― 朧月 16
豚の丸焼きは意外と簡単だった。
ある程度の実力がある受験者達はあっさりと合格。
やクロロも例外ではない。
山のように詰まれた豚の丸焼きを、ぺろりっと平らげた試験官を物凄いと思う。
「実際みると、これってすごい」
思わずの口からそんな言葉が零れてしまっても無理がないだろう。
”読む”のと実際見るのとは違うものだ。
まさにハンターが人外である証明にもなるような気がする。
「豚の丸焼き料理審査!72名が通過!」
第二次試験の豚の丸焼き合格者は72名。
次の料理審査は女の人のハンターの方だ。
彼女はメンチ、料理ハンターである。
「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!」
巨体であるもう1人の試験官のブラハが座っていた場所からどくと、建物の中が見える。
その中には簡易キッチンがずらりっと並んでいた。
流し台、まな板、包丁、鍋、調味料。
料理に必要と思われるものが何組も並んでいる。
「ここで料理を作るのよ!」
ざわざわっと戸惑う受験者達。
スシと言われても知らない者が大半だろう。
「スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!それじゃあ、スタートよ!」
戸惑いながら建物の中に入っていき、キッチンにそれぞれ向かう。
とクロロは戸惑ってはいないように見えた。
この2人は、どうしてもハンターになりたいわけではないため、駄目なら駄目でもいいからなのかもしれない。
「知っているか?」
「食べた事はありますが、作ったことはないです。できそうなのは海苔巻きくらいかな?」
「はジャポンの出身だったのか?」
「いえ、ジャポン…というか、似たようなところではありましたけど…」
ついっと思わす目をあらぬ方向に向けてしまう。
そう言えばこの世界には日本によく似た文化の国があるのだったと思い出す。
「あ、!」
「合格してたんだ」
が選んだキッチンの隣に、偶然にもゴンとキルアがいた。
「痴話喧嘩してたから、試験落としたのかと思ってたぜ」
にやっと笑みを浮かべるキルア。
はほんの少し顔を赤くする。
「ち、痴話喧嘩じゃないです」
キルアから顔を逸らしながらはとにかく酢と砂糖を手に取る。
迷いなく酢と砂糖を手にとったをみて、ゴンとキルはがスシを知っているのかもしれないと思う。
「ってスシ知ってるの?」
「一応知っていますけど、作れませんよ」
「じゃあなんで酢と砂糖を手にとったんだ?」
「酢と砂糖をご飯に混ぜ合わせるってことは知っているんですよね」
酢と砂糖を手にとったものはいいが、自分の好みで混ぜ合わせてもきっと美味しいスシとは言えないだろう。
どうせ試験官を満足させるようなスシを作ることなど無理なのだ。
はクロロを見る。
「どうしましょうか、クロロさん」
「オレも料理はな…」
盗ってくるなら楽なんだが…と聞こえたような気がしたが、聞かなかったことにしたい。
欲しかったら盗るという考え方のクロロには、欲しいものを作るという発想はないのかもしれない。
その前に料理ができるのかすらは知らない。
「魚ぁ?!」
大きな声が響き、受験生がばっと声の方を見る。
声の主はゴンとキルアの隣、丁度とクロロの反対側の隣にいた人からだった。
はあ…と思う。
もしかして、あれが”レオリオ”と”クラピカ”?
魚の声に受験者達は一斉に森の中にある川に向かった。
どどどっとなだれのように出て行く受験者の中に、ゴンとキルアも混ざっていた。
だが、とクロロはその場を動かずにいる。
「潔く今年は諦めるか」
「そうですね…。でもちょっと様子を見ましょうか、クロロさん」
「?」
「多分、一流職人並のスシを作れる人なんていないと思うんですよね」
は作ったほかほかのご飯をさくさくっとシャモジでかき混ぜ、他の材料を見る。
調味料は見事に揃っている。
「せっかくなので何か食べます?」
「ニギリズシ以外をか?」
「ずっと走ってきてお腹も空きましたし。塩味のおにぎりくらいはできそうですよ」
キッチンの下の棚をぱこっと開けてみると、調味料以外にもあった。
「あ、梅干と海苔がありますね」
漬物類と海苔、ガリまで置いてある。
しかし漬物類は何の意味があるのだろうか。
は梅干と海苔を手に取り、手を洗ってご飯をぎゅっと握る。
梅干の種をとって海苔でくるんっと巻く。
スシの魚を取りに行かないとクロロを、試験官の2人が怪訝そうに見えていたがそんなことは気にしない。
「試験官さん、なんかちょっと機嫌悪そうですよね」
「ヒソカが殺気向けてたからだろ」
「…あの人の視線って独特で気持ち悪いですから」
できた1つ目のおにぎりをキッチン台の上に置こうとしたが、ぱくっとクロロに一口食べられてしまう。
「クロロさん!」
「美味いな」
「…う、ありがとうございます」
注意したつもりだったのだが、褒められてしまったので礼の言葉を述べる。
自分の作ったものを美味しいと言われればやっぱり嬉しいものだ。
クロロはおにぎりを持っているの手をつかみ、そのまま食べる。
「あの、クロロさん。食べるなら自分で…」
「嫌か?」
少し首を傾げて見上げてくるような瞳に、思わずはぐっと黙ってしまう。
そういう表情は反則のようなものである。
可愛いと思えてしまう。
これでも相手は曰く極悪人なのだから。
「嫌…じゃないです」
って、もうー!
