秘密02
ガイはレイを抱きしめたまま離そうとせず、だからといって何もしてこないし何も言ってこない。
パニックになっていたレイだったが、流石に時間が経ってくるとだんだんと気持ちが落ち着いてくる。
顔がほんのり赤いのは仕方ないとして、冷静に考えることができるようになってくるのに気づいた。
「あの、ガイ?」
落ち着いてくると沈黙がなんとなく気まずいので、レイはガイに声をかけてみる。
「なんだ?」
思っていたよりも耳の近くで聞こえた声に、ぴくっと反応してしまう。
声をかけたはいいものの、レイは何を話していいのか迷う。
身内以外にこうしてストレートに好意を持たれたのは初めてのことで、どうしたらいいのか分からないのだ。
小さい頃、一緒に遊んだ同年代の子供たちと一緒にいる楽しさの”好き”とは全然違う気持ちなのだろう事は分かる。
知識では恋愛ごとのことも、旅の間に聞いたことはあるのだが、経験というのがさっぱりなのだ。
(こ、こういう場合って、どうしたら…)
「レイ」
ガイが苦笑したのが分かった。
「別に答えをくれとかそんなことは言わない。だから、もう少し力を抜いてくれないか?」
そう言われて、レイは自分が思っていた以上に今の状況に緊張していたのが分かった。
しかし分かったところで緊張が解けるわけでもない。
「オレに抱きしめられるのは嫌か?」
「え?」
「こうやって…」
ぎゅっとガイがレイの身体を抱きこむように抱きしめる。
「抱きしめられるのは嫌か?」
レイはガイに抱きしめられながら考える。
これほど密着していると、互いの体温が伝わってきて、レイとしては寧ろほっとする。
人の体温は心を和ませることができるのだとレイは思う。
「嫌じゃないですよ」
だからレイは正直に答えた。
抱きしめられるのは嫌いじゃない。
今度は、ガイはレイの右頬に唇を落とす。
「こういうのは、嫌いか?」
抱きしめられながら耳元で問われ、レイの顔は真っ赤になる。
「い…、いやではないと思うのですが…」
「ですが?」
ガイにそういうことをされて嫌悪感があるのならば、一番最初に抱きしめられた時に魔法で吹き飛ばすなりなんなりしているはずだ。
現在ガイは仲間でもあるのだから、後々のことを考えて吹き飛ばすまではいかないまでも、思いっきり拒否はするだろう。
つまりそれをしなかったということは、嫌ではないということなのだ。
「こ、こういうことをされるのは初めてなので、恥ずかしいです。かなり…」
正直に思ったままのことを答えるレイ。
「恥ずかしいだけなのか?」
「と、とりあえずは」
ガイは口元に手を当てて、何か考えるような仕草をする。
レイは赤い顔のまま、ガイを見上げる。
「それなら」
ガイはレイの頭を固定するように左手を後ろに回し、ゆっくりと自分の顔を近づける。
レイの唇に自分の唇を重ねる。
互いの唇の体温のみが伝わる、触れるだけの口付け。
そんなに長く唇が重なっていたわけでもないだろう。
ガイの顔が見え、何が起こったのか自覚したレイは、ぼひゅっと音をたてるほどに一気に顔を真っ赤にする。
「こういうのは嫌か?」
「…っっ!!」
突然のことで顔を赤くするだけで、言葉を返すことが出来ないレイ。
レイの反応に、ガイは少しだけ笑みを浮かべ、そっとレイを抱き寄せる。
「嫌ならオレを突き飛ばして拒否しても構わない」
そんな声でそう言われても、レイは拒否することなどできないだろう。
言葉とは裏腹の気持ちが込められた声。
ガイを傷つけるように拒めば、きっとガイを傷つけてしまうだろうとすら思える声。
「オレはこういう気持ちが初めてで、どうしたら止められるか分からないから」
レイはガイを見上げるように見る。
ガイの顔は伏せられていて、表情は良く見えない。
「あの、ガイ」
「何だ?」
返されたガイの声は暖かな感情が込められている。
レイは、ガイの言ったことに自分の今の気持ちを正直に伝えなければと思った。
決してごまかしではない、いまの正直なレイの気持ち。
「一応私は少年の姿のつもりで旅をしていたので、今までそういうことはなかったので、何と言葉を返せばいいのか分からないのです」
少年に迫る男など殆どいないだろう。
ただ、少年の姿にみせているとは言え、本来は少女なのだから、ずいぶんと可愛らしい少年には見えていただろう。
子供として可愛がられることはあっても、ガイほど真剣な気持ちを向けられたのはこれが初めてだ。
「オレはレイの答えを求めているわけじゃない」
「え?でも…」
「オレの気持ちを知って、少しずつでいいからそれを考えてくれればいい」
ガイはレイが戸惑っているのを感じているから、そう言ってくれるのだろう。
