一緒にいよう 0
私の名前は、16歳。
どこからどう見ても純日本人の顔立ち、それから髪と目の色。
特に秀でているところもない…と思う…し、見た目は普通。
でも、義務教育である中学校にはほとんど通わず卒業、高校は試験を受けられなかったから入学できず。
小学校もどれくらい通っただろうか…と思う。
友達も少ないけれどいるし、両親も私のことをすごく心配してくれている。
恵まれた環境なのかもしれないって、時々思うことがある。
でも…窓の外、元気にはしゃぐ子供たちの姿を見ると、とても悲しくなってしまう。
天気はとてもいいのに、風はとっても気持ちがいいのに、私は外で散歩すらできない。
それは、物心ついた時からの心臓の病気のせいだった。
私の心臓は他の人よりも丈夫じゃないんだって。
お医者様がそう言っていた。
難しい医学用語とかは分からないけれども、健康になれる可能性がないわけじゃないって言われた。
臓器移植。
私の心臓と合う心臓が見つかれば、そして移植ができれば健康になれる。
小学校の頃は、まだ手術に耐えられる体じゃないからドナーが見つかっても無理だって言われていた。
でも、もう私も16歳。
お医者様も体力的には手術に耐えられるだろうって。
あとはドナーが見つかるのを待つだけなんだ。
でも、多分間に合わないんじゃないかって思っている。
なんとなく分かるんだ。
自分の体のこと。
痛みと苦しみの感覚が長くなっていく。
痛み止めの薬も、点滴も、効果が薄れていくのが分かる。
お医者様やお父さんやお母さんは気づいていないかもしれないけれど…痛み止めの薬は、もうほとんど効いていないの。
ずっとずっと続く痛みは少しずつだけど強くなってきている。
痛みに慣れてきたから、平気な顔ができるようになっただけ。
今も…心臓の痛みは続いているの。
パジャマの上から、私は自分の心臓に手を当ててみる。
とくん、とくん
大丈夫、まだ動いている。
自分の鼓動を確認して安心するなんてちょっとおかしいかもしれないね。
でもね、やっぱり死ぬのは怖いの。
自分という存在がいなくなってしまう恐怖。
この心臓が止まってしまったら、私という意思はどこに行くんだろう。
”私”がどこにもいなくなってしまうんじゃないかって、ものすごく怖い。
それでも、それは逃げられないことで、生きていればいつかは立ち向かう恐怖で…私の場合は、それが他の人たちよりも早すぎただけで…。
そう、思い込んで平気だと思いたかった。
短い命ならば…残りを楽しく過ごせればいいって思っているんだよ。
さらさらっと軽く揺れるのは窓のカーテン。
私の入院している病室は一人部屋。
お母さんとお父さんが、私が寂しくないようにって、いろいろ置いてくれた。
くまさんの大きなぬいぐるみ、小さなお花、そして……たくさんの本。
小学校の頃から入退院を繰り返していた私にとって、唯一の趣味ともいっていいかもしれない。
本を読むのは大好きだ。
勿論、大人が読むような誰かのエッセイとか、評論本とか、純愛文学とかは難しすぎて読めないけれども、楽しいと思う本は沢山ある。
中でも面白かったと思うのが、イギリスの児童書のハリーポッターシリーズ。
今は5巻の「不死鳥の騎士団」まででているけれども、引き込まれるような内容だった。
何度も何度も、暗記するほどに読み返した覚えがある。
夜遅くまで読んでいて、看護婦さんに叱られたこともあったっけ。
思わずくすくすっと笑みがこぼれてしまう。
映画化もして、映画を見に行きたかったけれども外出許可がでないから無理だった。
そうしたら、お父さんがDVD発売と同時にDVDとDVDプレイヤー、そしてテレビを抱えてお見舞いに来てくれた。
それにはさすがに吃驚したよ。
コンセントがあれば確かにDVDは見れるけど…お父さん、あの後ギックリ腰になっちゃったんだよね。
1日だけ入院して、一緒の部屋で寝たっけ。
窓から吹き込んでくるやさしい風が気持ちいい。
差し込んでくる太陽の光が暖かくて気持ちがいい。
「っ…く………!!」
突然大きな痛みが襲ってくる。
痛みで呼吸も困難になるほどだ。
私は胸の辺りのパジャマを掴む。
この痛みは…やばい…。
痛みをこらえながら、枕もとのナースコールに手を伸ばす。
看護婦さんを呼ばないと…。
掴んで…ボタンを押す。
痛みからか涙があふれてくる。
違う、痛みじゃない…悲しいんだ。
だって、この痛みは今までの比じゃないから…。
心臓だけじゃなくて、全身が痛みを訴えている感じなの。
視界が涙で歪んでいる。
苦しみと痛みを堪えながらも、病室に駆け込んでくる看護婦さんが見えた。
「ちゃん?!!」
駆けつける看護婦さんの表情は、とっても心配しているという表情で、こんな状況なのに心配されることがちょっと嬉しかった。
「誰か!先生を…!!」
ばたばたっと廊下が騒がしくなるのが聞こえた。
痛みで外の音が聞こえなくなってくる。
ぎゅっと自分の体を支えるように、私は抱きしめる。
自分がどれだけ力を入れているのかなんて分からないほどに…。
病室の入り口に、担当のお医者様の姿が見えたのが最後で…私の意識はふっと途切れた。
−…
誰かに呼ばれたような気がして、ふっと目を覚ます。
うっすらと目をあけて飛び込んできたのは、お父さんとお母さんの顔だった。
お父さんは頭がぼさぼさで、お母さんは泣きはらしたような目をしている。
可笑しくて、ふふっと笑みがこぼれてしまう。
ぴっぴっぴ…
規則的な機械の音が聞こえる。
ベッドの近く目を向けてみれば沢山の機械。
口元を覆っているもので、呼吸器をつけられているのだと自覚した。
痛みは…まだ引かない。
でも、気持ちはとても静かだった。
心臓は痛むのに、その痛みが自覚していてできないような感じ。
私はお父さんとお母さんに笑みを向ける。
本当は手を動かしてお父さんとお母さんに触りたかった。
でも、動かそうとしても手が動かなかった。
だから、分かったの。
多分、これが最期だって…。
一言だけでいいから、お父さんとお母さんに言いたい。
これを言わなかったら後悔するから…。
だから、聞いて。
「おとう…さ…、おか…さん」
きちんと呼びたいのに、声がかすれてしまう。
もう、声もちゃんと出ない。
私の声、ちゃんと届いている?
「?」
「どうした?」
心配そうに私を見るのが、ちょっと嬉しいの。
それを言ったら怒られるかな?
「ありが…と」
最期だから、とびっきりの笑顔を見せたいの。
幸せだったから。
お父さんとお母さんの娘で幸せだったから。
ありがとうって言いたかったの。
苦しそうな顔とか、悲しそうな顔とかが最期なのは嫌だったの。
笑顔の私を覚えておいて欲しいから…。
驚いたお父さんとお母さんの顔を見たのが最期。
私の意識はそのまま沈んでいった。
多分、永遠に…。
このまま、私という意識はどこにいくんだろう…。
独りぼっちになっちゃうのかな。
−
また、声が聞こえた気がした。
私の名前を呼ぶ知らない声。
あなたは誰?
私はあなたの元に行けばいいの…?
私を必要としてくれているの?