秘密04



屋敷の風が気持ちよく吹きぬける1室で、レイ達はお茶を飲んでいる。
お茶はカシュウが入れてくれた。
気持ちの良い風と、暖かな紅茶、そしてお茶菓子が少し。

「お茶もお菓子も魔力を回復させる作用があるものばっかだから、残すなよ、レイ」
「…分かってる」

カシュウの言葉に大人しく従い、お茶を口に運ぶレイ。
お茶の温かさが身体に伝わり、ほっとする。

「そう不機嫌そうなツラすんな、ガイ。オレにとってレイは子供みたいなモンだよ。実際オレには奥さんいるしな」
「えぇ?!」

カップから口を離して驚いた声を上げたのはレイである。
どうやらカシュウの言葉はレイにとっても初耳だったらしい。
レイはカシュウのことを知っているようで知らないのかもしれない。

「カシュウって奥さんいるの?」
「おう、いるぜ」
「じゃあ、帰らなくていいの?」
「………怖くて帰らねぇんだって」

ははっとから笑いをもらすカシュウ。

「尻に敷かれているんだな」
「お〜、言うじゃんねぇか、ガイ。けどなぁ、アイツほんっと怒るとこえぇし」
「さっさと帰って怒られてこればいいだろう」
「…そうあからさまに邪魔者扱いされるとなんか悲しいぞ」

ガイは先ほどからカシュウを睨むように見ている。
カシュウはそんな視線などなんのその、平然としている。

「べっつにお前からレイをとっちまうワケでもねぇし。そう敵視すんなよな」

カシュウは自分のカップを持ち上げて口につける。
ほんわりと口の中に広がる暖かさは心がとても落ち着く。
レイはカシュウをじっと見る。
生まれた時からの付き合いであるレイだが、カシュウのことを良く知っているわけではない。
奥さんがいる事は、今日初めて知った。

「帰ると怖いってのもあるが、めったにこっちに来ることはねぇだろうから、当分はここにいようと思っているから帰らねぇってのもあるんだよ」
「滅多にこっちに来ることはない?」
「オレの出身、聖獣界だからな」

ガイは少しだけ表情を変えた。
だが、反応はそれだけだった。

「オレ、結構すんごい発言したつもりなんだけど、お前反応薄いなぁ。つまらんぞ」
「つまらなくて結構だ」
「ノリも悪ぃし」
「よくてどうする」

聖獣界の存在を知っている者が、今のカシュウの発言を聞けば盛大に驚くだろう。
しかし、ガイは聖獣界の存在は聞いた事があるが、所詮”聞いた事がある”程度なのだ。
聖獣界がどういうものか詳しく知っているわけでもないし、魔道士にとって聖獣界がどんな意味を持つのかも知らない。

「ただ、何故人ではないのにここにいるのかは分かった」

この世界に人でない存在はそうそういるものではない。
いるとすれば魔物や、幻魔獣のように魔獣界から流れてきた者だけだ。
魔獣界から流れてきた者は、殆どが破壊と殺戮を行う。
ガイから見たカシュウは、魔物のような負の気配もなければ、破壊や殺戮を行うようにも見えない。
何故そんな存在がここにいるのか、それが分かった。
魔獣界に魔物が住まうように、聖獣界にも人ではない者が住まう。
カシュウはそこの住人だから人ではないのだ。

「私も詳しいことは知らないのですが、なんでもお父さんが面白そうだから召喚したとか何とか」
「だが、聖獣界とやらの扉は開いていないのだろう?」
「はい。お父さんは多分、その閉じてる扉をこじ開けて召喚したんだと思います」

レイは困ったような笑みを浮かべる。

「そう簡単に扉は開くものなのか?」
「いえ、普通は出来ません。私も聖獣界の扉を開くことなんて無理ですし」

扉を開く方法があるのならば、他の魔道士がとっくにやっているだろう。
それをしないのは、出来ないからだ。

「カスティアは非常識だからな。オレだってまさか人間に召喚されるだなんて思ってもいなかったぜ」
「お父さんの魔力は、本当に桁外れだから」

開かぬはずの聖獣界への扉。
カスティアはそれを自らの魔力と知識を持って、無理やりこじ開けた。
そしてこじ開けた扉から、カシュウを引っ張り出したのだ。

「レイの父親というのは、名のある魔道士なのか?」
「えっと、どうなんでしょう?一応世間で噂されている大賢者様ってのは、お父さんのことらしいですけど」
「大賢者?リーズの姉を倒したってあれか?」
「え?リーズの姉?」

ガイの言葉にレイはきょとんっとなる。
リーズの前の大魔道士を倒したことは聞いたが、リーズの姉とはどういう事なのだろう。

「リーズの前の大魔道士は、確かリーズの姉だ」
「実の、ですか?」
「らしい。随分と年の離れた姉だったと聞いている。今もどこかで生きているのならば、30代後半くらいか」
「そうなんですか。リーズにはお姉さんがいるんですね」

