黒猫と黒犬とノクターン横丁 1
2年生も無事に終わり…いや、あれは果たして無事に終わったといえるのか…?
もリドルのことで多少引っかかっていることがあったりしたが、ヴォルに聞いて答えてくれるのだろうかと思って何も言っていない。
秘密の部屋でのリドルの態度があまりにも最初の頃と変わりすぎていたこと。
「考えても仕方ないか…」
ふぅ…とため息をついて、は紅茶を一口。
ここはリーマスと一緒に住んでいる家である。
朝食を済ませて、は元の少女の姿のままでのんびりとお茶をしていた。
リーマスの家では比較的この姿でいることが多い。
隣でヴォルも一緒にお茶をしている。
リーマスは朝からどこかに行ってしまっているようだ。
が目が覚めたときはどこにもいなかった。
まだ満月には程遠いはずだが…。
「何が考えても仕方ないんだ?」
ヴォルがの方に視線を向ける。
「ん、なんでもない」
はごまかそうとするが、そうもいかない。
何しろ相手はヴォルである。
「の何でもないは、かなり気になるな。何しろお前は隠し事が多いしな」
「本当になんでもないってば。大体、ヴォルさんに対してはそんな隠し事ないし…」
「”そんな”ってことは、あるにはあるんだな?」
そこでぐっと黙る。
そうやって黙ることは肯定と同じである。
それが分かっているのだろうか…?
「でも、ヴォルさんにだって隠し事くらいはあるでしょ…?」
は、まだヴォルに言っていないことはある。
それに対してヴォルは薄々は感づいている。
「聞きたいことがあれば答えるぞ?別に俺は隠すつもりはないからな」
ヴォルの最大の秘密はヴォルデモートであったことだろう。
しかし、それはは最初から知っていること。
は全ては知らなくても、リドルの生い立ちはなんとなくは知っている。
「は俺の事をどこまで知っている?俺から話したことはなかったよな?」
「うん」
ヴォルは生い立ちを何も話してないない。
が知っているのは、ヴォルがかつてヴォルデモートという人だったことだけのはず。
マグル出身のがヴォルデモートを知るはずもなく…だが、は知っている。
「別にどこで知りえたのか追求するつもりはない。俺の抱える過去は、人に話すには大きすぎる」
が何も知らずにヴォルを受け入れて今の状況になっていたのならば、ヴォルはかなり辛い状況だろう。
だが、は知っているのだ。
「俺が混血であることも、かつて魔法界を恐怖に陥れたヴォルデモートであったことも、何人もの魔法使いやマグルを手にかけたことも…」
「”トム”という名は母親を捨てたマグルの父親の名前と同じだから”トム”と呼ばれるのも嫌い、魔法使いの母親はサラザール=スリザリンの血族」
ヴォルの言葉に続けるようにが言う。
特にヴォルは驚かない。
本当ならば知りえるはずのないこと。
知っているのは、デス・イーターのトップ、もしくはリドルがヴォルデモートと知る50年前のあの時に存在していた魔法使い。
そして、今はハリーも。
「そっけないけど…優しいよ、ヴォルさんは」
は知っている。
過去にどんなことがあっても、ヴォルは全てを闇に覆われた存在ではないから…。
優しさがあるからこそ、は駄目だと分かっていてもヴォルを頼ってしまうのだ。
「だから、これからも信じて頼って迷惑かけることあるかもしれない」
「かもしれない、じゃない。信じたいだけ信じろ、頼りたいだけ頼っていい、のためなら俺は全然構わないからな」
ヴォルはの手をとって、手の甲に軽く唇をあてる。
まるで何かの誓いのようだ。
はかぁぁぁっと顔を赤く染める。
「…あ、あのさ、ヴォルさん」
「何だ?」
の手をとったまま、ヴォルはを見る。
こうして平然と気障なことをされると恥ずかしい。
これを別の人がやったら、恥ずかしい以前の問題だが、ヴォルがやると違和感がないのですごく照れるのだ。
「こ、こういうのは、ちょっと恥ずかしいからやめて欲しいんだけど…」
「そうか?」
「…うん」
スキンシップ関係は日本人にとってはどうしても慣れないものだ。
イギリスなどに何年か住めば違ってくるだろうが、生まれてこの方去年ここにくるまで日本からは旅行以外で出たことはないにとっては、こういうのは全く慣れないのである。
ばたんっ!!
