星の扉 24




ガタガタと揺れる道を神羅のトレーラーが走る。
その中に乗っているのはクラウドを含めた数名の神羅兵と、そしてソルジャー2人だ。
向かう先はニブルヘルム。
ソルジャー2人というのは、ザックスとセフィロス。
このメンバーと行き先にクラウドは顔色を変えるほどの不安……を抱えている場合ではなかった。

ピピピピ

電話の着信音らしきものの音が響く。

「お〜い、クラウド。大丈夫か?」

相変わらずの暢気な口調でぐったりと座り込んで顔を伏せているクラウドに話しかけるのはザックスだ。
着信音はクラウドから聞こえてくる。

「聞こえているとは思うけど、お前のだろ?鳴ってるぞ」

分かってる、とクラウドは内心呟く。
とてもじゃないが答えられるような状況ではない。
チョコボならば平気なのだが、それ以外の乗り物は全く駄目なクラウドである。
今回のミッションの行き先がニブルヘルムだと聞き、焦りを感じながらも乗り物酔い対策など全くすることもなく移動のトレーラーに乗り込んでしまった自分が悪いのだ。
この状況をどうするかを考えるために顔を下に向けていたのが更に悪かった。

(乗り物酔いなんてしてる場合じゃないって言うのに…)

盛大なため息を吐きたい気分だが、それどころでもない。
クラウドが乗り物酔いの症状が出始めて数回ほど着信音が響いている電話の相手は恐らくルーファウスだろう。

「クラウド、エスナをかけるか?」
「…へいき、です」

セフィロスが何度か申し出てくれたのだが、クラウドはそれを断っていた。
以前もエスナをかけてもらって随分と楽になったのだが、車酔いごときにセフィロスに魔法を使わせるなど他の神羅兵に見られ、セフィロスの評判が落ちてしまったら嫌だ。
顔見知りの神羅兵ならばいいが、今回同行している神羅兵は、生憎とクラウドとは全く面識がない人たちだ。
しかも、神羅の一兵から下士官まがいのことをしているクラウドをあまり良く思っていない連中だ。
向けられる視線に嫌なものを感じる。

(後で自分でエスナかけよう)

初期魔法ならば使えると思っていたのだが、ミッドガル付近でなければ中級魔法も使用可能らしい。
ミッドガル周辺は星の力が弱まってきているのでマテリアなしでの魔法は難しいらしいのだが、その他の地域ではまだ星との会話もでき、星の力を借りれば中級魔法も使用可能だ。
早くニブルヘルムに着くことを祈って、クラウドは今の状況が過ぎ去るのを待つしかなかった。



久しぶりのニブルヘルムはとても懐かしい。
久しぶりと言っても、つい最近夜中にこっそり来たばかりなのだが、あの時は村を見ることなどできなかった。
クラウドは村から少し離れた場所で携帯電話を取り出しルーファウスと連絡を取っていた。

『悪かったね、君を同行させるだけで精一杯だったんだよ』

全く悪いと思っていないかのような言葉。
ルーファウスだから仕方ないだろう。
実際このニブルヘルム行きは本当に急だった。

『ニブルヘルムに関しては科学部門が煩くてね。まぁ、ジェノバ本体がいるからなんだろうけど』
「で、何かあるんだろう?」
『鋭いね。そう、実は今回のミッションは表向きは魔物討伐だけど、実際は違う』
「相手が魔物じゃないってことか?」

神羅一般兵にミッションの正確な内容は伝えられないことが多い。
一般兵はソルジャーの指示に従うだけだ。
上の人間も隠しておきたいことなどもあるだろうから、指示内容の説明がされることがないのは軍としては当然と考えるべきか。

『そんな感じだよ。討伐する魔物が元は人間だったみたいだから』
「…宝条の実験体か」
『そうだよ』

この世界にあふれる魔物の全てが自然のものではないと知ったのはいつだっただろうか。
宝条の実験体にされ”魔物”へと変わってしまう人間がいる。
魔物に変わってしまった人間は心を失い、狂気に支配される。

