第二の土地08



結局その日は、村で借りた家の部屋に戻る事にした。
レイはリーズに探査の結果を話す。
細い繋がりがあってそれが何かに繋がっている事、それを探ろうとしたら”誰か”に弾かれたこと。

「俺の方はたいしたことは分からなかったよ。あそこにあった村が隔離されていた村だってことくらいだね」
「隔離されていた村、ですか?」
「昔領主の怒りをかった一族が隠れ住んでいた所みたいでね、それがいつの間にか小さな村程の規模になってしまったらしいよ」

この世界の国の殆どは、地域ごとに別れ、そこの領主がその地域を治めるような制度になっている。
領主が法律や税を管理し、取立て、そして街を見守る。
治めている領地の村や街の管理も領主がしている為、基本的にそこの領主が知らない村はないはずなのだが、今回のことは例外のようである。

「そう言えば、リーズ。ファストの魔道士組合は、今まで魔物の大量発生があった地域に魔道士を派遣しているのですか?」
「ん?ああ、もしかしてここの担当に会った?」
「ええ、会ったわよ。感じの悪い魔道士にね」

リーズの問いには、ため息をつきながらサナが答えた。
サナの答えに苦笑するリーズ。

「派遣している魔道士は第5級以下の魔道士でね、最初に行ったあの土地にいたルカナみたいな好意的な魔道士ばかりじゃないんだよ。実力がなくて諦めることを認めた魔道士ならばいいけれど、権力を持つ爺共のご機嫌を損ねて下級に甘んじてる魔道士もいるからね」
「どこにでもあるのよね、そういう職権乱用っていうのは」
「行き過ぎた行動に対しては処罰を与えているけど、爺共も随分と巧みなんだよ」
「狸も干物も表向きは善人ぶってるから、退陣させようにも難しいものね」
「老人共は自らの権力にしがみつくのがお好きなようだからね」

レイはリーズとサナをじっと見てしまう。
ガイが言っていたように、この2人は確かに気があっているのだろう。
しかもお年を召した権力者のお話などで特に。

「気にするな、レイ。サナとリーズのこの会話は初対面からずっとこうだ」
「え?そうなんですか?」
「干物だ狸だ爺だと気持ちは分からないでもないが、ここまで盛り上がるのは気が合うからだろ」

それにしても、リーズもサナも確か王族である。
レイの王族のイメージといえば、丁寧な言葉遣いでにこやかに話すというものだ。
これは一般的なイメージのようなものだろうが、2人は随分それからかけ離れている気がする。
イメージはあくまで一般的なイメージなので、勿論それを押し付ける気はレイにはない。

「それで?村の存在が正式に認識されないこと、それからあの墓には何かがあるということが分かった。どうするんだ、リーズ」
「そうだね、どうしようか」

分かったことは曖昧なことで、何か出来るほどの情報が集まっているわけではない。
ファストやレストアに正式に報告したとしても、たいした調査をしてもらえるとは思えない。
魔物の大量発生した場所を、各国は調べ尽くしているはずなのだから。

「これって決定的なものがない限りは、上には言うに言えないわよね」
「そうなんだよね。でも、俺達で調べるだけじゃ時間掛かりすぎりるだろうし」
「調査もいいが、召喚陣とやらで呼び出されたモノはどうするんだ」
「それもあるんだよね…」

リーズは額に手を当てて深いため息をつく。
あれが召喚陣であると分かったのは、リーズとレイがかなり深い魔法の知識を持っていたからと、現代精霊語の複雑な魔法が存在するという事が分かっていたからだ。

「あの、リーズ」
「なんだい?レイ」
「ちょっと気になるので、私、明日もあのお墓に行ってもいいですか?」

リーズが驚いた表情でレイを見る。

「幻魔獣の事も、あそこから繋がっている何かも気になりますけど、あのお墓が誰が作ったものなのかが気になるんです。最近お供えされたお花もありましたし、きっと誰かが管理しているんじゃないかって」
「そうだねぇ」

リーズは考える仕草をする。
色々なことが起こりすぎて、しかもどれも曖昧なものばかりでどうするべきかを考えているのだろう。

「構わないよ。でも、ガイかサナのどちらかと同行してね」
「オレが行こう」

間髪いれずにガイが口を開いた。
リーズがその言葉に驚いて目を開く。
ガイがそう言うのはとても意外なのだろう。

「…サナ、その笑いはやめろ」
「ふふ、だって、楽しいんだもの」

まさしくニンマリとしているという表現が正しいだろう笑みを浮かべるサナ。
レイはガイが今までどういう生活をしていたのか分からないが、サナがそういう反応をするということは、これと言って仲の良い友人というのがいなかったのだろう。

「レイのことを気に入る気持ちは、俺も分かるよ」
「あら、あたしもよ」
「へ?」

きょとんっとするレイ。
魔法関係の知識や実力を除けば、自分は本当にどこにでもいるような普通の子だ。
その魔法関係のことがずば抜けているので普通ではないのだが、世界最高位の魔道士の位にいるリーズと、レストアでも唯一王位継承の条件を満たしているサナからすれば、レイの普通じゃない理由など、”普通”だと判断されてもいいようなものである。

