WOT -second- 38



ガルファの攻撃は比較的単調だ。
防御を担当している桜も、これならば防ぎやすいだろう。
だが、それは防ぐのが桜だから防ぎやすいのであって、普通の人ならばその攻撃の威力に完全防御が出来ないはずだ。
それほどまでに攻撃の全てが重い。

『後方、風!』
「凍てつく水の恵みを纏いて鋭き風の刃となせ!」

後方の気配など探らず、シリンは迷いなく後方へと法術を解き放つ。
後方からシリンを攻撃しようとしていたらしいガルファにそれは直撃する。
風の刃はガルファの右腕をかすめ、かすめた傷口をパキパキと音を立てながら氷が覆っていく。

『お、風だけじゃなくて氷属性混みのアレンジか?ナイス、姉さん!』
『痛そうだけどね…』

ガルファは炎の法術呪文を唱えて自分の腕を焼きつけ氷を解かす。
じゅっと毛が焼ける嫌な臭いがするが、ガルファは顔色を全く変えていない。
そのまま、ぎっとシリンを睨みつけて勢いをつけてこちらへ飛んでくる。

『正面から来るなんて、捕えてくれって言ってるようなもんだぜ。風の戒め、ついでに強力な電気ショックも加えてやれ!』
「大地を流れし緑の風よ、我が示しものを戒めよ、大自然の怒りの裁きを今ここに!」

向かってくるガルファを風の戒めが包み込むが、ガルファはそれを吠えながら気合で破壊する。
ばちばちっと雷撃のおまけつきなので、その雷撃に僅かに呻くがシリンへの突進の勢いを僅かに殺いだだけだ。

『あらら…』
『あららじゃねぇよ、姉さん!』

ガルファの鋭い爪が、がきんっと音をたててシリンの目の前でシールドに阻まれる。
力押しでそれを突き破ろうとしているのか、ガルファはシリンを睨み据えながら手に雷を纏い始める。

『シールド外の法術発動できるか?』
『多分』
『それなら外から囲い込め!まずは水!』
「我が望みのままに、静かなる水の響き、竜の怒りとともに放て!」

ざあっと水が出現し、ガルファを覆うように水のシールドが広がる。

『風で強化!』
「荒れ狂う風、静かなる水の流れと共に、その力を放て!」

水のシールドを囲うように風も包み込むようなシールドを作り出す。
ガルファを覆うようなシールドだが、当然シリンも覆い尽くしている。
このままシールドを縮めれば、シリンがセットでガルファを拘束する事になってしまう。

『転移と同時にシールド圧縮!』
「わが身を望みし場所へ運べ!」

ひゅっとシリンの姿がガルファの目の前からかき消える。
その姿はガルファのすぐ上に転移する。
そこは、シリンが作った水と風のシールド外の位置に当たる。

「竜たる水の怒り、荒れ狂う水を囲いし風、戒めとなれ!」

ぎゅんっと音をたてて一気に囲っていたシールドが縮まっていく。
ガルファを締め付けるように球体だったシールドは分かれ、腕と足、首を固定する様に水と風が巻きついていく。
どうにか逃れようと暴れ出すガルファだが、そう簡単に戒めは解かれない。
シリンはすっと一つの石を取り出す。

「発動」

石はふわりっとシリンの手から浮きあがり光につつまれ、輪の形になる。
その輪はガルファの額を締め付けるように形をかえ、光が消えたその後に残ったのは銀色の輪だ。

「貴様、何をした?!!」
「暴れられちゃ困るから法力封じ。最も、これがどこまで有効で貴方の法力をどれだけ封じられるかは分からないけどね」

とは言いつつも、法力の大半は封じる事が出来ただろう。
それにシリン特製の法力封じなので、そう簡単に外す事は出来ないはずである。
これでガルファの動きは封じた。
シリンは小さく息をつき、グルドと戦っている甲斐とクルスの方へと視線を移す。