『神羅の科学部門は、表向きソルジャーへの処置が殆どだけど、裏じゃソルジャーになれなかったソルジャー希望者を使っての人体実験とか色々しているようだね』
「今回の”魔物”は、それということか」
『ニブルヘルムの施設は結構整っているからね』

ニブルヘルムの村から少し外れた所に魔晄炉がある。
その魔晄炉を囲むかのように立つ建物が実験場だ。
クラウドは”昔”見たことがある。
その建物の中に閉じ込められた魔物の形をした”それ”を。

『こっちで分かったのは魔物が人間だった事くらいだけれど、事前調査も殆どせずにセフィロスを派遣したのが気にかかるんだよね』
「何か他に目的があってセフィロスをここに派遣した、ということか?」
『かもしれない、という段階だけどね。自らが創り出した魔物の強さを知っているからこそセフィロスを派遣したとも考えられる』

魔物がどんなに強力でも、クラス1stのソルジャーは他にもいる。
ニブルヘルムの神羅屋敷には、セフィロスが生まれた経緯とその記録がある。
それをセフィロスが目にして、どんな反応を返すかなど宝条にだって分かるだろう。

『そちらのジェノバとセフィロスの接触だけは避けておいてね』
「分かっている」

この周辺にミッションで来たソルジャーが泊まるのは、大抵神羅屋敷だ。
セフィロスに資料の閲覧をさせないようにするのは難しい。

『万が一、セフィロスが暴走しそうだったらなんとか止められそうかい?』

ルーファウスも分かっているのだろう。
セフィロスがこのニブルヘルムに来てしまった以上、資料の閲覧を止める事は難しい事に。
資料を先に処分してしまったとしても、逆に怪しまれるだけだ。

(セフィロスが”あの時”みたいに、ニブルヘルムを火の海にするのならば…)

クラウドは自分の耳にあるナイツ・オブ・ラウンドのピアスの力を感じる。
恐らく召喚マテリアの中では最強のマテリアだろうこのピアス。
これを使えば、止めることは可能だろう。

「手段を選ばなければ」

ナイツ・オブ・ラウンドの召喚には大きな衝撃が起こる。
出力を最大限にして使えば、ニブルヘルムが何らかの障害を被るのは避けられないだろう。
だが、出力を抑えて本気のセフィロスを止められるかと言われれば、それは分からない。

『手段を選ばなければ、ね。どうやら隠し玉があるようだけど、”ジェノバ”が残っている以上、それはその為に取っておいて欲しいものだね。剣では無理かい?』
「一般兵士に支給されるこのソードでは無理だ」
『そうだね、一般兵士に支給されているのって、大量生産の安物だからね。セフィロスが使ってる名刀正宗相手じゃ一撃で折られるか』

クラウドが普段自分を鍛えるために持っているのはバスターソードで、ザックスのミッションに同行する時はそれを使っていた。
だが、この間のミッションでそれは折れて使えなくなってしまっていた。
新しいものを購入するお金もなく、一般兵士に支給されている…ザックスの期間限定下士官になる前に使っていた…ソードを今は持っている。
一般人が持つには物騒だが、戦闘で使うには少々頼りないかもしれないソードだ。

(この剣じゃ、基本技のブレイバーくらいしかできないな)

本気になったセフィロスに、今のクラウドで果たしてどこまで出来るだろうか。
クラウドは出来ることならセフィロスには二度と刃は向けたくないと思っている。

『剣の方はこっちでなんとかしておくよ。そうだね、君が正式に僕の秘書になる頃にはちゃんとしたものを用意しておく』
「は……?」

クラウドは何を言われたのか一瞬分からなかった。

『もしかして、取引した時点で秘書の話はなくなったとでも思ってた?僕の秘書になったほうが行動しやすいし給料も入るんだから一石二鳥だよ。ちゃんと予定組んでるから、承知しておいてね』
「ちょっと待て、ルーファウス。秘書なんて立場じゃ動きにくい…」
『身分があるのは結構便利だよ』
「便利な場合もあるだろうが…」
『クラウドがしようとしていることを考えると権力があって困るものじゃないと思うんだけどね。移動費用は経費で落とせるし、戦闘で多少周囲に被害が出ても損害額も経費で落とせるし』