なんで私って押しに弱いんだろう?!
相手に強く出られると逆らえないのがの悪いところであり、いい所である。
は基本的に平和主義で平凡人生万歳なので、初対面の人は警戒するし、危険極まりない人に気を許したりしない。
だが、1度気を許した相手に対しては本人無自覚かもしれないが結構甘い。
現時点でこの世界でが気を許しているのは、ミスティとクロロくらいだろう。
そういう相手に強く出られるとどうしても逆らえないのである。
「せっかくなのでいくつか作りますよ」
クロロが食べ終わった頃、受験者達が面妖な魚を手にとってぱらぱらと戻ってくる。
包丁を持ち、調理をする受験者達。
その手つきが物凄く危なっかしい人もいる。
そんな受験者達をよそにはおむすびを作り、クロロはどこから持ってきたのかタッパーに綺麗に詰める。
気分はお弁当作りである。
「こんなもん誰が作ったって大差ねーべ!!」
試験官に対して怒鳴りつけている受験者が見えた。
その言葉に、試験官のメンチが額に青筋浮かべながらその受験者の胸倉をつかむ。
「何かあったな」
「ですね」
クロロとは呑気にお弁当作りを続ける。
この試験に落ちても、お弁当を食べながら家に戻ればいい。
「あんたらはスシ作らなくていいの?あのハゲが丁寧に作り方言ってたぜ?」
とクロロの方を見るキルアだったが、キルアもやる気はなさそうである。
隣でゴンは一生懸命料理を作っている。
キルアは手馴れた様子で包丁をくるくるっと回しているだけ。
「美味しいスシって、そう簡単に作れるものじゃありませんから」
「オレは料理が駄目だしな」
「そんなんじゃ不合格になるけどいいのか?」
「キルア君こそ、作る気ないみたいですけどいいんですか?」
包丁をすとんっとまな板に刺すキルア。
「オレも料理は駄目なんだよ。刃物の扱いは慣れてるんだけど、味付けとかがな」
「美味い料理人の味付けというのは対比がきちんとあるらしいしな、かなり難しいものだ」
「そうなんですよね。ちょこっと料理できる程度じゃどうにもなりませんし」
「大体一流の料理を作るだのなんだのって、ハンターに関係あるのか?」
キルアのその言葉にはさあ?と首を傾げるしかないである。
どうやって美味いものを見つけるかはともかくとして、料理の味付けだのなんだのは一流のコックを目指すのでない限り、あまり必要ないのではないのだろうか。
ハンターはハンターでも美食ハンターならともかく、ブラックリストハンターにはさっぱり関係ないものである。
「なんか、ちょっとモメ事が起きたみたいですね」
メンチがいる場所に人が群がっているのは試食してもらおうとしている人がたくさんいるからだろう。
だが、そこがざわついている。
キルアは興味があったのか、その人ごみの方に向かっていった。
「試験が終わったか」
「かもしれないですね」
のんびりと会話しているとクロロだったが、突然パンっと平らなもので殴ったような音が聞こえてきたと思ったら、影がひとつ頭上を越えて建物の外に放り出された。
建物のガラスを割って飛び出した影は受験者の1人。
体格が良く力があるような受験者だったが、試験官の1人であるブラハに跳ね飛ばされたようだ。
人ごみが分かれてブラハの姿が見える。
その格好から片手を使っただけのようだ。
「残念だな、資格取得は来年か」
「全然残念そうに聞こえません、クロロさん」
「そうか?」
「大体クロロさん、なんでハンター試験を受けようと思ったんですか?」
そこはかなり気になるところだ。
なんの前触れも、説明もなくハンター試験を一緒に受けることになってしまった。
クロロは別に身分証明がどうのなどは気にしていないはずだ。
「にハンター資格をとって欲しかっただけだよ」
「私?」
「に存在証明を与えれば、逃げる可能性が少なくなるって彼女がアドバイスしてくれてね」
「ミスティが?」
は首を傾げる。
逃げる可能性だの、存在証明だの何のことだがさっぱり分からない。
クロロの意図もさっぱりだ。
意味が良く分かっていないにクロロは笑みを浮かべる。
ハンター試験を受けるという事はこの世界での身分証明が確立される。
それはこの世界でのの存在が認められるという事だ。
この世界で存在が認められればもそう簡単に元の世界に戻ろうとは思えなくなるだろうとはミスティの考えである。
はそれに全く気づかないでいた。