WORLD OF TRUTH 04



カイに出会ってから、シリンは法術関係の書籍をよく読むようになってきた。
法術の組み立て方を理解し、それを解く。
それがとても面白いと感じ始めていたからだ。
切欠は勿論、カイに嵌められた手錠である。

「本当に解けるのか?」
「ん〜、法術の組み立て方は分かったんだけど、これをかけた術師にバレないように解くとなるとちょっと難しくて」

ちょこちょこカイの所に来ては、シリンは手錠を眺めて考える。
まだこの手錠の法術は解けていなかった。
法術の組み方自体はそう難しくはないが、強力な法力が込められている。
時間はかなり掛かるが、それを解く事はできるだろう。
しかし、案の定というべきか、こういうものにはお決まりの、解かれたこれをかけた術者に解かれたことが分かってしまうという法術も組み込まれている。

「オレの処刑の方が先に来るかもな…」
「それは大丈夫。それとなく父様に聞いてみたら、捕まえたイディスセラ族ってのは、基本的に人質として利用するから、大人しい限りは早々には処刑はしないんだって。ま、それは表向きかもしれないけど、ここにひと気がないところから見るに、すぐにってことはないよ」

手錠に刻まれた法術の文字をなぞりながら、シリンは淡々と話す。

「シリン、お前、年いくつだっけ?」
「ん?7歳だよ。それがどうかした?」

きょとんっとしたシリンに巨大なため息をつくカイ。
何かまずいことでも言っただろうか、と思ってしまう。

「お前、7歳の子が言えるような言葉じゃないぞ。本当に7歳かよ?」
「悲しいことに、どう調べても7歳には変わりないよ。カイが16歳に見えないようにね」
「悪かったなっ!イディスセラ族は基本的に童顔なんだよ」

(私が7歳に見えないのは仕方ないでしょ。だって、精神年齢はもっと上なんだから)

そんなことを思いながら、今日もシリンは金色の輪の手錠に組み込まれた法術と睨めっこである。
確かに組み立て方は分かるが、シリンはこれと同じものを作ることは出来ないだろう。
シリンが作るには法力が足りない。
どこから集めて作るにしてもその労力への負担の方が大きくなるだろうから、メリットは殆どなくなる。

「やっぱり時間がかかりそう」
「そんなに複雑なのか?」

その言葉にシリンは思わずカイを見上げてしまう。
法術の組み方自体はそう難しくはない。
この手錠によって法力が使えないから解けないとしても、これを見て法術の仕組みを理解できないのだろうか。

「おい、今一瞬オレを馬鹿にしただろ?」
「だって、これ、そんな難しいものじゃないよ」
「刻まれた法術の欠片だけで、これを解き明かすことのどこが難しくないんだよ」
「ティッシとシュリの基準の違いかな?」
「んな馬鹿な。お前のその考え方が違いすぎなだけだろ。普通は法術を読み解こうとはしない、立ちふさがる法術は力で破壊する方が容易いしな」

とは言われても、シリンは自分の少ない法力をなんとか使って屋敷からの脱出方法を模索しているのだ。
力が足りないのはどうしようもないのだから、その力を知識や理論で補う為に、調べた事からオリジナルの法術を組み上げるしかない。
オリジナルの法術を組み上げるという事は法術そのものを理解していなくてはならない。
普通の法術師に比べると、知識や理解度はかなりのものである事は自覚はしている。
それでも、普通の法術師に比べればの話、いずれセルドもこのくらいのことは出来るようになるだろう。

「ここから出られたら、法術の基礎理論を勉強すれば?」
「ぐ…」
「法術を読み解くことができるときっと役に立つよ」
「……ど、努力はしてみる」

カイが法術の理論を勉強しなかったのは、それだけの法力を保有しているからなのだろう。
簡単には封じ込めないだろう大きな法力。
シリンが読み解いたこの法術は、対象の法力を使って法力を封じ込めているものだ。
法力を使おうとすれば使おうとするほど、封じる力は強固なものになる。

「方法としては2つかな?」
「2つあるのか?」
「うん。1つは、私がゆっくりと触れてはいけない所に触れずに解いていくこと、ただこれは時間が物凄くかかる」
「どのくらいかかるんだ?」
「毎日頑張っても20日くらいかかるかも」
「はあ?!」
「私の法力じゃ、やっぱりどうあっても20日程かけてちまちまやってくしかないから」

