WOT -second- 46
城下町の大通りは、今は多くの人が建国祭を楽しんでいる。
貴族らしき上質な服を着た者もいれば、一般民も多くいる。
大通りの左右端に並ぶのは多くの出店。
きちんとした簡易ではあるが、店をたてている者、テントを張ってその中で商品を売っている者様々だ。
シリンはミシェルとフローラに挟まれながら、アクセサリを売っている店で、並べられたアクセサリをじっと見ている。
街中の出店だからか、そうゴテゴテキラキラしたものは殆どなく、小さな石がついている程度の可愛らしいアクセサリが多い。
「こちらなんてシリン姫様にどうですか?青い石がシリン姫様の瞳と同じ色ですわ」
フローラがシリンに差し出したのは小さな青い石のついたペンダント。
石を飾るように小さな銀色の花が左右についている。
細いチェーンは銀色に光っているが銀ではないだろう。
「こちらも可愛らしいと思いますわ」
ミシェルがシリンに差し出したのは、薄紅色の小さな花がちりばめられた髪飾り。
大きさもそう大きなものではなく、重くもなさそうだ。
「もうちょっと質素なものでいいと…」
「シリン様!質素だなんて、フィリアリナ家の者がそんなものを望んではいけませんわ!」
「似合うものであれば金銭など、ある程度までは惜しんではいませんわ!シリン姫様!」
しかしながら、フローラとミシェルがシリンに差し出したのは、一般民の給料でも頑張れば買える値段ではあるのだが、かなり高い。
貴族に生まれたシリンでも、ティッシの一般的な金銭感覚は分かっているつもりだ。
10歳前後の子供がお礼にと贈るようなものの値段ではない。
「大変そうだね、お嬢ちゃん」
苦笑しながらそう声をかけてくれるのはこの店の主だ。
シリンの父グレンよりも少し年若いが、青年と言えるほど若くはないだろう男。
人好きしそうな笑みを浮かべながら、シリン達を見守るように見る。
「だが、お嬢ちゃん達は3人だけで来たのかい?」
「あ、はい」
店に並べられた品定めに夢中らしいミシェルとフローラは店主の声が聞こえていないのか、シリンが対応する。
「悪い事は言わないから、なるべく早めに帰んな。その服を見る限りじゃ、いいところのお嬢ちゃんなんだろう?」
「何かあるのですか?」
”いいところのお嬢ちゃん”という言葉を否定せずに、シリンは逆に尋ねる。
貴族の令嬢である事は本当ことだ、ここで謙遜しても意味ないだろう。
シリンの問いに店主はどこか気まずそうな表情を浮かべた。
「いやな、祭って事もあって、ハメを外すやつもいたり…な」
「ちょっと賑やかになるくらいとかですか?」
「いや、そうじゃなくてだな…」
「モメ事が起こるかもしれないという事ですか?」
「まぁ、そんなものだな」
ぐるりっと周囲を見渡せば、皆笑顔で楽しそうだ。
しかし、確かに祭とはいえ店主の言うようにハメを外すような者はどこにでも湧いて出てくるだろう。
「シリン様、それならば大丈夫ですわ」
「わたくしもミシェルも、その辺りのごろつき程度に負けるほどヤワではありませんもの」
にっこりと笑みを浮かべるミシェルとフローラ。
店主とシリンの会話が聞こえていたのだろう。
武術のようなものをたしなんでいるという事なのだろうか。
実際シリンもごろつき程度ならば、そんなに心配はしていない。
シリン自身でも法術をちょちょいっと使えばどうにかなるからだ。
店主の心配通りか、少し遠くでガシャーンと何かが割れるような音が聞こえた。
「ああ、やっぱり来たのか…」
「来た?」
店主は顔を顰める。
まるでこの騒ぎを起こしたのが誰なのか想像がついているかのようだ。
「多分、このあたりを治めている貴族様の息子だよ。少し問題があってね…」
「騒ぎを起こすような人という事なのですか?」
流石に貴族の事をはっきりと責める事はできないのか、店主は苦笑するだけだった。
「シリン様、不安でしたら少しそこで見ていて下さいませ」
「ごろつき程度、どうにでもなりますわ」
満面笑顔で先ほど音がした方向へと向かおうとするミシェルとフローラ。
彼女達2人は、誰がどう見てもいい所のか弱そうなお嬢様だ。
慌てたのはシリンと店主の2人。
