第二の土地07



立っている墓の数はかなりの数だ。
犠牲は少ないと言われていたこの第二の土地。
この墓が全て魔物の大量発生から来る犠牲者ならば、犠牲は少ないどころか多いほうに部類されるのではないのだろうか。

「普通のお墓ね」

サナは立ち並ぶ墓見る。
昼間だからいいものの、夜こんなところ来ればぞっとするかもしれない。
それだけの数の墓がここにある。

「レイ、探査魔法やるんでしょ?」
「はい。お願いします、サナ、ガイ」

レイはふっと虚空より杖を取り出す。
銀色の細い杖、それを自分の目の前にふっと浮かせる。
両手をすっと広げ、腕を伸ばす。
目をつむり、魔力を大地へと広げる。

『デス・ラウ・ルラ・ラン』

ビリっと空気が震えるほどに魔力を一気に広げる。
杖を媒体として、そこから魔力を広げていく。

「サナ」
「分かってるわ!」

ガイとサナが同時に剣を抜き放つ。
ガイは長剣を、サナは双剣なので短剣を同時に。
墓の向こう側に見える森から何かがいくつが飛び出てくる。
それは矢のようなものであり、狙いはレイだ。
ギンっと何かをはじく音が聞こえたが、レイは探査に集中する。

魔力を広げて大地に残る魔力の分析、そして大地の記憶をよむ。
浅く探っただけでは何も違和感がない。
もっと深く、深く、大地の奥底を調べる。
ふっと何か引っかかるものを感じた。
それは小さな小さな違和感で、ここに何かあると思っていなければ見つからないだろう小さな細い違和感。

レイの身体がぴくりっと震える。
大地の深くでソレを捉え、そこからどこかに延びている何かを探ろうとする。
ここからの繋がりは細い糸のような薄い繋がりしかない。
この程度の繋がりでは、何かの魔法をかけようとすればぷつりっと途切れてしまうだろう。


― 邪魔、しないで欲しいですね


魔力の声がレイの頭の中に響いた。

(誰?)

それは第一の土地で聞いた声と同じもので、その声が同じ声であると気づいた。
レイはその声に意識を向ける。
声のみの存在でそこに”いる”わけではないが、その声が気になった。
魔力の声などそんなものを扱える魔道士が只者のわけが無い。
そして、第一の土地であの男が使った現代精霊語の禁呪レベルの魔法に関係がある人物のはずだ。

―これ以上は

すっと薄い膜を張られたような感覚がした。

―踏み込まないで下さいね

その言葉の意味を認識した途端……ばちんっとはじかれる。
額に軽い電撃を喰らったかのような、無理やりそこから意識を追い出されたような感覚。
レイの集中力が途切れ、探査の魔法が霧散する。
細い繋がりを辿っていたものも全て途切れ、見えた繋がりがどこにあったのかすらも分からなくなる。
レイは身体に感覚が戻ったとたんにくらっとする。

「はじ…かれた?」

繋がりを最後まで辿る前に弾かれた。
こんなことは初めてだ。
レイは自分の魔法を跳ね返した魔道士を、両親くらいしか知らない。
禁呪を探査するのに弾かれたことはあっても、”誰か”に弾かれたのは両親以外では初めてだ。
レイの少しふらつく身体を誰かの手が支えた。

「大丈夫ですか?」

優しげな男の声。
レイがふっと顔を上げてみれば、黒く長い髪を後ろでゆるく結んだ、父とそう変わらない男が立っていた。
にこりっとレイに向かって笑みを向けてくる。

「あ、はい。ありがとうございます」

レイは何とか自分の身体を支え、男をじっと見る。
服装からして魔道士だろう事は分かる。
だが、何故こんな何もないようなところにいるのだろうか。

「あの?」
「私はファスト魔道士組合、第6級魔道士のディスタと申します。ファストの魔道士組合では、私のような下級魔道士が魔物の大量発生した地域に1人ずつ派遣しているのですよ」
「そう、なのですか」

男、ディスタがふっとレイから視線を外してガイとサナの方を見る。
レイもそちらを見れば、どうやら攻撃は完全に止まっているようだ。
まだ警戒して森の方を見るガイとサナだが、何か飛んでくる気配がない。

「あなた、誰よ?」

森の方を警戒しながらも、サナがディスタに視線を移して顔を僅かに顰める。

「ファスト魔道士組合、第6級魔道士ディスタと申します、サナ・レストア様」
「あら、そう。その魔道士がこんな所に何の用なのかしら?」

サナの視線はとても冷めたものだ。
ディスタはそんな視線など気にしてないかのように、穏やかな笑みを浮かべる。

「こちらで異変を感じたので調査に参りました次第です」
「必要ない、去れ」

ガイもサナと同様冷めた視線をディスタに向け、必要最低限の言葉を放つ。
レイは2人の雰囲気に困惑する。
先ほどレイの魔法発動と同時に森の方から攻撃があったので、周囲を警戒するのは分かる。
だが、そこまで冷徹に接する必要があるだろうか。

「ですが、ガイ・レストア様。これがファスト魔道士組合から私に命じられた仕事でございますので、去れと言われましても…」
「去れ。それ以上は言わん」

レイは思わずガイとディスタを交互に見る。
ディスタは困ったような笑みを浮かべる。

「異変の調査なんて必要ないわ。ファストへの報告だけで結構よ」
「ですが…」
「去れと言ったのが聞こえなかったのか?」

剣士である2人に冷めた視線を向けられ、不安そうな表情になってくるディスタ。
レイは見ていられずに間に入る。
ディスタは仕事をしようとしているだけでここに来る理由はある。
確かにここに来た事とタイミングが怪しいといえるかも知れないが、レイはこの人が悪い人ではないと思った。
自分を支えてくれた時に優しい目していたのが見えたから。

