人的介入01



ずんずんっと歩くガイに引きずられる形でレイは歩く。
歩幅はあわせてくれているようだが、歩くスピードはレイにとって速い。

「ガイ、もう少しゆっくり歩きましょう」

レイが声をかけるとガイがぴたりっと足を止めた。
レイも歩くのを止める。
ガイがレイの方をちらっと見る。

「燃やせ」
「へ?」

ガイはレイの胸辺りに視線を向ける。
くいっと顎でその場所を示す。
レイは先ほどリーズにもらった小袋のことを言っているのだろうと、思ってそれをひょいっと掲げてみせる。
するとガイが頷く。

「そ、それは出来ませんよ!これ必要なものなんです!」
「何故そんなものが必要になる?」
「伝心という魔法を使うには、相手の髪の毛のような相手の一部が必要になるんです。なくても出来ますけど、その場合は魔力の消費が大きいのでリーズがこれをくれたんです」
「なくてもいいなら、別に必要ないだろ」
「ですが、何があるか分かりませんし、万全の体制でいたほうがいいと思いますし」

魔法で相手の一部が必要な時に使うものとして、髪の毛は一般的だ。
血や爪などでもいいのだが、髪の毛が一番持っていて無難なものなのだ。

「魔道士の間では結構普通だと思うんですけど…」

ガイは不機嫌そうな表情でレイを睨む。
正確にはレイが持っている小袋を睨んでいるのだが…。
レイはガイの視線が気になって小袋をローブの中に隠す。

「行きましょう、ガイ」

今度はレイがガイの手を引っ張る。

「ああ…」

仕方ないとでも言うように小さくため息をついて、ガイはレイについていく。
確かに魔道士のことを何も知らない人から見れば、人の髪の毛を持つことはおかしいかもしれない。
レイはガイがそういう事で燃やせなどと言ってきたのだろうと思った。

「それにしても、ガイとリーズとサナって仲がいいんですね」
「……どこをどう見ればそんな結論が出てくる?」
「え?違うんですか?だって、さっき…」

すごく仲が良さそうに見えたのだ。

「魔物討伐で同じ隊になるまで、リーズともサナとも公式での挨拶程度の面識しかないぞ」

その言葉にレイは驚く。
リーズとはそうでもおかしくないだろう。
違う国にいたのだから。
だが、サナとガイは兄妹、兄妹ならば公式以外でも会話をする機会くらいあるのではないのか。

「それでもサナとは、兄妹の中では一番剣を交えることが多かったから性格は分かっているがな」
「へ?」

きょとんっとするレイ。

「剣士ってのは、剣を交える事で相手のことを理解する。剣筋にはどうしても性格がでるからな」
「そういう、ものでしょうか?」

レイにはさっぱり分からない世界だ。
魔道士同士で模擬試合のようなことをしても、相手のことなどさっぱり分からない。
魔法の使い方や呪文の構成の仕方で、どんなタイプの魔道士か分かる程度だ。

「サナもそうだろう」
「サナもガイの性格が分かっている、ということですか?」
「多分な」

そう会話しているうちに墓のあった場所につく。
そこは昨日と変わりがなく、作られた墓が並ぶだけだった。
さわりっと吹く風が草を揺らし、少し離れたところに森は見えるが人気が全くない。
元はここは森だった場所。
今は木々が生えることもなく、背の低い草だけが生えて墓が並ぶだけ。
それぞれの墓に添えられた小さな花が、切なさを感じさせる。
レイはその中のひとつの墓に近づく。
これが人の手で創られたものならば、その墓の記憶を魔法で視ればいい。
本来はこんな墓荒らしの様なことはしたくないのだが、昨日のことがどうしても気になる。

「レイ、どうするつもりだ?」
「この墓の過去を視ます」
「魔法か」
「あんまりこういうことはしたくないんですけど…、やっぱり気になるので」

レイが呪文を唱えようとすると、それを止める様にガイがレイの手に触れる。

「ガイ?」
「その必要はなさそうだぞ」

ガイは村がある方向に視線を向けている。
レイもそちらに視線を向けると、大きな籠いっぱいに花を詰め込んだ女性がこちらの方に向かってくるのが見えた。
籠に詰め込まれた花は、このお墓に添えられている花と同じものに見える。
ということは、彼女がこの墓を作った人なのだろうか。
近づいてくる彼女がレイとガイの姿に気づく。

「あら、珍しい。こちらに何かご用?」
「はい、少し…」
「よければ、一緒にお花のお供えをしてみない?」
「はい、手伝います」

レイは彼女の方に近づき、籠の中の花を少し受け取る。
ガイはどこか警戒したように彼女を見るだけで、近づきはしなかった。

「ガイ?」
「花を供えるなら、さっさとやってこい。オレはここにいる」
「そんなこと言わずに貴方もどうかしら?お花」
「必要ない。この墓に眠る死者に花を手向けるような気持ちは持ち合わせいないからな」
「そう、残念だわ」

彼女はほんの少し悲しそうな笑みを見せた。
そのままレイに場所を指示して、花を供えていく。
レイは右側から、彼女は左側から順番に。
小さな白い花を墓に3つほどちょこんっと供える。
花を置き、手を合わせて冥福を祈る。
だが、ふと違和感を感じた。
昨日は感じなかった魔力を、目の前の墓から感じる。
よくよく見回してみれば、全ての墓から僅かながら湧き出てくるように見える少ない魔力。