「は?あの、ミシェル嬢、フローラ嬢!」
シリンは止めようとしたが、そんな声など聞こえていないかのように彼女達は歩みを止めないのでシリンも慌てて後を追う。
「ちょっと、お穣ちゃん達、危ないよ!!」
店主がそう叫ぶ声が聞こえたが、ミシェルもフローラも止まらない。
音が聞こえた場所はここから遠くなく、その場所だけ人が避けるように広がっていく。
楽しく賑やかな笑い声がだんだんと小さくなり、ざわざわと騒ぐ声が大きくなる頃には、その騒ぎの主がシリンの目に入る。
腕を組みその場に立っているのは、ふわりっとした金髪の貴族らしき少年。
その少年の側には大柄な警護をしていると思える男が一人。
そして簡易的に建てられた小さな店は半分潰れ、そこに突っ込まれたかのように倒れている男が1人、その隣に怯える少女が1人。
「やはり下級貴族は野蛮ですわね」
「このような楽しい時をつぶよう真似をなさるなんて、脳が足りないのですわ、きっと」
その光景を見てのミシェルとフローラの一言目がこれである。
シリンが思わず顔をひきつらせてしまったのは仕方がないだろう。
「なん…だと?」
彼女達の言葉が耳に入ったのだろう、目を細めながら金髪の少年が声を低くして振り向く。
顔立ちは、セルドやクルス、甲斐の顔立ちに見慣れているシリンにとって平凡な顔立ちに思えた。
来ている服の質が良さそうなものに見えるので、やはり貴族ではあるのだろう。
「あら、誰かと思えばクロディ家の次男ではありませんか?いくらお金を積んでも学院に入る事が出来ず、こんな所でヤツ当たりですの?」
「一般民の皆さまにご迷惑をお掛けするなんて、貴族の風上にもおけませんわね」
額に青筋を立てながら少年はこちらにカツカツと向かってくる。
警護の男も少年の後ろを護るようについてくる。
シリンはそろそろっとミシェルとフローラの側を離れ、状況を見る限りは恐らく少年か警護の男に吹っ飛ばされただろう人の元へ向かう。
(ミシェル嬢とフローラ嬢は、あの少年と知り合いなのかな?)
シリンは、店を壊されるほど強く投げ飛ばされた男の容体が少し心配だった。
ミシェルとフローラの落ち着きようから、すぐにどうこうされる事はないだろう。
こそこそ移動していたシリンの行動は邪魔される事がなく、倒れている男の所に無事にたどり着く。
「ケイル!ケイル!!」
すぐそばにいた怯えていた少女が男に駆け寄って男の名前を呼んでいる。
男は意識を失っているのか反応はない。
額から血が流れているのが見えるので、すぐに医者に見せるべきだろう。
(ちゃんとした診察はした方がいいだろうけど、一応簡易的な処置はとったほうがいいよね)
内心頷いて少女の方に近づくシリン。
「簡単な治療法術かけられるので、やってもいいですか?」
一瞬びくりっと少女が怯えたようにシリンへと振り向く。
声をかけてきたのが小さな少女だと分かり、少女はほっと溜息をついた。
「貴女は法術…使えるの?」
「簡単なものでしたら、血を止めて傷を塞ぐくらいは可能ですよ。ですが、一応後でちゃんとした医師に見せて下さいね。頭を打っている場合はちゃんとした医師に診せなければ完全に安心とは言えませんから」
にこりっと少女を安心させるように笑みを浮かべる。
少女はこくりっと頷き、シリンの治療への了承の返事を返す。
シリンはぺたりっと地面に左手を付き、自然の法力を確認する。
以前ゲインに使った、法力を借りる対象が大地のバージョンの法術だ。
治療対象の男の法力はシリンのそれと殆ど変らない為、彼の法力を借りる事は出来ないだろう。
「集めしは母なる力、開かれし我が知識、交わりしは大地の絆、水の流れと緑の風の優しき願いを今ここに、淡き光の癒しの力」
右手を男の方へとかざせば、白く淡い光が男の身体を包み治療が始まる。
見るぎり男の呼吸はされているので、この法術でほぼ傷らしき傷は回復すれば、打ちどころが悪くなければ後遺症も残らないだろう。
気になってミシェル達の方に目をやれば、驚くべき光景が目の前に広がっていた。
貴族の少年の警護の男の身体を、ミシェルが軽々と投げ飛ばしていたのだ。
(ええ?!!)
