WORLD OF TRUTH 24




まず簡単に話したのは、シュリにいた時のシリンの待遇だった。
人質や捕虜のようなものではなく、客人のように良い待遇を受けた事。

「監禁されていたわけじゃなかったんだね」
「えっと、まぁ、心配してくれたクルス殿下達には大変申し訳ないんですが…」

(のんびりお茶すすって羊羹食べてました…とまで流石に口に出せない)

クルスはシリンのそんな思いは全く気にしていないかのように、シリンの待遇が良かったことに安心しているようだ。
こういう反応をされると、ますます後ろめたい気持ちになってしまう。

「それでティッシ軍が攻めて来たのでお城の方に一緒に避難しようとしていたんです」
「お城?それってあの白い壁と黒い屋根の変な形をした大きな建物のことかい?」
「はい、そうです。あれがシュリでの城です」

どうやらティッシの人からみれば和風の城は変な形をした建物になるらしい。
確かに洋風の石造りの城が当たり前の人からみれば、どちらかといえば木造建築である和風の城は変わったものに見えるのだろうが、シリンにとって和風の城も洋風の城も”城”という感覚があるのでクルスの感覚は良く分からない。

「シリン姫がこっちに戻ってくるのに、シュリの人は誰も止めなかった?」
「止めなかったというより、そんな状況ではなかったと思います。私ももうちょっとタイミング見て帰るつもりだったのですが、色々事情が変わってしまったので」

結界を張ることまでは考えていたが、シリンは自分がティッシに戻る時期を殆ど考えていなかった。
戦争が休戦、または終結してから考えればいいと思っていたのだ。
クルス達が心配していることを自覚して、彼らも守りたいと思っているからこそ、シリンは法術を自分で使うという結果になったのだ。

「シリン姫は転移法術は使えないよね?」
「そうですね。ですから、私の法力でなくて”別”の法力を使わせてもらったんです」
「別?」

自然の法力を使うにしても、人の法力を使うにしても、その法力を取り込むための法術というのが必要である。
その法術は大して法力も必要もなく、その対象の法力も利用しての法術の為、シリンに使うことができるのだ。
ただ、これはその法術を理解し、そしてなお取り込んだ法力の量を自分で解ってコントロールする必要がある為、難しいといえば難しい法術になるだろう。

「あの場にいた昴…イディスセラ族の人なんですけど、その人の法力を譲ってもらって法術を組んだんです」
「譲ってもらったということは、シリン姫がその人に頼んだのかい?」
「いえ、緊急だったので無許可で頂きました」

それこそ遠慮なんて言葉がどこかに吹き飛んでしまうくらいに根こそぎ。
セルドと戦ってセルドを傷つけようとしていた時点で、シリンには手加減などはするつもりは全くなく、ごっそり頂いたのだ。
流石に空になるまでもらうと相手の生命に関わる可能性が出てくるので、最小限は残したがきっと立ち上がることができない程に体力すらも奪われている状態になっただろう。

「意外と過激だね、シリン姫」
「そうですか?」

昴も問答無用でセルドに攻撃を仕掛けていたのだから、過激さではあちらの方が上ではないだろうか。

「けれど、他の人の法力を使って法術を使うなんて聞いたことがないよ」
「まぁ、そうですね。法術を学ぶ人は法術を使うに足る法力を持つ人くらいですから」
「私やセルドには必要ない方法だろうね」

シリンのように、名門の家に生まれながらも法力が少なく、しかし家柄から最低限の法術の基礎を学ばなければならない状況になければ、そんなことも思い浮かばないだろう。
一般市民で法術を学ぶことができる者は、法力のある才能がある者のみだ。

「他の法力をもらう方法は結構簡単なんです。応用すればかなり物騒な法術もできますから、これはちょっと簡単に人には教えられない方法なんですけどね」

シリンでも使える法力を奪う法術だ。
ただ、奪った法力を自分のものとしてコントロールする事は結構難しい。
知ったとしても簡単に使えるようなものではない。

「けれど今まで誰もその法術を使っていないってことは、理論、理解しないと無理な類のものなんじゃない?」

クルスはシリンが言うようにそれが簡単なものではないだろうことを指摘する。
そう、法力を奪う法術は理論を理解していなければ発動できない法術で、簡単と言えば簡単だろうが、それはシリンにとっての簡単のレベルだ。
法力の消費量から考えれば初級法術にあたるだろうが、理論を考えれば高位…いや効果を考えれば禁呪の類になるだろう。

「どこがどうなっているかを理解していないと、ひょいっとできないような法術ではありますよ」
「それで、その法術で法力を得て法術を使ったんだね」
「はい」

最初に使った風の法術で飛んだものは、桜が集めた法力からこぼれているものを借りた。
だが、全てを転移させる為にはこぼれてきた法力だけでは足りなかった。

「あちらが結界を張ることは知っていたので、けれどその結界が以前のものよりもより強力なものなので結界範囲内にいる人が押しのけられるだけではなく、法術に巻き込まれてしまう可能性が高かったんです」

桜に集まっていた法力量を考えれば、どのくらい強力な結界を張ろうとしていたのかが解るだろう。
あんなものに巻き込まれてしまえば、無事で済むかどうか解らない。

「私はあの国でとても良くしてもらっていたんです。だから、なるべく犠牲は出したくなかった」
「あそこで結界範囲内にいたティッシ軍人が結界に巻き込まれて犠牲者がでたとして、私達ティッシ軍人からみれば、シュリに対しての印象が更に悪化するだけだからね」

シリンはこくりっと頷く。

「もしかしたら見落としてしまった人もいたかもしれないです。あの時、簡易探査しかしなかったので、生命反応で転移対象を決めちゃったので。多分、動物とかもまぎれていたんじゃないかと」
「動物?ああ、そう言えば猿が何匹か一緒に転移されてきたってのを聞いたよ」
「…やっぱり」

