― 朧月 08
来ていた服が所々ボロボロになりながらも、クロロはひょいっと顔を上げた。
と目線がばっちり合う。
すると、クロロは意外そうな表情を浮かべた。
『お疲れ様です!お兄さん!ようこそリーディスへ!』
くるくるっとダイスがクロロの前に現われる。
の時と同じように登録だかなにかの手続きをして、ももらった銀の指輪を渡しているのが見えた。
あれだけボロボロってことは、そんなにすごいのかな?
テストって…。
は反則のような状態で通ってきてしまったが、このテストは人によって内容が違うようなので、が本来受けるべきものがどんなものだったのかは分からない。
「来れたんだな、」
「あ、うん……」
念能力で空間すっぱり斬って来たので楽でした、とは言えない。
今のはもう通常の状態に戻っており、オーラは垂れ流し状態だ。
「クロロさん、傷とか大丈夫ですか?」
「ああ、大したことない」
『よろしければシャワー室がありますけど、ご利用になりますか?』
ダイスがひょこっと出てきて、本棚が並ぶ所とは別の方向を示す。
そこにはいくつか扉があった。
シャワーまでついているとは、図書館にしては設備が良すぎる。
『テストの段階で結構汚れてしまう方もいらっしゃいますし、シャワー室と洗濯機、乾燥機、それから治療用の救急箱、休眠室等いたれりつくせりです!』
「尽くしすぎだと思う…」
『何を言うんですか、お姉さん!お姉さんみたいに無傷な人なんてそうそういないですよ!というか初めてです!お兄さんみたいに軽い怪我で済む人も珍しいくらいなんですから!』
そりゃ、私は空間を切るなんて反則技のようなもの使ったし。
痛いのはやだし。
『どうぞ、どうぞ、お兄さん!』
ダイスに案内され、クロロはシャワー室があるだろう方にいってしまった。
は特に汚れてもいないし、傷もない。
せっかくリーディスに来れたのだから、存分に本を読もう。
そう思って本棚の方に近づく。
本棚にはあらゆる本が並んでいた。
だが、数が多すぎてどこから手をつけていいものか迷う。
「これって何順に並んでいるんだろ?」
タイトルだけを眺めながら本棚の間をゆっくり歩く。
全く興味のないジャンルから、面白そうなタイトルもある。
適当に本をとってぱらぱらめくってみる。
そんな事を何度か繰り返しながら、気に入った本はその場で立って読み始める。
読み終われば次の本を探して歩く。
そんな事を続けていると突然ぱっとダイスが現われた。
『お姉さん!もう6時間も経ってますよ!そろそろ休憩にしましょう!』
「え?6時間?」
『はい!外はもう夜です!眠るお部屋もありますので、まだリーディスにいたいようでしたらお部屋を用意します!』
「あ、じゃあ、お願い」
『了解です!』
くるりんっと回転してぱっと消えるダイス。
もうそんなに時間が経っていたのか、とは思う。
適当にぐるぐる歩いて来たので、どこをどう来たのかさっぱり覚えていない。
「、部屋は入り口の扉の方にある一室を使えって……何やっているんだ?」
突然声をかけられて、物凄く驚いて逃げ出しそうな姿のまま固まっている。
本棚と本棚の間は結構薄暗い。
突然声をかけられれば驚くのは無理もないかもしれない。
「く、クロロさんの声に驚いただけです」
「そう驚く事もないだろう?」
「そうなんですけど…」
クロロが歩き出したのでそれに続く。
「この程度で驚いているのに、よくあの空間を通ってこれたな」
「あ、まぁ…、ちょこっと反則的なことをしたというか」
「反則的なこと?」
「多分普通に通ろうとしても、クロロさんの所よりも楽な道だったとは思うんですけどね」
念が使えない普通の一般人を装っていたので、念の使えるクロロに比べれば楽な道だったはずだ。
実際その中身を知らないのではっきりとは断言できないが。
「何をやったんだ?」
はにこっと笑みを浮かべて誤魔化す。
「内緒、です!」
口元に人差し指を当てて、はクロロを見る。
念能力はまだ内緒。
これを知られて目を付けられてはたまらない。
普通の、ごくごく普通の一般人同士としての交流で十分だ。
「さぁ、今日はこの辺で休みましょう!クロロさんはどうしますか?まだ、リーディスにいますか?」
「当分はいるつもりだ。特に急ぎの用もないしな。は?」
「私もしばらくはいます。面白そうな本もありますし、探したい本もありますし」
「探したい本?また何か神話の類か?」
「あ、いえ、ちょっと趣味とは別範囲の関係で…。見つかれば読みたいな〜って程度なんですけどね」
異世界の事が書かれた本。
もしくは異世界から来た人がいたという事が書かれている本。
そんなものがあれば読んでみたいと思う。
「食事は私が作りますよ!クロロさん!これでも家では自分で作ってますから、楽しみにしててくださいね!」
この世界に来てからの3年。
ミスティは食事を作ることはできるが、長年の間作っていなかったらしく、味付けが物凄く下手だった。