突然玄関の扉が乱暴に開かれる。
が驚いて扉の方を見ると、そこにはいつもながらの姿と表情のセブルスがリーマスに肩を貸しているのが見えた。
リーマスの顔色は悪い。
はリーマスに駆け寄る前にヴォルの方を見たが、ヴォルはすぐに猫の姿に変わっていた。
「教授、リーマスはどうしたんですか?」
リーマスに駆け寄り顔を覗き込めば、顔色はかなり悪いものの意識はあるようだ。
セブルスの表情は相変わらずの眉間にシワなのだが、いつもよりも不機嫌さが増しているようにも思える。
「ルーピンの部屋はどこだ?」
「え、あ…。リーマスの部屋は2階の階段上がってすぐの所です」
セブルスはそのままリーマスを連れて2階へと上がっていく。
はそれについていこうとしたが、リーマスの手から何かばさっと落ちてそれを拾うために足を止めた。
『日刊預言者新聞』のようだ。
顔色の悪いリーマス。
リーマスが手に持っていた『日刊預言者新聞』。
もしかして、シリウスさんが脱獄したことでも載っていたのかな…?
はそう思い、新聞をテーブルの上に広げた。
写真が動く魔法界の新聞。
その1面に載っていた記事は…。
「ほぉ…馬鹿だな、失敗したのか」
猫の姿のままヴォルは新聞ののぞきこんでコメント。
は頭を思わず抱えてしまった。
『日刊預言者新聞』の一面にはこうある。
―シリウス=ブラック!脱獄失敗!!
なにやってるの、シリウスさん?!
としては叫びたい気分である。
思いっきり深いため息をつきながら新聞の内容をよく読んでみる。
『今でも「例のあの人」の忠実なる部下と言われている凶悪な大量殺人犯のシリウス=ブラックが、先日アズカバンから脱獄しようとしたところを看守に見つかり再び捉えられた。厳重に吸魂鬼の警護の元、鍵までかかっている牢獄から見事に抜け出したブラック。どのような手段を用いて吸魂鬼から逃れられたのかは今魔法省の協力の下、全力で解明中であり………』
とりあえずは、呆れてものも言えない状態である。
リーマスの顔色が悪かったのは、シリウスのこの記事を見たからだろうということは分かる。
記事の最後にこうある。
『ブラックは、しきりにぶつぶつと何かを呟いていたようだ。「ハリー=ポッター………」と』
はシリウスとは会ったこともないし、話したこともない。
ジェームズから話をよく聞いてはいたが……本当に単純馬鹿のようである。
思い込んだら一直線。
再び思いっきりため息をつく。
「ヴォルさん」
ちらっと猫の姿のヴォルに目をむける。
ヴォルは新聞記事には飽きたようで、テーブルの上でまるくなっている。
「何だ?」
ひょいっと顔だけを上げてを見るヴォル。
「アズカバンってどこ?」
一瞬ヴォルが顔を顰めた。
何が言いたいのか分かる。
でも、シリウスの脱獄失敗はあってはならないのだ。
「行くのか?」
「…うん」
行くしかないだろう。
「教授が帰って、リーマスが寝たら出かけるよ」
「シリウス=ブラックをアズカバンから出すために…か?」
「そうだよ。…本当はヴォルさんに一緒に来てもらえれば心強いんだけど、駄目なら場所だけでも…」
「誰が行かないと言った?」
ヴォルは当然行くに決まっているだろう。
やっと、最近になってからは自分にだけ頼るようになってきたのだから…。
それを断る気など全くない。
から言わなくても最初からついていくつもりだったのだから…。
「俺が行った方が行動はしやすいだろう?」
「一緒に来てくれるの?」
「1人じゃ危なっかしすぎるからな」
当然のように答えるヴォルには嬉しくなる。
思わず笑みを浮かべてしまう。
「ありがとう、ヴォルさん」
全ての魔法使いが恐れるアズカバン。
そこがどういうところなのか、は話の中でしか知らない。
だが、恐怖は殆どない。
の中にあるのは…
シリウスさんって………。
シリウスに対する呆れだけだった。