黄金の監視者 46
かちゃりっとカップを置く音が静かに響く。
奇妙なメンバーでのお茶会となってしまっているが、スザク1人がとてつもなく居心地悪そうにしている。
それはそうだろう。
ルルーシュ、ナナリー、はともかく、シュナイゼルがいるのだ。
「ところで、何の御用があってこちらにいらっしゃったのですか?シュナイゼル殿下」
ふっと穏やかな笑みを浮かべてルルーシュがシュナイゼルを見る。
だが、きっとその笑みは表向きのものだろう。
「そう堅苦しい口調と呼び方はやめないか?ルルーシュ」
「私が貴方に敬意をはらうのは当然の事でしょう」
「ルルーシュ、君がそんな口調ではせっかく入れてもらった紅茶を楽しむ雰囲気もなくなってしまうだろう」
ナナリーがルルーシュがいる方に顔を向ける。
その表情は少しだけ悲しそうだ。
ナナリーがそんな表情をすると弱いルルーシュは、シュナイゼルの言葉に従うしかない。
はぁと小さく息をつくルルーシュ。
「それで、何か用があってこちらに来たんですか?」
シュナイゼルは満足そうににこりっと笑みを浮かべる。
「友人がここの大学部を間借りしていてね、その実験にを付き合わせたついでに、ここに寄ったんだよ」
「実験、ですか」
「覚えているかな?ルルーシュ。君も確かロイドとは面識はあったはずだよ」
「ロイド・アスプルンド伯爵ですね、スザクの上司の」
ルルーシュとロイドが面識があったことにスザクは驚きの表情を浮かべる。
とロイドが面識あることをスザクは知っているはずなのだから、ルルーシュとロイドが面識があってもおかしくないのだ。
相手は科学者なんてものをやっているが、あれでも一応伯爵の地位にいる人なのだから。
はルルーシュとシュナイゼルの話を適当に聞き流しながら、スザクの方をちらっと見る。
するとの視線に気付いたのかにこっと笑みを浮かべてくるスザク。
「スザク」
「なんだい?」
「もしかして、ここ数日毎日のようにナナリーに会いに来てたりした?」
「え?あ、うん。ルルーシュが誘ってくれたから」
「ずるいっ!」
(僕はナナリーに会えなくて寂しかったのに、なんでスザクはこんなに好待遇なのさ、義兄上!)
も黒の騎士団の団員としてはかなりの好待遇であることを棚に上げての考え方である。
「ずるいって言われても…」
「僕だってナナリーに会いたかった!」
「そんなことを僕に言われても」
確かにスザクはにそんなことを言われても困るだけだろう。
今ズザクの立場どういうものかは分からないが、そうひょいひょい出歩ける立場でもなければ、きっと気軽な話もそうそうできる状況でもないはずだ。
「それより、なんでがここに?」
「スザクの身代わり」
「僕の?」
「兄上が言ってたでしょ?」
「けど、ロイドさんの実験って、まさか…」
はっとなってスザクの頭に思い浮かんだのはランスロットのことだろう。
スザクが知る限り、ロイドはランスロット以外に夢中になっているのを見たことがない。
「あの人、本当にあれの事になるとそういうの関係ないんだね」
「そりゃ、僕が皇族だろうが何だろうが、いいデータがとれれば万歳って所じゃないかな」
「それって色々問題があると思うんだけど…」
「そうかな?専門分野に突出した人なんて、そんなものだと思うけど」
ブリタニア人でないから駄目だと否定していたのでは、きっとナイトメアは今頃まだ開発途中となっていただろう。
天才という人種もそうだが、専門分野にのみ興味を示すものと言うのはロイドのような人が多いだろう。
最もロイドは極端すぎる例かもしれないが。
「それより、は…」
スザクは口を開いて途中で言葉を止める。
ルルーシュとナナリーの方をちらりっと見て、やはり言うのをやめたのか口を閉じる。
(確かにナナリーとルルーシュ義兄上がいる前じゃ、色々事情は話せないよね。僕も何でスザクがここにいるか気になるし)
スザクが何を言いたかったのを察し、はこの部屋をちらっと見回す。
どうしてがここにいるのか、スザクがどうしてここにいるのか、お互いが知りたい情報をこの部屋では話せない。
は小さく息をつき、ルルーシュの方を見る。
「ねぇ、ルルーシュ義兄上」
「何だ?」
「スザク借りていい?」
突然の事にきょとんっとするスザク。
に疎まれることは何度もあっても、記憶にある限り話をしようと誘われたことはなかったはずだ。
それでも、2人で話す時もあったにはあったし、決して険悪なムードというわけでもなかった…かもしれない。
会ったばかりの頃はが突っかかって、スザクもそれにムキになって返していたので喧嘩は耐えなかったりはしたが…。
(スザクと2人だけで話すのが一番いいんだよね、多分)
この場にはルルーシュとナナリーがいる。
シュナイゼルはが黒の騎士団に所属しており、今どういう状況なのかは知っているはずだ。
そして、スザクもの事は黒の騎士団の誰かに聞いているだろう、でなければの顔を見て驚いた表情などしないだろう。
ナナリーとルルーシュはがアッシュフォード学園を自主退学しただけであり、”黒の騎士団の一員でスザクと交換されユーフェミアのもとにいる”というのを知らない。
ルルーシュはゼロなのだから事情は知っているだろうが、知っていることを知っているように振舞えない。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「2人だけでか?」
「ちょこっと物騒なお話だから」
