クリスマス休暇 04




「そういえば、言ってなかったね」

先ほどの雰囲気はどこへやら、ジェームズはとたんに楽しそうな表情になる。
はきょとんっとするが…。

「昼間、黒猫君とどこへ行っていたか」

そう言えば、昼間はヴォルはいなかった。
ジェームズの記憶の媒体となる本と一緒に。
特に気にすることはなかったが、そういわれると気になる。

「どこに行っていたんですか?」

の問いにジェームズは満足そうな笑みを浮かべる。
そして、出てきた答えはとんでもないもの。

「実はね…アズカバンへ行って来たんだ」

アズカバン。
そこはデス・イーターとして捕らえられている、ヴォルデモートの部下がいる場所であり、吸魂鬼が見張る牢獄。

「へ?」

思わず間抜けな声を上げてしまう
アズカバンにジェームズが行く用事があるとすればただひとつだろう。
アズカバンには彼の親友がいるのだから。





時間は少し遡る。
リーマスとがまだクリスマスの準備をしている頃、ヴォルはジェームズとリリーに脅され、もとい頼まれてアズカバンに向かっていた。
姿現しで途中でいき、あとは箒で飛んでいく。
ヴォルデモートとしての知識と経験はあるのだから、魔力がある程度戻ればばヴォルにとってアズカバンに忍び込むことは簡単なことだ。
それはつまりはヴォルデモートが甦れば、彼にとっても簡単にできることであるということ。

アズカバンの看守をしている吸魂鬼の側を平然とした表情で通り過ぎるヴォル。
その横をふわふわと浮いているジェームズ。
吸魂鬼もヴォルに気にした様子もなく通り過ぎていく。

「流石、黒猫君。吸魂鬼も全然平気なんだねぇ〜」

記憶であるジェームズは生きている者ではない為、吸魂鬼の影響は受けない。
だから平気で本から出ていることができるのだ。
ヴォルはちらっとジェームズを見る。

「何が言いたい?」

ヴォルが吸魂鬼に対して平然としていられる理由は2つある。
ひとつはヴォルの元の体が猫であるということ。
動物は吸魂鬼の影響を受けにくい。
そして、なによりも大きな理由は、吸魂鬼はヴォルデモートの部下でもあったということ。

「かつては従えていたものに怯えてどうする?」

ヴォルはジェームズをすっと目を細めて見る。
それは相手を見下すかのような、かつてのヴォルデモートの視線と重なる。
ヴォルデモートと何度か対峙したことのあるジェームズは、ヴォルとヴォルデモートが重なったように見えた。

「やっぱり君は、ヴォルデモートだったんだね」

じっとヴォルを見るジェームズ。

「ああ、そうだ」

ヴォルは慌てることなく肯定した。
ここにがいれば、「どうして、そう簡単にばらしたりするの?!」と怒るだろう。
ジェームズにとって、ヴォルデモートは自分を殺した相手だ。

「俺が、憎いか?」

憎まれることを恐れずにヴォルは問う。
憎まれることを恐れてどうして闇の帝王となれよう。
昔、まだ何も知らなかった頃は、全ての魔法使いに恐れられる存在になりたかったのだ。
ジェームズはヴォルの問いにゆっくりと首を横に振った。

「君を憎んでも何も変わらない、そうだろう?」
「だが、憎むことで楽になることもあるだろう?」
「そうだね、確かにそれもあるね。それでも、この想いは自分自身のもの、ずっと自分で抱えて自分で決着をつけなければならないものだよ」

そう言い切ってしまうところが、ジェームズは強い。
ヴォルはため息をついた。
憎まれることには比較的慣れている、だが、ジェームズのように憎まずにいる相手の方が厄介であることをヴォルは知っている。
どうにもこういう相手はしにくいものだ。

「ま、それはともかく、黒猫君」
「何だよ」
「鍵開けられるかい?」

ジェームズがにこっと笑みを見せてひとつの牢を指す。
そこには恐らくシリウスがいるのだろう。
ヴォルは再びため息をつきながら杖を取り出す。
の元から勝手に拝借してきた杖だ。
ヴォルは軽くすいっと杖を動かす。
呪文も何もない。

かちっ

音がして鍵が開く。
しかし、ジェームズは幽霊のようなものだからすりぬけられるのではないのだろうか?

