秘密01



意識が沈む中、感じてきたのはゆっくりとした振動と、そして暖かな手。
ゆっくり揺れるのが気持ちがよくて、気を失っていたのか眠っているのかが分からなくなる。
振動が止まった後は、暖かい空気が身体を包み込んだ気がした。
冷えていた身体が温まっていくのが分かる。
意識が静かに浮上する。
そろそろ目が覚めてもいいだろう。

「…嵌められたな」

耳にガイのそんな呟きが聞こえた気がした。
レイはゆっくりと目を開く。
最初に目に入ってきたのはぱちぱちと燃える火。
ガイが火を熾してくれたのだろう。

「レイ」

ガイの声にレイは意識をはっきりさせる。
そしてゆっくりと身を起こし、周囲を見る。
どうやらここはあの地下ではなく、地下の上にある廃れた神殿のようだ。
中はもうボロボロなのだが、壁も天井もあるにはあるので外にいるよりはいいかもしれない。

「大丈夫か?」
「え、…はい。すみません、私、どれくらい眠ってましたか?」

レイは軽く頭を振りながら、すぐ隣にいたガイに尋ねる。
体力も魔力も万全ではないが、それなりに戻ってきていると感じた。

「眠っていた、じゃないだろう」
「ガイ…?」
「気を失っていた、の間違いだろ」

どこか不機嫌そうな口調にレイは戸惑う。
確かに限界までの魔力を使って気を失ったのは認める。
だが、そうなった時のために一応事前に対処はしてあるのだ。

「あの場にオレがいなければ、どうなっていた?」
「あの、ガイ。でも、一応、魔力を使い切ってしまっても耳飾りに…」

すっとガイが手を差し出し、その手でレイの耳飾りに触れる。

「これが?」

ちゃりっと耳飾りが揺れる音が耳に響く。
ガイの声は低く、不機嫌そうな様子が声から良く分かる。
不機嫌というか怒っていると言ったほうがいいかもしれない。

「魔道士…の魔力というのは限りがあるものなので、魔力を使い切ってしまった時のために装飾品に魔力をためてあるんです」
「だから大丈夫だったとでも言いたいのか」

その言葉をレイは肯定できなかった。
なんとなくガイがものすごく怒っているような気がするので、ここで肯定したら怒りが増すのではないかと思った。
実際、レイは耳飾りの装飾品だけでなく、胸あたりにつけている小さな宝石、指につけてある細い銀の指輪、つけているもの全てに何らかの魔法、または魔力が備わっている。
だからレイ自身は大丈夫だとは思っていたのだ。

「少し、自分の力を過信していたのは反省してます」

邪魔が入るとは思っていなかったのが最大の反省点だ。
レイは反省しているようで少し俯く。
その反応にガイは小さくため息をつく。

「オレが言いたいのは…」

ガイはレイの耳飾りに触れていた手をレイの腰にまわし、ぐいっとレイを自分の方に引き寄せる。
ぽすんっとガイの胸にレイが倒れこむようになる。
レイは一瞬何が起こったのかよくわからなかった。

「あまり心配をかけるな」

耳元でガイの声が聞こえ、抱きしめられているのだと理解する。
そう言えばとレイは思い出す。
つい先日、レイが魔物の中に飛び込んだ時も似たような状況になった。
そこでふと疑問に思う。

「でもガイは、怒っていたんじゃないんですか?」

避けられていたので、嫌われたかとすら思ったのだ。
心配してくれるならば、避けられているというのはレイの考えすぎだったのだろうか。

「…十分怒ってる」

聞こえた声は、恐らくレイが魔力の使いすぎで無茶していることを言っているのだろう。

「いえ、そうではなくて…、あの…」

どう言ったらいいのだろうか。
レイが言いたかったのは、今回の件のことではないのだ。

「ずっと避けられていたので、なにか私の言動で不快になったことでもあったのかと思って…それで怒っていたんじゃないかって」
「それは…っ!」

ガイはばっと顔を上げる。
レイを見て何か言おうか迷っているように見え、そして気まずそうに目をそらした。
レイは首を傾げる。

「何か事情でもあるのですか?私の身につけているものにかけられた魔法で、ガイが不快に思うようなものがあったとか…」
「魔法…?」
「はい。普通のローブや服、装飾品に見えますが、これには全部魔法をかけてありまして」
「他者に影響がでる魔法をかけているのか?」
「いえ、あくまで対象は物のみなんですが、まれに普通の魔法でもその魔力というのでしょうか、そういうものに影響を受ける人がいるらしいんです」

世の中には色々な体質の人がいる。
そう師匠である父に教わったのだ。
普通の人にはなんともない魔法も、特質な人にとってはどんな影響があるかわからないということを。

「いや、大丈夫だ」

ガイの答えにレイはほっとする。
体質に関してはさすがに本人に言ってもらわなければ分からない。
特殊体質はどうしてそうなるかが、魔法の理論で解明できるものではないのだ。