「レイって考え方があたしたちと違うから新鮮なのよね」
「育ちが違うからってのもあるんだろうけど、俺達が思いつかないようなこと言うし」
「そう…ですか?」

レイにとってはこれが普通なので、違うと言われてもピンと来ないだろう。
しかし育ちというものは言動に大きな影響を与える。
リーズもサナもガイも、殆ど似たような環境で育ってきた為その発言は性格によって違いはあっても似てきたものになってしまう。
レイは4人の中では一番普通の家庭で育ってきた…はずだ。
考えることに対しての着眼点が違ってくるという事なのだろう。

「レイが気になるなら行ってきていいよ。何かあったらすぐに連絡を、”伝心”は使える?」
「はい、使えます」
「俺のものが何かあったほうが”繋がり”やすいかな?」
「そうですね、できればお願いします。多分、リーズの魔力は大きいのでそんなに距離が離れていなければ平気だとは思いますが…」

”伝心”は魔道士の間で使う連絡手段である。
自らの魔力で回線をつくり、相手の魔力に繋げ、頭の中から”言葉”を伝える。
流暢な言葉を伝えることは難しく、断片的な単語しか伝わらないのだが、それでも十分だろう。
旅で魔道士の仲間でもいない限りあまり使わない魔法なのだが、決して難しい魔法ではない。
それでもインドアな魔道士は使えないことが多い。
一般的には相手の髪の毛などを持っているとその相手の魔力を探しやすくなるのだが、慣れてくるとそれも必要がなくなる。

「朝までに用意しておくよ」
「お願いします」

レイがあのお墓にもう1度行こうと思ったのは、その墓が誰が作ったか気になるからだ。
正確に言えば、何かに繋がるあの場所に墓を作ったのが誰か気になるから。
探査魔法ではじかれた時に聞こえた声。
その声さえ聞こえなければ、ここまで気にならなかった。
何か特別な理由があるわけではない、ただの勘のようなものなのだが、すごく気になっているのだ。



今日何も進展がなければ、この村を出ることになった。
いつまでも同じところにずっと居続けるわけにはいかないだろう。

「レイ」

あの墓のある場所に向かうレイにリーズが小さな袋を差し出す。
手の平に乗るサイズの小さなもので、首にかけられるようになのか紐が通してある。

「俺の髪の毛」
「ありがとうございます」

レイはそれを受けとって首にかけ、首からぶら下がったそれをローブの中にしまう。
その動作に横に立っていたガイが顔を顰めた。
リーズはそのガイの表情に気づき、口元を少しだけ笑みの形に変え、レイの手を取る。

「リーズ?」

リーズが突然自分の手をとったので、レイは首を傾げる。
何をしたいのだろうか?

「それは、俺の分身だと思ってお守りとしてずっと持っていていいからね、レイ」
「へ?」
「幸い魔道士の髪には魔力が宿ると言うし、何かあった時にきっとレイの役に立てると思うんだ」
「あの、リーズ…?」

確かに魔道士の髪には魔力が宿ると言われている。
一般的に魔道士は高位になればなるほど長髪で、レイも昔は髪が長かったのだが、髪が長いととてもではないが少年には見られないようで中途半端な長さになっている。
因みに両親も共に髪が長かった。
困惑するレイだが、リーズが突然顔を俯かせて肩を震わせる。

「リーズ?」

どこか突然身体のどこかが痛み出したのだろうか。
何かを堪えるように震えるリーズに、レイは心配そうに声をかける。

「く…くくくく!」

だがその心配は杞憂のようで、リーズは突然笑い出した。
しまいには声を上げて笑い出す。
少し離れたところで様子を見ていたらしいサナも、何故かくすくすっと笑っているのが見えた。
何がおかしいのだろうか?とレイは思う。

「お前ら……」

レイがぎくりっとなるほど低い声を出したガイが、リーズとサナを睨む。
ガイに睨まれてリーズとサナは笑いを止めたが、表情は何かを面白がっているかのようなもののままだ。

「分かりやすい反応するね、ガイ」
「煩い」

ガイは、レイの手を握っていたリーズの手を無理やり引き剥がす。
そのままレイの腕をぐいっと引っ張って歩き出す。
驚いたのはレイ。
ガイとリーズを見比べるが、ガイはずんずんっと歩いていく。

「あの、ガイ?」
「さっさと行くぞ」
「…え、あ、はい」

何が起こったのかレイには良く分からなかった。
分かったのは先ほどリーズがレイの手を握って言ったことは、冗談なのだろうという事くらいだ。
何故それでガイが怒るのだろうか。
首をかしげながらもガイに腕を引っ張られ、レイは連れられる様に墓のある場所に向かった。


その場に残されたリーズとサナはまだくすくすっと笑っている。
サナがリーズの隣に立ち、リーズの顔を覗き込こむ。

「意外でしょう?ガイの反応」
「そうだね。あんなにあからさまに反応するとは思わなかったよ」

リーズがレイの手を握った瞬間、ガイはあからさまに顔を顰めたのだ。

「ガイって意外とからかいやすいのかもね」
「あたしもそう思ったわ。意外な一面を発見した感じよ」
「それもレイのお陰、かな?」
「そうね」

リーズとサナ、そしてガイはこの魔物討伐の隊を組んで短くもなく長くもない。
最初の頃のガイはそれはもう険悪で、隊を組んだ意味が果たしてあるだろうかというほどのものだった。
そのうちリーズがガイの扱いを覚えてどうにかなってきていたが、ぎこちなさはそのままずっと残っていた。
それをレイが変えたのだ。


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