WOT -second- 40



シリンはフィリアリナの屋敷の自分の部屋で、ぼへっとしていた。
あれからどうにか無事にあの場から首都まで移動ができたのは良かったのだが、シリンが魔族との戦闘の中避難していなかった事が両親にバレてしまい、さらにセルドにもバレてしまい、巨大なお叱りを頂いてしまったのだ。
何があって、シリンが何をしたかまではエルグが緘口令を布いたようで、両親もセルドも知らないようだが、今でも大層お怒りだ。
シリンの頬に傷があったのが怒りを増大させる原因にもなったようだ。
屋敷に返される前に誰か治してくれればよかったのに、とそんな事をシリンが思ったのは内緒だ。

「えっと、兄様…」
「駄目だよ、シリン。退屈でも、暇でも、運動不足になると言っても、外出は禁止」

シリンがのほほんっと部屋で大人しくしているのは他でもない、健国祭の準備で忙しいはずのセルドがずっとシリンの部屋にいるからだ。
寝る時も一緒、食事も一緒、部屋でも一緒だ。

(うーん、困った)

実は今回は朱里に浚われた時のように無茶な法術を使ったわけではないので、1日ぐっすり休んで身体はすぐに回復したのだ。
シリンとしては色々フォローしたい事があるのだが、これでは身動きが取れない。

「シリンだけじゃなくて、ミシェル嬢たちもしばらくは外出禁止になっているんだ。我慢しなさい」
「はい」

びしっと言われてしまえばどうしようもない。
誘拐事件からまだ5日。
誘拐されたご令嬢たちの殆どは疲労で倒れ、そして両親達の心配からか外出禁止となっているらしい。

「明後日には陛下とシェルファナ様がお詫びの訪問をして下さるそうだから、それまで我慢する事」
「え?」
「それが終わったら、外出しても構わないよ」
「本当に?!」
「建国祭も始まるし、一緒に遊びに行く付き合いもあるだろう?」
「一緒に?」
「あれ?まだ誘いは来ていない?ミシェル嬢は僕に、シリンを誘ってもいいか聞いてきたけど?」

おや?と思うシリン。
浚われた船の中では随分と友好的だったがあれは状況が特殊だったからだと思っていた。
後々そう悪印象は抱かれないだろう程度の関係になるかと思っていたが、それでは終わらなそうである。

「最初はあの誕生パーティーの後、ミシェル嬢にキツく言いすぎてシリンに気を遣っているのかと思っていたけど、本当にシリンと一緒に行きたいみたいだったよ」
「兄様?パーティーの後って…?」
「ああ、だってシリンに対する態度酷かっただろう?ああいうのは良くないよって注意したんだ。普段は人を貶めるような事を言うような姫じゃないから、注意すれば分かるかな、って思って」

パーティーの時と比べると妙に友好的だったのはそれがあったからだろうか。
初対面は明らかにシリンを見下していた。
シリンが大好きなセルドの傍に無条件でいられる双子の妹である事も関係していたかもしれないが、本質は悪い子ではないようである。

「兄様、ミシェル嬢に会ったの?」
「学院で担当している建国祭の事で早急に伝える事があったからね、3日ほど前に会いに行ったよ」

その時にミシェルはシリンを誘ってもいいかとセルドに聞いたのか。
しかし、それが本当ならばそれはちょっと嬉しい。
同年代の友人というのが、悲しい事にシリンにはいないのだ。

「ミシェル嬢は、何かあったと思えるほどにシリンの事をすごく気にしていたけど。シリン?」
「ん?」
「そろそろ話してくれてもいいんじゃないかな?」
「兄様?」
「魔族と対等に対峙できるような法術を使える理由」

ぴしりっとシリンは固まる。
あの時の戦いの事は、緘口令は布かれていないのだろうか。
エルグはシリンの力が周囲にバレるのは良い事ではないようなニュアンスの事を以前言っていた。
だから、シリンが戦いに参加した事がバレても、魔族と対等に戦えるなどという事が分からないように詳しい情報は外に漏れないように何らかの手段を講じているものかと思っていたのだ。

「シリン、その反応は図星だね」

にこりっとセルドは笑みを浮かべる。

「にい、さま?」
「生憎とあの事件の詳細は緘口令が布かれて、僕も父上も母上も詳細は殆ど何も知らないよ。犯人が魔族って事と、シリンが法術を使って何かしたくらいしかね」
「ひ、ひっかけたの?!」
「そうでもしなきゃ、シリンは話してくれないじゃないか」

