WOT -second- 37



「闇と光のその狭間、大地を揺れる優しき風の願いをその身に、荒れ狂う者達を沈めよ!」

ごぅっと巨大な白い竜巻が、戦っているゲイン達の所を襲う。
その瞬間、ティッシ軍人3人は球体のシールドに包まれるのが見えた。
どんっとその竜巻は、彼らの背後にあった船に直撃。
それでも船はびくともしないように見える。

『お〜、流石頑丈だなぁ』

呑気そうな翔太の声。
さっと竜巻がはれてきて、今まで戦っていた彼らがいた場所には、桜に護られていたティッシ軍人3人のみ。

「シリン姫様?」

驚いたように3人共シリンの方を振り返る。
シリンはにこっと笑みを浮かべて、ゲインが吹っ飛ばされた方へと視線を移す。

「できる限りの援助するから」
「ですが、貴女は…!」
「大丈夫」

あれだけでゲイン達がやられたとは思えない。
じっと待っていれば、彼ら2人の姿がこちらに向かってくるのが見えた。
シリンにまだ言いたい事があるだろう彼らは、それ以上は口を開かず構えを取った。

『先手必勝といくか?姉さん』
『結構物騒だね、翔太』
『んでも、あの2人ばっかに構ってられないだろうし、相手はあっちになるか?』
『あっち?』

巨大な法力が2つこちらに近づいてくる。
全く無傷の獣人が2人、ゲイン達とは格が違うだろう雰囲気に、3人のティッシ軍人は顔色を変える。

「4対2ってのは卑怯だとは思わないか?シリン」
「個々の能力を考えると、卑怯じゃないと私は思うんだけどね」

ふっと笑みを浮かべながら近づいてきたのはグルドだ。
上空にいるティッシ軍の実力がそんなに低いわけではないのに、グルドは全く手をだしていなかった状態のようだ。

「オレは貴様には借りがあるからな、小娘」

嫌な笑みを浮かべてグルドの隣に立つのはガルファである。
シリンは扇を握る手に汗がにじみ出るのが分かった。
それでも絶望感など全く感じない。

「4対4。これで人数的に対等だろう?」

ふっとグルドが浮かべる笑みは、言葉通り対等だとは思っているように見えない。
人数で対等でも、力では全く対等ではないのだ。

『じゃが、実戦というのは卑怯上等じゃ。対等である必要などない』
『桜?』

桜の名をシリンが呼んだ瞬間、ごぅっと大きな火柱がグルドとガルファを襲う。
大地から延びる炎の柱は、2人は包み込むように天へと舞いあがる。
肌に感じる熱は本物、シリンは突然の火柱に思わずぎょっとする。
シリンは何もしていない、そしてティッシ軍も驚いた表情を見る限り彼らがやった事でもないようだ。

『炎の柱の右斜め上に氷だ、姉さん!』
「凍てつく闇の輝き、静かなる眠りを与えよ!」

法術の発動と同時に炎からシリンが向けた法術の方向に影が抜け出してくる。
狙いが甘かったのか、その影の足のみをぱきんっと凍らせた。
影はグルドだったようで、グルドは気合で凍らされた足を開放する。

『ちっ、狙いが甘かったか!次、上空に雷撃!』
「天空を貫く鋭き刃、その輝きを放て!」

ばちばちっと上空に向けての雷撃、何もないと思っていたのにどうやら雷撃は誰かへ直撃。
上空からぐっとうめく声が聞こえた。
シリンに襲いかかろうとしていたガルファのようだ。
ガルファからばっと距離をとるシリン。
それを狙うようにグルドが炎を放つ。
シリンが何をせずとも、その炎はシリンにたどり着く前にばちんっとはじかれ消える。

(うあ…、なにこの強力なシールド)

内心思わず驚いてしまう。
シリンの自動防御は変に発動するとまずいので、現在は解いてしまっている。
先ほどのは桜のシールドだ。
自動防御など目ではないくらい、強力な絶対防御結界だ。