「実体化しないと、触れられないだろう?」

ヴォルの考えが分かったかのようにジェームズはニヤリと笑った。
触れるというか、一体何をするつもりなのか。
とにかくヴォルには何が起きようが無関係を装うつもり。

「ハリー、リリー…」

ジェームズがそう囁けば、本の中からリリーとリリーに抱かれた赤ん坊のハリー。
リリーは満面の笑顔、ハリーは訳が分からないかのように首を傾げている。
フッとジェームズ達の体が実体化する。
ヴォルはそれをしれっとした表情で見ていた。





暗く薄暗い牢の中、たった一人で虚空を見つめる一人の青年。
過去、かなり整った顔立ちでもてただろうに…その面影すらなくやつれ、黒く長い髪は無造作に伸びきっていた。
うつろな瞳のその青年は、世間では極悪人といわれるシリウス・ブラック、その人である。
シリウスはちらりっと牢の扉を見る。
勿論牢の扉は先ほどヴォルがあけたので思いっきり開いているのだが…シリウスはその様子に少し顔を顰めた。

「開いてる?なんでだ?」

出てきた声は少し掠れたもの。
話し相手のいないアズカバンで話をすることなど少ない為か、声すらも満足に出せない状態になってしまう。

「開いてるわけないか、目の錯覚か」
「錯覚じゃないよ」
「…幻聴まで聞こえた来たようだ。ジェームズの声がするなんてな」

ふっと哀愁漂う表情をするシリウスだが、その真後ろの人影に全く気がつかない。
はっきりいって怖い。
こんな薄暗い中に、しかも誰もいるはずのない場所に誰かがたたずんでいれば。

がすっ

突然、とてつもなく痛そうな音と共にシリウスの頭に足が炸裂。

「っぃってぇぇ!!なにすんだよ!!」

ばっと振り返るシリウス。
振り返ればいるはずのない人物にぎょっとする。
シリウスの後ろにたたずんでいた人物、それは勿論言うまでもなくポッター親子なのだが。

「は、はは…。ついには幻覚か。俺、もう駄目かもな」

空笑いするシリウス。

「いや、君は最初っからヘタレで人生駄目駄目だから」
「そうね、いまさら駄目だと認識しても何も変わらないわ、シリウス」

にっこりとかなり酷いことを言うジェームズとリリー。
ハリーはリリーの腕の中できゃっきゃっと喜んでいる。

「ちょっと待て。お前らいくら幻覚とはいえ、もう少しくらい言い方があるだろう?」
「そんなこと言われてもねぇ〜」
「ヘタレはヘタレ以上でも以下でもないわ。他にどう言えばいいのかしら?」
「どう言いようもないね。シリウスの取り得は、馬鹿正直で単純で」
「女泣かせで、顔だけよくて、ヘタレってところね。あら?いいところが見つからないわ」

困ったわね〜、とリリーは全く困った様子もなく頬に手をあてる。
ジェームズもそれに苦笑するのみ。
シリウスはその様子に少し表情が変わる。

「おい、お前ら、幻覚じゃ…ないのか?いや、まさか、ここはアズカバンだぞ」

シリウスは首を横に振る。
そんなはずはない、と。

「今日はクリスマス・イブ。いい子にはプレゼントが来るんだよ、ヘタレ」
「ヘタレじゃねぇ!!」
「まぁ、ヘタレ云々はさておいて」
「さておくなよ」

ぱんぱぁぁん!!

どこから持ってきたのかクラッカーをならす、ジェームズとリリー。
リリーは、抱きしめていたハリーをシリウスの肩に無理やり肩車させる。

「メリー・クリスマス!!さぁ、パーティーをしよう!」
「アズカバンでクリスマスパーティーだなんて、人類初よね!きっと!」

ジェームズが魔法でロウソクのキャンドルをともし、ケーキを出す。
と言っても、全て魔法の幻覚だ。
シリウスはその様子に呆然とするのみ。

「ほら、シリウス!何をやっているんだい?もっと盛り上がらないと!」
「あ、ああ…」
「せっかくのクリスマスなのよ!もっと明るくならないと!」

普通はアズカバンで明るいクリスマスを過ごそうなど思いつかない。
吸魂鬼がいるからだ。
楽しい気持ちは全て吸い取られてしまう。
困惑するシリウスなど気にせずに、ジェームズとリリーは盛り上がる。
ヴォルはその様子を牢の廊下から腕を組んで見ていた。
呆れた様子で見ている…が、その表情が変わる。

「来たか」

そのままの姿勢でちらりっと視線のみ動かす。
その視線の先には吸魂鬼。
アズカバンの看守をつとめる吸魂鬼達が、楽しい気持ちを察知したのか来たのだろう。
ヴォルはその吸魂鬼を人睨み。

