黄金の監視者 49




窓の外の風景が街並みから自然が混じるものへと変わる。
はサングラスの下から、じっと向かい合って座っているコーネリアを見る。
沈黙がものすごく痛い。

(僕から話しかけるのもなんだし、何か話してくれないかな…)

富士山麓までそう何時間もかかるわけではないが、十数分で着くものでもない。
中央行政区を発って5分、会話はいまだにない。
話があるのではなかったのだろうか、とは思う。


「は、はい」

ぽつりっと呟くように呼ばれた名に、思わず緊張しながら返事を返す。

「とりあえずはそのウィッグとサングラスを取れ」
「え、でも…」
「外から車内を見ることは出来ないようになっている。いいから、とれ。その姿では話がしにくいだろうが」
「はぁ…」

しぶしぶとは黒髪のウィッグとサングラスを外す。
の本当の髪と瞳を見て、コーネリアは目を細める。

「兄上に似てきたな」
「え…、やめてくださいよ」
「嫌か?」
「だって、見つかりやすくなるじゃないですか。ロールパンに似てないのは結構ですけど、シュナイゼル兄上に似てるのもあまり嬉しくないです」

がサングラスを外す機会はとても少ない。
学校に通っていた頃でさえ、サングラスを外すことなど殆どなかったのだ。
ここまで容姿がにている兄弟も珍しいだろうほどに、とシュナイゼルはよく似ている。

「父上が嫌いなのは相変わらずか」
「人を強者と弱者に分けるあの考え方が受け入れられません」
「そうか」

ふっと笑みを浮かべるコーネリア。

「兄弟達の中で、あの父の目の前で歯向かったのは、お前とルルーシュくらいだったな」
「ルルーシュ義兄上が…?」

その頃は医療室のベッドの上だった。
マリアンヌが亡くなった報告をするために、ルルーシュは皇帝に謁見を申し出た。
はその時の事を知らない。

「ブリタニアに戻る気はないか?」
「ありません」

ないからこそ黒の騎士団に所属しているのだ。
あの父の掌に戻ることなど絶対にしたくない。

「父上もお前の事はとても気にかけていたのだがな…」
「えー、やめてくださいよ、気持ち悪い」
「そこまで言うか?」

は盛大に顔を顰めている。
嫌いな相手に気にかけられていると言われても嬉しくもなんともない。
それに、父がを気にかけているのはおそらくギアスがあるからだ。

「お前を慕っている者は、今でも軍に多いよ」
「僕がブリタニア皇族だからじゃないですか?」
「それもあるだろうが、自身の指揮の下にいたいと思う者もいる」
「僕には指揮の才能ないんで、その考えは無謀だってコーネリア殿下から言って下さい」

エリア8の制圧時、はどちらかといえば指揮する方の立場にいた。
総指揮を執っていたのはクルセルスで、は小さな指示を出していただけだった。
ギアスで周囲を動きを見、そして的確な指示を出す。
相手の動きが見えているのならば、確かにかなり的確な指示を出すことが出来るだろう。

「何を言う、7年前にあれだけのことをしておきながら」
「クルセルス殿下の指示が的確だっただけですよ」
「だが、お前の指揮下にいた者の犠牲が一番少なかったというではないか」
「犠牲が少なくて済む方法を、たまたま僕がとっただけですよ」

自分の大切でない人が相手ならば、は手にかけることが出来る。
だからといって、人が死ぬことが楽しいとか嬉しいとか思うわけではない。
敵にしろ味方にしろ、死ぬ人間が少ない方法があり、結果が同じであれば犠牲が少ない方法を選択する。

「過小評価だな」
「いえ、正当な評価です」
「お前はいつもそうだったな」

コーネリアは小さくため息をつく。

「周囲の評価など全く気にしていない」
「僕は別に勲章や地位が欲しくて強くなりたいわけじゃないですから」
「望めばエリアの総督の地位に就くこともできたのに、か?」
「そんな地位、面倒なだけです」

10歳にも満たない頃、すでにその活躍がブリタニアではそれなりに広がっていた
成長すれば、今この年齢になっている頃にはどこかのエリアを任されていたかもしれない。
あの当時のには、それに相応しいだけの”血”と実績があった。

「ブリタニアでの立場に問題があったわけでもないだろう、
「コーネリア殿下?」
「何故お前は黒の騎士団にいる?」

その問いは来るのではないかと思っていた。
ユフィはゼロの正体を知っているからが黒の騎士団にいることも納得しているだろう。
そしてシュナイゼルは何を思っているのか分からないが、表向きはが父の事を嫌いだから納得していると言っていた。
コーネリアは、が父を嫌っていた事を知っていても納得はできないだろう。

「父が嫌いだから、では理由になりませんか?」
「ならんな。父上が嫌いだと言う理由ならば、ブリタニア軍にすら入ることもなったはずだ。あの当時もお前はすでに父上を嫌っていただろう?ブリタニア軍に入るということは、父上であるブリタニア皇帝の命に従うも同じだ」

そう、父が嫌いだという理由だけではの行動は説明がつかない。
それで納得したシュナイゼルの方が不思議だ。
シュナイゼルはシュナイゼルなりに、が言葉には出来ない何かを悟ったのかもしれないが、それはにも分からない。

「黒の騎士団はテロ組織だぞ」
「はい」
「テロの末路がどんなものかくらいは分かっているだろう?」

こくりっと頷く
ブリタニア軍に逆らい、そしてつかまったテロ組織の人たちがどうなっていくのかは知っている。

「お前の考えている事は、昔から良く分からないな」
「そうですか?」
「単純なように見えて、目的が見えない」

シュナイゼルにも似たような事を言われたが、はそう言われても首を傾げるだけである。
今も昔もの行動はナナリーの為、そしてルルーシュの為である。
それ以上もそれ以下もない。

