WORLD OF TRUTH 25




シリンがティッシに戻ってきて10日程が経っていた。
両親にも会いセルドにも会ったが、3人共事後処理やら今後のことで忙しいらしく、屋敷の方にめったに帰って来ない。
大変心配かけてしまった手前、それにクルスがなんとか誤魔化してくれるようなので下手に動けないというのもあるが、シリンはかなり暇をもてあましていた。
屋敷にある書庫の本はある程度は読み終わっているものばかりの為、読書で時間をつぶすこともできない。

(時間があると色々考えちゃうんだよね…)

暇だった最初の1日目は、ひたすら落ち込んでいた。
クルスと会話をしたことで多少は落ち着いていたものの、時間ができて考え込んで落ち込んで…そして一晩眠ってすっきりした。
人間は意外と単純な生き物だ。
そして次にする事と言えば、桜の言葉を考える事だろう。
自分の部屋にあるソファーに寄りかかりながらシリンは考える。

(日本という言葉出てきたと言う事は、少なからず私が生きていたあの世界とこの世界は関係があるという事。そしてシュリの情景が昔の日本のようなものなのは多分…)

シュリに住むイディスセラ族というのは、日本人の血をひいているのではないのだろうか。
イディスセラ語が日本語であり、文化も昔の日本そのまま。
これで全く日本と関係がないとは考えられない。

(可能性として考えられるのは、この世界に地球の人が移住した事、後はこの世界が…)

「地球である事」

ぽつりっと呟くシリン。
ここがかつてシリンが紫藤香苗として暮らしていた星と同じ星であると考えたほうが、納得出来る事は多い。
法術の事は置いておくとして、長さの単位、時間の単位が香苗が使っていたものと同じなのだ。

「左様、ここは地球じゃよ」

聞き覚えのある声と話し方にシリンはがばりっと座っていたソファーから立ち上がる。

「桜?!」
「遅くなってすまぬな。朱里の方も色々ごたごたしていたゆえ、それを手伝っておったのじゃ」
「遅くなってって…、別にそれはいいんだけど」
「主の遺伝子パターンを妾の本体にマスター登録してあるゆえ、居場所などすぐに分かるのじゃよ」

別れた時と変わらぬ笑みを浮かべ、桜がそこに立っていた。
その手は立体映像とは思えないほど現実感があるものに見える。

「分からない事が多いのじゃろう?その説明をせねばとは思っておったのじゃ」
「桜は知ってるの?」

シリンが疑問に思っていることに答えられるのか。
日本を知っているということは、少なからず日本が存在していたことを知っているということになる。
名前だけで知っているのか、その日本に桜も存在していたのか。

『西暦2842年』
「へ?」

突然イディスセラ語で話し出した、しかも言われた言葉にシリンは一瞬きょとんっとする。

『旧暦で言えば、今は西暦2842年じゃ』
『西暦って…ちょっと待って、それって…』
『ここは地球だと言うたじゃろう?』

予想はしていたものの、西暦を言われて肯定されれば、流石に混乱する。
たとえ想定内の事でも、それが衝撃的なことならばあっさり受け入れられるはずがない。

(西暦2842年ってことは、”私”が生きていた時よりも800年以上未来)

シリンの知らない800年間に何があったのか分からない。
分かるのはこの世界の状況から世界の科学力が低下した事、法術というものが存在するようになったこと、イディスセラ族という黒髪黒目の人たちが恐れられるような世界であること。
シリンが異世界と思っていてもおかしくないほどに、紫藤香苗が生きていた時代と変わってしまっている。

『詳細は省くが簡単でよければ説明するぞ、主よ。その為に妾は来たのじゃから』
『詳細は話せないの?』

桜は少しだけ困ったような笑みを浮かべる。

『主ならば想像はつくじゃろう?ここまで文化レベルを落とすほどの戦争とそして災害があったのじゃ。人も多く亡くなった』

機械という機械類が殆どない。
生活を便利にするものは法術のみ。
化石燃料や原子力等のエネルギー活用はもとより、電気という存在すらない。
文化レベルが落ちたとしても、これでは機械関係の活用方法が全て消えてしまったかのよう。
シリンは小さくため息をついて、ソファーに腰を下ろす。
全て分かるわけではないが、想像できる程度の知識が頭の中にある。
人は時にどんな生き物よりも欲深く、残酷で、それでいて何故か優しいのだ。

