WORLD OF TRUTH 03



時は流れ、シリンは7歳になっていた。
流石に7歳にもなれば、それなりに流暢に言葉が話せるようになってくる。
シリンの双子の兄であるセルドは”ティッシ学院”という、この国唯一の学校であり、その学校に通うものはある程度の法力がなければ通うことができないという学院に通っている。
国にとって将来性のある者だけを入学させるの学院だ。
学院は6歳から通うことが出来る。
幼い頃からの方が、何をするにも身につくのは早いということなのだろう。
シリンは、やはりというかなんというか、法力が全然足りずに学院への入学は認められなかった。
貴族で入学を認められない子というのはそう多くはないようで、シリンは自分が周囲から見下されていることを理解していた。

「あら?セルド様の妹君よ」
「あれがそうなの?フィリアリナに生まれながら法力がない子」
「お可愛そうに」

シリンが屋敷の外へ出て散歩をしていると、決まってそれを見かけた貴族の女達がくすくすっと笑いながらそんなことを言っているのが聞こえる。
最初はすごく嫌だった。
でも、そんなことは言っても無駄なのだと分かっているから無視をする。
時々思うのだ、自分はこの国で、この世界では孤独なのではないかと。

(誰も、私が香苗であったことなんて誰も知らない)

兄のセルドはとても優しいし、母も忙しいながらもシリンに本当の笑みを向けてくれる。
父は厳しさはあるが、シリンが頑張って成したことは、どんな些細なことでも頭を撫でて褒めてくれる。
家族には恵まれているのだと思う。

「おちこぼれのお嬢様がこんな所に何のご用かしら?」
「入学許可が下りなかった可愛そうなフィリアリナ家の子は羨ましいのではなくて?」

その声に、シリンは学院の近くまで来てしまったのだと気づく。
フィリアリナ家の屋敷がある場所はこの国、ティッシの貴族院の中である。
ティッシ国は広い、中央に城があり、それを囲むように貴族達の大きな屋敷…そこを貴族院と呼ぶのだが、その貴族院の南中央に学院がある。
貴族院の外、それがティッシの一般市民が住む城下町が広がる。
フィリアリナ家の屋敷は、学院のすぐ側にででーんと大きく構えて存在している。

「資格のない子は丁寧に追い返さなければならないわよね」
「ええ、勿論だわ。以前もこちらに来ていたようだから、二度と間違えて迷い込まないように教え込む必要もありそうよ」
「全くだわ」

くすくす笑う学院の女生徒達。
シリンを見つけてはあざ笑うのは女生徒だけでなはなく、シリンを見た学院の生徒殆どがそうだ。
セルドの存在がその内に秘める法力の大きさで有名なようで、保有する法力が少ないシリンも別の意味で有名だった。

「いらっしゃい、おちこぼれのシリン・フィリアリナ。いえ、貴女にフィリアリナの名を名乗る資格などなかったわね」

哂っていた1人の女子生徒がシリンの腕を掴んでどこかへと引っ張っていく。
シリンはこういう時、逆らわないようにしている。
逆らえば手を出してくる可能性があるからだ。
いくら嫌がらせとは言え、所詮は世の中を知らないお嬢様、お坊ちゃまの集団。
シリンに出来る嫌がらせと言えば、シリンが怖がりそうな場所に置き去りにする事くらいだろう。

(なんて低レベル)

方角を調べる法術というのは意外と簡単でシリンの法力でも使うことが出来る。
それを使って1歩1歩歩いていけば、屋敷にたどり着くことくらいは簡単だ。
だから、シリンは大人しく引っ張られるのだ。
ぐいぐい引っ張られるシリンは、向かう先に建物があるのに気づく。
薄汚れた壁に緑の蔦が絡まり、まるでそこは放棄された何かの施設であるかのように見えた。

「フィリアリナ家のおちこぼれ。イディスセラ族に食い殺されればいいわ!」
「へ?」

シリンは腕を掴んでいた女生徒に建物の方へと突き飛ばされた。
突き飛ばされた所には丁度小窓があったらしき穴がある。
しかし、その窓には今はガラスも何も嵌っていない。

(ちょっと待ったぁぁ!!)