兄セルドほどの法力があれば、1時間とかからないだろう。
だが、シリンの保有する法力はセルドやカイのものに比べれば微々たるものだ。
20日程度でなんとかなりそうなのだから、褒めて欲しいくらいだ。

「…仕方ないか。オレだけじゃずっとこのままだっただろうしな。んで、もう1つの方法はなんだ?」
「もう1つは、解除に時間はかからないんだけど…」
「けど?」
「術者にはバレる」

シリンとてまだ法術は勉強中の身のようなものだ。
何年何十年と法術を学んできた者のように、いく通りも術の解き方が出てくるわけではない。

「バレるなら、無理やり解くとの同じじゃないのか?」
「ううん、この方法はバレると同時に法術が解けるから、カイが上手く逃げてくれれば問題ないよ」

バレてしまっても、その瞬間にその場に駆けつけることなど不可能だろう。
出来たとしても、相当の法力を保有しているカイが全力で逃げようと思えば逃げられるはずだ。
ただ、問題は、相当の騒ぎがここで起こるという事である。

「イディスセラ族の印象を悪くしたくないなら、こっそり逃げるのが一番だと思うけど、どうする?」

後者の方法をとる場合、シリンも準備が必要である。
解けたとたんにカイが逃げるとして、シリンがこの場に留まっていては色々な意味で危険だ。

「時間に余裕はあるだろうから20日程かかる方でいい。すぐ解ける方じゃ、シリンの方にも迷惑かかるだろ」

カイは迷いなくそう答えた。
自分だけのことを考えず、シリンのことを考えてくれる暖かさがあるのが嬉しいと思える。

「んじゃ、時間掛かるほうで解いていくけど、私もここに毎日来れるわけじゃないし…」
「そりゃそーだな。ここには家を抜け出して来てるんだろ?家族に心配かけてないか?」
「それは大丈夫。私が散歩でうろちょろするのは良くある事だし、両親も兄様も忙しくて家にはあまりいないし」

とても優秀な両親と兄、シリンが”香苗”としての記憶を持たずにそのまま生まれ育っていれば、優秀すぎるほどの両親と兄を絶対に羨んで拒否しただろう。
精神年齢が高いからなのか、シリンは物事を少しは広く見られるようになった。
寂しいには寂しいが、忙しい中帰って来てくれる両親や兄は、シリンに笑みを見せてくれる。
それだけで満足しなければ、と思っているのだ。

「親と兄が忙しいって、普段お前何してるんだ?」
「何って、ちょっとした礼儀作法の勉強とか、法術に関しての本を読んだりとか、でも、大体気分転換にこうして散歩してることが多いよ」
「気分転換?」

カイが顔を顰めたのが分かった。
確かに両親や兄達に会うことの出来ない寂しさはあるが、屋敷にいる人達も優しいのだからシリンはそれでそれなりに満足はしている。

「そんな年齢で、親も兄も側にいなくて、寂しいとか思わないのか?」
「思うよ。でも仕方ないよ、父様も母様も兄様も大きな法力を持ってしまっているんだから」

両親も兄も、シリンが強大な法力を持って生まれなかったことにどこか安心しているのを知っている。
法力があるからといって幸せな生活が出来るわけではないことを知っているからだろう。
だから、シリンも下手に我侭を言わずに大人しく…とは言いがたい生活を送ってるが…しているのだ。

「別に7歳くらいなら、多少の我侭くらい言ってもいいとオレは思うけどな。仕事に構ってないで遊んでよ!とかさ」
「う〜ん、私はそう言えない性格なんだよね」

性格というよりも精神年齢上というべきだろう。
流石にこの年になって、寂しいからと駄々をこねるつもりはない。

「結構好き勝手させてもらっているから、お相子だと思うし」
「好き勝手?」
「本当なら今の時間は礼儀作法の時間なんだよね。優雅なお茶の飲み方、綺麗なお辞儀の仕方、可愛らしい笑みの浮かべ方とかね」
「うあ…、窮屈そうな時間だな」
「うん、思いっきり窮屈。それでも他の貴族の子供達なんかは法術の学院に通いながらそれをこなしているらしいし、それを思えば私は好き勝手しているんだよ」

