禁呪回収03



レイが水晶球から溢れる魔力を封じ込める前、そう丁度水晶球から魔力が放出された頃、大地はその魔力の大きさに揺れた。
馬車に乗って揺れる揺れと同じくらいのもの、いやそれより小さかったかもしれない。
だが、魔力とその揺れを、街に向かっていたサナとリーズは感じ取っていた。
リーズは魔力を、サナはかすかな違和感と大地の揺れを。

「リーズ、今の…」
「レイのいる方向からだね」

ぴたりっと歩みを止め、2人は歩いてきた方向を振り返っていた。
少し前にガイが走り向かった方向だ。

「本当に大丈夫なの?」
「感じた魔力の開放が一時のことだったから、レイがちゃんと封じたんだと思うよ」
「でも、こんな大地に干渉するほどの魔力」
「そうだね、かなりの魔力量だ」

一瞬開放された強大な魔力は、同じく強大な魔力によって封じ込められるのを、リーズは感じ取っていた。
あれだけの魔力をレイが放出しているのならば、ただではすまないだろうが、仮にも魔道士。
そして今まで禁呪をいくつも回収してきたようだから、大丈夫だろうとリーズは思う。
何よりも、レイの身につけていた装飾品の全てには、魔力や身を守る為の魔法がかけてあったから。

「ガイは間に合うかしら?」
「普通に考えれば微妙なところだろうけど、ガイだからね」
「ガイって常識が通じないような強さを発揮することもあるものね」

サナは肩をすくめる。

「ガイが間に合うならレイも大丈夫だよ。ただ、あの魔力を抑えたとなると休息も必要だろうから、すぐにこっちに追いついてくるのは難しそうだろうけどね」
「別にそれは構わないでしょう?寧ろ、進展して少し遅れてくるくらいが理想だわ」
「進展する、かな?」
「してもらわなきゃ困るわ。ガイもぐずぐずしてないでさっさと行動に移せばいいのよ」

まったく、とサナは小さくため息をつく。
周囲を警戒していて、親しい人をずっと作らなかった兄。
初めて出来た心許せる相手に、すぐに踏み込めないのは仕方ないだろう。

「でも、ガイみたいなタイプは、我慢して我慢してそれがある日突然ぷつんっと切れちゃうと思うんだけどね」
「そうかもしれないわ」

サナとリーズは目を合わせる。
ガイがレイを無理やり襲うことはないとは思えないが…。

「ま、ガイならレイが嫌だって言えば、無理やり何かする事もないわよ」
「レイも本気で嫌なら使える手段全部使って逃げるだろうしね」

魔力が少しでも残っていれば、空間転移が可能だ。
空間転移魔法は制御が難しいだけで、魔力をそう大量に消費する魔法ではない。
なので移動にはピッタリのものだ。

「あたしたちはゆっくり進みましょ」
「そうだね。レイとガイが街につく前に追いつけるようにね」

サナとリーズは止まっていた足を動かし、再び歩を進めた。
向かう先は街のある方向である。
レイの方にはガイが向かっているから大丈夫だろう。
それは信じているというよりも、確信に近い思いなのかもしれない。


リーズ、サナと別れてガイが向かったのは、あの変異種のような魔物が出現した地点だった。
そこからは気配を辿って進む。
魔力などを感じ取れるわけではないが、魔力の流れを掴むことはできるガイはしばらく歩いて、廃れた神殿に辿りつく。
神殿にたどり着いたその時だ、大地の揺れをガイが感じたのは。

「地下…か?」

ガイは扉をガンっと蹴破り、神殿の中に足を踏み入れる。
地下にある水晶球の守りの魔法が消えたわけではないので、ガイの背後に何体が魔物が出現する。
レイは空間の歪みや魔力で魔物の存在を捉えるが、ガイは気配と空気の動きでそれを捉える。
そこに”何か”が出現すると存在を認識することが出来るほど、ガイの感覚は鋭い。

「ちっ…」

ガイは剣を抜き放ち、ぐっと”気”を剣にめぐらせる。
普通の人から見れば、”気”を使った攻撃も魔法のように見えてしまうだろう。

ザン

ガイの剣で斬られた魔物は、再生することなく崩れ落ちる。
ただの物理攻撃は対象を切断するだけだが、”気”を使った攻撃はそれそのものを全て”斬る”のだ。

「入り口があるはずだ」

魔物をさっくりと倒したガイは少し神殿内を見回し、奥にある神像に走り寄る。
ばっと神像の後ろを見てみれば、ぽっかりとあいた穴。
ガイは躊躇いなくそこに飛び込んだ。
ちらりっとハシゴのようなものが見えたが、そんなものを使って降りている余裕はない。

