過ぎ去りし風 中編




リクト公国、カルヴィアト=ネオ=リクト公王に押し切られる形であたしは、リクト公国ととある組織との戦争に巻き込まれることになってしまった。
久しぶりの再会のアメリア、ゼルガディス、そして”これで大丈夫かセイルーン?!”と思った程の驚き、なんとセイルーンの第一王女だというナーガ。
それから、リクト公王であるカルトさんに雇われたという、海神官セフィス。
離反者の始末のためにここにいるというのだが…。
海神官ほどの魔族がでてくるとなるとこの戦争は魔族が絡んでいるということ?

涼しげな顔でそこに立っているセフィス。

「つまり、この戦争は魔族が絡んでいるってこと?」
「そうなりますね」
にっこりと微笑むセフィス。

「離反者の『彼』は、隠れるのだけは上手なようなので、はっきりとした場所は分からないのです。ただ、この戦争に関わっているのは確かなようなのでしっぽを出すまで待っている状況です」
「随分と悠長なのね」
「あまり目立った動きはするなと言われていますので、今魔族はリナさんのおかげで随分不景気なんですよ。変に目立って神々に目をつけられても困りますから…」

セフィスは困ったように、ふぅとため息をつく。
不景気って、あたしの進む道にいる魔族が悪いんでしょうが。

「魔族が関わってるとなれば黙ってられません!!」

いきなり張り切ったように叫ぶアメリア。
だんっとテーブルの上に足を乗せ、拳を握り締める。

「この私がその魔族を見つけ出し、正義の鉄槌を下してやります!!」
「そうですね。アメリア姫の正義で離反者を見つけてください」
「頑張りましょう!セフィスさん」
「はい」

気合の入ったアメリアと、なにやら楽しそうに微笑んでるセフィス。
頑張りましょうって、アメリア。
それ言ってる相手魔族だから、魔族。

「ところで、セフィス。やっぱりその離反者の魔族の目的って?」
「想像ついてると思いますが、力をつけるための『食事』でしょう」
「そいつがこの戦争起こすきっかけつくったかもしれないということか」

ゼルが、吐き捨てるように言う。
人の負の感情を得るために争いを引き起こす魔族。

「まあ、魔族が出てきたときは頼むな、リナ殿」

ぽんっとあたしの肩をたたくカルトさん。

「私にはこのリクト公国を最後まで守りきるという義務はありませんから」

まるでこの国を守る気などまったくないように言うセフィス。
カルトさんはそれが分かっているらしく、何も言わない。

「何で?利用する見返りとしてこの国を守るんじゃないの?」
「いいえ、離反者を見つけ次第、私はそちら優先で動きますので」
「お役所仕事なわけね、ゼロスと一緒か…」

あたしは小声で言ったつもりだった。
「ゼロス?」

そう呟いたセフィスはどこかの黄金竜の巫女を思わせるような雰囲気をしていた。

「あんなのと一緒にしないでください!」
「へ?」

嫌悪感をあらわにする様に叫ぶセフィス。
いや、あんなのって。

「私は、あんなエセ神官とは違います。怪しすぎる笑顔を浮かべて面白おかしく仕事をこなしているような…」

怒りを堪えるかのように言葉をつむぐセフィス。
エセ神官とまでいうか。
まあ、確かにゼロスは怪しい奴だが…。

「もしかして、セフィスさんはゼロスさんのこと嫌いなんですか?」

アメリアが聞く。

「彼を滅ぼすためなら、正の気振りまいてもいいくらいです」

極上の笑顔で微笑むセフィス。
何かその笑顔、怖いんだけど。

「ゼラス様はいい方なんですが、あのエセ神官は…」

過去に嫌なことでもあったんだろうか?
まあ、あたしには関係ないからいいけどね。

「カルトさん、とにかく今の状況を教えてもらえますか?」

あたしはカルトさんに向き直る。
引き受けるとなった以上はやることはやらないと。
カルトさん、あたしが失敗とかしようものなら、姉ちゃん呼んできそうだからな…。

「とりあえず、今はにらみ合いが続いてるってとこだな。詳しい情報はグレイシア姫が知っているから聞いてくれ」

それだけしか、言わないカルトさん。
単に説明するのが面倒なだけじゃないのか?

「ナーガに?」

あたしは思いっきり嫌そうな顔をする。
ナーガに『聞く』なんて…。

「金貨100枚だせば教えてあげてもいいわよ、リナ」

ふんっと偉そうに言うナーガに、あたしはにっこり笑う、

「あんたが今まであたしにたかった食事代全部払ってくれるならそれくらいいいわよ」
「………」

ぴしりと一瞬固まるナーガ。
今までのツケ全部合わせたら、金貨100枚程度じゃぜんぜん足りない。

「ふっ…。しょうがないわね、教えてあげるわ」

一筋の汗を流すナーガ。
ちっ、このまま今までのツケ払ってもらおうと思ってたのに。


リクト公国に戦争を仕掛けようとしている組織はかなり大きな組織らしい。
暗殺、密輸、人魔の研究、禁呪…さまざまなことをやってるらしい。
組織名は『JUSTICE』―― 意味は『正義』
自分たちの行動を正当化したいのだろう。
狙いは、この国の特産品、華宝石(ジュエル・フラワー)でもなく、この国の情報網を潰す事。
裏を生きるものにとって、一国が裏も表もほとんどの情報を持っているというのはかなり目障りらしい。
なんてくだらない理由だろうと思った。
ただ、いきなりだったらしい。
普通戦争を仕掛けるならば、それなりの噂などがあるはずだがそれが殆どなかったという。