それでも最低限の礼儀作法は叩き込まれた。
貴族に生まれてしまった義務とでも言うべきか、最低限は身につける必要があった。
最低限の礼儀作法など小さい頃からやっていれば、すぐに身につく。

「シリン」

くいくいっとカイが手招きして、シリンに近づいてくるように促す。
手錠を眺める為に結構近くにいたシリンだったが、これ以上どう近づいてどうするつもりなのか分からず、2歩ほどカイに近づく。
カイはシリンを抱き込むようにして、シリンをぎゅっと両手で抱きしめる。

「は?」

一瞬驚いたものの、ぽんぽんっと軽く背中を叩かれ、一体なんのつもりなのだろうとカイをひょいっと見上げるシリン。

「えっと、コレは何を意味しているのでしょーか?」

7歳のシリンの身体は小さく、カイの腕の中にすっぽりおさまってしまう。
この抱擁に何の意味があるか分からないが、少なくとも恋情は全くないだろう。
そんな甘い雰囲気など感じたことがないのだから。

「お前、無理するなよ。小さいんだから、もうちょっと我侭言っておけ」

かけられた声はとても暖かいものだった。

(子ども扱いされているだけ?いや、本当に子供だからいいんだけどね。それに、なんかほっとするし)

母に抱きしめられた記憶は少ないがある、父に抱きしめられた記憶は殆どない。
両親が共に忙しい人だとは分かっているものの、こうして誰かの温もりを感じるとほっとする。

(ああ、そっか)

シリンはそうしてやっと気づいた。
こうして誰かに抱きしめて欲しいと自分は思っていたのかもしれない、と。
時々物凄く不安になる時があった。
”香苗”であった頃の記憶があるシリンは、誰もそれを知らないことに寂しくなることがあった。
それはきっと誰かにこうして抱きしめてもらえば安心することだったのかもしれない。

(変なの。カイは全然血縁関係なんかなくて、”私”から見れば年下だし、知らない人なのに)

すごくほっと安心してしまうのは、何の下心もなく、彼が抱きしめてくれているからだろう。
子供に対して優しいのか、手錠の法術をシリンが解いてくれるからそのお返しのつもりなのかは分からない。
シリンはそこでふっと兄セルドのことを思い出す。

(兄様も抱きしめられれば安心するのかな?)

幼いながら1人で学院に毎日通い、勉強詰めの毎日。
両親との関わりは、きっとシリン以上に少ないはずだ。

「カイ」

シリンはひょいっと顔を上げる。

「あ、悪い」

カイはぱっと腕を離してシリンを開放する。
シリンから目を逸らして気まずそうな表情を見るからに、どうやら無意識の行動だったようだ。
そんなカイにシリンは笑みを浮かべる。

「ありがと」
「は?」
「お陰で、大事なこと気づいたよ」

今度はシリンがぎゅっとカイに抱きつく。
わっとカイが驚く声が聞こえたが、シリンは全然気にしない。

「お返し」

シリンは笑いながら、カイの背中を同じようにぽんぽんっと軽く叩く。
こうされるとやっぱりほっとするのは、きっと同じだろう。
警戒を必要としない相手にされれば、の話だが。
シリンがカイから身体を離すと、カイはどこかほけっとした様子だった。

「カイ?」

呼びかけるシリンの言葉にはっとなるカイ。
わたわたと慌ててカイはほんの少し顔を赤くしてシリンをじっと見る。

「なんかまずかった?」
「い、いや…っ!」

イディスセラ族の風習か何かで抱きつかれてはいけないとかいうものでもあるのだろうか、とシリンは一瞬思ったのだ。
カイは思いっきり首を横に振る。
別に7歳くらいの子供に抱きしめられたからといって、何がどうというわけでもないのだろう。
妙齢の女性に抱きしめられたのならともかく。

(もしかして、純情なだけ?)

それにしては自分の方が抱きついてきたのに妙な反応である。
抱きつくのはいいが、抱きつかれるのは苦手だとかそういうオチなのだろうか。

(ま、いっか)

カイの反応は置いとき、シリンは今度セルドに会った時に思いっきり抱きついてやろうと思った。
暖かな温もりを感じることは、きっととっても安心することだろうと思うから。
幸せになって欲しいと思う兄に、この暖かさを知って欲しいから。


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