WOT -second- 14



風で戒められている襲撃者には、傷は1つもないように見える。
傷はないがどこか火傷している個所はあるかもしれない。
幻だったとはいえ、シリンが生み出したあの幻は熱も感じさせるもの。
脳がやけどしたと認識して身体がそう反応してしまっている部分がないとはいえない。

「しつこく狙って来ているこの襲撃が片付きそうで良かったな、クオン」
「そんな事より父上、これはどういうことなんだ?!」
「どういう事、とは?」
「シリン・フィリアリナを連れてくるならこの道を通れと言ったのは父上だろう?!」
「そうだな」

クオンの言葉をあっさり肯定する。
どうも、エルグは襲撃の事を知っていたような感じを受ける。
となるとシリンが法術を使うかもしれない事を予想していたのか。
法術など使わずに、手鏡の護りの法術でじっと守られていればよかったのだろうが、シリンの性格上それは無理なことだっただろう。

「僕が狙われているのは知ってる!シリン・フィリアリナをちょっと脅かすだけのつもりでここに連れてくるって事になったのも分かってる!」
「分かっているのなら、何が”どういうこと”になるんだ?」
「父上は、シリン・フィリアリナが隠していたアレを知っていたんだろう?!」
「いや、知らなかったぞ」
「嘘だ!」
「本当だよ、クオン。流石にあそこまでの法術を使えるとは思っていなくてね、いい意味で予想を裏切られたって感じだ」

エルグはシリンへと視線を移す。
むっとしながらクオンもじっとシリンを見る。

「何で、そんな力隠し持ってるのに何もできないように装ってるんだよ!」
「えっと、そうと言われましても…」

法術をひょいひょい使える事などベラベラ話すようなことでもないし、シリンは何よりも面倒事が嫌いだ。
高い位を得てやりたい事があるわけでもないので、法術を使えるようになる事は趣味のようなものである。

「学院に通えばいいじゃないか!」
「クオン、無茶を言うんじゃないよ。シリン殿にもシリン殿の事情というものがあるのだろう」
「けど、父上!」
「それにな、クオン。こうして隠れた逸材を見つけて口説くのはすごく楽しいぞ」

クオンの顔が盛大に顰められる。

「そんなんだから、クルス兄上に嫌われるんだよ、父上」
「裏でいろいろやる方が楽しいだろう」
「…母上は父上のどこがいいのか僕には分からないよ」

エルグの言葉がクオン相手だとやはり違うようだ。
父親らしい…とは言えないが、他の人と接する時と違うという事は分かる。
だが、言っている事は良い事とは言えないのが問題だ。
本当に性格は良くない。

「あの、陛下?クオン殿下?」

ちょっと事情の説明をして欲しかったりと思うシリンである。
にこりっと笑みを浮かべたままのエルグ。
ちらっとシリンを見てから大きなため息をつくクオン。

「聞きたいことあるんだろ?言ってみろよ」
「答えて頂けるのですか?」
「父上が君を試したってことは、知っておいた方がいい事だろうしな」

クオンの言葉にシリンはすごく嫌な予感がしてくる。
聞きたいような聞きたくないような、そんな気分だ。

「陛下が試したというのは、どういう事ですか?」
「そのままの意味だよ。分かっていると思うけど王家の人間ってのは命を狙われやすいんだよ。それこそ色々な理由でね」
「クオン殿下を狙った襲撃はそれということですか」
「最近しつこかった三流暗殺者がいて、多分これはそれだろ。僕は君に怖い思いをさせてちょっと脅かせれば良かったんだけど、父上は君が何をどこまでできるかを試したかったんじゃないか?」

クオンの言葉を肯定するかのように、エルグは満足そうな笑みを浮かべる。

「クオン殿下は、ここで襲撃がある事が分かっていたのですか?」
「見当はついてたよ」
「ひと気がない所を歩く事はエルグ陛下の助言であったというのは?」
「それは本当だ。父上がひと気のない場所の方が襲われやすいし、他の人への被害も出ないって言われたし。考えてみれば、父上が誰かへの気遣いするなんて少しおかしいと思ってはいたんだ。けど、君はクルス兄上が大切にしている存在だから、父上も気を遣ったんだと思ったけど、…父上の言葉を信じた僕が馬鹿だったよ」