「4対4とか言っておきながら、私1人に2人相手ってのはないんじゃない?」
「人の事を言えるか?前触れなしに炎の柱ってのは、かなり物騒だぞ」

そう話すグルドはどこか楽しそうだ。

『戦場ではこれが普通じゃろうて、不意打ちなど当り前じゃ』
『だよな』

この口ぶりからすると、炎の柱を仕掛けたのは桜のようである。
シリン達側の守護に徹するかと思っていたが、それだけで済ますつもりはないようである。
頼もしいと思うべきなのか。

「実戦に正しいも何もねぇさ。そうだろう?小娘!」

ばちばちっと両手に雷を纏いながら、上空からシリンを見下ろすガルファ。

「ま、実際はそうだがな」

ごぅっと片手に炎、もう片方には風を纏うのはグルド。
どうやらグルドは属性を2つ持っていると考えるべきだろう。
ガルファの属性は雷のみと思っていいのだろうか。
上空からの雷、正面からの炎と風。

『ちょっと待ってろ、姉さん』
『2人も相手にせずともよくなるはずじゃ』
『へ?』

ガルファが腕を振り上げて雷をシリンへと放つ。
グルドも同時に放ってくると思ったが、グルドはシリンがいる方向とは全く別方向へ炎を放った。
何故?とシリンが思った瞬間、上空からの雷撃が大きな風によって飲み込まれ、雷を放ったガルファの身体が吹っ飛ぶのが見えた。
同時にグルドへも誰かが蹴りを繰り出し、それをグルドが腕で受け止める。

「へぇ、君はどうやらあっちとは違うみたいだね」
「それは褒められてるのか?」

ばっと双方距離をとり、シリンはグルドに襲いかかった相手の姿に驚く。
ふわりっと風に揺れる亜麻色の髪に、戦いにくそうな政務官の服装。
ここから遠く西へ移動中のはずのクルスの姿。

「シリン、無事か?!」

上から降ってきた声に顔を上げれば、そこには甲斐の姿もある。
甲斐に蹴り飛ばされたらしいガルファが、口元をぬぐってこちらへ向かってくる。

「なんだ、全然効いてないのか」
「貴様、何だ?!」
「何って、相手に名前を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀だろ?」

甲斐は着ていた上着を脱いで放り投げながら、ガルファから視線を外さずに問う。

「クルス殿下、甲斐…」

突然の2人の姿にシリンは驚く。
エルグが彼らが駆けつける事があるだろう事は言っていた。
だが、遠く離れた場所からどうやってこの場所を特定してくるのか分からなかったので、来る事をあまり期待はしていなかった。
クルスと甲斐はすっとシリンを護るように移動し、シリンの前に立つ。

「シリン姫はそういう姿も可愛いね」
「似合ってるぞ」

笑顔でクルスと甲斐にそう言われ、一瞬がくんっと力が抜けそうになる。
こんな状況で言う言葉ではないと思うのはシリンだけだろうか。

「この状況で話している余裕なんてあるのかよっ!」

ばちばちっとガルファが雷撃をこちらに向かって放ってくる。
だがそれは意味を成さず、シリンはおろかクルスや甲斐に到達する前に何かにはじかれ無効化される。

「なっ!!」
「無暗に攻撃するな、ガルファ。あちらはどうやら見えているだけが全ての相手ではないようだ」
「オレに命令するな、グルド!」
「命令でなく忠告だ」
「んなの知るかよ!とにかく手加減なんか全く必要ねぇ相手って事だろ!!」

ばちばちばちっとガルファは再び雷を手に纏う。
だが、それは雷だけの属性には見えない。

『闇と雷の属性じゃな。あの程度の法術、消し去ることなど容易いわ』
『目には目を、歯には歯を。同じ属性で圧倒してやれ、姉さん!』
「深淵に眠りし全てを覆う闇よ、空を荒れ狂う激しい金の刃よ!」

すっとシリンが扇を上に掲げて法術呪文を唱えだす。
それを防ごうとしているのか、グルドが炎を繰り出してくるのが横目で見えた。
だが、その炎は水の属性の法術によって打ち消される。
ゆっくりと上着を脱ぎ捨てるクルスが放った法術のようだ。
シリンの背中を護るように立つのは、クルスと甲斐。

「こっちは私とカイで引き受けるよ、シリン姫」
「どうやら、こっちのが手ごわそうだしな」
「遠慮も全く必要なさそうなのはやりやすいね」
「だよな」

どんっと衝撃が走るほどに膨れ上がるのはクルスと甲斐の法力。
甲斐の法力は封じられていたはずだが、その法力封じはティッシの王族のみが解除できる。
エルグが解除した事は考えにくいとなると、クルスが解いたのだろう。

(甲斐の法力封じ、解除しちゃってよかったのかな?)

