― 朧月 14




は走っていた。
それこそ全力で走って先頭にまで出るほどに。

ハンター試験開始までは時間があった。
その間、は全くヒソカと会話をしようとしなかった。
それどころか、クロロをぐいぐいっと引っ張ってヒソカからずっと離れ、試験が始まるまで近づこうともしなかった。
人が集まり一次試験が始まったとたんに、はヒソカから逃げ出すように一気に駆け出した。
一次試験は二次試験会場まで試験官についてくるという事なので丁度いい。
ヒソカが追いかけてくるわけでもないが、とにかくできるだけ遠くにいたかった。

「お、追って来ない…よね」

先頭にいる試験官のすぐ後ろを走りながら、は後ろをちょこっと振り返る。
大丈夫だ、変態ピエロの影も形もない。

「そんなに嫌われているとは、ヒソカも哀れだな」
「何笑っているんですか!クロロさん!」

酷いです!と隣を走ってい苦笑しているクロロには声を荒げる。
はこれでも結構全力を出して先頭まで来たつもりだ。
息がきれているわけではないが、それを平然と追ってこれるクロロはすごいかもしれない。

でも、あれ…?

ふとは気づく。
試験会場に入ってヒソカに会ってから、ヒソカからできるだけ離れたいと思っていたので、会場入りする前に思ったことをすっかり忘れていたが…。

「あの、試験官さん?」
「なんでしょう?」
「お名前…、もう一度伺ってもいいですか?」

恐らく最初の説明の時に名乗ったのだろうが、はさっぱり覚えていない。
とにかくあの変態ピエロから離れたかったのだけは覚えている。

「サトツと申します」
「ありがとうございます、サトツさんですね」

試験会場入り口のステーキ定食。
一次試験のマラソン。
ついでに言えば、ヒソカの44番。
一次試験官の名前がサトツさん。
これって、これって……。

記憶にうっすら覚えがあるこのハンター試験。
これを”読んだ”のは随分前だが、断片的には覚えている。
恐らく試験が進めば段々と思い出してくるのかもしれない。
この世界があの漫画の世界であるならば、この試験であってもおかしくはない。
そう、おかしくはないのだ。

「どうした?
「え?!…な、なんでもないです!」

ぐるぐる考え出したにクロロが声をかけてきた。
そう、クロロだ。

おかしい!
原作に私がいないのは当たり前だとしても、クロロさんがいるわけないじゃん!
原作のストーリーに入ったはずなのに、初っ端っから原作ズレまくり?!

考え事をしながら、ちゃんと試験官であるサトツの後ろにぴったりついていく
スピードは上がってきているのだが、は全く平然とついていく。
後続のほかの受験者達が、奇妙なものでも見るかのようにとクロロを見ていた。
この2人、どう見ても強そうな組み合わせには見えない。

、考え事をしていると転ぶぞ」
「へ?」

いつの間にか階段に差し掛かっていた。
普通に昇っているだが、スピードが結構早い。
余所見をしていたら確かに転びそうだ。

「気をつけますね」

階段を上りきるまでは、考え事はやめて走ることに集中しよう。

「一次試験は走るだけなら楽だな」
「……そうですか?」
も息きらしていないだろ」
「体力的には余裕があっても、精神的には結構いっぱいいっぱいなんです!」

同じ空間にあの変態ピエロがいる。
それを思うだけでぞぞっとする。
何故かと言われても分からないが、とにかく嫌なのだ。

「どのくらい続くんでしょうか?この階段」

今見る限りでは終わりは見えない。
永遠と続くわけではないが、ひたすら階段を上り詰めていくのは単調な動作だ。
体力的に余裕があると、少し飽きてくる。


「いつの間にか前の方に来ちゃったね」


後方から聞こえてきた少年の声に、は顔だけ後ろを向ける。
のすぐ後ろに2人の少年がぴったりとついてくる。
片方の少年は黒髪で、少し汗をかいている。
もう片方の少年は銀髪で、息も乱さず汗すらかいていない。
とクロロ同様、この中に似合わないような年頃である。

「お姉さんすごいね!ずっと一番前にいたよね!」

黒髪の少年の方が話しかけてくる。

「え?うん…、ちょっと近づきたくない人がいるから」
「それって、44番のヒソカ?」
「うっ!」

銀髪の少年の方の言葉に、は思いっきり言葉に詰まる。
ものすごく正直な反応だ。
2人の少年がに並ぶように位置を変える。

「あんた、正直すぎ」

くすくすっと笑われてしまう。

「そんなんじゃ、この先の試験やっていけねぇぜ?」
「別にいいです。どうしてもハンター資格が欲しいわけじゃないので…」

半ば強引にここにつれてこられたようなものである。
としては、受かっても受からなくてもどっちでもいい。
ただ、受からなかった時のミスティの反応が怖いといえば怖い。

「じゃあ、お姉さんはどうしてハンター試験受けようと思ったの?」
「それは…」

は少年達とは反対側の隣にいるクロロをちらりっと見る。

「オレが悪いのか?」
「だって、クロロさんが勝手に申し込んだんじゃないですか」
「ハンター試験くらい、なら軽いだろ?」
「軽いとか言わないで下さい!ハンター資格なんてものすごく取るの難しいんですよ!…多分」

