WOT -second- 57



朱里訪問2日目は、相互理解を深めるための会議だ。
どうやら2日間かけて行われるようなのだが、シリンはその会議参加しなくて良いとのことで、愛理に誘われて紫藤の屋敷に来ていた。
城のすぐそばにある紫藤本家の屋敷はかなり大きい。

「大きいねぇ…」

愛理の部屋から見える大きな日本庭園を見て思わずつぶやくシリン。

「シリンの家も結構大きいんじゃないの?」
「いや、まぁ、そうだね」

そう言えばフィリアリナの屋敷もかなり大きい。
敷地面積で言えば紫藤家の方は屋敷が平屋なので広いのだろうが、部屋数でいえば変わらないかもしれない。
しかし、本当に大きな庭だと思う。
池があり、綺麗に整えられた植木があり、白い石が敷き詰められ、塀は随分と先に見える。

「朱里って王政じゃないんだよね」
「王家があるわけじゃないからね。でも、ティッシと同じように身分…」

そこでぴたりっと愛理は話すを止める。
シリンは何かあったのかと思わず首を傾げる。

『えっと、ごめん、シリン。こっちの言葉でもいい?』
『あ、うん。別にいいよ』
『シリンに朱里の事説明するのはいいんだけど、言葉間違えて間違えた事言っちゃうとマズイから…』

まだ、慣れてないし、と愛理は付け加える。
シリンは別にどちらの言葉でも構わない。
最近翔太や桜と話す時は、もっぱら日本語のみを使用しているので、久しぶりだった日本語も今は全然問題なく早口でも聞き取りはばっちりだ。

『朱里にも一応身分制度はあってね、ティッシで言う貴族みたいなものが紫藤、柊、春山の三家になるの』
『じゃあ、それ以外は一般民?』
『ううん。御三家…紫藤・柊・春山の事を御三家って言うんだけどね、その御三家には分家がいくつかあるから、その人たちも一応貴族みたいなもの…かな?』

建国したのが、翔太が生きていただろう800年以上前の事だ。
800年も経てば分家もできるだろう。

『分家があるって言っても、分家と本家合わせて朱里の人口の1割程度だけどね』
『1割?』
『朱里の人達のほとんどここに住居構えているけど、小さい村とかが国内の四方に結構ちらばっているんだよ』

朱里は人口が少ないと聞いているが、それはティッシに比べればであって、大国のひとつとして数えられるくらいなのだからそれなりの人がいるのは当然かもしれない。
ティッシも首都以外に街はあるし、村も多くある。
同様に朱里にもこの城がある町意外に村があるという事なのだろう。

『甲斐から共通語を話せる人は少ないって聞いているんだけど、やっぱり少ない?』
『うん。ちゃんと話せるのは御三家では、柊のお爺ちゃんと、お父さん、お兄ちゃん、あと今は私くらいかな?あとは翻訳法術使える人は何人かいるけど…』
『翻訳法術あるんだ』
『覚えるの難しいけどね。やっぱり外国へ行くとなると言葉分からないのはすごく不便だから』

言葉を覚えるよりも法術を使った方が楽な人には楽なのかもしれない。
共通語とイディスセラ語は、英語と日本語だ。
文法や発音があまりにも違いすぎる。
日本語で大人になるまで育った人は、英語を覚えざるを得ない環境にでも行かない限り、綺麗な英語を習得するのは難しいだろう。

『じゃあ、イリスとの交流では翻訳法術使ってるの?』
『多分ね。私も詳しく知ってるわけじゃないけど…。あ、でも、法術使わなくても聞き取りだけならできるって人は結構いるよ』

言っている言葉はわかるが、同じ言葉で返答ができないという事なのだろう。

『最初イリスと交流始めた頃はね、向こうの人にも朱里の言葉を覚えてもらおうとしていたんだけど…』

むぅっと愛理が盛大に顔を顰める。
上手くいかなっただろう事が良く分かる表情だ。

『全然覚えてくれなかった、ってこと?』
『というか、発音がものすごく下手くそですごく聞き取りにくかったの』
『カタコト?』
『カタコトと言えばそうなんだろうけど…、なんというか…とにかく”これは駄目だ”って感じで、結局こっちの言葉教えるのは諦めちゃったの』

愛理もおそらくイリスの人達が話した”イディスセラ語”を聞いたのだろう。
英語という共通語に慣れている人が、発音のはっきりした日本語を話そうとすると、どうあっても聞き取りにくい言葉になる。
慣れて流暢に話せるようになれば別だろうが、シリンも香苗だった頃テレビで外国人があまり上手くない日本語を話すのを聞いたことがあるので、愛理の気持ちは少しわかる。

『ティッシの人達にも、何人かイディスセラ語覚えてもらうことになるだろうけど、多分時間がかかるだろうってことで、紫藤家と柊家はなるべく共通語を話せるようにって言われたのがちょっと前の事』

それで愛理は共通語を話せるようになっていたのだろう。

『春山家の人達は覚えなくていいの?』

純粋な疑問が口に出る。
朱里の御三家は、紫藤、柊、春山の三家であるはずなのに、愛理は春山の名を上げなかった。
シリンの問いに、愛理は困ったような表情を浮かべる。

『覚えなくてもいいじゃくて、多分覚えてくれないと思う』
『覚えてくれないって、でも…』

そこまで言ってシリンははっとなる。
ティッシ内では朱里との交流を良く思わない人達もいる。
シリンの周囲の人達は概ね賛成意見が多いのだが、そう思わない貴族もいるらしい事を聞いた事がある。
同様に朱里でも、ティッシとの交流を良く思わない人達がいるのだろう。

