一緒にいよう7




一緒にいよう 7






強い力に引きずられるようにして、意識が遠のいていたみたい。
いつ気を失ったのかわからないけど、ゆっくりと目を開けてみればそこは少しだけ見慣れた天井。
それから、すぐ側にヴォルデモートさんの顔。
心配そうだった表情が安心したものに変わるのを見て、ちょっと嬉しくなった。

「ヴォルデモート…さん」
…」

すごく申し訳なさそうな顔のヴォルデモートさん。
私を魔力で吹き飛ばしてしまったことを後悔しているんだと思う。
そのせいできっと私は過去に飛んでしまったから。

「心配かけて、ごめんね」

私はヴォルデモートさんの頬に右手を伸ばす。
顔色が良くないよ。
ずっと心配してくれてたの?
過去から呼び戻す為にどれくらい大変なことしたの?

が消えて……足元が崩れるほどの恐怖に襲われた」
「怖かったの?」
「ああ…、また、あの虚無感を味わって生きなければならないかと…」

また?
またって、それってもしかして1度目は…。
ううん、それは後でいい。
それよりもね、ヴォルデモートさん。

「その怖いって気持ち、誰かを失って怖いって気持ちは誰でも持っているんだよ、ヴォルデモートさん」
…?」
「ヴォルデモートさんや、ナルシッサさんやルシウスさん、他の闇の魔法使いの人たちがやっていることって、他の人にその怖い気持ちを持たせている事なんだよ?」

誰かを大切だって思うことが出来るなら分かるはずなんだよ。
死というものでその人の人生を終わらせてしまうことは、その人の未来だけでなく周りの人に”恐怖”というものを多く与えてしまう事。

「怖いのは誰だって嫌なの、そんな気持ちを沢山生み出しちゃ駄目なの」
「そう…だが…」
「ヴォルデモートさんが今一番やりたい事は何?マグルを殺したいの?マグル出身の魔法使いを全て殺したいの?」

気づいて。
死を与える事では何も解決しないって。
話し合いで全てが解決するだなんて私も思ってない。
でも、話し合いなしでは何も始まらないんだよ。
何かを成そうとするのに、分かり合う機会も与えないのはそれは逃げているだけなんだよ。

「私は……、ずっと側に……」

ヴォルデモートさんは、頬に触れてた私の右手を握る。
優しく包み込むように…。
その暖かさはリドルと同じ。

「変わらないぬくもりが欲しかった。だが、人の気持ちは移り変わる」
「うん、そうかもしれない」

人が持つ気持ちは変わり続ける。
ずっと同じ気持ちのままはない。

「私はヴォルデモートさんが好きだよ。明日はもっと好き、あさってはもっと好き、1年経てばきっと、もっともっと好きになる。変わる気持ちって、必ず悪い方向に変わるわけじゃないよ」

ヴォルデモートさんが驚いたような表情をした。
もしかして、そんなこと全然思いもしなかったのかな。
初めて気づいたって感じ。

「そうやって好きを大きくしていきたいって思う人はいっぱいいるの。誰だって憎しみよりも好きだって気持ちをたくさん持ちたい。だから、嫌いとか憎いとか悲しいとかって気持ちを、分かってて生み出しちゃ駄目」

魔法界の浄化を望んでいてもいい。
マグル出身の魔法使いを追い出そうとしてもいい。
でも、お願いだから間違った方法でやらないで。

「私は、決して今を望んでいたわけではない」

ヴォルデモートさんは紅い目を閉じる。

「最初は力を求めた。闇の力を求め、手を出してはいけないものまで手をだそうとして…。闇に染まり、邪魔をするものは容赦をせず消してきた」

思い出すかのように語るヴォルデモートさん。
それはきっとリドルが歩んできた道。
リドルからヴォルデモートさんになるまでの歴史。

「様々な闇の魔法使いから言われ、力を求める為には魔法界の浄化が必要だと感じるようになった。マグルの血が力を手に入れる為に邪魔しているのだと…」

純血主義の人たちは、マグル出身をさげすんでいるみたいだから。
そういう人たちと長い間一緒にいたら、そう考えてしまうかもしれない。

「どうして、力を求めたの?」

何をする為に?
何の為に?
ヴォルデモートさんはふっと目を開いて優しそうに笑う。

に会う為に」

その瞳がリドルと重なった。
最後、別れのときにリドルが言った言葉。


「『にまた会う時までに偉大な魔法使いになるよ。』?」


私の言葉にヴォルデモートさんが目を開いて驚く。
ヴォルデモートさんが力を求めた理由。
それが分かって、嬉しくて悲しくて…。
私のために力を求めた。
私のせいで力を求めた。