『私が知っている国の殆どが、その名を残せないほどに酷い被害だったんだね』
『一時は国というもの全てがなくなるほど酷い世界となったからの』

香苗が生きていた時代でも戦争は存在していた。
だが、世界規模の戦争はなかった。
国という国が滅びるまでの酷い戦争が起こるきっかけもなかったはずだ。
そして大きな災害が起きるだろう事も考えられていなかった。

『原因は法力じゃよ』
『法力?』
『戦争は法力をめぐるもの、そして大自然の命の源と言ってもよいものじゃ』

魔法のような力、法力。
それは人の身にあり、大自然全てに存在し、その量は人それぞれ違う。
桜はゆっくりと静かに話し出す。
恐らくそれは全ての始まりだろう話。



桜の話は西暦2010年から始まった。
2010年はシリンが香苗として最後に生きていた年、つまりこの年に紫藤香苗は命を落とした。

香苗がなくなる原因となった地震はアジア大震災という巨大地震で、日本列島は半分ほど沈み、ユーラシア大陸も5分の1ほど沈んだ。
しかし、その地震によって大地からあふれ出る新しいエネルギーが発見される。
それは”法力”と名づけられ、後に命あるもの全てがもつエネルギーと解り”法術”ができる。

10年後法術が一般的に広がりだし、法力強化人間を作るための実験参加を震災被害を受けなかった先進国が募集、多くはアメリカやヨーロッパ地方の国々が募集をかけた。
震災によって大打撃を受けていたアジア全域の国々は、まだ完全に復興しておらず、その募集に飛びついた者は多数、その中でも日本人は多かったようだ。
非人道的な扱いはしないとされていた実験だったが、実態は酷いもので、5年後に実験体となった者達が反乱。
多数が東洋人だった為、黒髪黒い瞳を見たら捕獲か抹殺の命を出す国もあった。
この反乱した東洋人が後のイディスセラ族であり、大多数が日本人だった為に、イディスセラ語と呼ばれるものは日本語なのである。

そして、法力強化を受けた人間…イディスセラ族とその他の人たちの戦争、第三次世界大戦が起きる。
その頃に桜のような存在も作られ、攻撃は殆ど法術で行われ、世界全土が戦争に巻き込まれていった。
長く続くかと思われたその戦争だったが、2030年世界大震災が起こる。
法術の使いすぎゆえの法力の乱れによる、世界規模での大震災。
ここで文明レベルが一気に低下、戦争中断、世界恐慌。
人は生活を維持することに全力を注ぐようになり、十数年するうちに戦争の原因すらも薄れ、残ったのはイディスセラ族と他の者達が争っていた事実だけだった。


『戦争と世界大震災により、科学力のほとんどは失われたと言ってもよい』
『けれど、桜は?』

桜の存在はここにある。
桜は大戦時に創られた存在であり、当時の科学力を集めて創られたはずだ。

『妾は世界大震災の折、自己防衛プログラムが働き本体そのものは完全に眠りについたのじゃ。その眠りを解くにはキーが必要なのじゃよ』
『そのキーが”東京都”だった』
『そうじゃ、妾を創ったのは日本人じゃからの。止めのような世界大震災で日本列島は全て沈み、妾の本体も今は海の底』

海の底に沈んでしまったものを頼ろうなど思いつく、余裕のある者は当時現れなかった。
だから桜は意識すらも眠り続けた。
いずれ自分が何かの役に立つことができる日が来るまで。

『時が経ち、妾の意識を地表に出すようになった頃には、もう日本の存在を知る者がいなかったのじゃ』
『だから桜の問いに誰も答えられなかったんだね』

書面で残っている記録は恐らく全て資源として扱われ、燃やされ、機械類は使用できる者がだんだんと減り意味を成さないガラクタとなっていく。
シリンが知る限り、ティッシにもこの世界の過去の国々の記録は残っていなかった。
忘れられた文明になってしまっているのだろう。

『原因が不明となっても、イディスセラ族を迫害する意識だけは消えておらなかった。妾が地表に出た時、”父上”の子孫がそこにいた。だから妾はその時持てる法力で朱里に結界を張ったのじゃ』
『その頃にはもう朱里があったんだね』
『妾が目覚めたのが世界大震災より100年程経っておった。記録としては残してあるが、世界大震災が起こってから70年経ち、国というものが出来始めたようじゃからの』
『けど、桜の”父上”って?』
『妾の製作者じゃよ。日本人での、主に少し似ておる』
『性格が?』
『考え方が、じゃな』

桜を創った人がシリンと考え方が似ているのはおかしくはないだろう。
紫藤香苗として、恐らくその”父上”と同じ年代を生きてきた時がシリンにあったのだから。
同じものを見、同じ時を生きていれば、多少環境が違えど、考え方が同じようになっていてもおかしくはない、シリンはそう思った。