「リクト公国の最南端の村がいきなり潰されたらしいのよ。それが始まりの合図だったらしいわね」

真剣に話すナーガに違和感はあるもののとりあえずおとなしく聞くあたし。

「最初は何が起きているのかさっぱり分からなかったんだが…セフィスが『JUSTICE』がこの国を潰そうとしていると言ってきてな」
「それを信じたの?!」

カルトさんの言葉にあたしは信じられないと言う声を上げる。

「原因不明で村が潰され、どこの誰だか知らない魔道士風の女性がとある組織の仕業だといってきてリナ殿は信じるか?」
「信じる訳ないじゃない」

まるで、疑ってくださいとも言わんばかりじゃない。
普通は信じないと思うけど。

「だよな。俺も最初はまったく信じてなかった。だが、情報を集めるうちにセフィスの言うことが本当だという結論しかでてこなかった」

はぁ、とため息をつくカルトさん。

「だから、俺はセフィスに『本当のこと』を話せと言った」
「海神官だってことよく信じたわね」
「ああ、初めて会ったとき人間ではないだろうことは分かっていた。魔族は嘘をつかないだろう?」
「真実を言うわけでもないわよ」
「断片的な情報から真実を見つけることぐらいは今までの経験でできてるつもりだ」

さらりとすごいことを言うカルトさん。
この人は、多分今までいろんなことをのりこえてきたんだ…。
あたしはカルトさんの『強さ』を感じた。

「人間は弱いものだとばかり思っていましたが、世の中にはこのように興味深い人間もいるものなんですね。カルトさんだから私は事情を話して取引をしたんですよ」
「それは光栄だな、とでも言うべきか?」

あたしも魔族に対して油断はしないつもりだけど、にこやかに会話するくらいの度胸もあるけれど…、カルトさんの強さは少し羨ましいと思った。
あたしにこれくらいの『強さ』があったら、ガウリイを守ると言い切れたのだろうか?

「リナさん?」

アメリアの呼びかけにハッとする。

「リナさんやっぱり少し変ですよ?何かあったんですか?」
「別にただちょっと疲れてるだけよ」

ぱたぱたと手を振るあたし。
ふとした拍子にガウリイのことを考えてしまう。

「疲れてるなら休んだ方がいい、いざという時動けないんじゃ困るからな」
「そうね、休ませてもらうわ」

あたしはカルトさんの言葉に甘えて休ませてもらうことにした。
ガウリイは今頃何してるんだろう。
怪我してるんだからちゃんとおとなしくしてるといいんだけど。





太陽の光を思わせるさらさらの金髪は広がり、晴れた空のような青い瞳は閉じられたまま開かれない。
服は元の色など分からないくらい真っ赤に染まっている。
顔色はすでに土気色になっている。
あたしはその側で真っ赤に染まった手を呆然と見ながらしゃがみ込んでいた。

『あなたのせいで死んでしまったんですね、ガウリイさんは…』

後ろからした声。
あたしはゆっくりと振り返る。

『ゼロス…』

自分で言ったという自覚もないままあたしはそう呟いた。

『リナさん、あなたの絶望は素晴らしいご馳走ですね。これが味わえるだけでもガウリイさんを殺す価値がありますね』

魔族らしい笑みを浮かべているゼロス。
絶望?
そんなものじゃない。
あたしは、何のために…!

『リナ、私はあんたをそんなに弱く育てたつもりはないわよ』

いつの間にかゼロスは消え、そこには姉ちゃんが立っていた。
呆れたような、怒っているような顔をして。

『立ちなさい、リナ』

あたしは首を横に振る。
無理だよ、姉ちゃん。
あたしはもう、立ち上がれないよ。

『立って前を向きなさい、リナ!』

姉ちゃんの言葉にぴくりと肩を揺らす。
『力』を込めたような姉ちゃんの声。

『このままだと、本当に手遅れになるわよ。ガウリイさんが本当に死んでもいいの?』

え…?
あたしは驚きでばっと顔を上げる。

『守りたければ側にいなさい』

姉ちゃん?
だって、ガウリイは…。





あたしはゆっくりと目を開ける。
夢?
夢にしては随分現実味があったような。
特に姉ちゃんが出てきたとこなんか…。
窓から差し込む光はまだ弱い。
朝、か…。
朝まで寝ちゃうなんて、あたしそんなに疲れてたのかな。
あたしはマントをはおり外の空気を吸おうと思った。
バルコニーにでて呪文を唱える。

「浮遊(レビテーション)」

そのままゆっくりと地に足をつける。
朝のひんやりとした空気が少し気持ちをすっきりさせる。

「あら、リナ」

あたしの方にゆっくりと歩いてくるナーガとセフィス。

「早いじゃないの」
「ぜんぜん早くないわよ、寝すぎたくらい。あたし昨日まだ日が沈んでない時間に寝たのよ?」
「それだけ、疲れてたってことでしょ。何があったか知らないけど、リナはまだまだね」
「何が”まだまだ”よ?!」
「まだまだ、子供ねってことよ」