「サナもガイもやめてください。もう少し言い方があるでしょう?」
「いえ、いいのですよ。…あの、魔道士の方」

ディスタがレイを止める。

「あ、すみません、名乗っていませんでした。レイといいます」
「レイ様ですね」

にこりっとディスタが笑みを浮かべる。
レイはその呼び方に慌てて首を横に振る。

「様付けやめてください。私はそんな大層な身分ではありませんので…!」
「ですが、サナ・レストア様とガイ・レストア様とご同行されているということは…」
「私は、ただ旅の途中でひょっこり加わっただけの魔道士ですから!」
「ですが、高位の魔道なのですよね」
「そんなことな…わっ…!」

ディスタの言葉を否定する途中で、ガイに腕を引っ張られる。
ガイの方に引き寄せられ、ガイの背にまわされる。
ディスタから見れば、レイはガイに隠された形に見えるだろう。

「レイのことを詮索するのが仕事なのかしら?」
「そんなことはございません。ですが、同じ魔道士として話をしたいと思うのはいけないことではないと思われますが?」
「仕事をしに来たのなら、それ以外の余計なことはしないで頂戴」
「申し訳ございません」

ディスタはサナに頭を下げる。

「ガイ・レストア様のおっしゃる通り、引き上げさせていただきます」

ディスタはもう一度深々と頭を下げた。
そして困ったような笑みを浮かべたまま、背を向けて村の方へと歩いて行った。
レイはガイの後ろからひょっこり顔だけ動かし、ディスタのその姿を見ていた。
悪い人ではないように見えた。
優しい目をしていたのだ。

「サナ、ガイ、どうしてあんな冷たく接したのですか?」

サナはディスタが去った方を睨むように見て呟く。

「ああいう人間が一番胡散臭いのよ」
「胡散臭い?」
「あたしの名前呼ぶのに”レストア”をつけたりして、嫌味っぽくしか聞こえないわ」
「全くだ」

ガイもサナの言葉に同意する。
この世界でファミリーネームがあるのは王族と貴族のみである。
国名をファミリーネームとしているのは王族のみ。

「ですが、優しそうな人でしたよ?」
「レイにはそうだったでしょうけど、あたしとガイを見る目には負の感情があったわよ」
「あれは憎しみだろうな。しかもかなり深い」
「王族ってことだけで、そう見られるなんて嫌になるわ」

身分あるものを妬む者というのはどこにでもいる。
そして、身分ある者の嫌がらせで自分のしたいことを邪魔されてしまう平民もいる。
貴族や王族に恨みを持つ者は、姓があるというだけでその相手を見る目が変わることがある。

「ま、ガイが気に入らなかったのはそれだけじゃないようだけど?」
「サナ」
「あら、そんな声出してもあたしには脅しにもならないわよ。レイに引っ付かれたのが気にらなかったんでしょ」

ガイの表情がぴくりっと動く。
それと同時に、レイの腕を掴んだままの手に力がこもる。

「っ…!」

その力が強く痛みを感じてレイは声が出そうになった。
ガイは剣士であり、その手の力は普通の人以上のものがる。
本気で力を込めればレイの腕くらい折れてしまうだろう力があるはずだ。
ガイはレイの反応に気づき、ぱっと手を放す。

「…悪い。痛かったか?」
「いえ、大丈夫です」

レイは掴まれていた部分に反対側の手を沿え、治癒魔法を施す。
ガイに分からないように呪文は小さく呟くのみにしておく。

「レイ、ガイは馬鹿力だから、遠慮なく慰謝料請求してもいいのよ?」
「い、慰謝料ですか?」
「サナ、馬鹿な事をレイに吹き込むな」

ふふっとサナは嬉しそうな笑みを浮かべる。

「気味の悪い笑みを浮かべるな」
「気味が悪いって失礼ね!親愛なる”お兄様”に、ようやく親しい友人が出来たことを喜んでいるのよ」
「その呼び方はやめろ」
「レイが親しい友人だってことは否定しないのね」
「否定して欲しいのか?」
「そんなことあるわけないでしょう?友人といわず、親友にまで昇格してもいいくらいよ」
「会って十数日でそこまで親しくなれるわけないだろ」
「そうね、ガイには無理よね」

レイは驚いたようにサナとガイを見る。
そのレイに気づいたようにサナはガイとの会話を止め、レイ見る。

「どうしたの?レイ」
「いえ…、サナとガイって仲がいいんですね」

さすが兄妹というべきか。

「仲がいいように見える?」

レイはこくりっと頷く。
サナはガイをからかうように見ているが、ガイも別にそれを心の底からは嫌がっていないようだ。
母親が違うとはいえ、やはり兄妹なのだろうと思えるほどには仲がいいように見える。

「サナと仲がいいなど、心外だ」
「それ、結構失礼よ、ガイ」

レイは思わずくすくすっと笑ってしまう。
ガイはサナに遠慮しないで言う事を言うし、サナはガイに何を言われても気にしている様子はない。
言いたいことを言って、それでも関係は変わる事がない。
そんな関係は羨ましいと思う。


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