すぽんっと綺麗に穴に入り込んでしまったシリンは、自分が空に投げ出されたかのような感覚を味わう。
少しの浮遊感と真っ暗な闇。

どさりっ

「っ?!!」

高いとこから落とされたかのような痛みが体を襲う。

(いったぁ…!安全かと思って完全に油断した。まさかこんなことまでしでかしてくれるなんて)

シリンは痛む体を何とか起こす。
体のあちこちが痛むが、少しぶつけただけのようだ。
見上げてみれば、自分の身長の3倍はありそうな高さの所にシリンが入り込んだ小窓がある。

(まぁ、この位の高さなら、ちょっと法術で風を呼べば抜け出せるかな)

法力が少ないとはいえ、シリンは法術を使えないわけではない。
殺傷能力がある法術や、回復を補助する法術までは使えないが、小さな火を熾したり、コップ1杯分の水を呼んだり、自分を浮かすことが出来る程度の風を纏ったりすることくらいは出来る。
ただ、すぐに抜け出してもまた何か言われるだろう。
しばらくここで時間をつぶしてからの方がいいだろうとシリンは思った。
ぱんぱんっと服についた埃らしきものを払い、どこか座れる所はないかと周囲を見回す。
しかし、視界に人影がよぎり思わずぎくりっとなる。

(誰か…いる?)

気配を捉えるなどそんな高度な事がシリンにできるはずもなく、視界にその座り込んでいるような人影を見て、初めてこの空間にも人がいる事に気づいた。

「子供か?」

聞こえた声に思わずびくりっとなる。
声では性別は分からないところを見ると、大人というわけではないのだろう。

「オレが怖いのか?別に何もしないよ、何にもできないしな」

相手が両手を挙げたのが見えた。
その動きと共にじゃらりっと鎖が動いたような音がする。
相手の腕に何かが嵌っている。
シリンは自分の右手の平を上に向けて、法力を細く紡ぎながら法術を使う。

「光よ」

ぽぅっと小さな光球がシリンの手の平に浮かぶ。
その光はふよふよっと天井近くまで浮き上がり、この周囲を照らし出す。
明るくなると相手の姿も、ここの部屋の状況も見えてくる。
この部屋にいた人影は少年のようだった。
黒く短い髪に黒い瞳、その顔立ちはどこか幼く、年の頃は12−3歳くらいに見える。
だが、顔立ちはとても整っていて、兄であるセルドと同じくらい綺麗な人のように見える。

(どーして世の中って、こう綺麗な人ばっかりなんだろ)

シリンの周囲が貴族ばかりだからか、法力の強い人ばかりだからか、皆顔立ちはとても整っている。
思わずため息をついてしまいそうになる。
シリンは少年の両腕に嵌められているものに気づく。
金色の輪、それが両腕をあまり動かせないように、短い鎖で繋がれている。
両腕を顔の横に上げれば、それ以上は腕を広げられないような短さだ。

「手錠…ですか?」

良く見ればこの部屋も囚人の部屋のような雰囲気だ。
上も下も左右も全て石壁、薄い毛布が一枚と、部屋の先には格子が見える。
じっと手錠を見るシリン。
金色の輪には法術が刻まれているように見える。

「あなた、何かしたんですか?」

こんな所に閉じ込められているなんて、まるで犯罪者かのようだ。
まだ少年とも言えるような子供が一体何をしたのだろう。
だが、相手の少年はシリンの言葉と表情に驚いていた。

「オレが怖くないのか?」

(怖くないかって、こんなナリしてもしかして重大犯罪者とか?いや、それならいくら世間に疎い私でも知っているはずだし、そんな話聞いたこともない)

幼い少年の重大犯罪者ならば、父や母からぽろりっとこぼれ聞くこともあるだろう。
なのにそんな噂は全く聞いていない。

「変なヤツ。君はティッシの貴族なんだろ?」
「はあ…、一応そうですけど」

平々凡々で育った16年間の記憶があるシリンとしては、自分が貴族だと言われてもイマイチ実感がわいてこない。

「いくら法術を封じられているとは言っても、イディスセラ族であるオレを怖がらないティッシの人間なんて初めてだ」

シリンはその言葉にぴしりっと自分が固まるのが分かった。
イディスセラ族、少年の口からそんな言葉が零れなかっただろうか、いや、聞き違いだろうか。
法術を学んでいた時、散々耳にした言葉だ。

「いでぃす…せら、ぞく?」
「知ってるだろ?イディスセラ族は、オレみたいに皆黒髪黒目なんだ」

(な、なんじゃそりゃーー?!)