「レイが答えを出す間、気長に口説くからな」
レイは一瞬何を言われたか分からず、きょとんっとした表情をしてしまう。
ガイは苦笑しながらレイの頬に手を添えて、自分の口をレイの耳元に近づける。
「抱きしめて」
耳元で言葉を話されると、息が耳にかかる。
その吐息に胸がどきどきしてくるのを自覚する。
それを自覚すると、抱きしめられているガイの体温も少し意識してしまう。
「耳元で想いを伝えて」
びくりっとなるレイ。
「口付けて」
「…ひゃっ!」
耳に近づけただけではなく、触れる唇。
それと同時にガイがくくっと笑っている声が聞こえてくる。
レイの反応が面白いのかもしれないのだが、レイがこう反応してしまうのは仕方ないだろう。
「な、何で笑っているんですか?ガイ」
「いや、レイの反応が新鮮で可愛いから」
ストレートなガイの言葉に、レイは恥ずかしくなる。
嬉しそうにさらっとこういう言葉を、さらっと言われたことがないので尚更だ。
「愛してる、レイ」
もう一度ぎゅっとしっかりレイを抱きしめ、ガイは腕の力を緩める。
「それだけは覚えておいてくれ」
ガイはレイから身体を離し、軽くレイの肩に手を置いて離した。
本当にレイの気持ちがどうなのかを聞くつもりはないようだ。
思わずほっと小さくため息をつくレイ。
「レイ、これはどうする?」
さっきのことが嘘のように、ガイは普通にあるものを差し出してきた。
ガイの手の中にあるのは水晶球。
この地下にあったはずのもので、禁呪と言われるほどの魔法の守りと、禁呪レベルの知識が詰め込まれた記憶の水晶球。
「はい。これも禁呪の保管庫にしまっておこうと思います」
「保管庫?」
「東の外れの森に、禁呪の保管庫を作ってあるんです」
今はまだ保管しているだけで構わないかもしれないが、そのうちその保管しある禁呪はどうにかしなければならないだろう。
レイが永遠にそこを管理し続けることなどできないのだから。
今はただ、集めることだけを優先している。
「東の外れの森というと、ここからだと遠いぞ」
「大丈夫です、空間転移魔法がありますから。あそこは空間を歪めて、空間転移でないと行けないようにしていますし」
普通には近づけないようにしてある。
あそこに何かがあると知らなくても、たどり着けるとすれば、両親かリーズくらいだろう。
そのくらいの知識と魔力がなければ無理なところだ。
「すぐ行くのか?」
「はい。なるべく早いほうがいいでしょうし、サナとリーズを待たせるわけにもいかないでしょうし」
レイはガイから水晶球を受け取る。
禁呪を回収した時は、いつも自分から保管庫に行ってそれを置いてくる。
空間転移魔法を使えるレイならば、その禁呪ごと保管庫に転移させることも可能なのだが、転移魔法を介すことによって何が起こるか分からない為、自分で足を運ぶことにしているのだ。
「オレも一緒に行けないか?」
レイは驚いた表情をして、ガイを見る。
「ガイも…ですか?」
「ああ」
レイはこれまで保管庫には誰も連れて行ったことはない。
例えどんな人であろうとも、禁呪の力の大きさを知れば、それを欲しいと想ってしまうからだ。
大きな力が目の前にあれば欲しくなる。
人とはそういうものでもあることを、レイは知っている。
「いいですよ」
だが、ガイなら信用できるとレイは思った。
だから、笑みを浮かべて頷く。
「ただ、別に何もないところなんですけど…」
「構わない」
行った所で何が楽しめるわけでもない場所だ。
森の中に不自然なほどに大きな屋敷がぽつんっとあるだけに過ぎない。
あえて言うならば、自然がたくさんあるということくらいだろう。
「レイと一緒にいたいだけだからな」
ふっと笑みを浮かべるガイ。
こういう言葉をさらりっと言われると、やっぱり恥ずかしい。
顔を赤くしながら、レイはガイに手を差し出す。
「行きましょう、ガイ」
ガイはレイの手に自分の手を重ねて、レイの手をぎゅっと握る。
空間転移魔法で、他者と自分を転移させるには、他者と自分が触れ合っていなければ難しい。
レイは杖を虚空より取り出し、小さく呪文を唱える。
1人の時ならば、杖なしで簡単に転移するのだが、同行者であるガイがいるのならば念の為杖を使った魔法の方がいいだろう。
レイはふっと杖を振って、焚き火を消す。
「異なりし空間を渡り、望むべき場所へ我を導きたまえ」
使ったのは現代精霊魔法。
ふわりっと魔力によって風が舞う。
淡い光がレイとガイを包み込み、光はだんだんと凝縮し、小さな音を立てて消える。
その場には、消えた焚き火のあとのみが残った。
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