秘密03



この世界の東西には大きな森がそれぞれ存在する。
南北には大きな氷の大地が存在するように。
東西の森には人が入ることは殆どない。
なぜならば、森が大きすぎるからだ。
東の大きな森は、一応ファストの領土になってはいるものの、ファストもその森の全域を把握しているわけではない。

森の中の奥深く、レイが魔法で作り上げた屋敷がある。
その屋敷の前に、レイとガイは転移してきた。
とんっと小さな草の広がる大地に足をつける。

「ここがそうか?」
「はい。一応ここには管理してくれるひとがいるんですけど…」

レイは屋敷の周囲をきょろきょろっと見回す。
いくら近づく人が殆どいないだろうと思っていても、誰もないのは無用心だと思い、留守を頼んでいるひとがいるのだ。

「レイ!」

自分の名を呼ぶ声に、レイははっとなる。
ふっと上に何かがいたと思った瞬間、そのひとは上から降ってきた。
すとんっと綺麗に着地すると同時に彼の長い髪の毛がふわりっと舞う。
その髪は、後ろできっちりと1つにまとめてあり、所々短くなっている毛が、頭の上でハネている。

「どうした?随分と急なんだな……って、誰だ?」

体つきはガイよりも少し大きめだろうか、人にはあまり見られない銀髪の毛は硬そうで、ガイを見るその瞳は紫色だ。
年齢はガイよりも5つほど年上に見える。

「今一緒に旅をしている仲間の人なの」
「へぇ…、レイが一緒に連れてくるなんて、随分と信用しているんだな」
「うん」

レイは照れたように笑みを浮かべる。
そのレイの表情に、カシュウは優しい目でレイを見る。
そして、カシュウはガイへと目を向ける。

「オレはカシュウ。あんたは?」
「ガイだ」

ガイはそっけなく答えるが、カシュウは気にした風もなく、ガイをじろじろっと見る。
見るというよりも見定めると表現した方が正しいだろう。

「ガイ・レストア?」
「……そうだ」
「へぇ〜、レストアの秘蔵っ子かよ」

その言葉にぴくりっとガイの表情が動く。

「カシュウってガイのことを知ってるの?」
「は?知ってるも何も、レストアのガイって言ったらかなり有名だぞ?散々世界中を旅している癖に、噂も耳にしたことないのか?」

レイは首を縦に振る。
噂も何も、ガイに会って初めてガイのことを知ったのだ。
サナのことは名前だけは知っていた。
リーズのことも大魔道士という事で知っていた。
ガイは何の剣術大会に出ているわけでもなければ、有名なのはレストア国内の首都の中での話しくらいだろうと思っていたのだ。

「魔法以外のことは興味なしかよ。そういうところはアイリアさん譲りだな」

ぽんっとどこか呆れたように、レイの頭に手を置くカシュウ。

「なにか新しいのでも回収したのか?」
「うん。禁呪じゃないんだけど、これ」

レイは水晶球をカシュウに見せる。
透明に輝く水晶球。
カシュウはそれをじっと見て、ため息をつく。

「これ、もしかして知識の泉にあったヤツか?」
「知識の、泉?」
「この水晶球、泉の中にあっただろ?」

レイは頷く。
確かにこの水晶球は、地下の泉の中に存在していた。

「その泉、知識の泉って言ってな、多分800年くらい前に作られたモンだぜ?」
「800年って…」
「そう、まだ聖獣界への扉が開かれていた時代だ。あの当時は聖獣の力を借りることもできたから、今よりも魔法に関しては発達していたしな」

聖獣界の存在を知る者は、この世界には少ない。
なぜならば、聖獣界への扉が閉じられて、もう何百年も経ってしまっているからだ。
閉じられた扉は開かれることなく、時が経つにつれてその存在はしだいと忘れ去られていったのだ。
聖獣界の存在を知る者は、魔道士でも高位の魔道士くらいだろう。
800年前はまだ聖獣界への扉は開かれていた時代のはずだ。

「とりあえず中でお茶くらい飲んでいけよ。お茶の1杯くらい飲む時間はあるんだろ?」

カシュウはくいっと屋敷の方を指で示す。

「うん」

久しぶりに会ったカシュウと話もしたいし、お茶くらいはいいだろうとレイは思う。
レイは屋敷の中へと歩き出したが、ガイはその場に止まったままカシュウを睨むように見ている。

「ガイ?どうかしましたか?」

ガイは1度レイに視線を向け、そしてカシュウへと視線を戻す。

「どういう関係なんだ?」

レイは一瞬何のことを言われたのか分からなかったが、カシュウと自分の関係を聞かれたのだと気づく。
どうと言われると説明しにくくなってしまう。
レイが迷っているうちにカシュウが先に口を開く。

