黄金の監視者 47



部屋を出て、少し離れた所にある廊下でとスザクは壁を背に向き合うことなく話をする。
少しくらい大きな声で話しても部屋の中には聞こえないだろう。
念のためナナリーの耳のよさを考慮して、小声で話す。

「で、何でスザクがここにいるの?拘束されているんじゃなかったの?」
「それを言うってことは、やっぱりあの黒髪の人はだったんだね」
「今更でしょ?カレンさんから聞かなかった?」
「…聞いたよ」

スザクは床を見ながら悲しそうに顔を歪める。
は呆れたように天井を見ながらため息をつく。

「あのさ、スザク」
「なんだい?」

双方共に互いの顔を見ない。

「先に言っておくけど、説得しようとしても無駄だからね」

ばっと顔を上げるスザク。
は目だけを動かして顔を上げたスザクを見る。

「ゼロは…人をたくさん殺しているよ」
「僕はもっとたくさんの人を殺してきたよ、スザク」
「シャーリーのお父さんを殺したのは黒の騎士団なんだ」
「知ってるよ」
「それならどうしてっ!」
「だって、僕にとって大切じゃないからどうでもいいんだよ」

スザクは一瞬が何を言ったのか分からなかったのかもしれない。
え…と小さく言葉をこぼして表情が固まる。
はそんなスザクを呆れた表情で見るだけだ。

「あのね、スザク。僕はユフィみたいに万人に優しいわけじゃないの。ナナリーと義兄上以外は平気で殺せる人なの。スザクはそれを分かっていると思っていたけど、違った?」
「けど…っ!」
「間違ったやり方じゃ駄目?」

正しいやり方を求めるスザク。
それはきっと父を殺した自分自身を悔いているから。
正しい過程で得られた結果こそが真実であると思っているから。
確かにそれもいい、正しい過程で結果が得られればこれ以上のことはない。

「大体スザクは矛盾してるよ」
「矛盾…?」
「ゼロの殺しは否定して、自分が今まで軍人として葬ってきた命は肯定するの?」
「…っ!」

息を呑むスザク。
相手がテロ組織であっても、その命をまったく殺めることなく今まで軍人としていたなど有り得ない。
いつブリタニア軍に入ったのかは分からないが、実戦経験くらいは何度もあるはずだ。

「ゼロの考えを受け入れろなんて僕は言わない。別にスザクがあの考えを受け入れられないならそれでいい。けど」
「けど…?」
「理解しようと努力もせずに真っ向から否定するのどうかな?君の主人であるユフィはゼロを受け入れたよ。ゼロもユフィの考えを理解して協力をしようとしている」

対極にいるはずの存在だというのに、ゼロとユフィは同じ道を歩こうとしている。
目指すものは大きくは同じだろうが、正確には違うというのに。
ゼロが目指すべきはブリタニアの崩壊、だがユフィはブリタニアの変革を望む。
共通点は、今のブリタニアを認めていないということくらいだろう。
けれど2人は互いを活かすことを選んだ。

「ゼロは君を助けてくれたよ」
「恩は感じてる」
「けどゼロを否定するんでしょ」
「それは…」

スザクはどこか迷うように視線を横へ向ける。
ゼロを否定する言葉が返ってくると思っていたは、少し驚いてスザクを見る。

「ゼロは何を考えているんだ?」

それは独り言のような言葉だった。

「何って…」
「僕に普通に学校へ行くよう言ったのはゼロなんだ」
「見張りとか全然つけずに?」
「いや、一応普段はカレンがついてくるし、けどカレンは必要以上に近寄ってくるわけじゃないから…」
「信用されているんじゃない?」
「誰に?」
「ゼロにでしょ」

スザクがそう簡単に逃げるような人間ではないと思っているからこそ、学校に行かせる。
何の為に学校に行かせるかといえば、ルルーシュならばナナリーにスザクを会わせる為だろうか。
ゼロは、ルルーシュはナナリーにだけは甘い。

「盗聴器とか発信機とかつけられた?」

の問いにスザクは首を横に振る。

「じゃあ、やっぱりゼロに信用されているんだよ、スザク」
「信用か…」
「複雑そうだね」

スザクにとってゼロは間違った存在なのだろう。
その存在に信用されているとはとても複雑な気分のはずだ。

はどうしてゼロに従っているんだい?」
「どうしてって、ゼロの考え方知っているなら分かると思うけど?」
「ナナリーのため?」
「うん」
「…やっぱり」

苦笑するスザク。
スザクが考えていた通りの言葉を返してきた

の行動は、いっつもナナリーかルルーシュのためだよね」
「そりゃ、僕が動くとしたらそれ以外にないからね」
「だから、ゼロに従っているんだよね?」

はスザクのその問いに僅かに顔を顰める。
まるで確認するかのようなその言葉に、何か引っかかる。

(もしかして、スザク、何か感づいてる?)