『桜、念の為ガルファの見張りもお願い』
『承知した』

いくつの事も同時にできる桜にだからこそお願いできることだ。
万が一があって、ガルファに拘束を解かれては困る。
小さく息をつき、シリンはぐっと手に力を込める。
この調子でいけば、どうにか彼らを拘束できるかもしれない。
彼らを全員拘束して丁重にお帰り頂ければ、今回は終了だ。

(捕えた所で、そのまま捕虜にし続ける事はできないだろうし)

シリンは彼らの命を奪うような事はしたくない、そしてティッシ内で彼らを捕虜としてとらえておくことは無理だろう。
ならば強制転送でオーセイ方面に送り返すのが一番だ。

(彼らを捕えて、この場を転移できるように安定させて…)

船のシールドを無理やり解除している今の状態は、安心して転移できるような空間になっていない。
一番いいのは拘束する前に無理やり転移がいいのだが、そうもいかない。
なにはともあれ、クルスと甲斐が来てくれた事でどうにかなりそうな可能性が大きくなった事にシリンは少し安堵する。
だが、その少し浮かんだ安堵の気持が薄れ、ぞくりっと嫌な予感が背を走る。

(何?)

予感というよりも、本能的に何かを、大きな何かを感じた為の悪寒のようだ。
ほんの一瞬身体がこわ張り、その理由をシリンはすぐ知ることになる。

『姉さん!!』

焦ったような翔太の声が耳に響いたと思った瞬間、どんっと身体全体に負荷がかかる。
重力が一気に増したような感じだった。
ぐぐっと身体が地に押し付けられるような力を感じ、同時に聞こえたのは悲鳴。

「甲斐?!クルス殿下?!」

シリンの力で拘束されている目の前のガルファ、彼だけではない、先ほどまで戦っていた全ての獣人と軍人、少し上にいるクルスと甲斐も何故か自分の身体を抱き込みながら悲鳴を上げている。
シリンは急いでクルスと甲斐の所へと駆け寄る。
悲鳴というよりも、聞こえるのは何か痛みをこらえているようなうめき声だ。

「くっ…うぐ…っ!」
「…っ!!」

シリンには痛みも何もなく少し圧迫感を感じる程度で、何が起きているのか分からない。
苦しむ甲斐とクルスの姿を目の前で見ていて、シリンは何もできていないでいる。
痛みを感じているのはグルドも同じのようで、眉間にしわを寄せて何かを我慢する様にその場にじっとしている。
状況がつかめず、不安そうに周囲を見回すシリン。

「オレは騒ぎを起こすなと、何度も命じたはずだが?」

低い不機嫌そうな声が上から響く。
ゆっくりとシリンが上空を見上げると、そこには1人の獣人の姿。
この世界には珍しく、服装が現代風のものを纏っている。
いつの間にここに来たのか、それにシリンは全く気付かなかった。

『ドゥールガ』

ぽつりっと呟く翔太の声が耳に届く。
この場で痛みを感じていないように立つ彼、ドゥールガ・レサ。
平然としている彼がこの状況を作り出したのだろう事が分かる。

『あれが…』

シリンの口から零れた言葉は少しかすれていた。
その姿から雰囲気からして、格が全く違う事が肌で感じられる。
感じる法力が大きいのか小さいのか、雰囲気に呑まれそうで良く分からない。

『主、これは人に組み込まれた遺伝子プロテクトを利用した法術じゃ。すぐに解除法術を作れるか?』
『さ、くら?』
『ドゥールガ・レサのみが使う、大戦時もっとも恐れられた法術。遺伝子プロテクトがかかっておる全ての者に有効故、ほとんどの者がその痛みで動けなくなるものじゃ』

だからシリンは平気なのだ。
法術を理解できなくなってしまうよう組み込まれた遺伝子レベルでのプロテクト。
それが全くないのはこの場ではシリンのみ。

(解除って言っても、遺伝子レベルで影響のある法術の解除なんて、どうやって発動したのかも分からないのに完全な解除は…)