「育ての親みたいなモンだよ。レイが赤ん坊の頃から、レイの相手をアイリアさんに任されていたりしたしな」
「だが、お前はひとではないだろう?」
「お?よく分かったな。さすが、ガイ・レストア」

にっとカシュウは笑みを浮かべる。
輝くような銀髪はともかくとして、紫色の瞳というのは人ではありえない色だ。
自然に生まれてくる人間で、紫色の瞳を持った者はいない。

「そう、オレは人じゃない。レイとは正確には契約者と契約主の関係で、育ての親ってのも本当だ。ちなみに、ガイ、お前よりも随分と年上だからそれなりに敬って欲しいものなんだが?」

ガイは少し顔を顰める。
その反応にカシュウはくくくっと笑う。

「オレとレイの関係とかも話してやるよ。だから中でお茶でも飲んでいってくれ。何より、レイ」
「うん?」
「せめて魔力を8割くらいまで回復させていけ。その状態でふらふらするのは少し心配だ」
「…う」

ガイは魔力の流れを感じることはできても、人の魔力量を捉えることは出来ない。
少しだけ眠って回復したレイの回復量が、どの程度のものだったのかは分からなかった。
レイの今の反応からすると、回復量がそう多くはないのだろう。

「レイ、大丈夫なのか?」
「え?あ、はい。ちょっとカシュウが過保護なだけです」

カシュウの魔力回復云々の言葉に、ガイは心配そうにレイを見るが、レイは苦笑するだけ。
油断は禁物だろうが、大丈夫だと思ったからここに来たのだ。
何よりここは安全であることを、レイは知っているから安心して来ることが出来た。

「育ての親、なのか?」
「はい、そんなような感じです。もう、物心ついた頃からカシュウはあんな感じで一緒にいたので」
「ひとではないんだろう?」
「元はお父さんが召喚して、契約したんです」

レイが物心ついた頃から、今と変わらない姿で側にいたカシュウ。
両親と同じくらい一緒にいて、家族のような存在だ。

「アレはぜってぇに召喚だなんて、言わねぇぞ、レイ。まさに引きずり込んだ、だぜ。このオレを無理やり引きずり出すなんて真似、カスティアでもなけりゃできねぇだろうけどさ」

びしりっとレイの召喚という言葉に異議を申し立てるカシュウ。
カシュウが一体どうやって父カスティアに召喚されたのか、その経緯はレイも知らない。
当たり前のようにその存在があったので、いつどうしてというのは聞こうとも思わなかったのだ。

「今はレイと契約しているというのは?」
「ああ、それはその言葉の通りだぜ?カスティアのヤツ、オレが邪魔だっつーからレイと契約しなおしたんだ。もう10年くらい経つか?」
「うん。カシュウと契約しうる為の魔力を持つようになってきた時だったしね」

召喚された者は召喚した魔道士と契約を持つ。
契約の内容は召喚した魔道士によって違う。
良い魔道士に召喚されれば良いが、悪意を持った魔道士に召喚されてしまった場合は、一生道具として使われることもある。
ただし、召喚された者の力が召喚主よりも上の場合は、契約を力で破棄することも可能だ。

「そういう詳しい話も中でな」

禁呪を保管するだけとしては広い屋敷だろう。
そしてカシュウ1人だけが住むとしても十分広い。
カシュウは1人ですたすたと屋敷の中へと歩き出す。
レイとガイもそれに続くようにゆっくりと屋敷の中へと向かう。

「信用、しているんだな」
「え?」
「あいつを随分と信用しているんだな」

ガイの言葉にレイはきょとんっとする。
きょとんっとしたレイの腕を、ガイはぐいっと引っ張り引き寄せる。
引き寄せたレイの額に軽く唇を落とす。
突然のことで、レイはばっと顔を上げてガイの唇が触れた部分を手で隠すようにしてしまう。

「ガ、ガイ?!」

思わず顔がかぁっと赤くなる。
ガイはすぐにレイの腕から手を離し、何でもないかのような表情をしている。

「気にするな」
「き、気にするなって…」

気にしないことが出来るようなことだっただろうか。

「ただの嫉妬だ」

レイはその事に、呆然と足を止めたままになってしまう。
さらりっと言われた言葉の意味を頭の中で理解して、口から零れた言葉は1つだけ。

「…え?」

自然と赤かった顔が更に赤くなるのをレイは感じた。
こんなストレートではない言葉で言って欲しいと思ってしまう。
ガイは顔を真っ赤にしたレイの反応に、どこか満足そうに少しだけ笑みを浮かべていた。


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