黄金の監視者 10




バリバリバリっと戦闘ヘリコプターの音が上空を騒がせる。
ゆっくり食事をしていたとナオトだったが、いつもと違う騒がしさに思わず顔を見合わせる。
は昼間は基本的にアッシュフォード学園に通っているが、学費はともかく生活費は自分で稼ぐと決めた以上、バイトの許可をもらっている。
そのバイトがあると嘘をついてはゲットーに入り込んだブリタニア軍人を襲撃して金目のものを奪い取ったり、追い詰められているテロ組織を気まぐれで助けたりしている。
ゲットーで動く時のは長い黒髪のウィッグを被り、黒い服で日本刀を持っている為、”シンジュクのサムライ”などと呼ばれているのだ。

「なんか、今日は騒がしいね」
、何かしたのか?」
「え?僕、今日は何にもしてないよ!」

慌てて首を横に振る。
騒ぎといったらが起こしたと結びつかせないで欲しい。
テロの場合がどちらかといえば多いのだから。

(何があったかちょっと”視て”みるかな…)

だが、は外に感じた気配にはっとなる。

「ナオトさん伏せて!」

の声に反射的にばっと身体を伏せるナオト。
その瞬間、ばばばばっと銃弾が部屋の中を襲う。
はとっさに飛び上がってそれを避ける。
ばきっと音を立てて侵入してきたのは一機のナイトメア。
部屋にいつも常備してある銃を取り出して、はナイトメアの腕に飛ぶ。
普通の跳躍力ではないが、にとってはこれが普通なのだ。
腕から頭へ、そして後方へ、操縦者が乗っている場所、そう丁度ブリタニア軍人がいるだろう場所に銃弾をガンガンガンッと連続で叩き込む。
最初の数発は弾かれたものの、完璧な防御などありえないだろうそれは打ち続けた最後の2−3発が中のブリタニア軍人へと的中したらしくナイトメアの動きが止まる。

…」

ナオトの声にはばっとナイトメアから降りる。

「こんなところまで来るなんて、やっぱり何かあったみたいだね。ナオトさん怪我は?」
「ああ、大丈夫だ。にしても…」

ぴたりっと動きを止めたままの紫色のナイトメア。
部屋の中に侵入しかけたままのこれをどうすればいいだろうか。

「また、引っ越すしかないかな?」
「だろうな…。けど、大丈夫なのか?」
「うん?」
「他のナイトメアが来るんじゃないか?」
「う〜ん」

はざっとゲットー内を”視る”。
単体で日本人殲滅を行っている者もいれば、隊を組んでい動いている者もいる。
よく見れば指揮系統がめちゃくちゃだ。

(クロヴィス殿下じゃこんなもんか)

「多分大丈夫だと思うよ。でも、念の為移動しようよ」
「せっかく生活もある程度慣れてきたのになぁ」
「仕方ないよ。ここも良くもった方」
「だが、半年も経ってないぞ」

ゲットーでブリタニア軍人が襲ってくるのは何も初めてではない。
さすがにナイトメアが住まいに侵入してきたのはこれが初めてだが、今日はなんだか様子が違う気がする。

(何より雰囲気がいつもと違う)

は黒髪のウィッグをつけ、手に日本刀を持ち、最低限の荷物だけをまとめる。
少し大きめのバッグ2つにまとめた荷物の片方をナオトへ渡し、はもう片方を持つ。

「ナオトさん銃は?」
「持った」
「弾足りそう?」
「なんとかなるだろう」

は刀で、ナオトは銃で。
移動中にブリタニア軍人と鉢合わせする可能性は高いだろう。
2人共顔を見合わせ頷き合う。
そしてナイトメアがある方向とは反対の裏口から出て行く。
外に出たとたんに耳に入ったのは銃声。

「うわっ!いきなり?!」

は懐を探り、持っていた手榴弾をブリタニア軍がいた方向へ放り投げる。
数で押せ押せとばかりに軍人を投入しているのか、いつもとやはり違う。
手榴弾はみごと命中、その間にとナオトは走り出す。

「あれじゃ目くらましにもなるかどうか分からないな」
「だね…」

バタバタバタっと足音が大多数聞こえてくる。
ナイトメアがないのは良かったというべきか。
は手に持っていた荷物をナオトの方へと投げる。

「ナオトさん、生活用品よろしく!」
「気をつけろよ!」

受け取った荷物を抱え、ナオトは廃ビルの陰へと隠れる。
これ程のブリタニア軍人を相手にする事はないが、こうして移動することはもう何度かある。
ブリタニア軍人に理由もなく襲われ、それをが切り伏せて次の生活場所へと移動する。
かちんっと刀を鞘からはずし、そして一気に抜く。
銃を構え撃つ間も与えずに、サンッとブリタニア軍人を斬っていく。
1人、2人、3人くらいまで切ったところで、は刀から血をはらい鞘におさめる。
刀はそう何人も連続で斬れるようなものではなく、良い刀としても切れて3人くらいまでだ。
斬った3人が持っていた銃を拾い上げて、他のブリタニア軍人の急所を狙い撃ちする。
銃を拾って捨てて、拾って捨てての繰り返しだ。

「これで、最後っ!」

ぱんっ!と撃ち、は周囲を見渡す。
見事なまでのブリタニア軍人の屍。
はぁっと小さく息を吐く

「終わったか?
「あ、うん。この通り」

倒れているブリタニア軍人は十数名くらいか。

「オレも手を貸せればいいんだが」
「大丈夫だよ、こういうのは結構1人のが気楽だし、間違ってナオトさんまで斬っちゃったら洒落にならないもん」
「怖いこと言うなよな」

先ほどのナイトメアといいブリタニア軍人といい、やはり今日はおかしい。
たかがテロでこんなにも軍を投入したことがいまだかつてあっただろうか。
いくら現エリア11総督クロヴィスが軍人として才能がないとはいえ、これだけの軍を動かす意味が分からないはずもないだろう。

― 全軍に告ぐ!!

