― 朧月 18
飛行船は高いタワーの上に止まった。
受験者は皆そこに降り、第三次試験の説明を聞く。
長い説明は一切なく、試験内容はいたって簡単なもの。
「生きて下まで降りてくること。制限時間は72時間」
タワーの高さはかなりのもので、外壁に捕まるような出っ張りは見えないし、降り立った場所には扉もなにも見えない。
ここまで残った受験者は全部で42名。
第三次試験開始である。
はぐっと伸びをする。
よく体を休めた気がするので、気分はとても良い。
ただ、起きた時にクロロの顔がすぐ側で見えたのに悲鳴を上げそうになったが、すんでのところで堪えた。
「どうしようかな…」
はぐるりっと周囲を見回す。
全ての受験者がどこかにあるだろう隠し扉を通って、ここに自分ひとりになれば念能力を使えばいいかもしれない。
使うのは空間移動の『渡りの杖』ではなく、空間さえも斬る事ができる『駆け抜ける凪の刀』の方だ。
とにかくすっぱすっぱと床を切っていけばなんとかなるだろう。
別に道順にいけとは指定してないのだから、下に降りることができればどんな方法でもいいはずだ。
「、うろうろしていると落ちるぞ」
ぐいっと腕を引かれる。
「クロロさん」
声をかけられて気づいたがが踏み出した足の先の床が下にずれている。
どうやらそこに隠し扉が一つあるようである。
人一人が通れるくらいの細長いブロックで構成された床。
この床の中のいくつかが隠し扉になっているはずだ。
「隠し扉か」
「どうしましょう。適当なもの選んで落ちますか?」
ぱっと見ではどれが隠し扉なのかは分からないが、隠し扉があると知っていてみれば分からないでもない所がある。
「それか、外を降りるかだな」
「外?」
クロロがタワーの隅まで歩いていく。
はその後をついていき、隅の方に立って下を見下ろす。
「このくらいの高さなら平気だろ」
「いえいえ!平気なのってクロロさんくらいですから!」
「そうか?」
「どうしてこの高さを飛び降りて平気だなんて言えるんですか!」
びしりっと下を指差す。
軽く20階建てのビルの高さくらいはあるのではないのだろうか。
確かにクロロなら平気かもしれないし、念を使えばも平気かもしれない。
だが、かもしれないという危ういことをやろうとは思わない。
別にここを飛び降る事が最終手段というわけではないのだから。
「適当に道を探しましょう」
多少時間はかかってもいいので、精神的に優しいルートがいいとは思う。
ざっと周囲を見渡せば残った受験者はかなり少なくなっていた。
「随分減ってますね」
「オレとを入れてあと12人か。かなり減ったな」
いつの間にかかなり時間が経っていたようである。
「ゴン君とキルア君の姿も見えないので、きっともう降りはじめたんでしょうね」
多数決の道だったか、とは記憶を探る。
残っている受験者の中にゴン達のメンバーの最後の1人になるはずのトンパの姿を探す。
そう言えば、私とクロロさんって初めてのハンター試験なのに”トンパ”に声かけられなかったよね。
試験開始前はあの人から逃げ回っていたから良く覚えていないけど…。
残っている受験者の中にトンパはいるのだろうか、とは見るが、トンパの顔を良く知らないので分からない。
特徴が物凄くある受験者ならともかく、その辺のおっさんと混じっても違和感がないだろうトンパの顔など特徴を知っていても顔を知らなければ分からないだろう。
「、その先は扉が…」
「へ?」
受験者達を見回しながら、は足元を見ずに歩いていたので、ずずっと足元が沈むのではじめて気づいた。
自分が隠し扉に足を踏み入れているのだと。
がくんっと体が沈むと思った瞬間、暖かいものに包まれた。
それが何か確認する前に、足元の扉ががくんっと沈み回転する。
がこんっ…
ぱたんっと扉が回転して、はその中に落ちる。
どさりっと放りだれるように落ちるかと思ったが、身体に衝撃はない。
暖かなものに包まれた感覚のままだ。
「こういうのもありか」
「ク、クロロさん?!」
顔を上げてみれば、は自分がクロロに抱きしめられているのが分かった。
温かい感覚はどうやらクロロの体温らしい。
回転扉に落ちる瞬間、クロロに抱きしめられて一緒に落ちてきてしまったようだ。
扉は1人用だろうが、こうやってひっついて落ちれば一緒に通ることは可能だ。
「え?え?!一緒に扉に落ちるのってありなの?!」
「試験官の伝言は”下まで降りてくること”、扉を2人でくぐるななどとは言っていないから、当然失格ではないだろう?」
すっとクロロが目を向けたのは落ちた場所にあったスピーカーらしきもの。
『確かにその通りだ。しかし、タイマーは1つしか用意されていない、君たちは2人で1人の扱いとしよう。どちらかが残りのひとつのタイマーをつけたまえ』
残りの1つとはどういうことだろう、とは首を傾げるが、部屋の中を見回してみる。
この部屋に下りてきたのはとクロロだけではなかった。
見知った顔を見つけて思わず、あ…と小さく声を上げる。
『ここは多数決の道。互いの協力が絶対必要条件となる難コースである。6人でどう進むのか、検討を祈る』