「極端過ぎるんだ、お前の行動は」
「極端…ですか?」
「かなりな」

行動力があるほうだとは自分でも思う。
やると決めたら戦場にだって行くし、国外にだって行く。
そして今まで何もしなかったのに、ルルーシュが動けばもそれに協力するために動く。

「昔、軍に入ったのは強くなりたかったからなのだろう?」
「だってそれが一番てっとり早いじゃないですか」
「もっと強くなりたいと言って、エリア8の制圧戦争に参加しただろう?」
「戦場を経験することで学ぶことはとても大きいですから」
「かと思えば、父上の目の前で日本に行くと言って、さっさと行ってしまったな」
「ナナリーとルルーシュ義兄上の側にいたかったんです」

の行動のすべては2人の為。
だが、当時のはまだ10歳にもならない子供であった。
そんな子供がそこまで大胆な行動を出来ることも珍しいだろう。

「誰にも何も相談せずに、お前はいつも1人で決めて動く」
「僕の人生です」
「だが、全く頼られないのというのは寂しいものだぞ」

どこか困ったような笑みを浮かべているコーネリア。
とコーネリアは接することが多かったかもしれない。
だが、コーネリアに可愛がられていたかと聞かれると、そうでもないとは答えるだろう。

「誰の事を言っているんですか?」

まさか父がに頼られないから寂しいと思うなど、天地がひっくり返ってもありえないことだろう。
そして母も、母はどちらかといえばよりもシュナイゼルを愛していた。
当然のように我が子に愛を注ぐ母親ではなかったのを覚えている。

「お前が日本に行ってしまってから、シュナイゼル兄上が寂しがっていた」
「ありえません」
「何故そう否定する?」
「だって、全然探されていた気配なかったです」
「兄上はお前が軍に参加するようになってからは、お前の生存だけは確認していたそうだ」
「へ?」

(なにそれ?)

きょとんっとする
昔から穏やかな笑みを崩すことがなかったシュナイゼル。
それはに対しても変わることはなく、心配しているそぶりもなにも感じなかった。

「今は休戦状態のようなものだが、お前が黒の騎士団にい続ける限り、兄上とお前が敵対することもあるだろう?」
「そうですね、ゼロの最終的な目的はブリタニアの破壊ですから」
「実の兄と敵対する意味が分かっているのか?」

は小さく頷く。
日本に来た時から、いやマリアンヌ殺害の時にブリタニアが何もしなかった時から分かっている。

「8年前、ナナリーとルルーシュ義兄上を日本へと送った時から、僕にとってブリタニアは味方ではありません。邪魔をするなら誰だって敵です。それはシュナイゼル兄上であっても、コーネリア殿下、貴女であっても例外ではありません」

シュナイゼルがどんなにを気にかけてくれていても、にとって唯一はナナリーであって、ルルーシュも大切な存在。
それは絶対に変わらないことなのだ。
幼い頃、人々の悪意の光景が拒否を許されることなく飛び込んできて、狂ったほうがましだと思い始めていたあの頃、ナナリーの笑顔では人並みな人生を送れるきっかけを得た。

「今のユフィの案が崩れ、再び黒の騎士団とブリタニア軍がぶつかり合うことがあれば、僕はその時のブリタニア軍の指揮が誰であってもゼロに従いますよ」

(ユフィが大切な貴女になら分かるでしょう?だって、ブリタニアはナナリーと義兄上を切り捨てたんです)

がブリタニアと敵対することになんの躊躇もないのは、ブリタニアがナナリーとルルーシュを切り捨てたからに他ならない。
仮にも祖国であって、そこにはナナリーとルルーシュと一緒にいた以外の良い思い出がないわけではない。

「ブリタニアにはどうあっても戻らないつもりか」
「はい」

コーネリアは大きなため息をつく。
を説得するつもりだったのだろうか。

「コーネリア殿下」
「なんだ?」

はにこっと笑みを浮かべる。
多分この義姉は、血のつながらぬ兄弟の中ではに優しくしてくれた方だろう。
全く関わりがなかった兄弟もいた。
かつてこのエリア11の総督だったクロヴィスのように。

「僕、昔、コーネリア殿下と再戦の約束してました?」
「ああ、したな。見事にすっぽかされたが」

不機嫌そうな声になったコーネリアに、は空笑いを返す。
さっぱり記憶にないだが、やはり再戦の約束はしていたらしい。
コーネリアとの手合わせの機会は多かったので、もしかしたらと思っていたが、やはりそうだった。
アリエスの離宮の襲撃事件より、は殆ど実戦か休息くらいしかしていず、訓練らしいものに参加したのはごく僅かだったのだ。
意識はすでに日本にいたナナリーとルルーシュの方にばかり集中していて、周囲には殆ど気を配らなかった。

「ナイトメアで再戦、しましょう」
?」

黒の騎士団のトップ戦力であるだろう紅蓮弐式の相手はランスロット、性能ではトップクラスであろうガウェインはゼロが乗るのでコーネリアの相手はしないだろう。

「ブリタニアと黒の騎士団がぶつかる時、戦場で再戦しましょう」
「それはどういう意味か分かっていて言っているのか?」
「命をかけて、という意味でならば分かっています」

戦場では訓練のような模擬戦と違い、命をかけての戦いとなる。
それこそどちらかが死ぬことも有り得る。
それが戦場なのだ。

「いいだろう。今度こそ逃げるなよ」
「はい。その時が来たら、ゼロの命に背いてでも貴女との再戦約束を優先させますよ、コーネリア殿下」

幼い頃、コーネリア殿下との手合わせは楽しかった。
嫌いではなかった義姉。
だから、その約束に応えようとは思うのだった。