「去れ。貴様らが近づいていい場所じゃない」

ぴたりっと動きを止める吸魂鬼。
ヴォルにとって吸魂鬼を追い払う方法など簡単だ。
守護霊の呪文など必要ない。
ただ彼らを睨み、命令を下せばいい。

「俺は『去れ』と言ったはずだが?聞こえなかったのか?それともこの俺に逆らうのか、ディメンダーごときが」

ヴォルの視線がさらに冷たいものへと変わる。
誰かれ構わず、人の楽しい気持ちを奪い取ってしまう吸魂鬼。

「目障りだ…去れ」

だが、過去ヴォルデモートは吸魂鬼すら従えた。
だからこそなのか、ヴォルデモートに忠実な部下達はアズカバンに投獄されても狂わずに生きていることができる。
吸魂鬼に影響されないのか、それとも吸魂鬼に影響されない何かを知っているのか。
ヴォルの言葉に吸魂鬼はふらふらっと去っていく。



「夢でも幻でもいい、お前達に俺は言いたい。ジェームズ、リリー…」

シリウスは悲しげな笑みを浮かべていた。
ずっと後悔していた。
一生アズカバンにいて罪を償うつもりでいる。

「俺は、俺は…!」
「僕は謝罪の言葉は聞きたくないよ、シリウス」
「私もよ」

はっとするシリウス。
シリウスが見上げて見えたジェームズとリリーは、少し怒っているように見える。

「君が提案したから僕らは死んだと、君は後悔しているのかい?」
「私もジェームズも貴方が後悔しながらこんな場所で過ごすのを望んではいないわ」
「だが、俺が!!」
「君が後悔すれば、僕らに謝れば何かが変わるのかい?」
「っ?!!」

何も変わらない。
シリウスがこうしてアズカバンにいても何も変わらないのだ。
ハリーはまだ何も知らない。
そして、シリウスが裏切ったのだと誰もが思っている。

「僕らは君が後悔することなんて望んでない。本当に悪いと思っているのなら、生きて、生きて、生き抜け、シリウス!」
「復讐や贖罪なんて、貴方らしくないわよ。自分が思う通りに生きなさいよ、シリウス」

がすっ

ジェームズの拳が思いっきりシリウスの鳩尾に食い込む。
そして…

ごめすっ

とどめかのように、リリーの踵落とし。
かなり容赦がない。
シリウスはそのまま昏倒。

「さて、帰ろうか、リリー」
「そうね、ジェームズ」
「あぅ〜」

楽しそうに笑い合うポッター親子。
一体何しにアズカバンに来たんだ。
ヴォルはそうは思ったが、口には出さない。
彼らの考えなどどうでもいい。

「さて、黒猫君。帰ろうか」
「…くだらないな」

ふんっとヴォルはジェームズ達の本を持つ。

「別に意味なくここに来たわけじゃないよ。今のシリウスの状況が知りたかったからね」

この目で今の状況を直に見ておきたかったのか。
ジェームズに殴られ、リリーに蹴られたシリウスは、目覚めた時には今日の事は夢だと思うのだろうか。
それが現実だと思えるのは、鳩尾の痛みと頭の痛みのみという…なんとも悲しい現実がある。

「やっぱり、何もできないっていうのは結構辛いものなんだね。僕らが学生時代に望んだのは…誰もが望む幸せだけだったんだけどね」

望んだものは、そんなに大きなことじゃなかった。
大切な人たちと何時までも笑うことができていればよかった。
重要な役職とか、儲かる仕事とか、名誉ある仕事とか、そんなものはどうでもよかった。
ただ、誰もが望む幸せだけあればいいと思っていた。

「…裏切るくらいならば、死すら恐れない、か」

ヴォルは何かを思い出したかのように呟く。
ジェームズはヴォルを見る。

「俺が…いや、あの時はヴォルデモートだったか、ペティグリューを最初に脅した時にやつが返した言葉だ」
「ピーターが、かい?」
「ああ、ペティグリューも最初から裏切るつもりじゃなかっただろうさ。そう仕向けたのは俺達だ」

確かに彼らの絆は強かった。
それでも、付け入る隙があったのも事実だ。
そしてその隙に付け入られた結果が今だ。

「分かってるよ、黒猫君。僕もリリーもピーターを信じているんだ、今も。そして、今の君は悪いヤツじゃない」
「全てが上手くいくなんてことはないものよ。悲しいことにね」

ジェームズもリリーも悲しげな笑みをみせた。
ピーターが最初から裏切るつもりではなかったとヴォルは言った。
けれども、ヴォルはジェームズ達の事を思っての優しさで言ったわけではない。
ふと思いついてでた言葉に過ぎない。
悲しげなジェームズとリリーの笑みを見ても、アズカバンに閉じ込められているシリウスを見ても…ヴォルの心はさほど動かなかった。
それでも、ジェームズ達とシリウスの再会を吸魂鬼に邪魔することを阻止した。
変わろうとしているのか、もう変わることはできないのか。
今はまだ、分からない。