そんな事をちらりっと頭の片隅で考えられるシリンは、余裕があるのかもしれない。
小さく笑みを浮かべながら、シリンは目の前で黒い雷を纏っているガルファに意識を集中する。
ぱちりっとシリンが握る扇が雷を帯びる。

「チリとなって消え去れ、小娘!!」
『たかがこの程度の力でうぬぼれるでないわ、獣ごときが』
『雷撃で囲え!』
「我がまとめし力にて、示したるもの全てを囲え!」

ガルファの放つ雷は桜の張ったシールドに完全に阻まれる。
その間シリンは法術呪文で集めた力を一気に解放、ばちばちっと大きな黒い光となった雷が外から回り込むようにしてガルファを囲う。
雷は輪となり、ガルファを締め付けるようにその輪を縮めようとするが、ガルファは自らの雷を再び発生させ、その雷でシリンの雷の動きを止める。

『水の竜巻!』
「静かに揺れし青き自然の恵みよ、荒れ狂う嵐となりて全てを巻き込め!」

ごうっと大きな青い竜巻が巻き上がり、雷で捕えられているガルファをそのまま下から巻き上げる。
雷の力も一緒に巻き上げていくため、竜巻は雷の力も帯びる。
竜巻は水の属性も兼ねており、水は電気を通す、つまり水と風、雷の力が大きく広がり竜巻に巻き込まれた者へと、より大きなダメージを与えることになる。

「ぐがぁぁぁ!!」

吠えるような声と、ばちんっと大きなはじけるような音と共に、巻き上がった竜巻はざっと散らされる。
どんっと大地を震わせるほどの巨大な法力を感じた。
ダメージを与えていないわけではなく、彼らの種族が打たれ強いだけだ。
あれだけの攻撃を耐えられることが、普通では信じられない。
くくくっとガルファは何がおかしいのか突然笑い出す。
その笑い声がぴたりっと止まったかと思えば、すぅっと金色の瞳でシリンを静かに見るガルファ。

「貴様、殺す!!」

本物の殺気を向けられ、びくりっと一瞬シリンは思考が止まってしまう。
その一瞬を逃がすガルファではなく、シリンに向かって闇の属性を帯びた雷を纏う刃を繰り出してくる。
ばちんっとすぐ目の前でガルファの腕は何かに阻まれる。

『光属性の雷!』
「ひ、光?!…全てを導きし清き光、たゆたう全てのものの輝き、荒れ狂う刃の力となりてその力を示せ!

ばちばちっと真っ白な光が雷となり、その雷はシリンの周囲の敵を一掃するかのように解放される。
それから逃れるようにガルファはシリンから距離を置く。
ガルファの纏っている雷の威力が少し落ちているように見える。

(相殺された?)

光と闇は正反対の性質であり、互いが互いを打ち消す事もあれば、互いが互いを増幅する事もある。
闇を帯びた雷と、光を帯びた雷。
今回は恐らく前者、互いが互いを打ち消す効果となったという事か。

『殺すというのは穏やかではないの』
『早めに拘束するとするか』
『他もだいぶ苦戦しておるようじゃからの』

グルドとクルス、甲斐達はともかく、他の所では魔族との戦いに慣れていないからか…決してクルスと甲斐が慣れているわけではないのだが…、どうも圧されている感が否めない。
巨大な法力同士のぶつかり合いが所々で行われる。
人数的にはこちらが圧倒的に多く、あちらは1人は船内にいるのだろうか、外にいる者は7名、対するこちらは軍人のみでも二十数名はいる。

『こっちをさくっと終わらせるぞ、姉さん』
『分かった』

こちらを睨み据えているガルファに、シリンは静かな視線を返す。
小さく深呼吸し、気持を落ち着かせる。
そして、ぎゅっと扇を握る手に力を込めたのだった。


Back  Top  Next