本当にが反ブリタニア組織である黒の騎士団に所属しているのだと理解しているのだろうかと思ってしまう。
ばたんっと車のドアが閉まり、車が発進する。
ゆっくりと振動が伝わるが、乗り心地は良いほうだろう。

(余計なこと口走らないように気をつけないと)

ナナリーやルルーシュを除けば、幼い頃接したのが比較的多かっただろう義姉。
厳しかったが優しかった。
そしてにとって、多分嫌いではなかった人だ。



遠ざかっていく黒い車を、シュナイゼルが見送る。
車の影すら見えなくなった頃、その後ろに近づいてくる人影が1つ。
かつんっと足音を立てて、シュナイゼルにその存在を示すかのように立つ。

「貴方がたは一体何を企んでいるんですか?」

さわりっと揺れる髪は茶色を帯びた黒髪。
大人びた顔立ちに、冷たさをたたえた紫電の瞳。
シュナイゼルは背後に立つ彼の方を振り向く。

「企むだなんて、そんな大層なことはしていないよ」
「ですが、あの車はなんなんです?コーネリア姉上が同行するなどただの客人ではないでしょう?」
「ユフィのお客様だからね。万全を期すためにコーネリアが同行しただけだよ」

シュナイゼルはふわりっと笑みを浮かべて彼を見る。

「エリア11はいまだに物騒ですからね」
「そうだね」
「クロヴィスの統治が甘かった証拠ですね」

ふっと彼は息を吐いて目を細める。
それはきっと亡くなったクロヴィスを見下しているようなものなのだろう。
シュナイゼルはそんな彼の表情に困ったような表情を返す。

「そう言わないでやってくれないか。元々クロヴィスは政治がとても苦手だった所をここまで頑張ったんだよ」
「ですがその結果が暗殺。苦手にしても、もっとやりようがあったでしょうにね」

クロヴィスにはコーネリアのような統治の才能はなかった。
そしてユーフェミアのような優しさも持ち合わせていなかった。

「絵を描くことを好むのならば、大人しく弱者として王宮にでも篭っていればもっと長生きできたでしょうに」
「相変わらず君ははっきりと言うね」
「それが俺の良い所ですから」

にこりっと笑みを浮かべる彼。
しかしその笑みにはシュナイゼルのように見せ掛けだけの暖かさも何も感じられない。
口元を笑みの形にしているだけのものだ。

「皇族といえど所詮弱者は長くは生きられない。そう、かつてこの地でナンバーズごときに殺されたルルーシュとナナリーのようにね」

この言葉をが聞いたら怒るだろう。
シュナイゼルは何も反応せずにいつものように穏やかな表情を浮かべるだけ。
その反応を彼も気にしない。
どんなことにも動揺せず、穏やかなように見えて冷静に的確に対処する。
それがブリタニアの宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニアなのだ。

「その中には入らないんだね」
「まさか、貴方はがこの地でナンバーズごときに殺されたとお思いで?」

そんな可能性など思いつかないかのような表情。

「俺はを評価してますよ。彼1人いればこのエリア11ごとき、あっという間に制圧ができる」
「随分と評価しているんだね」

昔から彼はをとても評価していたことをシュナイゼルは知っている。
エリア8の制圧時、を自分の部下へ入れる事を思ったよりもすんなり許可したことから分かる通り、その時にはすでにの実力を認めていた。

「ええ、勿論です。貴方直属の部隊でデヴァイサーをしているナンバーズなどとは比べ物にならないほど優秀だと確信していますよ」
「私直属の部隊のナンバーズというとクルルギ君のことかな?」
「さあ、俺はナンバーズの名などいちいち覚えていませんから」

彼はナンバーズを例外なく決して認めない。
ナンバーズとブリタニア人を区別するのは、ブリタニアの国是だ。
彼のナンバーズを決して認めないやり方は、間違ってはいない。
間違ってはいないが、きっとの考えとは違うことを彼は解っているだろうか。

「エリア11には何をしに来たんだい?」
「たまには兄妹に会いたいと思っただけですよ、シュナイゼル兄上」
「運がよければにも会えるかもしれないとも思っていた、かい?」
「そうですね、会えれば嬉しいと思いますよ」

彼は作った笑みを浮かべたままシュナイゼルを見ている。
その瞳はとても冷たいものだが、貪欲さは誰よりも大きいことをシュナイゼルは知っている。
皇位継承権がそう高くないにも関わらず、皇帝の座を狙っている義弟。
優秀と言えば優秀かもしれないが、一番目をひくのはその残虐さだ。

「相変わらずだね、クルセルス」
「いえ、兄上こそ」

ブリタニア皇族は基本的に兄弟に甘い。
それが母が同じ兄弟であれば尚更。
父だけが同じ兄弟であっても、親しい事が多い。
だが、気を許せない兄弟がいることも確かだ。
王位を目指すのならば、血のつながりがある兄弟は皆敵でもある。
クルセルスは恐らく、兄弟の誰も信じていない。
評価しているさえも、ただ優秀な駒への執着にしかすぎないのだろうとシュナイゼルは感じているのだった。