推論などはスザクも同様苦手なはずだ。
状況から何か気付いたわけではないとは思う。

「あのさ、スザク」

は小さく息をつきながらスザクを見る。
何も考えず理解しようともせずに、スザクがゼロを否定していたままならば、ユフィの心遣いも無駄だろうとは思っていた。
ユフィがスザクを黒の騎士団へと寄越したのも、意味のないものになるだろうかと。

「ゼロのこと知りたいって少しでも思ってるなら、話、してみたら?」
「話?」
「なんか引っかかってるんでしょ?だったら、話をしてみれば?」

分かり合えるだなんて信じているわけじゃない。
だけど、もしかしたら何かほんの少しだけ歩み合うことが出来るのではないのだろうか。

「うん…」
「スザクが納得できるまで話をすればいい。ユフィの事は大丈夫、スザクがいない間は僕がちゃんと守るから」
「そうだね。は信用できるよ」
「スザクの味方じゃないけどね」

くすくすっとは笑う。
基本的には嘘をつかないことをスザクは知っている。
だから、互いにこういう立場になってしまっても、きっとスザクはの言葉を信じているのだろう。

「話してみるよ、ゼロと」
「うん」
「せっかくユフィがくれた機会だしね」
「気付いてたの?」

意外だとは思う。
スザクの事だから、ゼロへの反発心ばかりが心を占めてそんなことは思いつかないと思っていた。
もしかしたら、そう思える余裕でも出来たのだろうか。

「ユフィは何がきっかけだったのか分からないけど、ゼロを受け入れる事ができる案をずっと考えてたみたいだった」

恐らくゼロがルルーシュだと感じ始めた頃からなのだろう。
ユーフェミアとルルーシュはとても仲が良かった。
それは視てきたは良く知っている。

「欲張りなんだってさ」
「え?」

はふっと笑みを浮かべる。

「ユフィは欲張りだから、皆一緒に幸せじゃないと嫌なんだって」
「皆一緒…」
「そう。ユフィもスザクも、義兄上もナナリーも……それからゼロも。皆が笑っていられる世界がいいんだってさ」

(そんなの理想郷にしか過ぎない。それに、ユフィの言う”皆”がどこまでかも分からない)

呆れてしまうほどに甘い考え方だとは思う。
けれど、ユフィはそれを現実にしようとしている。
夢物語のような平和で優しい世界、それを目指している。

「ゼロも、なんだね」
「そう、ゼロもだよ。だから、ユフィはスザクにゼロを否定しないで欲しいって思ってるよ」
「うん、そうだね」

話をして解り合うことができれば、どんなにいいだろう。
この先、世界を変えようと思うのならば、その道はとても険しいものだ。
だから、ゼロとスザクがほんの少しでも歩み寄ってくれるならば、それはとても心強い。

「僕はゼロのやってきた事は許せない」
「うん」

スザクの声は憎しみに満ちたものではなく、静かな声だった。
自分の心を確認するかのような冷静な声。

「けれど、ゼロにもゼロの考えがあると思うから、話してみる」
「それがいいと思うよ」
「ユフィのように全てを受け入れることは無理かもしれないけどね」
「そうかな?」
「そうだよ。僕はやっぱり間違ったやり方で得た結果に意味がないって考え方は変わらないよ」

トラウマなのだろうか。
スザクが結果までの過程に拘ろうとし続けるのは。

「なんでそうまでして過程に拘るの?結果がでなければ、どんなに過程に拘ったって意味ないじゃん?」

結果が全てと言う考え方はとてもブリタニアらしいことをは自覚している。
それでも結果が出なければ、その過程に拘っても過程に意味を見出せない。
スザクはそうは思わないのか。

「あの時…」

スザクはふっと何かを思い出すかのように顔を上げる。

「俺のやったことで、たくさんの犠牲が出たのを見てしまったから」

たくさんの犠牲、その言葉でスザクがいつの時の事を言っているのかに、は気付く。
スザクがクルルギ首相を殺して、そして日本の上層部は混乱した。
そのため攻め入ってきたブリタニアに対する指揮系統が混乱し、最終的に降伏せざるを得なかった。

「犠牲ね…」

それがスザクのトラウマということは分かる。
自分のしたことで、多くの日本人の犠牲者が出てしまったのをスザクは自分の目で見ている。
それが大きな後悔となったのだろう。
多くの死体の山を築く覚悟もなく、スザクはその結果だけを見てしまった。
だから、過程に拘るのだろう。

「まぁ、別にスザクが何に拘ってもいいんだけどさ。本当に大切なもの、見失わないようにしなよ?」
?」
「自分が守りたいって思うもの、ちゃんと理解しておいた方がいいよ。でなきゃ過程に拘っても意味がなくなるから」

過程に拘るのはスザクの自己満足だ。
自己満足の為だけに、本当に大切なものを見失わないでいて欲しいと思う。
過程に拘るあまり、ゼロを否定し、ゼロを止める事を考え、本当にゼロが倒れてしまった時、スザクは正しい過程をたどってきた自分を果たしてどう思うだろうか。

(一直線のように見えて、スザクって結構目標が曖昧なんだよね。そういうのってすごく怖いんだけど、気付いてないのかな?)

結局はスザク自身が自分でどうにかする問題なので、に出来ることなど殆どない。
それでも、ゼロと話をする気になったスザクを見て、良い方向に話が進めばいいものだと願うばかりである。