確かにそう言われればそうだが、”以前”はそんなものがなくてもどうにかなった。
多少…多少というには派手だったものもあったが…強引な手を使ったりはしていたが。
お金も稼ぐ方法というのはいくらでもある。

『それに、君が近くにいた方が、僕にとっても君にとっても何かと便利だろう?』
「そうだが…」
『それともタークスにでも入る?あそこに入ると、嫌な仕事も引き受けなきゃならなくなって今以上に身動き取れなくなるよ』

ルーファウスとの協力体制を続けて行くのならば、神羅の人間としての立場があった方がいいのは分かる。
協力者として心強い存在ではあるルーファウスだが、その立場がおいそれと近づける立場ではないのが困りものである。

『ま、秘書の件どうするかはゆっくり考えておいてよ。とりあえずはセフィロスの見張りよろしくね』
「見張り…か」

相手が相手なだけに、四六時中張り付いているわけにもいかない。

「善処はする」
『善処だけじゃ困るんだけどね』

くすくすっと笑っていたルーファウスだったが、言いたい事は終わっただったようで通話はそれで切れた。
ルーファウスが言った言葉から推測するに、今回のミッションは科学部門から、そしてそのミッションの元となった魔物を作り出したのは、恐らく科学部門のトップの宝条。

(宝条が何を考えているのかは分からないけど、前と同じ結果にだけは絶対にさせない)

”昔”ニブルヘルムを焼き払ったセフィロスに抱いた感情は憎しみだった。
クラウドにとってニブルヘルムは故郷であり、焼き払われるなどされて憎しみがわかないはずもない。
それなのに、今はクラウドはセフィロスに幸せを感じて欲しいと思っている。

(俺はどこまで救えるんだろう)

セフィロスを止める事が出来る決定的な”何か”があるわけではない。
ただ、持っているのは記憶と心の強さ。
考え込むクラウドに、一瞬はっとさせるような気配が広がった気がした。
ばっと顔を上げるクラウド。

『マスター、大地が……』

どこか不安そうなアーサーの声が頭に響く。

(何だ…?)

ざわっと風が吹き、足元の草が揺れる。
それはまるで大地のざわめきの様に思える。
かつて同じ時にいた”昔”の自分には感じられなかった、これはきっと大地の訴え。
ここにはジェノバの本体がある。
だから大地がざわめくのか。

(…セフィロスがここにいるからか?)

ジェノバの”息子”であるセフィロスが、ジェノバの本体のいるこの地にいる。
本当に、書物で自分の真実を知った為にセフィロスは変わってしまったのか。
いや、きっとそれだけではないのかもしれない。
ジェノバ本体の影響を受けた、それも考えられる事。
クラウドはざっと魔晄炉へと走り始める。
ジェノバ本体はニブルヘルムの魔晄炉にある。

(ジェノバが完全に目覚めているかは確認しておくべきか)

少し前にルーファウスと来た時には何も感じなかったのは、やはりセフィロスが近くにいなかったからなのだろう。
セフィロスが近くにいる事でジェノバが目覚めてしまったとすると、セフィロスに研究文書を見せないでいるという対応だけでは駄目なのかもしれないのだ。

『マスター、物騒な気配もいくつかあります』
(ああ、分かってる)

今回の表向きのミッション対象の魔物。
それらがニブルヘルムの外、この近くにうろうろしているのは感じ取っている。
大地のざわめきは止まらない。
それがどうしても不安にさせる。
だが、星の力が自分に味方している事を感じ取れる。
それが、安心感をほんの少しだけ生み出していた。




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