『春山家は、ティッシとの交流、あまり良く思ってないんだ?』
『…うん。正確には春山と一部の紫藤』
『紫藤も?』
『って言っても、一部の紫藤ってのは昴と昴を尊敬しちゃってる人達なんだけどね』

どこか嫌そうに愛理は言う。
昴は紫藤昴、甲斐と愛理の腹違いの兄だ。
甲斐は昴をちゃんと兄だと思っているように感じたが、どうも愛理は兄として慕ってはいないように思える。

『春山家ってのは、昔から好戦的な人が多いか、どうしても取りあえず仲良くしましょーってのは合わないみたいなの。昴はお母さんが春山の人だったから、昴はそういう考えになるように育っちゃったみたいでね』
『好戦的な人ってわけなんだ?』
『うん。戦争で負けて従うならまだしも、戦ってもいないのに仲良くするってのが嫌みたい』

自分よりも弱い相手と手を取り合いたくないという事なのか。
横に並ぶのならば、自分と対等の実力を持つ相手である事を確かめないと納得できない性格なのだろう。

『仲良くするなんてのは嫌だから、言葉も覚えないだろうって事なんだね』
『あとは、好戦的だから戦い得意だけど、勉強苦手な人が多いって理由もあるけど』
『つまり、話があるなら拳と拳を交えてからって事にしましょうって人達なんだ』
『そんな感じ。話し合いで解決するならそれで充分だと私は思うんだけどね』

シリンも愛理と同じ考え方だ。
話し合いで解決するならばそれで十分、あえて拳を交えることなど必要ないと思う。
だが、そうでもない人がいるだろう事もわからないでもない。
頭で理解はできても、感情が納得しないのだろう。

『だから、今回のティッシとの会談でも春山家の人はほとんど参加して…』

ぴたりっと愛理の言葉が止まる。
すくっと愛理が突然立ち上がって、廊下の方に向かい廊下をひょこっとのぞき見る。
何だろうと思い耳をすませてみれば、ガヤガヤと少し離れた所から騒がしい声が聞こえている。

(何かトラブルかな?)

パタパタとこちらに近づいてくる足音が聞こえている。
ぴたりっと足音がとまったと思えば、愛理の近くに人の影。
その影の主の姿は、シリンのいる所からは見えない。

『愛理様、昴様が…』

女の人の声が聞こえてくるが、詳しい内容は小さな声のようで聞き取れない。
愛理の顔が顰められるのを見る限り、あまり嬉しい内容ではないのだろう。

『下手に止めると大騒ぎになりかねないから様子見でいいけど、取りあえず警戒はしておいて。時期も時期だし』
『分かりました。お手数をおかけして申し訳ありません』
『ううん、こっちこそ、昴の事で色々面倒かけてごめんね』
『いつもの事ですから。それから、愛理様これを…』

すっと愛理に何か箱が差し出されるのが見えた。

『ティッシの姫様がいらっしゃっているようですので、いつもの所で水羊羹を購入してきました。どうぞ召し上がってください』
『ありがとう』
『それでは、私は失礼させていただきます』
『うん、お願いね』

トントンと今度はゆっくりと足音が遠ざかっていく。
愛理は小さくため息をつきながら部屋に戻ってくる。

『何かあった?』
『いつも事、ちょっと昴がね』
『昴?』

ことんっと愛理はゆっくり渡された箱を置き、ぱかりっと開ける。
中からは大きな葉につつまれた何か。
箱の割に中身が小さいように思えるのは、中身のものがそれだけ高級品ということか。

『昴は春山家よりの好戦的な考え方だから、昔から誰かと一戦交えるとか、とりあえず何か起きたら力づくでとか片付けようとしたりとかね』
『え?』
『何でもかんでもってわけじゃないんだけど、それでちょっとした事件になる事多いんだよ』

バタバタしているのも、同じような事という事なのだろうか。
しかし、今はシリンを含むティッシからの客人がいる。
起こす事がティッシの客人を巻き込むような事になるのはかなりマズイだろう。
それは少し考えれば分かる事であり、いくら好戦的とはいえそこまでの事はしないだろうと思いつつも、念の為と思い愛理は警戒するように言ったのだろう。

『それより、シリンこれ』

はい、と愛理は羊羹を乗せた皿をシリンに差し出してくる。
つやつやして美味しそうな羊羹である。
遠慮せずにシリンはその皿を受け取る。

(おー、ツヤツヤ羊羹)

ツヤツヤ感はあるが、水っぽいという感じではなく、ガッツリ中味が詰まってる感じだ。
かなり名店の羊羹なのだろう。
ぱくりっと綺麗に自分で切って羊羹を口に運ぶシリンと愛理。

『ん!冷えてて美味しい!』
『でしょう?冷やした方が美味しいものは、ちゃんと冷却法術使って冷やして売ってる所があるんだよ』
『そうなの?』
『うん。特に暑い季節の時は、野菜とか果物とかも冷やしたものを売ってたり、蜜柑は凍らせたモノとか売ってたりする事もあるんだよ』
『全部法術?』
『うん』

冷たいものは冷やしたまま。
ドライアイスなど存在しない今の時代、こうやって法術を生活に使うのは朱里くらいなものではないだろうか。
朱里国民の殆どの人達が、自身に宿す法力の量が大きいからこそできる事だろう。
法術具を使わず、自分の法力で冷却法術を使えばいいだけなのだ。

(まるで、生活のための法術だよね。あれ?でも、朱里で法術を作れたのは翔太だけっぽかったわけだから…)

つまりこの細々とした生活密着の法術は翔太作なのだろう。
指輪の法術具といい、この生活型法術といい、本当に色々なことしたものだと思う。
この発想については、自分も見習うべきかもしれないと思うシリンだった。


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