がそう考えている時に、ゲットー内にそのクロヴィスの声が響き渡る。
響く声が告げる内容は、ブリタニア軍の撤退命令。
何があったのかは分からないが、ブリタニア軍が完全撤退を命じられている。
いつの間にブリタニア軍が大量に投入されたかも分からないとしては、この行為の無意味さに首を傾げるばかりだ。
何のために軍を動かし、また今何のために軍を引き上げるのか。

(ま、どうでもいいけど)

「撤退か…。もうちょい早く撤退命令が出ていればこいつらも命があったのにな」
「自分を襲った軍人の命を惜しんでどうするの、ナオトさん」
「オレは可能性の問題をだな…」
「過ぎてしまったことは仕方ないこと。僕達にできるのは冥福を祈ることだけ」
「そうだな」

律儀にナオトは手を合わせるようにして祈る。
日本式の黙祷の捧げ方のようで、もそれに倣う。

「移動するか」
「うん」

倒れ伏したブリタニア軍人。
にとっては同胞ではあるのだが、中には名誉ブリタニア人もいただろう。
ブリタニア人も名誉ブリタニア人もには関係ない。
自分の敵であるか味方であるか、ただそれだけである。

「せっかくナオトさんが磨いでくれたのに、また磨がないと」
「もっといい刀があればいいんだけどな」
「そうなんだよね。でも、こればっかりはブリタニア軍からかっぱらえるものでもないし」

ブリタニア軍はそもそも日本刀など使わないだろう。

「やっぱ、刀より銃かな?」
「銃は弾切れがあるしな」
「そうなんだよね。となるとナイトメア?」
「どうしてそう極端に行くんだ…」

銃にしろ、刀にしろ、普段持ち歩くことが出来ないものばかりだ。
小刀くらいならば服に忍ばせておくことも可能だろうが、戦闘に使えるものとなると普段から身につけるのは難しい。

「でも、総督がクロヴィスである以上、またこんなことあるかもしれないなら、装備はちゃんとしておいた方がいいよね」
「ああ、そうだな…」
「せめて総督変わってくれないかな?」

は不愉快そうに顔を顰めて周囲を見渡す。
ここは血生臭い。
それはが殺したブリタニア軍人だけでなく、少し離れたところに倒れ伏す日本人達の血の臭いでもあるだろう。
決して武装などしてない一般の日本人。

「酷いものだな」
「うん」

酷いとは思うが、はナオトのように心はあまり痛まない。
考え方の違いだろう。
ナオトは日本人だが、はブリタニア人も日本人も同じようにしか思っていないだけ。

「ブリタニアは何の為に…っ!」

ぎゅっとナオトは自分の拳を握り締める。
テロ組織を率いていたナオトは、今のブリタニアのやり方が気に入らないのだろう。
それは分かる。
それでも、テロ組織に戻ろうとしないのは、自分の腕がないから。

(何の為…か)

それが父、ブリタニア皇帝の趣味の為だったのならば、侵略された国の人間はどう思うだろうか。
敗戦国の人間が何を言っても、ブリタニアが黙らせるだけかもしれないだろうが…。
破れてしまった日本、その敗戦の結果を作ってしまったのは1人の少年。
それを知っている者は果たしてこの日本に何人いるだろうか。

(スザク…)

会える事を祈っていてという言葉と共に別れた、気にらないけど大切だったかもしれない友人。
ルルーシュもナナリーもまだスザクのことは忘れていないだろう。
血生臭いこの場所。
これを作り出した第三皇子クロヴィス。
はクロヴィスがいるらしき方向を”視る”。
総督の椅子に腰掛けて、この撤退をさぞかし悔しがっているだろうと思いきや、”視え”たのは意外な光景。

(え…?)

思わず表情にまで出てしまう。
真っ赤に染まった壁、そしてぐったりと頭を下げているクロヴィス。

、どうした?」
「へ?あ、いや…、なんでもないよ」

見えた光景があまりにも意外なもので驚いただけだ。
ゲットーに住む日本人の怒りと憎しみをこれでもか、というほどかっていたのだから暗殺まがいのことくらいされても当たり前だろう。
しかしながら仮にもエリア11の総督であり、ブリタニア皇族の1人。
そう簡単に侵入されて殺されるものなのか。

(でも、これで何か変わるかもしれない。それが良い方向にか悪い方向に変わるのか分からないけど…)

大切な人が笑っていられる世界があれば、は構わない。
総督が誰でも、この地の呼び名がエリア11のままでも。
けれど、ブリタニアは嫌いだという思いは無くなっていない。