結局クオンもエルグにハメられた形となっているのである。
クオンが思った状況になったにはなったのだが、シリンは襲撃に怯えるような性格ではなかった。
そして、エルグはシリンが襲撃に怯えるような性格でない事を知っていたはずだ。

「クルス兄上は、君が法術を使える事知ってるのか?」
「はい。クルス殿下には最近色々な無効化の法術を教えてますし」
「無効化の法術?それは私も興味あるな。私も参加していいか?」
「え…」

思いっきり正直に嫌そうな表情を浮かべるシリン。

「へ、陛下は、そんな暇ないでしょう?」
「暇は作るものだよ、シリン殿」
「あ…、えっとですね、国王陛下に教えられる程大層なものではないので…」
「てか、何でクルス兄上が教わる立場なんだ?君が法術使えるって言っても、クルス兄上は多くの法術を覚えているから、教わるとしたら君の方じゃないのか?」

(げ…しまった。ぽろっと法術教えてるなんて言わなきゃ良かった)

シリンからすれば、クルスに法術を教える事がもう1年以上続いているので当たり前ようになっていたのだが、一般的に考えれば確かに立場は逆のはずだ。
だが、口から出てしまった言葉は取り消せない。

「シリン殿は法術の才能があるんだよ、クオン。先ほどのシリン殿の法術は見事だっただろう?とても珍しい法術を使いこなしていた」
「確かに見た事がない法術だったし、すごい……とは思った」

しぶしぶという様子だが、クオンはシリンを認めるような言葉を言った。

「あれは、オリジナルの法術だろう?シリン殿」

シリンは驚きで目を開く。
まるで確認するかのようにシリンに問うエルグ。
シリンのように少ない法力で使える法術は、存在する法術の中では限られている。
先ほどシリンがあそこまで見事に法術を使えたのは何か理由があるはずと考えたのだろう。
それが、オリジナルの法術という結論になったのか。

「先ほどの法術は、あの場のあの状況で最大限の効果を出すようにとっさに組み上げた…確かに私のオリジナルです」

エルグをこの場で誤魔化しきれる自信がなかったので、シリンはあっさりとそれを認める。

「は?!オリジナルだなんて、そんな事が出来るはずないだろ?!世界中で出来る人間なんて今まで誰もいなかったんだぞ!それほど法術ってのは難しいものなんだ!」
「そうだろうね。私もそんな事を出来る人間はとても数少ないだろうとは思っているさ。シリン殿がその数少ないだろう人間の1人であるだけだよ、クオン」

エルグの何か含んだような笑みに、シリンはあれ?と思う。
何か自分はとんでもない間違いをしなかっただろうか。
エルグの表情を見ると、言ってはいけない事を言ってしまった気分になってくる。
クオンがエルグの含んだような笑みを浮かべている表情に、ぴたりっと動きを止める。

「父上…。今のカマかけただろ?」
「何の事だ?」
「シリンにカマかけただろ?!それが父上の好きなやり方だからな!適当にあり得ない事を並びたてて、相手が肯定するの待つってやり方!」
「バラしては駄目じゃないか、クオン」

にこりっと悪びれもせずに笑みを浮かべているエルグ。
それはつまり、”オリジナルの法術だろう?”と確認するかのような問いかけは、シリンをひっかけただけという事なのだろう。

「へ、陛下…?」
「気にする事はないよ、シリン殿。このやり方はクルスも未だに引っかかるからな」
「ってことは、本当にカマかけただけだったんですか」
「当り前だ。オリジナルの法術を作れるなんて普通思えないだろう?しかし、本当にオリジナル法術だとは驚いたよ」

(性格悪っ!!)

エルグの言い方は、疑っているから問いかけたというものではなく、確認のために聞くという問いかけに感じたのだ。

「クオンはよく分かったね」
「父上がクルス兄上を引っかける時に、そういう表情良くしてるからな」
「成程。次からは表情にも気をつける事にしよう」
「…次があるなら他の人を騙して下さい、陛下」
「騙すとは酷いな、シリン殿」

(どう考えてもあれは騙したって言うでしょう?!)