そのままいつもの高笑いをするナーガ。
なんか、むかっ。

「炸弾陣(ディルブランド)」

どごうんっ
訳の分からない悲鳴をあげて吹っ飛ぶナーガ。
そのまますこし離れたところのぺちっと落ちる。

「リ、リナちゃん…ひどい…」

ぴくぴくしながらそんなことを言ってたりする。
あたしは悪くない。

「図星を指されたから、ですか?」

セフィスの言葉にあたしは眉を寄せる。

「何のことよ?」
「いいえ、別に。ただ、今のあなたは私が聞いていた”リナ=インバース”とは違うような気がしましたので」
「これがいつものあたしよ」
「そうでしょうか?」
「何が言いたいの?」

あたしはセフィスを睨み付ける。
セフィスは『魔』を感じさせる青い瞳であたしの方をまっすぐ見る。
ぞっとするような、引き込まれるような瞳。

「まるで紅い炎でも纏っている様な強靭な精神。いつも前を向き生命に溢れた強い光を帯びた深紅の瞳。滅びを望むものが殺すのに惜しいとまで思う人間。――それが、私が聞いた『リナ=インバース』ですが?」
「…誰が?」
「獣神官ゼロスに私はそう聞きました。あのエセ神官にそこまでいわせる人間に会うのを少し楽しみにしていたんですが、…期待はずれですね」

ふぅとため息をつくセフィス。
あたしは別に魔族を楽しませるために生きている訳じゃないのよ。

「今のあなたからは、常に負の感情が出ています。悲しみ、後悔…」
「あたしは後悔なんてしてない!!」
「そうですね。大きな後悔はこれからでしょうね」

くすりと笑うセフィス。
これから?

「どういうこと?」
「さあ?」

意味深な笑みを浮かべるセフィス。

「氷の矢(フリーズ・アロー)!!」

呪文の声にあたしはとっさによける。

「おーほっほっほっほっほっ!!よくもやってくれたわね、リナ!!」

高笑いしながら復活したナーガ。

「なんともいいタイミングで復活しましたね、グレイシアさんは」

感心したように言うセフィス。

「セフィス、お願いだからナーガをグレイシアさんと呼ぶのはやめて…」

あたしのなんとも嫌そうな声に驚くセフィス。
あのナーガに『グレイシア』なんて名前絶対合わない!!

「何でですか?」
「…拒否反応起こすから」
「成程。それもそうですね」

にっこりと笑って納得しないでくれ。

「それにしても、アメリアさんもそうですけど、セイルーンの王女というのは体がすごく丈夫なんですね」
「あれはまさに人間の域を超えてるわ」

アメリアも高いところから飛び降りて、着地失敗した上、「ぐきっ」って音しても平気で立ち上がってくるし…。
あたしの故郷にならそれくらいの人いるかもしれないけど…。

「不意打ちなんて卑怯なものね!リナ!」
「別に不意打ちなんてしてないって」
「言い訳とは見苦しいわよ!そんなだから、胸なしなのよ!!」

ぴしっ

ほほぅ。
高笑いをあげているナーガにあたしは早口で呪文を唱える。

「リナさん!駄目です!!その呪文はっ…!!」

焦ったように言うセフィス。
ここがリクト王宮内ということは百も承知。
一応これはアレンジバージョンで、そんな広範囲に被害は出ないと思うから。
初めて使うけどね。

「竜破斬――――――!!」

一瞬、ナーガのぎょっとした表情が見えたが。
ごうんっ
被害範囲をかなり狭める変わりに威力は本来のものより落ちる。
昨日は室内だったし、このアレンジバージョン使うなんて考え思いつかないほど精神的に疲れてたけど。
試すのにちょうどいい機会だったわね。

―― どくんっ

な、に…?

「あれ?」

気のせい?
体の中に何か感じたような気がしたんだけど。

「おお!我ながら上出来!」

普通の家一件分くらいのクレータで済んでて、中心にはちょっぴしこげついたナーガがぴくぴくと。

「上出来、とかじゃありませんよ。リナさん、あなたは…」
「何だ?!今の爆音は?!!」

ゼルとカルトさんが急いで駆け寄ってくるのが見えた。

「お前か、リナ…」

呆れたようにため息をつくゼル。

「これをリナ殿がやったのか?たいしたもんだな。」
「でしょう?竜破斬アレンジバージョン」
「だが、これを元に戻すのには随分金が掛かるだろうな」

そう言って、あたしの方を見てにっこりと微笑むカルトさん。

「う゛…」
「丁度、リナ殿に頼みたいことがあったんだ。引き受けてくれるよな」
「う…」
「王宮の庭にクレーターなんか作ってしまったお詫びに、な」
「分かりました…」

何か、カルトさんの思い通りになってしまってる気がする。
でも、カルトさんの笑顔で凄む時の雰囲気が、姉ちゃんを思い起こす気がする。
姉ちゃんもよく笑顔で「これ、やりなさい」って言ったりしてたからなぁ…。
そういうときに限ってろくな事ないけど…

「悪いが、セフィス。これ、直してくれ」

カルトさんはそう言って、あたしが作ったクレーターを指す。
セフィスは右手をすっと上げる。
クレーター部分が盛り上がり、いや違う。
元の平らな大地に戻り、緑がはえる。
ちょっと、まて…。

「これでかまいませんか?カルトさん。」
「ああ。それじゃあリナ殿、詳しい話は部屋でするか」

何事もなかったかのようなカルトさんとセフィス。
何が「随分金が掛かる」だって?

