WOT -second- 02
シリンとセルドの誕生パーティー。
フィリアリナの屋敷は慌ただしく、普段はのんびり出来るシリンも今日ばかりは朝からバタバタしている。
パーティーは夜だが、午前中はシリンも一緒に準備を手伝い、午後からはドレスと髪形のセットである。
そんなに時間をかけなくても、見た目が変わるわけでもないのに…とは言えないシリン。
シリンを着飾るメイドの皆さんがとてつもなく楽しそうに見えるので、言うに言えないのである。
(馬子にも衣装…とよく言うけど、似合わないよね…私)
薄紅色にクリーム色のアクセントを加えたドレスを着込んだシリンが鏡に映る。
サイドの髪を少しだけ上げて飾りをつける。
薄く化粧もしているが、本当に薄くなので化粧をしたところで化けるはずもない。
思わず大きなため息が出てしまう。
「姫様、良くお似合いですわ」
「ええ、本当に可愛らしいです」
シリンを着飾っていたメイド達は満足そうな笑みを浮かべている。
「本当だ、可愛いよ、シリン」
部屋にいるはずのない声が聞こえてシリンは思わず振り向く。
丁度扉の所に、学院の制服を着たセルドが立っていた。
「兄様…」
「着飾ったシリンは初めて見たけど、やっぱり可愛いよ」
どんな格好をしてもセルドの言葉は変わらないだろうと思うので、そこであえてシリンは否定をしないでおく。
「……兄様は制服なんだね」
学院の制服を着ているセルドを見ながら、シリンはそんなことを呟く。
学院の制服は公式の場で着ても全く違和感のないデザインになっている。
「学院の生徒はこういう場では男子はほとんど制服だよ。女子はドレスだけれどね。王族主催のパーティーなら制服以外のものを着るけど、身内のパーティーなんかはほとんど制服が当り前かな」
「兄様はこういうパーティーは初めてじゃないんだよね」
「そうだね。けれど、慣れるほど経験があるわけじゃないよ」
セルドの落ち着きようを見ると、そうは見えない。
やはり1回でも経験があると違うものなのだろうか。
「大丈夫だよ、シリン。シリンのエスコートは僕がするし、出来る限り僕が傍にいる」
「そんなに過保護にしなくても大丈夫だと思うよ」
「駄目だよ。もし、僕がシリンの傍に居られない時には、ものすごく不本意だけどカイさんが傍にいてくれることになっているから」
正直に盛大に顔を顰めながら言うセルド。
甲斐とセルドはあまり仲が良くないようだが、”傍にいてくれることになっている”という事は、シリンの知らないところで話し合いでもしたのだろうか。
どちらにしても、セルドと甲斐が少しでも仲良くなってくれるのは嬉しいことだ。
「顔が笑ってるよ、シリン。カイさんが傍にいるのが嬉しいの?」
「違うよ、兄様。セルド兄様と甲斐が少しでも仲良くしてくれるのが嬉しいの」
甲斐が傍にいてくれる事が嬉しいのも確かにあるが、それは口に出さないでおく。
「ね、兄様。イディスセラ族はそんなに言われるほど危険な存在じゃないでしょう?」
セルドもクルスも甲斐に対して接する時に”恐怖”という感情は見られない。
それは彼らがそれなりの実力者であるからかもしれないが、それでもシリンは嬉しいと思う。
「そうかもしれないね」
「イディスセラ族だって、私たちと同じだよ」
「シリンのその考え方はすごいよ」
「そうかな?」
「まだカイさんの存在を受け入れる事が出来ない人もいるからね」
(知ってる。甲斐がたまにすごくつらそうな表情をしながら屋敷に帰ってくる時があるから)
甲斐がティッシに滞在するようになって数か月が経つ。
フィリアリナの屋敷の人たちは甲斐の存在に慣れてきたようだが、他はどうだろうか。
「彼らもシリンの考え方を見習ってほしいなって思うよ」
「彼ら?」
「親戚の人たちの事。僕は同世代の人たちしか知らないけど、やっぱりカイさんの存在をあまり良く思っていないみたいでね」