エルグの性格が悪い事は分かってたはずだった。
敵ではないのだが、決して油断してはいけない相手であることも分かっていた。

「君、本当にオリジナル法術とか作れるのか?」

疑わしそうな視線をシリンに向けてくるクオン。
エルグの言葉をあっさり肯定してしまった以上、ここで誤魔化す事は無意味だ。
シリンは大きなため息をつきながら頷く。

「独学なので、私の作る法術は結構癖があるみたいですけどね」
「クルス兄上に教えてるっていうのもオリジナルのものなのか?」
「多分、としか言えませんが…」
「何で多分なんだ?」
「私は、現存する法術の種類を全て把握しているわけではありませんので」

シリンがオリジナルだと思っているものが、実際は存在する法術なのかもしれない。
最も、シリンが組み上げる法術は、翔太のものと同様かなり癖のある法術なので、まったく同じ法術が存在する可能性は低いだろう。

「シリン殿が望むならば、法術書の貸し出し許可証を発行するが、どうする?」
「いえ、思いっきり遠慮させて頂きます」
「間髪入れずに断らなくてもいいだろう?」
「陛下相手に隙は一切見せない方がいいものだと、今心底思いましたから」
「それはつまらないな」
「つまらくていいです」

シリンのこの返答はエルグが国王陛下である事を考えると、十分無礼な態度になるのだが、エルグは全く気にしてないようだ。
クオンも決して注意をする事もなく、どちからといえば、シリンに同意するかのように小さく頷いていたりする。

「けれど、シリン殿」
「何ですか?」
「隙というのは見つけ出すものでね」
「そ、そうですか…」
「楽しみだな」

(何が、何が楽しみなんですか?!)

それはそれはにこやか笑みを浮かべているエルグ。
余計な事をしたのだと、今更ながらに大きく後悔する。

「それはそうと、父上。これ、どうすればいい?」

クオンが風で戒められた襲撃者を指す。
ここにこのまま放置するわけにはいかないだろう。

「そうだな。一応尋問しなきゃならないから、牢に入れておくのが妥当だろう。シリン殿、頼めるか?」

それはつまり、法術で牢に転移させろという事なのだろう。
シリンならばそのくらいできると分かっていてそれを言って来たのか、それともこれも試しているのか分からない。
小さくため息をつくシリン。
考えても仕方がない。
オリジナルの法術を組み上げる事が分かってしまっているのだから、出し惜しみをしたところでもう無意味な気がしてくる。

「場所が私の知っているところ、もしくは距離が分かれば転移は可能ですよ」
「場所はこの真下だ。丁度この真下が牢になっている」
「それでしたら、正確な位置を指定してください。…大地に横たわりしもの、視界を広げ光を壁にせよ

さっとシリンが閉じたままの扇を振ると、シリンの立っている場所から半径数十メートルほどすぅっと大地が透けてくる。
まるで透明の床の上に立っているように大地が透け、その”下”が見える。
広がるのは鉄格子のある石壁の暗い部屋がいくつか。

「ほぉ、すごいな」
「空いている部屋に適当に閉じ込めればいいですか?」
「そうだな、そうしてくれ」

王族を襲撃した者に対してこんなに適当でいいのだろうか、とシリンは思うが、エルグがいいならばいいのだろう。
こういう襲撃が、もしかしたらシリンが思っているよりも日常茶飯事のことかもしれないのだから。

「あるべき距離を越え、我が示す場所へ導け」

先ほどと同じように軽く扇を振る。
ひゅっと音をたてて、風で戒められていた彼らは下に透けて見える空いている部屋へ転移されていた。
同時に透けていた大地がふっと色を取り戻し、元へと戻る。
その様子を、クオンは目を大きく開いたまま驚いて見ていた。

「鮮やかだな、シリン殿」
「いえ」
「配下に欲しいくらいの才能だが…」
「父上」
「分かっている。シリン殿の力を借りる時は、クルスの許可を取るべきだと言いたいんだろう。まぁ、事後でよければ許可は必ず取るさ」
「事後じゃ意味ないだろ!だから、父上は性格悪いんだよ!」

シリンは2人に分からないように小さくため息をする。
もう、ここまでバレてしまったら勝手にしてくれ、と思う。
エルグに口ではどうあっても勝てないのだから。

(にしても、なんかクオン殿下に認められたっぽい?)

先ほどまでシリンに対して随分と否定的だったのに、クオンはクルスの側にシリンがいる事を認めているような口ぶりだ。
クオンに否定されているのが困るわけではないが、認められるのは嬉しいものである。
ただ、この件によってエルグにこき使われるかもしれないオプションもついてきたのは何とも言えない微妙なところだ。


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