「諦めろ、リナ」
「ゼル…」
「あれくらい面の皮が厚くなけりゃ、この国の王なんてやってられんからな」
「そーいや、年は随分離れてるようだけど、カルトさんとは幼馴染なんでしょ?ゼルは」
「はははは。あいつのおかげで情報の集め方にはあまり苦労しなかったな」

乾いた笑いをしながら話すゼル。
昔、嫌なことでもあったのか?

「オレにとってあいつは、リナにとっての姉みたいなもんだろうな」
「ね、姉ちゃんのこと、知ってるの…?」
「この体を元に戻すために、赤の竜神の騎士(スィーフィード・ナイト)を探してたら、『ルナ=インバース』という人物に行き当たってな」
「会ったの?」
「いや、会う前にカルトに捕まった」
「そ、そう…」

確かに、姉ちゃんは赤の竜神の騎士だけど、赤の竜神(スィーフィード)の知識を頼るつもりなのか、ゼルは…。
姉ちゃんはそう簡単に力貸してくれるような人じゃないけど。

「それにしても、カルトさんの頼みってなんだろ?」
「あのことだろ」
「知ってるの?ゼル」
「相手の組織の戦力、及び海神官が探してる魔族の場所。情報があまり流れてこないんで、誰か本格的にもぐりこませようってことだろ」
「それをあたしにやれってこと?」
「だろうな。そういう役は、女子供のほうが疑われにくいからな。リナも黙ってれば普通の少女に見えるしな」
「黙ってればってなによ」

あたしはじとりとゼルのほうを見る。

「ま、どうなるか分からんが…」

ゼルがそう呟いたが、あたしは首をかしげることしかできなかった。
とりあえず、ナーガをほっといてあたしは中に入ることにした。
そーいや、ゼルとカルトさん、ナーガの黒こげ見たはずなのに何にも言わなかったなぁ。
ゼルはいつものことだと思ってるのかもしれないけど、カルトさんやっぱ大物なんだな。
やっぱ、あれくらいのこと大した事ないわよね、ナーガだし。





今、分かっているのは、『JUSTICE』は戦争の為に傭兵を集めているらしい。
そして、その中に、鮮血の女神(ブラッド・ゴッデス)がいるという。
――鮮血の女神。
あたしも名前だけは聞いたことがある。
何でも凄腕の傭兵で、まさに戦場の女神だというように彼女の剣の美しさに目を奪われている間に斬り捨てられるとう。
元はエルメキア帝国の騎士だったとか何とか。
彼女を雇えば負けることはないとまで言われている。
5年ほど前からぱったり姿を現さなくなったと聞いていたが…。

「正直言って、参ったという感じだ。まさか鮮血の女神がでてくるとはな。というわけで頼むな、リナ殿」
「あたしに、あちらにもぐりこめというの?」
「この国には魔族に対抗できるような魔道士などいないからな。魔族が出てきた時の対応ができん。剣士ではかなりの魔法剣でも持っていない限り魔族に対抗することはできないしな」

あたしは諦めたように、はぁとため息をつく。
ゼルの言った通り、あたしはあちらの組織にもぐりこむように頼まれた。

「…で?手はずとかは?」
「ああ、リナ殿には魔法医としてあちらに行ってもらう」
「魔法医って言っても、あたしは医学の知識があるわけでもないし、『復活(リザレクション)』使えるわけでもないわよ」

せいぜい、『治療(リカバリイ)』『麗和浄(ディクリアリィ)』くらいしか使えないし。
いくら手回ししても魔法医はちょっと無理なんじゃ…。

「その点は大丈夫だ。『復活』が使えれば、医学の知識なんて実際病人でも見ない限りは必要ないからな。『復活』の方は、頑張ってアメリア姫に教わって一週間以内で覚えてくれ」
「へ?」
「無理なら構わないんだ。無理なら、リナ殿の姉に思わず口が滑って、リナ殿が王宮で『竜破斬』を使ってとんでもない被害が出そうになったと話してしまいそうになるがな」

困ったように言っているカルトさん。
それは脅しと言う。

「分かったわよ!やるわ、やればいいんでしょう!!」
「そうか、悪いな」

悪いなって、あんたが脅したんでしょうが!!
いい根性してるわ、カルトさん。
『復活』か、苦手なのよね。
なんというか回復系ってあたしに合わないみたいだから。





「正義です!正義の心で覚えるんです!リナさん!!」

それで覚えられたら苦労しないって、アメリア。
あたしは魔法の基本的なことは理解できているから、問題はイメージ。
白魔法系はあまり勉強してなかったからな…。
基本は分かるんだけど。

「ですから、リナさん…!」

こんな調子でほんとに一週間で覚えられるんだろうか…。
不安だ。

けれど意外とアメリアは正義だとかの演説さえなければ教えるのが上手らしく、あたしは5日で『復活』を覚えることができた。
でも、こんなに勉強をしたのはすっごく久しぶり。
もう、当分は勉強なんて嫌だ…。