内心大声を上げるシリン。
ナイフ投げがセルドよりも得意と言っていたので、たぶん体術くらいはやっているだろうとは思っていたのだが、警護の男を軽々と投げ飛ばせる程とは思っていなかった。
男も警護を仕事にしているのだから、それなりの実力はあるはずだ。
フローラの方は、警護の男が投げ飛ばされて逃げだそうとしていた貴族の少年を、ミシェルと同じように投げ飛ばしていた。
(学院って、一体何を教えているんだろ…)
シリンがそう思ってしまったのは仕方ないかもしれない。
まさか家で女の子にそんな護身術を叩きこむような教育などはしないだろう。
少なくとも、シリンの母であるラティはそんな事をシリンにさせなかった。
「お、俺にこんな事をしてタダで済むと思っているのか?!!」
「あら、当然ですわ。クロディ家ごときが、サディーラ家に何かできるとは思いませんもの」
少年の言葉に、ミシェルは随分と余裕だ。
しかし少年はにやりっと嫌な笑みを浮かべて、フローラを見る。
「確かに俺の家じゃ、サディーラ家には手も足も出ないさ。だが、ディサティア家にならば多少手くらいだせるぜ?」
ぴくりっとフローラの表情が動く。
ディサティアはフローラの家名だ。
フローラの家もそう大きくはないが小さくもない。
という事は少年の家も、そう小さくもないという事なのだろうか。
シリンは少し迷ったが、倒れている男の治療ももうほぼいいだろう。
「もう、大丈夫だと思うから、目が覚めたらちゃんと医師に見せて下さいね」
「え?あの…!」
何か言いたそうだった少女にそう言うだけ言って、シリンはフローラに投げ飛ばされてその場に座り込んだままの少年へと近づいていく。
かつかつっと少年へと近づいていくシリンの事に、少年は気づいていない。
「風よ…」
シリンは小さくつぶやき風を呼ぶ。
少年の背後にぴったりとたち、少年の右腕をぐいっと掴んで少年の身体を”風”で浮き上がらせる。
その浮力をそのまま利用して、少年を投げ飛ばした。
再び投げ飛ばされた少年は一瞬何が起こったのか分からない表情をしたが、すぐに怒りの表情を浮かべる。
「何だ貴様はっ!!」
「フローラ嬢が貴方にした事と同じ事をしただけだよ」
「はっ!この俺にそんな事をしてタダで済むと思っているのか?!」
「さて、どうだろうね?けど、私もフローラ嬢も同じ事をしたよ。それが原因でディサティア家にちょっかい掛けるつもりなら、私の家にも勿論同じ事するんだよね?」
「当り前だ!!この俺を投げ飛ばすなどした無礼な小娘の家など、親戚からなにから血族全て潰れてしまえばいいっ!」
とんでもないことを言ったという事を、少年は自覚などしていないだろう。
シリンの名前は有名であり、シリンの容姿もまた、平凡であると有名である。
だが、まさかその有名なフィリアリナの双子の片割れがこんな所にいるとは思わないだろう。
(家の名前、使うのとか嫌なんだけどね)
シリンが努力して得たものではない為、フィリアリナの名はなるべく使いたくない。
だが、フローラの家がこの件で何かしら損害を被るのは、今後のフローラとの関係に響くだろう。
せっかくお祭りに誘ってくれた同年代の友人になれそうな子なのだ。
こんな些細な事で関係を壊したくない。
「やれるものならばやってみるといい。私の名はシリン・フィリアリナ。この件は父にも報告しておくから、存分に手でも足でも出してみるといいよ」
シリンは余裕があるような表情を作り、少年を見る。
その言葉に合わせるように、ひゅるるる…ぱぁんっと花火が上がる。
花火の音に人々はハッとなり、シリンの家名を聞いてさらにざわつく。
「シリン様!いけません、時間がないですわ!!」
「はい?」
ぐいっとミシェルは何かに気づいたようにシリンの手をひっぱり走り出す。
「フローラ。この程度の事は後回しですわ!もう花火が上がってしまいましたもの!」
「そ、そうですわね!わたくしたちの作戦が台無しになってしまいますわ!」
「急ぎますわよ!」
何か考えでもあるのか、シリンを引っ張りながら…というより半ば引きずりながらミシェルとフローラは急いで貴族院の方に向かう。
勝手に首を突っ込んでおいて、事態の収拾をせずにその場を立ち去るのはなんだか悪いような気がするが、仕方ないだろう。
(あとで父様にはちゃんと言っておこう)
本当にあの少年の家からなにか行ってくるかもしれないのだ。
父グレンに言えば、あの後どうなったかも教えてくれるだろう。
遠ざかるあの場から、大きな驚愕の声が聞こえるのを背後に、シリンは今度は貴族院へと戻るのだった。
結局、街ではアクセサリは買えなかった事を追記しておこう。
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