「どうしたの?」

彼女が1つの墓の前で立ち止まったままなので、不思議に思って声をかけてくる。

「いえ…、ちょっと雰囲気が昨日と違うような気がしただけです」

魔力が墓から出てきてるとは言えずにレイは誤魔化す。
彼女は驚いたように目をぱっちりと開き、そしてくすりっと笑う。

「あの人が消せとおっしゃっただけの実力があるようね」
「え…?」
「優秀な魔道士さん」

彼女がふわりっと右腕をゆっくりと空に上げる。
流れるような腕の動きに、レイはざわりっと肌に魔力を感じた。
何かの合図であったかのような彼女の腕の動き。
大地が僅かに震えた気がした。

「レイ!」

ガイがレイの名を呼ぶのが聞こえた。
横から後ろからぼこりっと土が盛り上がるような音が聞こえてくる。
充満する魔力と、そして負の魔力。

ぼこっ、ぼこっ

レイはゆっくりと墓が並ぶ地に目をやる。
墓から突き出るように出てくる”手”は毛が生えた人間のものではない手。
黄ばんだ鋭い爪と、土色の毛に覆われた腕が大地から生え、土が盛り上がる。
そして土から出てくるのは見覚えがある魔物たち。

「魔道士さんたちは、あの人の邪魔をしてしまそうな気がするの」
「何を…?」
「ここに眠る村の人達は別のことに利用するつもりだったのだけれども、貴方達をここで消さなければきっと邪魔になるわ」

ね?とにこりっと笑みを浮かべる彼女。
ぼこぼこっと大地から生えてくる魔物たち。
レイはその言葉でこの魔物がどうしてここに出現したのかが分かってしまった。
ここで死した人の肉体を使って魔物を創り出したのだ。
死した者すらも利用とするやり方。
レイはぎゅっと拳を握り締める。

「今、世界で起こっている魔物の活性化は…、貴女たちがやっているのですか?」

かすれたようなレイの声。
こんな問いをせずに、創り出された魔物の相手をすべきだということは分かっている。
何もしないのはあまりにも無防備で危険だ。

「否定もしないし、肯定もしないわ。でもね、魔道士さん」

彼女はふっと悲しげな笑みを浮かべた。

「私”たち”は、皆、世界なんてどうでもいいと思える程のことを”されて”きたの」
「されて?」
「ええ、されてきたの」
「誰に?」

聞かなければならないと思った。
大地から生まれてくる魔物達はじりじりとレイに近づいてくる。
ガイが応戦しているからか、そちらに意識を向けている魔物が多いが、それでもレイの方に向かう魔物がいないわけではない。
レイはふっと虚空より杖を取り出す。

『パシィ・ラン!』

すっとレイが杖を振ると、レイのすぐ近くにいた魔物がぱしぱしっと音を立てて、3体ほど消える。
レイはふっと空間転移を使い、彼女の後ろに移動する。
そして後ろから、杖を彼女の頬にぴたりっと向ける。

「魔物達の出現を止めて下さい」
「断るわ」

レイの言葉を間をおかずに断る彼女。

「誰に何をされたのかなんて、私には分かりません。ですが…!」
「亡くなった人の身体を使ってまで魔物を創り出すことはやってはいけないこと、と言いたいのね」
「そうです。だって、この墓を作ったのはあなたでしょう?ここに眠る人達が安らかに眠るようにと願って作ったのでしょう?」
「ええ、そうね」
「だったら、何故!こんな扱いを彼らは…!」
「望んでいなかった。でも、望んでいたかもしれないわ」

彼女は突きつけられたレイの杖に手を触れる。
そして視線だけでレイを見る。

「この村は蔑まれ、閉ざされた村。重罪を犯したわけでもないのに、隠れ住み、その存在を否定し続けられた彼らは、自らの存在で世界を壊す事ができるとしたら、それを望むと思う?」
「例え何をされても、全く関係のない人達を巻き込んでしまうのは、とても悲しいことです」
「あなたはとても優しくて真っ直ぐなのね、魔道士さん」

突然彼女が振り向き、レイの杖を抑え、レイの腰にぶら下がっていた短剣を引き抜く。
素早く行われたその動きに、レイは何が起こったのか一瞬把握できず、その短剣の刃が自分の腹に向かって突き出された時にやっと気づいた。

キン

刃はレイの腹には刺さらず、何か壁でもあるかのように何もないところに突き立てられている。

「驚いたわ。結界?」
「いくら私でも、無防備に近づいたりなどできませんから」
「優秀ね。とても真っ直ぐで優しいのに…羨ましいわ」

彼女はレイに刃を突き立てるのは諦め、刃を引く。

「魔道士さん。あなたはファストの魔道士組合をきっと知らないのね」
「ファストの魔道士組合?」
「だから、優しいままの魔道士なのね」

彼女は一歩一歩レイから遠ざかる。
魔物達はまだあふれ出る。
レイは彼女がどうしてファストの魔道士組合の名を出してきたのか分からなかった。

「ファストの魔道士があなたのような魔道士ばかりならばよかった、と思うほどに惜しいわ」

彼女はレイの短剣を構える。
短剣で攻撃をしてくるのかと思ったレイだったが、彼女はその刃を自分の胸に突き刺した。
紅い刃は彼女の血で更に真っ赤に染まる。

「優しい、魔道士、さん。悲しい、けど、あなた、は、邪魔、になるの」

彼女は胸に刺さった短剣をずぶっと抜く。
血が大地に飛び散る。
レイは彼女が何をしようとしているのか気づき、叫ぶ。

「だめ!」
「ごめん、なさい…」

綺麗な笑顔を最後に見せる彼女。
阻止しようとしたレイの呪文は一足遅く、魔の気配が一層濃くなる。

ぶわっ

暗く黒い闇が彼女の身体を突き破って出てくる。
それは負の魔力。
ぞくりっと寒気がするほどの魔力。
彼女の体が光を帯びた精霊語に包まれ、そしてあふれ出た闇が周囲を包み込む。


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