だが、この場で平然としているシリン、術者本人であるドゥールガ以外は敵味方問わず苦しんでいる。
法術対象範囲内に入っているらしい、避難しているミシェル達はどうかと思えば、悲鳴を上げるほどの痛みを感じているようには見えず、それは離れた場所にいるからかと思ったが違う。

(シールド?結界で効力が緩和できる?それなら…)

解除は出来ないが、痛みから解放させる手段はある。

「時と時を繋ぎし無なる力、数多の時を流れし見えぬ力、全てを繋ぎし力、我望む、その力にて全てのものを断ち切らんことを!」

すっとシリンが扇を挙げると法術が発動する。
この場にいるドゥールガの術で苦しむ者全てを虹色のシールドが包み込む。
しゅるしゅるっと包み込む虹色のシールドは暖かい光、朱里に桜が張った結界と同じようなレベルの強力なシールドだ。
そのシールドに包まれ痛みが消えたのか、悲鳴がだんだんと消えていく。

『やはり解除は無理か、主』
『構成が分からない以上、完全解除の法術はすぐには無理だよ』
『俺もこの法術だけは、どうしても完全に防げなかった記憶があるしな』

シリンは小さく息をつくが、このシールドを維持するのに扇の力を使っているので、今は派手な法術を使う事が出来ない。
すぐそばで小さく息を吐きながら痛む表情が和らいでくる甲斐とクルスの姿。

「シリン姫…?」
「シリン?」
「大丈夫?痛みはない?ごめん、完全解除できない。今法力自体を断絶するシールド張っただけだから中からの攻撃も無理だと思う」

この状況をどうにかする為には、ドゥールガに法術を解除してもらわなければならない。
ドゥールガがこの場で平気で動いているシリンにようやく気付いたのか、すぅっとゆっくり視線がシリンへと向けられる。
その視線にシリンは反射的にびくりっと身体が震える。

「そのやり方、随分昔にも覚えがあるな」

ゆっくりとシリンの元へと近づいてくるドゥールガ。
威圧感が、雰囲気が、他の獣人と全く違う。
こげ茶色の毛も金色の瞳も同じように見えるのに、顔立ちは永き時を生きたものを感じる。
扇を利用してシールドの維持をしている為に先ほどのようにぽんぽんっと法術を使う事が出来ないシリンに緊張感が襲う。
いや、やろうと思えばできるだろうが、それをするにはシリン自身への身体への負荷が大きすぎるのだ。

「その服装も随分と懐かしい」

シリンが今着ているようなTシャツにジーパンという服装は、少なくともシリンが知る限り今の時代には存在しない。

「その姿も、遥か昔を思い起こさせるものだ」

すっとドゥールガが手を伸ばしてシリンの頬にゆっくりと触れる。
彼ら種族の爪は鋭い為、するりっと撫でるようにドゥールガが手を動かせば、爪がシリンの頬を傷つける。
シリンは何故か凍りついたかのように身体を動かす事ができなかった。
怖かったのか、それとも別の理由だったのか、それは後で考えても分からないことだった。
だが、ドゥールガから視線を外さず、彼の言葉をじっと聞いていた。

「本当に懐かしい」

すぅっと細められるドゥールガの瞳は懐かしそうなものを見る瞳。
自分でつけたシリンの頬の傷から流れる血を指でぬぐいながら、うっすらと笑みを浮かべるドゥールガ。

「だが、貴様は違う」

低い、低い、地を這うような声とともに、ぐっとシリンの身体にかかる圧迫感が増した。
同時にぱりんっとガラスが割れるような音とともに、シリンが護りとして張ったシールドが無残にも割れるのが見えた。
ドゥールガが法術にさらに力を加えただろうだけで、とってもあっけなく壊れたシールド。
シリンは一瞬何が起こったのか分からず、大きく目を見開くだけだった。


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