レイには初耳である。
カシュウが呆れたようにため息をついているのが分かった。
レイはこういう普通は知っているだろう事を知らないことが多い。
人の噂にあまり耳を傾けていなかったからなのか、田舎育ちの為で知らなくても生活には支障がないと思っているからなのか。

「ガイは兄弟がたくさんいるんですよね?」
「……ああ」

ガイは少しだけ顔を顰める。
その表情の変化に、あまり触れて欲しくない話題だったかとレイは思う。

「馬鹿兄と弟と妹達がな」

一瞬ガイの口から零れた言葉の意味が理解できなかったレイ。
弟と妹の中にサナが入っているだろう事は分かる。
しかし”馬鹿兄”とは一体何なのだろう。

「ガイは…、お兄さんのことがあまり好きではないのですか?」
「アレが兄など、人生最大の汚点だ」
「そ、そこまで言うのですか…」

物凄く嫌そうに言うガイを見て、どんな人物なのか逆に気になる。

「いずれ会うこともあるだろうから言っておくが、アレだけには近づくなよ」
「あれってガイとサナのお兄さんのことですか?」
「ああ」

そんなに嫌いなのだろうか。
兄という表現すら嫌だという言うかのような表情だ。
ガイがここまで嫌そうに顔を顰めるほどの反応をしたことは殆どない。
あまり感情が表情に出てこないガイにこんな表情をさせるとは、ガイの兄は本当にどういう人なのか。
ガイとサナの兄ということは、必然的にレストアの王位継承権は持っているはずである。
そして、ガイが第二王位継承者であるのだから、ガイの兄であるその人は恐らく第一王位継承者。

「そーいや、レイ。お前、今なにしてんの?ガイ・レストアなんかと一緒にいるなんて、変なことに巻き込まれてないだろうな?」

カシュウが気軽な口調で問いかけてくる。

「別に何やっていようが構わねぇけどさ、大国の王家にだけはあんま深く関わるなよ。人間ってのは巨大な権力を持つと、複雑で貪欲でそして汚いモンに成り下がる」
「カシュウ!」

レイがカシュウをたしなめるように名を呼ぶが、カシュウはその言葉を撤回する気は全くないかのように、肩をすくめるだけだ。
ここには大国レストアの王家の人間であるガイがいるのだ。
ガイの前でそんなことを言うものではないとレイは思った。

「レイ、気にするな。そいつの言葉は正しい。それに当てはまらない人間はごく僅かしかいないのが現実だ」
「ガイ…」

王宮で育ったガイだから、それが事実であることを知っている。
それを受け入れているからこそ、否定はしない。

「ま、ガイは例外のほうだとオレは思うぜ?」
「そう思われても嬉しくもなんともない」
「可愛くねぇの」

カシュウはガイがどうしてそっけない態度をしているのか理由が分かっていた。
だから何を言い返されても平然としている。
恐らく見ていれば、気づく人は多いだろうガイの想い。
ニヤリとカシュウは笑みを浮かべる。

「感情表現は分かりやすいほどに可愛いけどな」

くくっとガイをからかうかのように笑うカシュウ。
その言葉に、ガイはギンっと殺気すら篭っているような視線を向ける。
正直すぎる反応に、カシュウは肩を震わせてまで笑い出す。

「反応が若いよな〜お前。アイリアさんにオレが触れた時の、昔のカスティアの反応にそっくりだぜ」

ニヤニヤしながらガイを見ているカシュウ。
からかわれている、とガイは感じた。

「ま、そんなんより、レイとガイが一緒にいる経緯を教えてくれ」

ガイはレストアの王家の人間。
対するレイは魔道士としての実力はかなりのものなのだが、ただの一般市民に過ぎない。
田舎の領主あたりの地位のものならば、仕事で関わりを持つこともあるだろうから、そういう者と一緒にいる事は珍しくもないだろう。
何よりもガイは魔道士でなくて剣士だ。
どういう経緯があって、ここに連れて来るほどの信用がおける仲になったのか、育て親のような存在であるカシュウは大いに気になっていた。

「まだ、時間あるだろ?」

カシュウの言葉に、レイは頷く。
経緯を話すくらいの時間はある。
そんな大げさにするほどの経緯があるわけではないが、レイは話し始める。
最初は禁呪回収のことが切欠、魔物の活性化と大量発生、そして魔獣界から幻魔獣を呼び寄せる召喚陣、人の手が加わわったことによる魔物の大量発生。

経緯は説明できるけど、言えないことはあるんだよね。
あの”声”が水晶球を回収する時にも聞こえた事と、最後は見逃してもらえたような気がしたこと。

レイを消そうとしていたのか、実力を確かめたかっただけなのか、助けてくれたのか、声の人の考えがよく分からない。
だから、レイの中で結論が出るまでは、あの時のことは誰にも話さないほうがいいと想ったのだった。


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