となれば自分で作るしかなくなったは料理もそこそこできるようになっている。
人間やろうと思えば出来るものである。
リーディスに着いてから7日。
本を読んで食事して、また本を読んで食事して、そして寝て…そんな生活がずっと続いていた。
7日目、はごりごりっと肩をまわしてみれば見事にこっている。
「う〜ん、ちょっと運動しないとなぁ」
本棚を眺めながらはそんな事を思う。
ちなみにクロロはまだ部屋で寝ているはずだ。
意外と起きるのが遅いらしい。
どちらかといえば夜行性タイプのようで、夜は遅くまで平気なようだが、朝はゆっくり眠っていたいようだ。
『おはようございます!お姉さん!』
「あ、ダイス。ちょっと聞いていいかな?」
『はい、なんでしょう!』
「ちょっと運動不足だから、身体を動かしたいんだけど、そういう場所ってある?」
『ありますよ!いたれり尽くせりリーディスにないものはありません!庭がありますので、ご案内します!』
くるくるっとまわるダイス。
反応がとっても可愛い。
ちょこちょこ動き回るダイスに案内され、ついたのは大きな庭。
『いかがですか?』
「うん、これなら十分身体を動かせそう。ありがとう」
『どういたしまして!』
くるりっと一回転してからダイスはぱっと消える。
さわりっと風が気持ちよく吹き、広がるのは草原のような庭。
は目を閉じてゆっくりと空気を吸い込む。
「ん〜、よし!」
ばっと構え、誰もいない空間を真っ直ぐ見る。
相手がいると仮定して組み手を開始する。
身体というのは動かさなければ鈍ってしまうものだ。
拳を繰り出し、蹴りを繰り出す。
その速さは普通の目では追えないほどの速さになっている。
こうして身体を動かしていると、感覚がだんだんと鋭くなってくる。
小さな空気の揺れも感じ取れる。
風が吹き草を揺らすのも分かる。
自分の世界に入りかけていたは、後方から何か振り下ろされる気配を感じて、それを右腕で防ぐ。
がっと音がして、の右腕で受け止められたそれはクロロの腕だった。
驚いた表情でクロロを見る。
「…えっと?」
そのままその状態で固まってしまう。
何を言うべきだろう。
「お、おはようございます、クロロさん」
「おはよう、」
とりあえず挨拶をしてみれば、にこりっと笑顔を返してくれるクロロ。
「意外だな…いや、オレが知らなかっただけか」
「クロロさん?」
「は体術ができるんだな」
「え?で、でも、そんなできるって程じゃないですよ?!ほんの護身用程度です!」
み、見られてたー?!
でも、念を使っていたわけでもない、普通の体術だから平気…かな?
「そこまでできれば護身程度とは言えないだろ」
「いえいえ、そんな大層なものでは…!」
「は意外性の塊だな」
くくくっと笑い出すクロロ。
このリーディスに入ってテストの空間から出てきた時までは、少し冷たい雰囲気のままだった。
だが、その次の日からいつもと会っているクロロに戻っていた。
何の心境の変化があったのか分からないが、とにかくクロロはよく笑っていた。
それこそ、に対してものすごく失礼なまでに。
「3日前は鍋を爆発させるし」
「あ、あれはちょっと失敗しちゃったんです!」
たまには珍しい料理を作ろうとして、見事に大失敗したである。
まさか鍋が爆発するとは思わなかった。
「確か初日は乾燥機使わずに洗濯物を干そうとして、転んでまた洗う羽目になっていたな」
「な、何でそんな事知っているんですか?!」
「を見ていると退屈しそうもなくて面白いから、かな?」
「私は全然面白くないですー!」
声を上げて笑い出すクロロ。
はむぅっと顔を顰める。
思いっきりからかわれている気がする。
「、いい加減その口調とさん付けをやめて欲しいな」
「む、いいじゃないですか。私の自由です」
「えー、もう7日間も一緒にひとつ屋根の下で暮らした仲じゃないか」
ね?と小首を傾げてくる幻影旅団団長のはずのクロロ。
男にそんな仕草は似合わないが、童顔だからか妙に似合うように思えてしまうのが怖い。
「クロロさん、なんか妙にフレンドリーになってる気がするんですけど?」
「そうかな?」
「絶対そうです!…何か企んでます?」
じっとクロロを見る。
クロロは意外だとでも言うような表情を浮かべる。
「別に何か企んでいるわけじゃないんだけどな」
そう言われても、リーディスに入る前の雰囲気を考えれば変わりすぎだ。
「別に何企んでいても、私に害がないならいいんですけどね」
とにかく自分が平和でのんびりできればいい。
幻影旅団が何をやっているかくらいは知っているつもりだし、それを理解できているとは思う。
それでも危険な事に自分から首を突っ込むほど、は正義感に溢れているわけではない。
友好的に話してくれるのは嬉しいんだけど、友好的過ぎるというか…。
まぁ、いっか。
深く考えても分からないものは分からない。
このまま、まったりと”普通”の友好関係が続けばいいとは思った。
だが、こんな所に来る時点で十分普通のではない事には気づかないのである。