「仕方ないんじゃないかな?やっぱり植えつけられた先入観はそう簡単に消えないだろうし。ちゃんと受け入れている兄様がすごいんだよ」
「最初から全然平気なシリンの方がすごいと思うよ」
シリンが先入観を持たなかったのは、色が違うだけで差別するのがおかしいと感じるだけのはっきりした意識が幼い頃からあっただけだ。
自分は全然特別な存在ではなく、平凡な存在であるとシリンは思っている。
だからこそ、今夜のパーティーに出るのは少し憂鬱だ。
(甲斐のこともそうだけど、何事もなく終わってくれれば何よりかな…)
*
フィリアリナ家にはパーティーを行える大広間が1つある。
普段は埃がたまらないようにメイドたちが掃除をするくらいで、シリンはあまりその部屋に入ったことがない。
だが、今夜はその部屋に大勢の人たちが集まっている。
「今夜は、息子と娘の誕生祝いに集まってくれて、皆に感謝する」
グレンが前に立ち挨拶をしている。
その右隣に母、左隣にセルドとシリン。
大広間にいる人たちの視線がグレンに集まっている。
シリンは隅っこにいる甲斐を見る。
後でグレンが紹介をするのだろうが、甲斐の姿をちらちら見ながら気にしている者もいる。
(にしても、思ったよりもあからさまに嫌な視線を向けられないのが意外)
シリンはセルドと比べると本当に何の才能もない、ただフィリアリナに生まれただけという少女だ。
侮蔑の視線でも向けられるかと思いきや、「ああ、やっぱり…」な納得しているような表情が殆どな気がする。
それはそれでなんとなく、ぐっさりくるのだが仕方がないだろう。
セルドは優秀すぎるというのに、シリンは何の結果も出していないのだから。
「今日は皆、楽しんで欲しい」
乾杯の声が上がり、挨拶は終了のようだ。
セルドとシリンが何をしたかと言えば、簡単に紹介された時に向けられた視線を受け止めて精一杯の笑みを浮かべただけだ。
「シリン、何か飲もうか」
「兄様は挨拶はいいの?」
「今日は僕らというよりも、父上が皆にカイさんを紹介する方がメインだからね」
グレンの方を見れば、甲斐が親戚らしき人たちに紹介されているのが見えた。
ぎこちない笑みを浮かべながら対応している甲斐。
「普通に甲斐に挨拶してるね」
「ここで騒ぎを起こすような非常識な人は招待されていないからね。怖いと思っていてもそれを表に出す事はないと思うよ」
「怖い…って思っているのが普通かな?」
「どうだろう?今のカイさんは法力を封じられている状態だから、それに安心して恐怖なんか感じてない人もいるかもね」
ティッシに来てから甲斐の法力は封じられたままだ。
一度法力封じの腕輪を見せてもらったが、かなり複雑なものだった。
解けなくはないだろうが時間はかかるだろう程のもの。
「甲斐の法力封じって、ずっとはめられたままなのかな?」
「当分は仕方ないだろうね」
「今まで使えていたものが使えなくなるって、きっと不便だよね」
甲斐が普段から法術を使っていたのかどうか分からないが、使えていたものが使えなくなるのは不便だと感じないだろうか。
「不便の一言で終わらせてしまうなんて、セルド様と違って貴方はとても無知なのね」
その呆れたような声は正面から聞こえたものだ。
どこかシリンを馬鹿にするかのような視線を向けている少女が1人。
ふわふわの栗色の髪にミントグリーンの瞳のとても可愛らしい顔立ちの子。
(うわ…、お人形さんみたいに可愛い)
シリンの周囲にはどちらかといえば綺麗な人が多い。
愛理も可愛かったが、この子は愛理とは違う撫でたくなるような可愛さがある。
「ミシェル嬢…」
「セルド様、お誕生日おめでとうございます」
ふわりっとほんの少し頬を染めてセルドに微笑む少女。
その表情からセルドをどう思っているのかが、分かりやす過ぎるほどに分かる。
そんな感情がとても微笑ましいとシリンは思う。