シリンは頭を抱える。
あの時の失言に関して、クルスと甲斐へのフォローも必要だというのに、新たな墓穴を掘ってしまった。
どうも今の自分は気が抜けすぎのようである。

「もしかして、父様や母様も…?」

両親はシリンが多少なりとも法術を使える事は知っている。
それは初級の法術はシリンの法力でも使えるものであり、尚かつそれを教えた教師を呼んだのは両親だからだ。
しかし、あの”魔族”と対等に渡り合えるほどの法術を使えるなどとは、普通は思わないだろうが、どこで何がバレているか分からない。

「どうだろう?流石に気付いてないと思うよ。何しろ、クルス殿下とエルグ陛下、それにシェルファナ様の行動早すぎたからね。シリンが魔族相手に戦ったなんて証拠らしい証拠は、多分残ってないと思うよ」

クルスとエルグ、さらにシェルファナまで証拠隠滅に動いたのならば、それはそれは綺麗に証拠は消えているだろう。
しかし、ならばどうしてセルドは、シリンが魔族相手に戦ったことを知ってるのだろう。

「じゃあ、兄様はどうして分かったの?」
「普段のシリンの態度と、あとはクオン殿下からの情報」
「クオン殿下?」
「陛下とクルス殿下、それからシェルファナ様に黙っているように言われたらしいんだけど、僕だけにこっそり教えてくれたんだよ」

にこりっと笑み浮かべるセルドに、クルスの姿が重なって見えたような気がするのは気のせいだと思いたい。
これは”教えてくれた”のではなく”強制的に教えてもらった”を意味しているのではいだろうかと思いたくないのだ。
セルドの笑みはそう思わせる雰囲気がある。

(兄様、あんまりクルス殿下に似ないでね。なんか、クオン殿下が可哀想に思えてくるから)

こっそり心の中でそんな事を思うシリン。

「クオン殿下は知っているんだね」
「陛下から教えられたのか、クルス殿下から教えられたのか、自分で調べたのかは分からないけどね。僕には話したけど、陛下達に他言無用と言われている以上、他の人に話す事はないだろうけど」

クオンは自分がいずれこのティッシの王となるだろう事を自覚している。
今の年齢で、広めて良い情報と、隠すべき情報の正しい判断が出来るような教育を受けている。
それは恐らくセルドも同様だろう。
シリンが魔族に対抗出来るかもしれない事は、外に漏らしていい情報ではない。
今現在世界は、魔族に対抗できる者、その存在を誰もが手放しで喜ぶ程酷い状況にはなっていないのだ。
だから、シリンを利用されない為、余計な敵を生みださない為にも隠しておくべきことだ。

「で、シリン」
「ん?」
「話してくれるよね?」
「…う」
「別に隠していること全部話せなんて言ってないよ。シリンが魔族と対等に戦える納得できる理由だけでも聞きたいんだ」

シリンはちらっとセルドを見ながら、どうしようか迷う。
セルドに話していない事は意外と多い。
桜の事については朱里に関わる事なので、いくら信用ができる相手でもティッシ国の人には話すわけにはいかない。
となると必然的に翔太の事も話せないわけで、香苗の事も話せないわけである。
しかし、セルドに何も話せないというのはシリンも本当は嫌だ。
朱里の時もさんざん心配をかけ、今回も相当心配をしただろう事が安易に想像がつく。
大切にされている自覚はあるのだ。

「オリジナル法術」

シリンはぽつりっと呟く。

「シリン?」
「オリジナルの法術を作れること」

再びぽつりっと呟くシリン。
エルグはシリンがオリジナルの法術を作れる事をあまり知られないようにしたいと思っているだろう。
だが、他の隠し事があるシリンにとって、この事までもセルドに言えないのは、血のつながった優秀な双子の兄に対して、自分に近づかせないかのような大きな分厚い壁を作っているようで嫌なのだ。

「5歳くらいの時は本当に簡単なものしか作れなかったし、2年位前までは実用できるものなんてちょっとしかなかったよ。けど、ここ数ヵ月ほどでいろいろ発見があって一気に実用化できる法術の幅が広がって、今は補助系法術の無効化ができるものを時間がある時に構築したりして……兄様?」

驚いた表情ままぴたりっと動きを止めているセルド。
シリンはこくりっと首を傾げる。

「オ、オリジナルって…シリン?」
「うん、オリジナル。法術理論の理解ってすごく難しいんだってクルス殿下には聞いたことあるよ。でも、私には結構すんなり理解できて、その基本的な理論を基にして色々な法術を構築したり…」
「ちょ、ちょっと待って、シリン」