「さすが、リナさんです!」
「あったりまえでしょう。あたしに掛かればこんなもんよ」

そう答えるあたしの声にはあまり元気がなかった。

「でもリナさん、無理しすぎですよ。ここのところほとんど寝てないでしょう?」

寝るとまたあの夢を見そうだからあまりゆっくり寝たくない。
あの夢を見て以来、あたしは浅い眠りしかしてない。

「今日はしっかり寝てくださいね」

にぱっと笑ったアメリアに何か感じるとこがあったが、あたしは疲れであんまり気にしてなかった。

「眠り(スリーピング)」

眠気が襲う。
『眠り』の呪文。

「リナさん。リナさんにはゆっくり休むことが必要なんですよ、おやすみなさい」

覚えてなさいよ。
アメ…リア……。





あたしは夢を見る。
夢…?
違う。
これは夢じゃなくて過去のこと。
ルークとのことが終わり、あたしとガウリイがゼフィーリアに着いた時のこと。

「ガウリイさんはリナのことどう思ってるの?」

食事の席で姉ちゃんがいきなりガウリイに聞いた。
姉ちゃんの表情は真剣そのもので、あたしはガウリイがどう答えるのか期待半分で聞いていた。

「オレは、一生リナの側でリナを守っていくつもりです」
「私は、あなたの気持ちを聞いているのよ、ガウリイさん」

偽りを許さない姉ちゃんの瞳。

「オレはリナが好きです。離したくないし離れたくない。だから一生側にいたい」

ガウリイの言葉にあたしは顔が真っ赤になった。
父ちゃんは食事の手がとまってる。
母ちゃんは平気そうな顔でガウリイとあたしの方を見る。

「それで、リナは?」
「へ?」

あたしはいきなり姉ちゃんにふられ、間抜けな返事しか返せなかった。

「ガウリイさんはああ言ってるけど、あんたの気持ちはどうなのってきいてるのよ。言っとくけど、恥ずかしいからって変な誤魔化しは無しよ」

ね、姉ちゃん。
あたしが曖昧な答え言おうものなら、殺されるかも…。

「あ、あたしは…」

分かってる、自分の気持ちは。
フィブリゾとの戦いで嫌というほど自覚した。
あたしは…。

「あたしは、世界と引き換えにしても、ガウリイを取るわ。だから、えっと、その…」

家族の前で言えるかっ!
でも、言わないと姉ちゃんに殺されそうだし…。

「いいわ、分かった。その先は食事が終わってガウリイさんと二人きりになったときにちゃんと言いなさい」

あたしはこくりと頷いた。

――好きだよ、ガウリイ…。

二人っきりの部屋の中、あたしはガウリイの耳元でそう囁いた。
そのまま、あたしとガウリイは唇を何度も重ね合わせた。
想いを確かめ合うように…。

好きだよ、ガウリイ。

凄腕の剣士で、でも頭の中はくらげかヨーグルトが詰まってるんじゃないかと思うくらいの記憶力だし、人のこと子供扱いするし。
いつの間にか隣にいるのが当たり前になってた。
あたしの気が付かないところで、あたしのことをいつも支えてくれてた。
そんな優しさとかがすごくあったかくて…、すっごく嬉しくて。

ガウリイ。
今、何してるだろ……。





何をするつもりなんだろう。
目が覚めたら、あたしはいきなり神官服のようなものに着替えさせられた。
青紫色の落ち着いた感じの神官服。
比較的動きやすそうではあるけれど。
目の前には大きな鏡。
横にはアメリア。
後ろにはセフィス。
あたしは今、鏡台の前に座っているところ。

「まず、どうするんですか?セフィスさん」
「そうですね、髪を変えましょうか」

楽しそうな声で尋ねるアメリアに、微笑みながら答えるセフィス。
一体、何なのよ。

「ちょ、ちょっと待って。今から何をするつもりなの?」

事情がよく分からないあたしは少し慌てる。
髪を変えるって、何?

「あちらに潜り込むのに、”リナ=インバース”では無理ですからね。”リナ=インバース”はリクト公国についたのですから…。ですからせめて名前と色を変えます」
「色を変えるって?」
「髪の色を変えるんですよ。そうですね、リナさんの髪は癖のある栗色ですから、黒のストレートにしましょうか」

変装みたいなものね。
あたしの容姿知ってる人がいるかもしれないから。
セフィスが虚空より青い櫛を取り出し、それであたしの髪をすく。
その櫛があたしの髪をすくごとに、栗色の髪は黒の流れるような真直ぐな髪になっていく。

「わあ、すごいですね」

それをみてアメリアが感心したような声を出す。

「これは、髪の色素を魔力で根本から変えてるんですよ。ですから髪を洗っても元に戻ることはありません」
「へぇ…」

あたしは自分の髪が変わっていくのを見ていた。
なんか不思議な気分だ。

さらっ

最後のひとすきをして黒く長い髪がさらりとゆれる。
髪を変えるだけでこんなにも雰囲気が変わるものなんだ。
何か、姉ちゃんを思い起こさせるけど…。

「リナさんじゃないみたいです」
「”リナ=インバース”と見られたら困りますからね。あとは瞳の色を変えられればいいんですが…」

少し困ったようにため息をつくセフィス。
確かに、あたしのことをよく知ってる人なら、髪を変えただけじゃあたしだって分かるだろう。

「無理なんですか?」
「普通の人相手にならできますよ、アメリアさん。でも、リナさんは…」
「何で、あたしは無理なの?」
「リナさん、普通じゃありませんからね」
「そうなんですよ」

こら、まて。
しかも、セフィス、何故そこで同意する?!