シリンは思わず自分の頭を抱えてしまう。
イディスセラ族の存在は恐れられ、その身に保有する法力の量はかなりのもの。
全てのイディスセラ族がそうであるからこそ、恐れられている存在だ。

「ちょ、ちょっと待って。イディスセラ族って皆黒髪に黒目?」
「ああ、まさか知らなかったのか?」

あまりの事実に丁寧語が吹き飛ぶシリン。
生前黒髪黒目だった身としては、大層複雑な事実だ。
黒髪であるということは聞いていた。
だが、イディスセラ族の特徴が黒髪に黒目というのは全然知らなかった。

(でも全部が全部ってのはおかしくないかな?混血とかもあるだろうし、そうなれば黒髪黒目だけでもないし、それともイディスセラ族って純血を守っているとか?というよりも昔の日本みたいに鎖国主義とか?あ、でも、昔生物大好きな知り合いが、黒髪は優勢遺伝子とかなんとか…)

ちらりっと少年の顔を見てみれば、どう見ても黒髪に黒目である。
しかしそれ以外は普通の人と変わらない。
寧ろ顔立ちが綺麗な分、シリンよりも兄達に溶け込めるように思えてしまう。

「て、あれ?イディスセラ族なのに、なんでティッシにいるの?」
「…この状況を見て推測くらいできるだろ」

呆れたようにシリンを見る少年。
少年の手には手錠が嵌めてあることをシリンは再度確認する。

「捕まった?」
「ああ、自分の力を過信しすぎてな」
「ふ〜ん」

これほどの綺麗な人なのだから、その法力も相当なものなのだろう。
若さゆえの過ちという所か。

「流石にティッシの中心地に助けがくるはずもないだろうから、諦めるしかないんだろうけどさ」

少年ははあっと大きなため息をつく。

「ここ、牢屋?」
「見た通りのな」
「私が落ちてきた所からは脱出は無理?」
「出れてもここに逆戻りだろ。最悪の場合は即効処刑だな」

処刑という言葉に、シリンは思わず顔を顰める。
ティッシはそれなりの大国だ。
これほどまでの大国ならば、裏というのも存在するだろう。
法術を血で染め、命を奪い、欲望のままに力を振るう、そんな裏が。

「法力は?」
「この通り」

少年は腕についた金色の腕輪を見せる。

「これ、法力封じの法術だね」
「分かるのか?」
「ん〜……、もしかしたら時間がかかるかもしれないけど、解けるかも」
「マジ?!」
「ティッシもそうだけど、法術って法力の大きさに頼り切ってる部分があるから、実際あんま複雑なのってないんだよね」

法術は基礎をきちんと理解していれば、その組み方は理解できるものが殆どだ。
それが人のオリジナルの法術であっても、シリンは理解できない法術をあまり見ないことに気づいている。
理解できても解く事ができないものは、シリンの法力が及ばないものだ。

「ただ、私は自分の持つ法力がとてつもなく小さいもんで、法術解くのってすんごく時間掛かるんだよね」
「お前、貴族じゃないのか?」
「一応名前は貴族。もしかしたらイディスセラ族の中でも噂くらいはあるかも、兄様の方は有名だし」
「兄がいるのか?」
「うん、すっごく優秀な兄様がね」

法力が小さくても法術を解く方法がないわけではない。
小さな法力を幾重にも組み上げ、法術を1つ1つ丁寧に細かく解いていくのだ。
ただ、それはとてつもなく時間がかかる。
そんな時間の猶予がある事など早々ないだろうから、シリンは自分が時間をかけてでもできるその事を誰にも言っていない。

「ティッシで有名って言ったら、セルド・フィリアリナ。そう言えば双子の妹がいるって聞いた事があるけど…まさか!」
「そう、そのまさか。名前言ってなかったよね。私は、シリン、シリン・フィリアリナ。貴方は?」

シリンはにこりっと少年に笑みを浮かべる。
少年は戸惑ったような表情をしたが、シリンの笑みに自分も小さく笑みを返す。

「オレはカイ」

それがシリンが初めて出会ったイディスセラ族だった。
自分や兄と何も違わないように見える。
違うのは髪の色と瞳の色だけ。
持つ法力の大きさがどれだけなど、シリンには関係なかった。
何故なら、兄もまた強大な法力を保有しているから。
強大な法力を保有しているからといって、恐れを抱く存在であるとは限らないのだから。


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