(可愛い子とか綺麗な人とか多いのは分かっているけど、やっぱり好きな人の前にいる女の子ってのはまた別の意味で可愛いよね)
そんな感情を表に出さずに、シリンは優しい眼をミシェルに向ける。
「お祝いの言葉ありがとう。けれど、シリンに対しての言葉は訂正して欲しいな」
「あら、真実を申し上げただけですわ。わたくしだけでなく、おそらく他の方々も心の中では同じような事を思っていらっしゃるのよ」
「ミシェル嬢…」
「今もわたくしにまともな挨拶も返せないではありませんか。名門フィリアリナのご令嬢というのに、挨拶程度もまともに出来ないなんて血を連ねる者として情けなく思いますわ」
セルドがぎゅっと手を握り締めるのが見えた。
ここでセルドがミシェルに対して注意するのは容易い。
だが、それではきっと駄目なのだろう。
シリンはセルドに守られなければ何もできない、とシリンに対しての評価が下がるだけだ。
それが分かるからセルドは何も言えない。
当事者のシリンは、少女…ミシェルの言葉をたいして気にしていなかったりする。
(なかなかはっきり物事を言う子だよね)
シリンはフィリアリナの親類に認められたい訳ではないのだ。
ミシェルがそう思っているのならば、そのまま構う必要もない何の力もない姫君という認識でいて欲しいものだと思っている。
「シリン様、わたくし学院に通う事を許されないほどの法力しか持たない貴女に同情いたしますわ」
「…はあ、ありがとうございます?」
「まあ、貴女らしいお返事ですわね。ですが、もう少し礼儀作法をきちんと学んだ方がよいかと思いますわ。幸い貴女には時間が余るほどおありでしょう?」
それが当り前であるかのような言葉。
ミシェルにとってシリンが自分よりも格下の存在である事は当たり前で、この言葉を悪いとは全く思っていないように感じる。
「そうですね。善処したいと思います」
「善処だけですの?」
「頑張ってもどうにもならない事もあるでしょうから」
(目立とうとは思わないし)
内心の言葉が本音である。
周囲に認めさせようと、シリンが今から頑張れば半数くらいの人が認めるような実力をつける事は可能だろう。
人は努力次第でどうにかなるかもしれない可能性が誰にでもある。
だが、シリンはそんなことは望んでいない。
「ご自分の事を分かっていらっしゃるのね、シリン様。ええ、フィリアリナに生まれた以上、ご自分を正しく評価するのは良いことですわ」
「はい」
「ご自分の立場をわきまえてセルド様のご迷惑にならなければ、わたくし、シリン様とも上手く付き合っていけると思いますわ」
「頑張ります」
シリンはミシェルを不快に思わせないように答えるのみ。
自分よりも精神年齢が年下の可愛らしい少女を、怒らせたり悲しませたりなどしたくはないと思うシリンは多分間違ってはいないだろう。
だが、何も反論しないシリンに、セルドの方がミシェルの言葉に我慢ができなくなったようで、ミシェルの腕を掴みぐいっと引っ張る。
「セルド様?どうなさいました?」
「ミシェル嬢、……場所を変えて話をしよう」
「ええ、喜んで」
セルドに腕を引かれながら、ミシェルは嬉しそうな表情でセルドについていく。
ミシェルの表情は、何を思っているかがとても分かりやすい。
シリンはそれを微笑ましいと思ってしまう。
(あの子の言葉を不快に思わないのは、悪意があまり感じられないからかな?)
シリンの事を軽んじているのは確実だろうが、そこに悪意はあまり感じられない。
だが、ミシェルの言い方だとシリンを良く思わない人は多そうである。
シリンはぐるりっと大広間を見回す。
(一番怖いのは、悪意を綺麗さっぱり隠してしまう人…かな)
シリンはまだ子供だ。
子供相手に本気で嫌味を言ってくる人はいないだろう。
その点はまだ安心できると言えるのか。
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