「まあ、やってみますけど…。リナさん、目を閉じてもらえますか?」
「え…?ああ、いいわよ」

あたしはそのまま、目を閉じる。
セフィスが手をあたしの目の前に近づけるのが分かった。
あたしの瞳に何かの『力』が加わる。

ぱしんっ

なにかを弾くような音がして、あたしははっと目を開けた。
鏡に映ったセフィスを見ると、右手がなくなっていた。

「大丈夫ですか?セフィスさん!」

アメリアが急いで呪文を唱えようとする。

「アメリアさん、私は魔族ですから」
「あ…、そうでしたね」

すっと一瞬で失った右手を再生させるセフィス。
一体、何が…。

「今のは何だったんですか?」

アメリアがあたしの問いを代弁するかのように言った。
あたしは振り返り、セフィスの方を見る。
セフィスは、ふぅと息を吐く。

「リナさんの中には魔王様の欠片があります」

魔王の…欠片…?

「それって、リナさんが魔王ってことですか?!」
「そうではありません。正確には魔王様の『力』の断片とでもいうのでしょうか。あなた方が言う魔王様の7分の1の欠片ではなくて、魔王様の意思を持たない魔王様の『魔力』のみがリナさんの中にあります」
「魔王の、魔力…」
「おそらく、直接の原因は魔血玉(デモン・ブラッド)でしょう。リナさんの瞳には魔王様の魔力が働いています。ですから私程度の力では手が出せないんです」

魔血玉を噛み砕いたとき、魔王の力があたしの中に残ってしまったということ、か。
赤眼の魔王(ルビー・アイ)シャブラニグドゥ。
赤い瞳が魔王の証という訳ではないけれど、『赤』は魔王の色。
あたしの場合、それが瞳だったということ。

「魔王様に体を乗っ取られるというような心配はいりませんよ。こちらとしては残念ですが」
「さっき、『竜破斬』使った時のあの感じ…」
「『竜破斬』は魔王様の力を借りた呪文です。その呪文を使うたび、あなたの中の魔王様の力と反応して繋がりが深くなっていきます。そのうち、リナさんなら自分の意思でその力を使うことが可能になるでしょうね」
「あたしは、魔族みたいになるってこと?」
「いいえ、あくまで人間ですよ、あなたは。ただ、普通の人間とは寿命が少し変わるでしょう」

少し、ほっとする。

「リナさん。やっぱり普通の人間じゃなかったんですね」
「アメリア〜?」

やっぱりって何よ。
そりゃ、人並みな人生送ってるとは思わないけど…。

「とりあえず、気配を少し変えましょう」

セフィスの言葉とともにあたしを何かが包み込む。

「あ、なんかリナさんの雰囲気が変わりました」

あたしには、よく分からないがセフィスは気配を変えたらしい。
ちょっと、違和感あるなぁ。

「リナさん。黒魔法はできれば使わないでくださいね」
「何で?」
「リナさんの中の魔王様の『力』と共鳴して私程度がかけた術では解けてしまいますので。腹心の方々の『力』及び魔王様の『力』を借りた呪文を使えば、確実に元の姿に戻ってしまいますからね」
「神滅斬(ラグナ・ブレード)は?」
「もっての他です」

でしょうね。
最も、魔血玉(デモン・ブラッド)がない今、『神滅斬』を使えるかどうか分からないけど。

「やむをえない時だけにしてくださいね」
「…善処するわ…」

むかつく奴とかいたらふっ飛ばしちゃいそうだけど…。

「頑張って、大人しい神官を演じてくださいね」
「お、大人しい?」
「リナさんには、まったく当てはまらない言葉ですね」
「リナ=インバース・ストラッシュ!!」

めごっ
あたしのとび膝蹴りがアメリアに見事に決まる。

「痛いじゃないですか!リナさん!!」

泣きながら訴えるアメリア。
痛いですむあんたが不思議よ、アメリア。

「リナさん、それも禁止です」

はぁ〜、と深いため息をつくセフィス。

「大丈夫よ。技の名前叫びながら蹴りいれるようなことしないから」
「そういう問題じゃないです。いいですか、リナさん。くれぐれも目立つ行動は控えてくださいね」

セフィスってほんとに魔族?
すっごく、人間っぽい。
どっかのゼロスよかよっぽど人間してるわよ。





今のあたしは”ミリーナ=サンバース”。
名前なんて考えられないから、似たような名前にした。
”ミリーナ”という名は、あたしにとって忘れられない仲間の名前。
”サンバース”という姓は、昔、あたしと似た名前の子と会った時のその子の名前。
まったく知らない名前よりも聞いたことのある方がいいだろうと思ったから。

『JUSTICE』に潜入して三日目。
怪しまれることは今のところ、全くなかった。
あたしが今いるところは地下。
この組織は地下にそれはもう立派な拠点を造ってた。
ここに入る時、2−3質問をされたが、適当に答えたところすんなり入れてくれた。
どうやら、スパイかどうか調べる簡単な質問だったらしい。
とにかく、ストレスがたまるっ!!
一応、にこにこ顔で大人しい神官を演じているのだが…、こういう時こそ、盗賊いぢめがしたい。
しかも、あたしは新入りだから中枢部にはまだ入れないし。
忍び込めれば早いんだけどね。