『それから気になっていたんだけど、主とかって…?』
『主はシリン・フィリアリナ、お主が妾のキーで本体を開放した者であるゆえ、妾のマスター…主がお主であるからこその呼び名じゃ。妾は戦争の為に生まれたようなものじゃからの、妾を動かしたのは人であり、人にしか妾の本体を開放できるものはおらぬ』
『主人を持たなければ、桜は全力で動けないって事?』
『そう創られたからの』

桜は気にしていないように言うが、シリンは少しだけ顔を歪めた。

『そんなに気にするでない、主よ。他のA・Iに比べれば、妾の扱いは良いほうじゃった』
『それって他にも桜のような存在がいたってこと?』
『”こちら”側のA・Iは妾だけじゃったが、敵方にも似たような存在はおったようで、その扱いは随分と酷いものじゃったと”記録”に残っておる』

こちら側とは日本人を主体とした戦力になっていた側の事であり、敵方は法術強化人間を作り出した側の国々だろう。
桜の言い方だと、桜自身が直接戦場に出たことはなさそうだ。
そのあたりは桜の製作者である”父上”がいい人だったのだろう。

『その桜以外のA・Iってどうなっているの?』
『メインコンピュータが壊れておらぬ限り今でも健在じゃろうな。あの当時作られた機械系統の殆どは自然の法力をエネルギー源としておるものばかりじゃったからの』
『ティッシでは聞いた事がないけど、他の国にはあるってことかな?』
『埋もれている可能性が高いがの。今の人間では機械の使い方が解らぬじゃろ』

桜のように立体映像で現れて指示をだしてくれればいいが、皆桜のような仕様であるかも分からない。
コンピュータにアクセスして使用できる仕様ならば、今の人間では無理だろう。
使い方が解らないはずだ。

『”今の人間”で思い出したんだけど、桜って私が日本の事を知っているって気付いていたよね?』
『知っておったからの』
『知ってたって何を?』

桜が言っていたが、日本語を流暢に話すことができたというのも確かに理由の1つかもしれない。
イディスセラ族が独特の言葉を話すことをシリンは知らなかった。
それはつまり、イディスセラ語自体がそう知られているものではないと言う証拠。
シュリに近いティッシでその認識なのだから、流暢に話せる人がいるとは思えないだろう。

『2010年のアジア大震災で亡くなった者のうち、その記憶を持ったまま転生する可能性があることを、じゃ』

シリンは驚きで目を開く。
前世である紫藤香苗の記憶を持っていること。
そこまで桜が分かっていてあの問いを出してきたのかどうかは分からなかった。
しかし、桜は分かっていて聞いてきた。

『アジア大震災が切欠で、震災地域から大地の法力があふれ出たゆえ、その法力を浴びた者達は何が起こっても不思議ではないのじゃよ。しかし、転生の確率はかなり低く、主が今そのように生まれそのように育つ確率は奇跡と言ってよいかもしれぬ』
『奇跡…』
『一言で言ってしまえば”運が良かった”としか言えぬがの』

”運が良かった”と片付けてしまえばそうかもしれない。
何か重大な役目とか陰謀とかがあったのではないかとも考えていたこともあったシリンとしては、運が良かったで済まされるとあっけなさ過ぎて考え込んでいた時期の自分が可哀想に思えてくる。

『紫藤香苗がシリン・フィリアリナとして転生したのは”運が良かった”からね』

下手な意味がある転生よりも、その方がシリンとして先に向き合える。
何か意味があるのならば、それを成さねばならないだろうし、前世の記憶があることで自分は多くの利点があった。

『主の昔の名は紫藤香苗と言うのかえ?』
『うん』
『不思議なものじゃな。甲斐達と同じ苗字とは』
『それについては偶然の一致に、自分でもちょっとびっくりしたよ』

紫藤香苗とカイ達とは、もしかしたらどこかで血が繋がっているかもしれない。
香苗の親戚がカイ達の先祖である可能性もある。
しかし、法術とは何でもありのような気がしてきてしまう。
シリンが知る限り、科学力と似たような事象を起こすことは可能だ。

(転生までさせることができるなんて…。いや、でも、多分確率としてはものすごく低かったんだろうけど)

アジア大震災で大地からあふれ出る法力を浴びた者に起こる奇跡。
いや、それは奇跡ではないかもしれない。
シリンとて法術理論が分かっても、法力の全てを理解できているわけではない。
その未知な部分が、今のようなことを引き起こすのだろう。


Back  Top  Next