どうやら混乱しだしているらしいセルド。
シリンだけが理論を理解できる理由はちゃんとあるのだが、そこまではティッシ内でも原因不明となっている為話す必要はない。
もし、正直に話したとしても、医療技術も科学技術の衰えと同時に退化しているこの時代では、遺伝子云々辺りは理解できないだろう。

「シリン」
「ん?」
「オリジナル、の法術?」
「今存在する全ての法術を知っているわけじゃないから、完全オリジナルかどうかは分からないけどね」

セルドは何か考え込むように額に手を当てて、顔を顰める。
シリンの言っている意味を頭の中で整理しているのだろう。

(でも、兄様。そこまで混乱する事じゃないと思うんだけど)

とはシリンの言い分である。
魔族と対等に対峙できるような法術を使えるという事は、今ティッシに現存するものでは無理という事であり、となればオリジナルの法術を使えるという考えは思いつきそうなものだと思うのだ。
セルドはどうにかシリンの言葉の整理がついたのか、大きくため息をつく。

「あんな難しい理論、よく理解できるね」
「って、言われても、私にとってはそこまで難しいとは思わないんだけど…えっと、例えばね、大気に流れる優しき緑の風、瞬きの間に南の豊かなる光景を現わせ

すっとシリンが左手を差し出すように動かすと同時に、室内のはずの光景がぱあっと変わっていく。
足元に広がるのは、色とりどりの鮮やかな多くの花、そして上に広がるのは青く澄んだ空。
室内のソファーに座っているはずのシリンとセルドは、空中に座っているように見える。

「はわっ?!」

一気に光景が変わり、セルドは驚きのあまりその場に立ちあがる。
周囲を見回せば、ここは確かにシリンの部屋の中のはずなのに、花が咲き乱れる高原にいるようにしか見えない。

元ある姿へ

シリンが呪文と同時に左手でぎゅっと拳を作ると、その光景はふっとかき消え元の室内の光景に戻る。

「シ、シ、シリン?!」
「今のは、風と水の属性を応用した幻を見せる法術だよ」

さらっと何でもないかのように言うシリンを、セルドは信じられないかのように見る。
シリンは知らないが、幻術の類は高度な法術に入る。
なぜならば、属性を2種類以上使うものだからだ。
あっさり簡単にシリンはやってしまったが、普通はそんな簡単に出来ないものである。

「クルス殿下がいつだか、シリンには法術の才能があるって言っていた理由が、今更だけどすごく納得できるよ」

再び大きなため息をつくセルド。

「今までの僕が知る限りでは、オリジナルの法術を作る事が出来るのは、ナラシルナのグレイヴィア卿くらいだったよ」
「グレイヴィア卿?」
「ナラシルナを統括しているグレイヴィア教団の宗主でね、この時代、この世界で、法術において彼に勝る者はいないと言われている程の人。ナラシルナと戦争になる事はないだろうけど、万が一そんな事になれば、ティッシが勝つことは難しいだろうって言われている理由の1つがグレイヴィア卿がいるからだって言われてる」

シリンが初めて聞く名前だが、そのグレイヴィア卿はすごい人のようだ。
シリン自身は自分がそんなにすごい人と同列であるなどとは全く思わない。
だが、考えてみて欲しい。
大戦時、オリジナル法術を組み上げる事が出来る翔太1人で戦局が左右された事も多かったのだ。
今、法力の大きさで強さで法術の才能を決められる時代、尚更オリジナル法術を構築できる存在というのはそれだけ大きいという事になるだろう。

「シリン」
「ん?」
「無暗に法術を人前で使っちゃ駄目だよ」
「うん、分かってるよ」

にこっとシリンは笑みを浮かべる。
オリジナルの法術を使えるなどと分かれば、面倒なことになるに違いない。
面倒事は御免である。
笑顔のシリンの返答に、セルドは何故か再度大きな溜息をつく。

「でも、シリンって意外と護る対象がいると、平気で法術使いそうだよね」
「え…と」
「ついでに、そうやって相手を護りきって、尚且つ天然さ発揮してトドメとばかりに口説き文句とか言いそう」
「兄様、それじゃあ私がまるで天然たらしみたいじゃない」

シリンのその言葉に、セルドは4度目となるため息をつく。
どうやら、セルドとしては、シリンは天然たらしだと言いたかったようである。

(天然たらしって翔太みたいなことを言うんだと思うんだけどな。何しろ800年以上も一途に想われているわけだし)

護るべき人がいて、自分に護るべき力があれば護ろうとするのはシリンにとって当然のことであり、その相手を安心させるような言葉をかけるのも当然のことであるのだ。
それが傍からみると、口説いているように見えるのは仕方ないのかもしれない。
本人はまるっきり自覚なしなのだ。


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