「ミリーナさん」
「はい」

呼ばれて、にっこりとした笑顔を反射的に返す。

「厨房のほう手伝ってくれるかしら?」
「分かりました」

笑顔のまま厨房の方に向かう。
あたしは魔法医としてきたのよ。
なのに、何で厨房の手伝いとか、傭兵達の部屋の掃除とかしなきゃならないのよ!
雑用係じゃないのよ!!
あたしはストレスを発散するようにものすごい勢いで包丁を扱う。

「ミリーナさんって、料理上手なのね」

同じ厨房にいた少女があたしに声を掛ける。

「あの?あたしのこと知ってるんですか?」
「あら、貴女、結構話題になってるわよ。貴女が来てからここでの料理食べるのが楽しみになったって言う人たちが多いみたいだから」

ああああ!!目立ってる?!
でも、ここの食事あまりにもまずくて食べられなかったから、初日に自分で作ってたら、他の人たちも来たから勧めたんだけど…、どうやらそれが高評だったらしく、あたしは今、厨房係と成り果てている。
料理は姉ちゃんに死ぬほど鍛えられたからね。

「今日の料理の味付けも頼むわよ」

その言葉にあたしは引きつった笑いしか浮かべられなかった。
まだ、三日目なのに、目立たずに行動するなんて無理かも。

「すまんが、こちらに魔法医はいないか?」

厨房の入り口の方からの声。
かるくウェーブを描いた長い金髪に透き通るようなエメラルドグリーンの瞳。
見た目20前後の綺麗な女性がいた。
この格好は傭兵?
彼女の言葉に厨房の人間の視線があたしに集まる。

「あなたは魔法医か?」

彼女はあたしの方を見て尋ねる。

「あ、はい」
「すまんが、一緒に来てもらえるか?」
「え?あの、でも…ここ…」
「ミリーナさん、ここは構わず行ってください」

先ほどの少女がぎこちない笑みを浮かべていた。
怯えてる?
かすかにだけど、ここにいる人達は彼女に怯えを抱いている。

「来てもらえるか?ミリーナ殿」

あたしが皆の反応に疑問を抱いたのが分かったのか、苦笑したように言う彼女。

「どちらに行けばいいんですか?」
「あ、ああ。ついてきてくれ」

あたしはそのまま彼女についていく。
何だろ?
彼女に怯えるような理由でもあるんだろうか?
女性にしては長身で、腰に下げた剣はかなり使い込んでいるだろうことが分かる。
あたしは、前を歩く彼女に何故か親しみを感じる。
…ああ、そうか。
この人、ガウリイに似てるんだ。
まとう雰囲気がとても似てる。

「そういえば、まだ名乗ってなかったな。それにミリーナ殿はここに来たばかりなのだな。私のことを知らないらしいから」

ってことは、ここでは結構有名な人?

「私の名はレイリィ。世間では鮮血の女神などと呼ばれているがな」

あたしは、彼女――レイリィさんの言葉に驚きで目を開く。
この人が、あの…?
って、ちょっと、待て。
レイリィさん、どう見ても20前後なんだけど…、確か、鮮血の女神は15年くらい前から名が知れ渡るようになっていたはず。
年齢がどうみても合わない。

「ず、随分お若くみえますけど…」
「ああ、私はハーフエルフだからな。こう見えてももう50過ぎてるぞ」
「ごじゅ…?!」

全然、見えない。
ハーフエルフといわれればその姿も分かる気がするが。

「それで、魔法医が必要ということは誰か怪我人でも?」
「ちょっと、剣の稽古をしていたら相手にざっくりとな」

ざっくりって、稽古で相手に怪我負わせるようなことしていいのだろうか?

「大丈夫だ。あいつは最近少しボーっとしてたようだから、いい薬だろう」
「え…?」
「顔に書いてある。稽古で怪我させてもいいのかって」

あ、あたしそんな表情に出てた?!

「ミリーナ殿は素直なんだな」

素直…。
そう言われたの初めてかもしれない。
あたしは自分のこと結構意地っ張りだと思ってたし。

「あれ?あたし、名前言いましたっけ?」
「さっき、一緒に厨房の方にいた子が名前言ってただろう。それにミリーナ殿の夜の料理事件は有名だからな」

こんなとこまで知れ渡ってる。
しかも、夜の料理事件って…。
やっぱ、あたしに”こっそり”は無理かもしれない。

「今度、ピーマン料理でも作ってくれ」
「ピーマン好きなんですか?」
「いや、怪我したあいつが嫌いなものでな。嫌がらせだ」

そう言って、にこっと笑ったレイリィさん。
ピーマンか…、ガウリイも食事のときピーマンだけはよけて食べてたっけ。





少しひらけた所に出る。
ここは剣の稽古場みたいなところかな?
雇われた傭兵らしき人たちが思い思いに剣を交えている。
あたしも剣は使える。
ゼフィーリアに戻った時、姉ちゃんに少し稽古をつけてもらったし、そこそこは使える方だと思う。
けど、ゼルと比べてもあたしはまだ弱いという程度のものではあるが、どこかの偉そうな名前だけの騎士団より強いという自覚はある。

