WOT -second- 47
ポンポンと花火が上がる夜空の下、貴族院の中を走るように急いで駆ける、ミシェル、フローラ、そしてシリン。
向かう先はどうも学院がある方向のような気がする。
シリンは学院の場所は知っているが、実際中に入った事はない。
このままだと学院の中に入りそうな勢いだ。
「あの、ミシェル嬢、フローラ嬢。学院に向かっているようなんだけど…」
「ええ、その通りですわ!」
「健国祭当日、学院ではダンスパーティーもあるのですよ、シリン姫様」
ダンスパーティーはいいのだが、それにシリンが参加していいのだろうか。
シリンは学院の生徒ではないのだ。
「ダンスパーティーは主催と場所が学院なだけであって、参加は自由ですのよ、シリン様」
「ですから、勿論学院出身の方でもいらっしゃる事はありますし、気まぐれに陛下もいらっしゃる事もあるのですよ」
「エルグ陛下が?」
エルグならば本当に参加しそうな気がしてしまうのは間違った考え方だろうか。
どうも人を驚かす才能には満ち溢れている、性格があまりよろしくないが尊敬は出来るエルグの事だ、学院の生徒の驚く顔が見たいがために、暇を作って参加しそうだ。
「も、もしかして、今年も参加する予定があるとか…?」
「さあ、分かりませんわ」
「陛下が参加される事は本当にまれですもの」
そう話しているうちに学院に着く。
普段は警備員がいる大きな学院の門も、今日ばかりは解放され、警備員の姿はあるものの出入りする人を眺めているだけだ。
学院の中に足を踏み入れれば、賑やかな音と声が聞こえてくる。
キラキラと光るのは街中にも溢れていた法術の光。
しかし、学院の生徒総出行っているのか、街中の明かりよりも凝っているように思える。
(すごいなぁ…、兄様があれだけ準備に忙しいのも分かる気がする)
学生レベルだとは言い切れないほどにすごい。
”昔”の高校の学園祭などとは比べ物にならないだろう。
どうやら向かう方向は明るい方向らしく、賑やかな声がだんだんと大きくなってくる。
「やっぱり、もう始まっていますわね」
学院の校庭に当たるのだろうが、かなり広い広間に音楽流れ、男女がペアになって音楽に合わせて踊っているのが見える。
ダンスパーティーが始まっているという事なのだろう。
「急いで探しましょう、ミシェル!」
「ええ、勿論ですわ!」
シリンの手を握ったままのミシェルはさらに歩き出す。
誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか。
それとも、街を回る時に一緒にいられなかった、カナリアとセレンを探しているのか。
「シリン?」
再びミシェルに引っ張られて駆けだそうとしたその瞬間、聞き覚えのある声がシリンを呼び止める。
どこか驚いたようなその声の主はすぐそこに友人と一緒に立っている。
シリンと同じ髪と瞳の色の少年、双子の兄のセルドだ。
「兄様?」
「シリン、どうしたんだい?」
「どうしたというか…、誘われたからここにいるんだけど」
「誘われた?」
すぅっと目を細めてセルドはシリンの手を繋いでいるミシェルへと視線を向ける。
どこか睨むようなセルドの視線に、ミシェルは一瞬傷ついた表情になる。
(あ、そう言えばミシェル嬢って…)
誕生日パーティー以来、セルド、シリン、ミシェルが3人同時で顔を合わせた事はない。
セルドのこの対応はシリンを心配しての事だろうが、ミシェルが可哀想だ。
シリンはちらっとダンスパーティーの行われている広場を見て、セルドとミシェルを交互に見る。
「ミシェル嬢、ダンスパーティーって踊る相手は前から決まってるものなの?」
「え?い、いえ、決まっている方もいればその場で決める方もいますわ。その制限は特にありませんけれど…、シリン様?」
「それじゃあ、兄様。ミシェル嬢と踊って」