聞こえてきた声は明らかに面白がっているようなものだった。
クロロがすっとから手を離し、タイマーの置いてある台に近づく。
は先に部屋にいた4人に目をやる。
「最後の1人がでよかった」
「気は楽だしな」
「はい。私も、ゴン君とキルア君が一緒でほっとしました」
見知った顔はゴンとキルア。
あとの2人、にとって面識はないが”知って”はいる。
他の2人に目をやる。
1人は金髪の穏やかそうな少年、もう1人は頬にシップを張ってある少年…いや、見た目は青年と言うべきだろうか。
「そちらの2人とは初めましてですよね。と言います」
「私はクラピカと言う。よろしくな、」
「オレはレオリオだ」
「よろしくお願いします、クラピカ君とレオリオ君。ちなみに、あっちが……って!クロロさん!何で勝手にタイマーつけようとしているんですか?!」
が目をやった時にはすでに遅く、クロロは左腕にかちりっとタイマーをはめていた。
どちらかがつければいいのだから、どっちがつけても一緒には一緒だ。
は自分が落ちてクロロを巻き込んだ形だったので、自分がつけるつもりだった。
「どっちでもいいならオレでいいだろ」
「でもですね」
「どちらにしろ、1度つけたらゴールまでは外れないようになっているようだから、今更変更は不可能だな」
「む…」
ごごごっとスタートの扉が開いていくのが見える。
1度つけたものが外せないのならば仕方ない。
「クラピカとレオリオと言ったか?オレはクロロだ」
「ああ、よろしく」
「オレもよろしくな」
クラピカが何故か奇妙な表情でとクロロを見比べる。
は思わずクロロとクラピカを交互に見てしまう。
何か言いたそうだったが、やめたのか目をそらされてしまう。
何だったのだろう。
クロロが幻影旅団の団長だと気づいたという反応にも見えなかった。
「自己紹介もすんだことだし進もうよ」
「時間も惜しいし、早く行こうぜ」
ゴンとキルアが開いた扉の所にすでに立っている。
「そうだな、急ごう」
クラピカの声で全員扉をくぐる。
開いていた扉をくぐれば次にまた扉と質問。
この扉は少し頑丈そうだ。
―このドアを開ける
勿論全員開けるを選択し、扉はごごごっと音を立てて難なく開いた。
「これって、扉を叩き割ったりしたら失格になるんでしょうか?」
はふと思いついたことを言ってみた。
扉は鉄製でかなり頑丈そうには見えるが、叩き割ることが不可能ではない。
「叩き割るぅ?!普通こんなの叩き割れるわけねぇだろ?」
「だが所詮鉄製だからな。無理やり外すことはそう難しくないだろ」
レオリオの言葉にはクロロが言葉を返した。
その言葉にレオリオが引きつった顔でクロロを見る。
一見優男そうに見えるクロロが、鉄製の扉を外すことがそう難しくないことだと言えば、不気味だと思えるだろう。
ここが一般市街地ならば冗談で済ませられるだろうが、ここは世界中の猛者が集まるハンター試験なのだ。
「ま、でも、楽して通れる分には多数決でいいんじゃね?」
キルアがおかしそうに笑う。
確かにキルアの言う通りだ。
多数決で進めるのだから、無理やり扉を外す必要なんてどこにもない。
扉をくぐってすぐに分かれ道と質問がった。
―どっちに行く?
はクロロのタイマーをひょっこり覗き込む。
クロロが右の○ボタンの方を示していたので、は頷く。
ぴっと表示されたのは、○の右が3人、×の左が2人。
「なんでだよ?!普通、こういう時は左だろ?!」
叫びだしたのはレオリオだ。
「どちらに行っても行き止まりという事はないから、同じだろ」
「意外とどっちに行っても同じかもしれませんよ?レオリオ君」
「同じなら左でもい…」
どうでもいいだろとでも言いたげなクロロの言葉と、なだめるようなの言葉。
それでも反論しようとしたレオリオだが、言葉を途中でぴたりっととめる。
「なんでレオリオ”君”なんだ?」
「え?変ですか…?」
「変って言うか、はオレより年下だろ?」
「え?え?」
びしりっと断定されてしまっては少し慌てる。
が覚えている限り、この時点でのレオリオは10代のはずだ。
それが19なのか18なのかは分からないが、20歳のからすればどちらにしろ年下である。
「レオリオ君って10代じゃないんですか…?」
「そーだけどよ」
「私、20歳なんですけど」
一瞬静かな空間が辺りを包む。
レオリオは驚愕の表情を浮かべていた。
「うそだろ?!」
「……本当です」
若く見られるのは嬉しいが、年下扱いされるのはなんとなくヘコむ。
右の道に進もうとしていたクラピカ、ゴン、キルアも驚いたようにを見ている。
20歳に見えないとでも言いたいのだろうか。
「あ、ゴン君、キルア君、クラピカ君まで!酷いです!私はクロロさんに比べれば十分年相応です!」
今度はクロロに視線が集まる。
一体クロロはいくつに見られているのだろうか。
「クロロはいくつなの?」
勇気を出して尋ねたのはゴンだ。
「26だ」
「「うそぉ?!」」
驚きの声を上げたのはゴンとキルア同時である。
この声にはも同意したい所だ。
クロロは絶対に26歳には見えないのだから。