多分とつけたのは、不意に朧月の記憶が浮かんできたからだ。
朧月はハンター資格を持っていた。
そりゃ500年も生きればハンター資格くらい取れるだろう。
何しろ念能力者でもあるわけだ、そうそう難しい事ではない。

「彼女も言っていたが、は本当に自分を過小評価しすぎだな」
「正統な評価のつもりです。ミスティもクロロさんもちょっと誤解しすぎなんですよ」

ふぅっとため息をつく
このスピードで階段を駆け上がり、さらに普通の会話をしてしまっている時点で普通でないことに気づくべきだろう。
他の受験者達は息が荒い人ばかりだ。

「そっちの兄さんの過小評価っての、オレは同意できるな。だって、あんた息もきらしてないし」
「うん、すごいよ」

銀髪少年の言葉に黒髪少年が同意する。

「私からすれば、その年でハンター試験受ける君たちもすごいと思います」

は黒髪と銀髪で、彼ら2人が誰なのか分かっていた。
もうここまで一緒なら今のハンター試験が、あの本の中のハンター試験の時のことなのだとはっきり分かるだろう。
そのハンター試験を受けていた、このくらいの年頃の少年はあの2人くらいだろう。

「そう言えばお姉さん達の名前は?オレはゴン」
「オレはキルア」
「ゴン君とキルア君ですね、私はです」
「オレはクロロだ」

黒髪少年ゴンのにこっとした笑顔に、ふっとの頭に何かが浮かぶ。
似たような場面が昔会った気がする。
とても懐かしい、随分昔の事。

―朧月!よろしくな!

そう言った少年がいたような気がする。
それはゴンにとてもよく似た少年。

、どうした?」
「あ、…ちょっと懐かしいなって」
「懐かしい?」
「やっぱりなんでもないです」

ゴンを見て懐かしいと感じたとは言えない。
はゴンに会ったのはこれが初めてで、懐かしいと感じたのは朧月の記憶。
ゴンに似ている子に朧月は会ったことがあるのだろう。
それもかなり仲が良かったはずだ。

もしかして、朧月ってとんでもない人達と知り合いだったりするのかな?
全部思い出してないからなんとも言えないけど、交友関係は結構広いのかもしれない。

は44番のヒソカと知り合いなの?」
「し、知り合いではありますが、断じて親しくはありませんっ!あの人と親しいのはクロロさんの方です」
「クロロはヒソカと親しいの?」
「親しいというほどではないが、仲間ではあるな」

はこの光景にものすごく違和感を覚える。
ゴンとクロロが普通に会話をしている。
この世界の”原作”を知っている者が見れば、これほど奇妙な光景はないだろう。

「あんたもヒソカと同類?」
「オレは一応快楽殺人者のつもりじゃないんだがな」
「ふ〜ん」

興味なさげなキルア。
キルアはちらっとを見る。

「わ、私はあの人と同類なんかじゃありませんからね!」
「言われなくても分かるよ。はゴンと同類っぽいし」
「オレと?」
「ゴン君と?」

とゴンは思わず顔を見合わせる。
互いに首を傾げる。
どの辺りが似ているのかさっぱり分からない。

「そういう所が同類だろうってことだろ。少なくともとゴンは”こちら側”の人間じゃないからな」

そんなものだろうか、とは思う。
確かに考えてみればクロロとは同じようなタイプではない。
欲しいものを盗ろうなどという思考回路はしていない。

「それじゃあ、キルア君は?」
「キルアはクロロと一緒ってこと?」

とゴンはキルアとクロロを交互に見る。
今のクロロはどう見ても好青年、キルアも普通の少年に見える。

「さぁ、どうだろ?オレもまだ猫被ってるし、クロロもまだ猫被ってるだろ?」
「誰にでも表と裏くらいあるだろ」

クロロの場合は表裏ありすぎだろう。
団長バージョンと今の違いを見れば誰もが絶対にそう思うはず。
今の姿からどこをどう見れば幻影旅団の団長であることなど推測できようか。
はじっとキルアを見る。
銀髪少年こと、キルア。
本人は名乗らなかったが、あのゾルディック家の三男だ。
だが、からみれば可愛い少年だ。

「クロロさんに比べれば、キルア君なんて可愛いものだと思いますけどね」
、それはどういう意味だ」
「う…、だって、クロロさん好青年そうに見えて極悪人じゃないですか」
「極悪人は酷くないか?」
「A級首が何を言っているんですか…」
「「A級首?!!」」

呆れたようなとは対照的に、ゴンとキルアは声を上げて驚く。

「クロロって賞金首なの?!」
「A級だなんて何やったんだよ」

クロロを凝視するゴンとキルア。
はクロロがA級首の盗賊団であることは最初から知っていたので別に驚くことでもないのだが、一般的には物凄いことだ。
A級首というのはそうそういない。
しかし、純粋に驚いているゴンと、呆れたようなキルアの反応は普通ではないだろう。
後方で何気に聞いてしまった受験者達は、顔色を真っ青にしてクロロを見ている。

「出口が見えたぞ」

クロロは笑みを浮かべるだけで前方に見えた光を目で示す。
長い階段が終わるようだ。
ゴンとキルアは出口の方にぱっと目を向ける。

あそこは出口というよりも、多分あそこからが問題なんだろうけど…、けどっ!
とにかくヒソカに関わらないようにしよう!

ぐっと決意を固めるために、は拳を握り締める。
疲れた様子は全く見られないのがすごいものである。