シリンがぐいっとミシェルの腕をひっぱり、セルドの前へと出す。
セルドは一瞬きょとんっとした表情をする。
「それとも兄様、誰かと踊る約束しちゃった?」
「いや、基本的に僕はいつも誰かと踊るという事は…」
「そ、そうですわ、シリン様!セルド様はいつもお相手をつくらないようにされているのでそんな無理に…!」
「え、でも、今日楽しかったから。私じゃミシェル嬢にお礼返せないし、兄様がミシェル嬢と一緒に踊ってくれればちょっとはお礼になるかな?って」
にこっとセルドに笑みを浮かべるシリン。
なんだかんだとセルドがシリンに甘い事を、シリンは自覚している。
あまりないシリンからの頼みをセルドが断る事はないだろう。
「楽しかったのかい?シリン」
「うん。同年代の子と一緒にお祭りまわれるなんて思っていなかったら、すごく楽しかったよ」
楽しかったのは本当だ。
時間はそう長い時間ではなかったが、また来年も出来れば一緒にまわりたいと思えるほどには楽しかった。
シリンが無理してそう言っているわけではないと分かったのか、セルドは嬉しそうな笑みを浮かべる。
そして、その笑みを浮かべたままミシェルに視線を移して右手をすっと差し出す。
「ミシェル嬢、僕と踊っていただけますか?」
紳士的にダンスに誘うセルドは格好いい。
そのしぐさに見とれて、頬を赤くするミシェルも可愛い。
照れながらもセルドの手を取るミシェル。
「…はい」
微笑ましい光景だとシリンは思う。
何よりもお互いの顔立ちが整っていると、絵になる光景だ。
(記念写真とか撮りたいかも)
生憎とカメラがこの時代に存在していないので、この絵を残す事はできない。
「それじゃ、フローラ嬢は俺と踊っていただけるかな?」
セルドの後ろにいた赤毛の少年がフローラへと手を差し出す。
唐突な誘いにフローラは驚くしかない。
「わたくしよりもシリン姫様を…」
「シリン嬢誘えばセルドが怒るからなぁ」
「当り前だよ」
間髪入れずにセルドは肯定する。
赤毛の少年を睨むように見る事を忘れない。
シリンはこの赤毛の少年に覚えがある。
最初にクルスと会った時、セルドが友人だと紹介してくれた少年のはずだ。
キール・グロウルという名だったはずだ。
「ってことで、俺も1人で寂しいから踊ってくれると嬉しいな」
誘い方が上手だな、と思わず思ってしまう。
「私はこの学院内を見て回ってみるよ。あまり学院に入る機会とかないから色々見て回りたいし」
「で、ですがシリン姫様…」
「シリン様おひとりでは…」
「大丈夫だって」
心配するミシェルとフローラに対して、シリンは安心させるような笑みを浮かべる。
皆ダンスパーティーや祭りに夢中だ。
わざわざシリンに関わろうとする人など殆どいないだろう。
絡んでくる人間がいたとしても、上手くかわせばいいだけの話だ。
暗殺者が襲ってくる可能性があるわけでもなし、危険なことなどないだろう。
「シリン、1人で回るよりも少し待って」
「兄様?」
「クオン殿下!!」
少し離れた所へとセルドが声をかける。
その声の名にぎょっとしたのは、キールやミシェル、フローラだ。
フィリアリナは名門ではあるのだが、第一王位継承者であるクオンを呼びつける貴族など殆どいない。
「セルド、どうした?」
セルドに呼びつけられたことなど気にしていないかのようなクオンは、すぐにこちらへ駆け付けてきた。
(慣れてるのかな…)
こうしてセルドに呼びつけられることが反対に嬉しいようなクオンの表情。
学院でもこんな感じなのかもしれない。
王位継承者を平然と呼びつけるセルド。
将来はかなり大物になるだろう。
「シリンが学院内を少し見て回りたいそうなので、案内していただけますか?」
クオンはそこで初めてシリンの姿に気づいたようで驚く。
「いたのか」
「うん、ちょっと誘われてね。久しぶり」