「結構深い…か」

落下しながらガイは全く慌てていなかった。
魔道士ならば魔法を使って落下スピードを調整することはできるだろう。
だが、剣士は重力に逆らえずそのまま勢いを増して落ちていくだけ。
地面に着いたときの衝撃がどれだけのものか、想像つかないほどだろう。
だが、ガイは地面が見えた瞬間、くるりっと一回転して落下のスピードを緩和し、綺麗に着地する。
ぴしっ、めりっとした音がしたが、ガイに怪我は全くない。
多少綺麗に整備されていた地面に足の形がめり込んではいるが、大丈夫なようだ。

触れてしまったらそのまま離したくなくなると思い、ガイはレイを避けていた。
嫌われてしまえばレイが近づくこともないだろうに、それだけは嫌だった。
中途半端な態度しかとれないことがもどかしく、そういう態度しか取れない自分を馬鹿だとガイは思っていた。

― 禁呪をどうにかできた後に魔物が出現でもしたら、いくらレイでも…

リーズのその言葉。
その言葉を聞いた瞬間、レイがいなくなるのではないかという恐怖でぞっとした。
考える間もなく身体が動き今に至るのだが、冷静になって思えば、リーズの挑発だったのだろうことが分かる。
レイが危ないならば、ガイだけに任せずリーズも動いたはずだ。
リーズは、レイの危険などどうでもいいとは思わない性格だろう。

「オレに動けとでも言いたいのか」

ガイはすぐ先に見える広い空間に向かって走り出す。
そこが先ほど上の大地を揺るがした原因のある中心部であり、レイがいる場所なのだろう。
一瞬感じた強大な力、それが魔力であったことはガイには分からなかったのだが、それが今は感じられない。
上で出現した魔物も全く出てこない。

ぱしゃり…

水の音と共に、広い空間にある泉からレイが出てくるのが見えた。
ぐったりした様子で随分と消耗しているのが離れた所からでも分かる。
体に衣服が張り付いているので、レイの体のラインが良く分かる。
サナが触ったと言っていた胸は平らではなく、そこに膨らみがあるのが分かった。

「レイ…」

ガイは小さく名を呟くが、ふらりっと倒れそうになるレイを見てすぐに駆けつけ、倒れないようにそっとレイを抱きとめる。
普段の旅の時と違ってローブを羽織っていないからか、いつもよりも細く見える。
薄い衣服を纏っているだけで、それも濡れている為か衣服が少し透けて肌が見える。
その肌を見て、一瞬理性が奪われそうになるがなんとか堪える。

「レイ!」

ガイの声にぴくりっと反応するレイ。
ゆっくりと顔を上げ、ガイを目にしたと思えば盛大に驚いた表情を浮かべた。

「…ガイ?」
「大丈夫か?」

声を出すのすらつらいとでもいうように感じる。
その目はガイを見ているのかどうかすらも分からない。

「レイ?」

ぼうっとしながら、ガイを見るだけでレイはその後反応がない。
本当に大丈夫なのだろうか。
ガイの呼びかけに、レイはゆっくりと目を閉じて、そして目を開く。

「ガイ、お願い…していいですか?」

レイはガイの腕に触れて、ガイを見上げる。
濡れた髪と透けた服に、ガイは時と場合を考えずにこのまま抱きしめてしまいたくなる。
だからレイには触れないように、近づかないようにしていたのに。

「魔力も体力も限界なので…」
「無理はするな」
「はい」

レイは肯定を返すが、本当に聞こえているのだろうか。
反射的に返事をしているようにしか感じられない。

「服、だけ乾かさなきゃと思って…」
「いいから、無理してしゃべるな」
「はい」

レイを心配する気持ちと、愛しいという気持ちを持ちながら、レイを支えるガイ。
無理をしないで休んで欲しいと思うが、このままレイが意識を失ったりすれば、自分は何もせずにいられるだろうか、とも思う。

「だから、後、お願いします」

レイはゆっくりと目を閉じ、休息に入るようだ。
ふわりっと暖かな風が舞う。
レイが呪文を唱えると、その風は一瞬強まり、レイの服の水気を全部吹き飛ばした。
がくりっとレイの体から力が抜ける。
ガイはレイをそっと抱き上げる。
レイを起こしてしまわないように、抱き寄せるように抱き上げた。

「…女か」

柔らかい身体と胸の膨らみ。
それがとても愛しいと感じる。
他の女の身体を抱きしめたことも、抱いたことも何度かある。
だが、こんな愛しさがこみ上げてきたことはなかった。

レイが少女であるとわかって、ガイはほっとしている自分に気づく。
男である可能性が否定できない少し前までは、どうしていいか分からないだけだった。
性別を知って態度を変えるのはどうか、とガイは自分でそう思いながら苦笑する。

「嫌われない程度に口説くことにするからな、レイ」

意識のないレイの瞼に、ガイはそっと唇を落とす。
何もせずにいられるほど、ガイは大人ではない。
今この場にいるという事で、このくらいの特権は構わないだろう。
自分自身に、ガイはそう言い聞かせたのだった。


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