「ミリーナ殿、こっちだ」

あたしはそのままレイリィさんの後をついていく。
向かう先には一人の傭兵がしゃがみこんでいた。
肩には無造作にまいた血が滲んでいる包帯。
長い金髪。
そして…。

まさか……

「ミリーナ殿、こいつの肩の傷を頼む」

レイリィさんが彼に視線を向けてそう言った。
レイリィさんの言葉に反応したのかゆっくりと顔を上げる彼。

青い瞳は突き刺すような冷たさのみを感じさせ、その顔の表情は全く感じられない。

ガウ…リイ…

一瞬あたしは何も考えられなかった。
ガウリイに会えた喜びとかそんなものは全くなかった。
ただ、ガウリイの変わりように愕然とした。
あたしはこんなガウリイ、知らない。

「ミリーナ殿?」

レイリィさんの、いぶかしむような声に我に返る。
今のあたしは”リナ=インバース”じゃない。
黒い髪、しかも気配は変えてあるからガウリイでもあたしのことは分からない…はずだ。

「今から、呪文唱えますね」

あたしの声に少し表情を変えるガウリイ。

「どうした?ガウリイ」
「いや、別に…」

ふいっと顔を背けるガウリイ。
ガウリイ、あの時の傷はもういいんだろうか?

「ミリーナ殿、悪いが肩だけでなくて胸の方も頼む」
「他に怪我が?」
「こいつ、私と再会したとき胸の傷が開いたまま倒れててな。大怪我なのに無理してどこか行こうとしてたらしいんだ」

再会?
ガウリイとレイリィさんは以前からの知り合い、なんだ。
胸の傷…、あたしを庇った時の傷。

「これくらいたいしたことない。ほっとけば直る」

ほっとけば、直る?
ばしんっ!!

「っ……!!何をする?!」

あたしはガウリイの怪我していた方の肩を思いっきり叩いた。

「あんた仕事を引き受けた傭兵でしょう?いつ戦闘に入ってもいいように常に体調は万全にしておくのが当然でしょうが?!!それが雇い主に対する礼儀だってものだと、あたしは思うけど?」

生きてることがどうでもいいようなこと言わないで。
あたしはガウリイに生きててほしいんだから…!

「確かにミリーナ殿の言うとおりだな」

少しばつの悪そうな顔をするガウリイ。
あたしはそのまま静かに呪文を唱えだす。

「聖なる癒しの御手よ、母なる大地の息吹よ、願わくば我が前に横たわりしこの者をその大いなる慈悲にて救い給え…復活(リザレクション)」

白い癒しの光がガウリイの傷を包み込む。
ふぅ。
あたしは息を吐く。
覚えたばかりの呪文を使うのって、結構緊張するわ。

どくんっ

体の中に『何か』を感じた。
あの時、『竜破斬』を使ったときと同じ?
でも、今使ったのって精霊魔法なのに…。
セフィスが思っていたのより、魔王の『力』はあたしの中に溶け込んでいるのだろうか?

「ミリーナ殿…は、人間だよな?」
「え?」

レイリィさんとガウリイが警戒するような顔であたしの方を見ていた。

「ミリーナ殿から『魔』の気配が少し感じられる。残り香程度のものだが…」

そういえばセフィスが、あたしの気配と髪を変えているのはセフィスの魔力を使ったものだから、敏感な人は『魔』の気配を感じ取ることもあると言ってたな。
それと、あたしの中の『力』と共鳴して魔族のような気配になることもあるって…。

「あたしは人間ですよ」
「…そうか、変なこと言って悪かったな。ここのところ魔族らしき気配を感じることがあったのでな」
「魔族の気配?」

ということは、ここに魔族が忍び込んでいるということ?
これは、思わぬところから情報が…。

「お前さん、ミリーナっていうのか?」

いきなりガウリイがあたしに話しかけてきた。
表情が、あたしの知ってるガウリイに少し戻ってきてる気がする。

「はい。ミリーナ=サンバースといいます」

あたしは軽く会釈をする。

「ミリーナ=サンバース?」

あ、怪しまれたかな?
あたしは、引き受けた以上、この仕事はきちんとこなすつもりだ。
それに、今は”リナ=インバース”じゃないから…。
魔族に狙われる”あたし”じゃないから、少しだけガウリイの側にいてもいいかな…。
”リナ=インバース”じゃ側にいられないから。
気づかないで…、ガウリイ。

「ちょっと前まで一緒にいた仲間の名前と同じだな」
「よく…」

よく覚えてたわね、ガウリイなのに…。
そう言いそうになった。

「よく?よく…何だ?ミリーナ殿?」
「あ、いえ。よくある名前ですから」
「そうか?ミリーナ殿の出身地では多い名前なのか?」

レイリィさんが聞いてくる。

「そうですね。そ、それじゃあ、あたしはこれで…。まだ厨房の手伝いがありますので」

ボロがでないうちにさっさと退散しよう。
一応、ここではあたしは敵なんだから。
…敵。
そうか、ガウリイとは敵同士なんだ…。
それでも、ガウリイに会えて嬉しいと思う自分がいる。

「ところで、ミリーナ殿の出身地はどこなんだ?」

その場を去ろうとしたあたしに不意に質問してくるレイリィさん。

「ゼフィーリアですけど?」

あたしは反射的に本当のことをいってしまった。

「そうか、ゼフィーリアは葡萄の産地だよな。ワインがうまい」
「そうですね」

あたしはそのまま軽く会釈してその場を去る。
その問いの意味も、ガウリイがあたしをじっと見つめていたことも知らずに…。