「…だから、そうではなくて。オレは…」
「ガイ?」

きょとんっとガイを見上げるレイ。
そんなレイを見て、ガイは大きなため息をひとつつく。

「別に、怒っていたからとか嫌いだからという理由で避けていたわけではないんだ」

ガイは軽く抱きしめていた腕に力を入れ、ぎゅっとレイを抱きしめる。
突然のことでちょっと驚くレイだが、その状態のままガイは特に何もしてこない。
レイはじっとガイの言葉を待つ。

「オレはレイが男かもしれないと思っていたから、だから、近づかない方がいいと思ったんだ」
「男だから?同性同士だと何か問題でもあるのですか?」

そこでハタと気づく。
あの泉の前でレイは自分にかけられた魔法を全て解いてしまった。
つまり、変化の魔法も今はかかっていないのだ。

「あ、あの…、ガイ!えっと、ちょっと体を離して…!」
「レイ?」
「今、魔法、身体…っ!」

自分が何を言っているのかレイは分からなくなってくる。
身体が何もしていない状態ということは少女とはいえ、男の身体ではないことは、これだけくっついていれば分かってしまうだろう。
そうするとガイに嘘をついていたということで、嫌われていたわけではないことがさっき分かったばかりなのに、嘘をついていたのではそれも意味がなくなってしまうのではないのだろうかと、レイは頭の中で色々考えてしまう。

「魔法は触れる感覚まで変える事ができるんだな」
「え?」
「サナが、レイの胸に触れた時は膨らみはなかったと言っていた」
「ガ、ガイ?」
「泉から出てきた濡れた状態を見た時点で、直接身体に触れなくても体のラインは分かった」
「すみません…」

レイが水晶球の魔力を封じて泉から出てきた時点で気づかれたということなのだろう。
確かにあれだけずぶぬれで薄着ならば、レイの年齢でも女と男の体つきの違いが分かってしまうだろう。
反射的にレイは謝罪の言葉を口にする。

「別にそれは怒ってない。寧ろ、ほっとした」
「ほっとした?」

最初の頃、サナはレイが男であることを確認してほっとしていた。
それは、ガイに素性の知れない女が近づくことをレストアという国が好まないからだと。

「こうやって、同性に対して抱きしめられるのは…、気持ち悪いんじゃないかって思ってたから」
「気持ち悪い?」

レイは首を傾げる。
何故気持ち悪いのだろうか。
レイはこうして抱きしめられるのは嫌いではない。
人の温かさを感じることが出来るから。

「下心ありで抱きつかれたら、気持ちのいいもんじゃないだろ。特に同性なら尚更」

下心ありという言葉にレイはふと思う。

「ガイは下心があって抱きつかれるのが嫌だということですか?」
「…どうしてそう問いが出てくるんだ」
「え?違うんですか?」

そう言いたいのではないのだろうか。
もしかしたら、レイはまだ完全に体力と魔力が回復していないなら、頭の回転が鈍いだけかもしれない。

「もう、いい…」

ガイは呆れたように大きなため息をつく。
レイはガイを怒らせてしまったのだろうか、と少し慌てる。
もうちょっとガイの今の行動と言葉をちゃんと考えなければ、と思ったが、ガイの腕の力が強くなり、レイの肩に顔をうずめるようにして抱きついてくる。

「ガ、ガイ?!」
「…我慢してたオレが馬鹿だった」
「我慢?」

レイは自分の肩に額を乗せているガイの顔を横目で見る。
表情はさっぱり見えないし、何をしたいのがかレイには良く分からない。
ガイの左腕がレイの腰に回され、右手はレイの頭を固定するように頭の後ろに回される。

「嫌だったら、嫌だって言ってくれ」
「え?あの?ガ…ひゃっ!」

耳を軽くだが噛まれた。
状況が良く分からず動揺しているレイをよそに、ガイは耳に、首筋に、頬に触れるだけ唇を寄せる。

「あの、ガイ…、わ、ちょ…!」
「嫌か?」
「え…あ…、えっと、嫌と言うか、どうしてこんなことになっているのかが良く分からなくて」

鳥肌がたったりしていないので、嫌ではないのだとレイは内心そう思う。
ただ、話の展開にさっぱりついていけない。
嫌ではないと認識していても、ガイが突然してきた事に頭の中が何かを考えられるほどの余裕がない。

「レイが好きだ」

耳のすぐ側で聞こえた来た言葉に、レイは一瞬固まる。
その言葉の意味を頭の中で認識して、何を言われたのか理解する。
かぁぁっと顔が赤くなるのが分かった。

「それを自覚して、ずっと…レイを抱きしめて温もりを感じて、その肌に触れていたいと思うようになった」

レイの首筋にガイの唇が触れる。
思わずびくんっと反応をしてしまうレイ。
レイの反応に、ガイは思わず苦笑する。
自分にピッタリと身体をくっつけるようにレイを抱き寄せ、レイの温もりを全身で感じる。

「愛してる…」

その声に、声に込められた感情に、レイは何も返事を返すことが出来なかった。
そんな言葉を未だかつて言われたこともなく、こんな状況に陥ったこともなく、冷静になることが出来ない。
つまりは、頭の中がパニックになってしまっているのである。


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