ため息が出てしまっても仕方ないだろう。
最も、あの場でアレだけの法術を一気に組み上げ使いこなしたシリンをすごいとクルスは思っている。
シリンは、たった8歳の少女なのだ。
あのような戦場で正常な判断ができるだけでもすごいというのに、最適な法術を組み上げてティッシ軍を全て転移させる法術を組み上げた。

「簡易探査で転移対象を決めて転移って簡単に言うけどね、シリン姫。それってものごく難しいことだと思うよ」
「そうですか?転移する法術自体は、対象が1人でも2人でも変わらないので人数分組み上げる必要もありませんし」
「人数分必要ないのかい?」
「え?ないでしょう?」

思わず双方共にきょとんっとする。
クルスは覚えて法術を使うに対し、シリンは理解して法術を使う。
理解していると言うことは、法術を重ねて使いたい時、余分となる法術の組み上げを省略することができると言うことだ。
シリンはそれをするからこそ、転移法術使用時、対象が何人でも人数分組み上げる必要がないだけである。
クルスはくすっと笑う。

「やっぱり君はすごいよ」
「そんなことないです」

(理論を理解できれば、きっと誰だってこのくらいは思いつくだろうし)

だが、その法術の理論を理解できないのが今法術を多く使う者たちなのである。
何故理解できないのか、それは分からない。
それが当たり前になってしまっているようだから。

「けれど、クルス殿下。本当に誤魔化すなんてできるんですか?」
「大丈夫だよ。上の人間を黙らせる事くらいはできるんだ」
「黙らせる事くらい?」
「うん。ほら、地位が上の人って少なからず後ろめたいことの10や20はしているじゃない?だから、ね」

にっこり笑みを浮かべる17歳の青年であるクルス。
つまり弱みの1つや2つくらい持っていると言いたいのだろう。
17歳でこれとは、末恐ろしいような気もするが、そうでもないと王族としてやっていけいないのかもしれない。

「えーっと、まぁ…なんと言っていいのか分からないですが、そういう脅しめいたことは程ほどにした方がいいと思いますよ」
「大丈夫だよ。ちゃんと”説得”したように見せるから」

にこにこしながらとんでもない事を言うクルスに、シリンはなんと返していいのか分からなかった。
かろうじて引きつりそうになる顔の表情を止めることくらいしかできない。

「シリン姫には被害がいかないように、最大限努力するからね」
「それはありがたいのですが、無理しないで下さいね」

誤魔化し役を買って出てくれるのは正直ありがたい。
シリンではきっとティッシ国内で権力を持つ人たちに弁明しようとしても上手くいかないだろう。
物事を冷静に判断できるように見えても、やはりシリンは普通に育った16年間の記憶があるだけの一般人に過ぎない。

「私は、そういう気遣いをしてくれるシリン姫が大好きだよ」
「クルス殿下?」

ふわりっと優しそうにクルスは笑みを浮かべて、シリンの頬を右手で撫でる。
その手はとても優しい。

「ちょっと落ち込んでいるでしょ?シリン姫」
「?」
「自覚ないのかな?私には、今のシリン姫は体力がないだけじゃなくて、精神的にも元気がないように見えるよ」

シリンは思わず苦笑する。
それはきっと当たりだ。
目が覚めて自分1人だけだったら、きっと今頃ネガティブ思考まっしぐらだったかもしれない。
クルスと話をしているから落ち着けている。

「もしかして、シュリにいたかった?」

そう聞いてくるクルスの声が少しだけ震えているように思えたのは気のせいだろうか。
シリンは小さく笑みを浮かべて、首をゆっくり横にふる。
半分嘘で半分本当の答え。

「帰って来る事ができて、ほっとしていますよ」
「本当に?」
「はい、本当です」

クルスはシリンのその答えに、小さくため息をつく。

「シリン姫は感情を隠すのがとても上手だね。嘘か本当か分かり難いよ」
「嘘はついていませんよ?」
「そうかもしれないね」

クルスはシリンの頬に添えていた手で、シリンの前髪を撫でる。
さらりっと前髪が揺れたと思った瞬間、額にクルスの唇が触れる。

「クルス殿下?」

シリンはクルスのその行動に少し驚く。
今まで抱きついてきたり、のしかかられたりすることは毎回だった。
それでも恋情を感じるような行動にクルスが出た事はない。

「あと数日ほどゆっくりして、ちゃんと身体を回復させてね」

シリンはクッションに寄りかかったままの身体の力が抜けていくのを感じた。
ぐいっと意識がひっぱられるように沈んでいくのを感じる。
視界がかすみ、自分がとてつもない眠気に襲われていることを自覚する。
突然の眠気に不思議に思いながらも、そのまま抗うことなくシリンの意識は沈んでいく。

「これから、やることがたくさんだね」

ふっとクルスはどこか楽しそうに嬉しそうに笑みを浮かべる。
周囲の説得と誤魔化しが大変なことは自覚している。
だが、それがシリンの為になることが分かっているからやりがいがある。
自身の成長にもつながり、そして大切な人の為にも成る事。

「ゆっくり休むんだよ、シリン姫」

クルスはシリンに気付かせない。
自分にとってシリンの存在がどんなに大切なものであるかを。
負担になりたくない、けれどもシリンの為にできる限りの事をしてあげたい。
彼はそう思っているのだ。

シリンが次に目を覚ましたのは、次の日の昼だった。
その時にようやく気付く。
急に眠くなったのは、クルスに法術をかけられたせいだったのだと。
体力はほぼ回復していたシリンだったが、心配かけてしまった事悪いと思い、当分は大人しくしていようと思ったのだった。


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