物騒と言えば物騒かもしれないが、ナナリーの前でする話ではない。
「スザク、悪いが付き合ってやってくれ」
「あ、うん。分かったよ」
かたんっと立ち上がるスザク。
部屋の外行く?と目で問いかけてくるので、こくりっと頷く。
そのまま2人並んで部屋の外へと出て行く。
部屋の外に出る時、シュナイゼルがルルーシュに「ここにチェスはあるかい?」と聞いている声が聞こえた。
久々にルルーシュとチェスでもするのだろうか。
*
ことんっとチェスの駒を置く音が部屋の中に響く。
シュナイゼルとルルーシュの8年ぶりのチェスだ。
ナナリーは駒の置く音を静かに聞いている。
「戻ってくる気はないかい?ルルーシュ」
シュナイゼルの言葉にルルーシュは盤面から静かに目線を上げる。
「俺もナナリーにも皇位継承権はすでにありませんよ」
「分かってるよ」
「それに、今の俺はここで静かにナナリーと暮らしている状況で十分幸せです」
ことりっとチェスの置く音がまた響く。
穏やかな笑みを浮かべるルルーシュだが、今更ゼロとして始めた事を失くすわけにはいかないのだ。
自分の力で自分の軍を作り上げたのだから。
「ルルーシュ」
「シュナイゼル兄上。俺もナナリーも、今更ブリタニアに戻ろうなんて考えないのは分かるでしょう?」
「ナナリーの安全を保障すると言ってもかい?」
「兄上…」
ふっとルルーシュは笑みを浮かべる。
その笑みはどこか悲しそうに見える。
「その保障と言うのはどこまでの事ですか?」
ブリタニアの王宮内、子供の頃のルルーシュは安全だと思いこんでいた。
確かにテロがそうやすやすと忍び込める場所ではないだろう。
だが、あそこは王宮内にこそ敵が多い。
「全てを保障する事など、兄上にだって出来ないでしょう?」
「そうだね」
「でしたら、俺とナナリーをブリタニアに戻そうなどと言う考えは止めて下さい」
ルルーシュは静かに駒を置く。
穏やかな表情を崩さないでいるのは、この場にナナリーがいるからに過ぎない。
マリアンヌの殺害について知っているシュナイゼルに、問い詰めたい気持ちは大きいがここでそれを問うわけにはいかない。
あの光景をナナリーに思い出せるわけにはいかないのだ。
「ナナリーも同じ考えかい?ブリタニアに戻ってくる気はないかい?」
「私はお兄様の側にいることが幸せですから」
ルルーシュに戻る気がないのならば、ナナリーも戻らない。
結局はルルーシュの意志が一番尊重されている事にルルーシュ自身は気付いてるのだろうか。
ナナリーももルルーシュが是と言わなければブリタニアには決して戻らないのだから。
シュナイゼルは小さく息をつきながら、ことりっと駒を盤上に置く。
シュナイゼルが小さくだがため息をつくなど珍しいものでも見たとばかりに、ルルーシュは思わずシュナイゼルの顔を見てしまう。
いつも余裕な態度を崩さず、冷静に決断を下す現皇帝の子の中では誰よりも優秀な皇子。
「シュナイゼルお兄様。はシュナイゼルお兄様の事、大好きですよ」
ナナリーがにこりっとシュナイゼルに笑みを向ける。
シュナイゼルの小さなため息がなんのため息なのかが分かったのだろう。
「8年前、私の事など気にせず、危険だと分かっている日本に、ナナリーとルルーシュがいるというだけで行ってしまったがかい?」
ルルーシュは思わずくくっと小さく笑う。
シュナイゼルが本音をこぼすことはとても少ない。
それでも、昔、アリエスの離宮でが来ていない時シュナイゼルが来ては、ルルーシュとチェスをしながらの事を聞くのだ。
「がシュナイゼルお兄様の事を口にするとき、悪い感情はありませんよ」
「けれど、好感を持っているようには感じなかっただろう」
「シュナイゼルお兄様は、本当にが大好きなのですね」
くすくすっとナナリーは笑う。
シュナイゼルがへの愛情を隠そうとしないのは昔からだった。
いつからだったかは分からないが、少なくともナナリーが物心ついた頃には、シュナイゼルにとっては大切な弟として感じられた。
「ブリタニアの皇族で、母も同じ兄弟というのは特別なものと言うことは、兄上にとっても変わらないようですね」
「ユフィという妹ができたコーネリアを見た時、少し羨ましいと思ったんだよ」
ルルーシュはシュナイゼルが目の前にいても余裕を崩せない強味がひとつだけある。
ブリタニアの皇族の中で誰よりも優秀で、どんな決断にも私情を挟まず時には冷酷な命令すら出せるシュナイゼル・エル・ブリタニア。
だが、彼にも情はあるのだ。
「がどんな弟でも、私にとっては初めての実弟だったからね」
生まれたばかりのは誰にも懐かず、そして部屋に閉じこもりきりの生活が続いた。
言葉はともかく歩けるようになるまでがとても遅かった。
その理由が分かるのはこの場ではルルーシュだけだろう。
どんなに発育が遅くても、部屋に閉じこもりきりの暗い少年だったとしても、シュナイゼルにとってはただ1人の実弟。
ブリタニア皇族で母親が同じ兄弟というのは意外と少ないのだ。
「”きょうだい”というのは、やはり特別ですからね」
同じ兄という立場にいるルルーシュには少しだけ分かる。
ナナリーが生まれた時嬉しかった。
しかし、そのナナリーが自分に懐かず、自分以外の義兄弟に懐いたら?それはショックだろう。
シュナイゼルはそういう思いをきっとしたのかもしれない。
年が大分離れているので、ルルーシュが思うほどショックを受けているかは分からないが、懐かれなかったのは嬉しいと思えることではなかったに違いない。