にこっと敬語も何もなしでクオンに話しかけるシリンに、これまた他3人は驚きを見せる。
クオンを呼びつけるような事をするのもセルドだけだろうが、クオンに敬語を使わない貴族もシリンくらいだろう。
似た者兄妹だと、彼ら3人は心の中でそう思ったに違いない。
「それで、学院内を見たいのか?」
「あまり入る機会ないしね。けど、いいの?」
「僕のやることなど殆どないからな。それに、父上が君にした事を思えば、このくらいするのは当然だろう」
「陛下は陛下で、クオン殿下はクオン殿下なんだから、そんな気にしなくていいのに」
誘拐事件の囮の事だろうが、シリンよりも、その後クルスを怒らせたクオンやエルグの方が大変だったのではないのだろうかと思うのだ。
実際シリンは怖い事などなかったし、貴重な出会いも出来た。
別れ方は良いとは言えなかったが、彼ら魔族とはまた別の形で会う事が出来ればと思う。
特にドゥールガ・レサには。
「あ、あの、シリン様!!」
「はい?」
ミシェルが慌てたように声をかけてくる。
「次にきちんと機会を設けますので…、シリン様のアクセサリ選びは必ずしましょう!」
「え?やるの…?」
「勿論ですわ!ね、フローラ!」
「ええ、当然です!」
「次回はカナリアとセレンも誘いますわ!」
「金銭に糸目をつけずに、シリン姫様にお似合いのものを選んで見せますわ!」
「…いや、金額はちょっと考慮して欲しいと思うんだけど」
困ったように返答をするシリンだが、ミシェルとフローラはやる気満々だ。
その物を選ぶその場にシリンが同席できるだろう事が幸いだろう。
なるべく高価なものは選ばないようにしなければと思う。
ミシェルとフローラの勢いに困っているシリンだが、決して本当に困っているわけではない事が分かるのか、セルドは嬉しそうに笑みを浮かべていた。
セルドに対等な友人がいたというのを知った時、シリンが嬉しかったように、セルドもシリンに対等な友人ができて嬉しいと思ったのだろう。
「それでは行きましょうか、ミシェル嬢」
「は、はい」
「フローラ嬢も、行こうか」
「はい」
ミシェルもフローラも顔をほんのり赤くしながら手をひかれてダンスパーティの場へと向かう。
慣れたようなエスコートぶりのセルドとその友人キール。
学院ではこういう機会はもしかしたら結構あるのかもしれない。
シリンは隣に立つクオンをちらっと見る。
「なんだ?」
「いや、せっかくだから一緒に踊ってみる?」
「や、やめてくれ!クルス兄上も今日はここにいるんだ!僕を殺す気か?!」
「…流石にクルス殿下はそこまで酷い人じゃないと思うよ」
殺気を向けて睨みつけるような事はしでかしそうな気はするが…と思いながらも、シリンの誘拐事件囮の件で、他の人がいる前で羽ペンを硬化させてエルグに投げつけたらしい事を思い出し、確かに睨みつけるだけでは済まないかもと思い直す。
「とにかく少し歩くぞ。突っ立っているだけじゃ邪魔になる」
「あ、うん」
「校舎内は無理だが、外から適当に案内してやる」
「ん、宜しく」
さっさと歩きだしたクオンの後をシリンはついていく。
ダンスパーティが行われている所から少し離れた場所をゆっくりと歩く。
ここは普段セルドが色々な事を学んでいる場所だ。
才能があれば自分もここに入る事が出来たのかもしれないが、この精神年齢で同じ年齢の子と机を並んで何かを学ぶことなど今更考えられない。
そう思うと、法力が少なく生まれてきたのは恵まれていたことなのかもしれない。
そうでなければ、法術理論の構築もできず、おそらく甲斐と会う事も出来ず、クルスとも興味を持たれるような出会いをする事もなく、今の状況はなかったはずなのだから。
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