「忘れてない…っ!私覚えているから…リドル!」

どうして、私はヴォルデモートさんと会った時にすぐに聞かなかったんだろう。
どうしてリドルともっとちゃんと話しておかなかったんだろう。

「……っ…!」

ヴォルデモートさんが覆いかぶさるように抱きしめてくる。
私もヴォルデモートさんを抱きしめるように、ヴォルデモートさんの背中に手をまわした。
私の腕の中に納まってしまうような少年の体じゃない。
広くて大きくて暖かい。
それでも、優しさは一緒。

ごめんね、ごめんね。
ずっと気がつかなくてごめんね。
それから、ありがとう。




それから暫くそのまま、私はヴォルデモートさんのぬくもりを感じていて、ヴォルデモートさんは私を抱きしめたままだった。
気持ちが落ち着いてきて、今の状況に改めて気づく。
なんか、今更、どきどきしてきたよ。

「あの、ヴォルデモートさん?」
「なんだ?

私の顔はヴォルデモートさんの胸あたりにあるから、ヴォルデモートさんの顔が見えない。
でも、嬉しそうなのが声でなんとなく分かる。

「あの時壊れた砂時計はタイムターナーだったの?」

説明しないと駄目なんだと思う。
一番最初にヴォルデモートさんに呼ばれた私は、ヴォルデモートさんのことを何も知らなかった。

「ああ、そうだ。と言っても、闇の魔法で多少威力が増したものだったがな…。、どこに飛ばされていたんだ?随分遠かったが…」
「うん、それを言わなきゃって思って」

この体勢のままで話さなきゃ駄目なのかな。
もぞもぞっと動くけれども、ヴォルデモートさんは離そうとしない。
なんかすごく恥ずかしいんだけど。

「実はね、私、さっきまでリドルに会ってたの」

ヴォルデモートさんの過去。
リドルに会ったことで分かったことがある。
ヴォルデモートさんが何で、私が異世界から来たことを知っていたか。
だって、私が自分からリドルに話していたんだもん。

…それはつまり…」
「うん、だから、リドルに会っていたのはさっきなの」
「は……そうか」

ぎゅっとヴォルデモートさんの腕の力が強くなる。
何を一人で納得してるのかな?

「ヴォルデモートさん?」
「いや……、成り代わろうとしたのが自分自身だったとはな」
「え?」
「なんでもない、気にするな」

気にするなって言われても気になるよ。
あ、リドルの時私がヴォルデモートさんに呼ばれたって気づいてなかった事かな。
そう言えば私、リドルにはヴォルデモートさんの名前出さなかったし。

「ヴォルデモートさん、話は変わるんだけど…」
の言いたい事は検討がつく。ゴドリックの谷へ行くかどうかの事だろう」
「うん、そうなの」

あの時言い合いになった原因の事。
考え変わったかな、ヴォルデモートさん。

「今はもう、魔法界の浄化もマグル共もどうでもいいんだが…、奴等が納得して引くか、それに予言も気になる」

そっか…、もうヴォルデモートさん一人の問題じゃないところまで来てるんだよね。
死喰い人達がいる。
でも、ハリーポッターの世界ではヴォルデモート卿一人が倒された事で、闇の魔法使いの勢いはぱったりと消えたように描かれていたよね。

「ね、ヴォルデモートさん」
「ん、なんだ?」
「予言っていうのは、可能性のひとつであって絶対じゃないと私は思うの。だから、大丈夫だよ」

ヴォルデモートさんが今は赤ん坊であるハリーに倒されてしまうかもしれないという予言。
定まった未来はないはずなんだよ。
だから、その予言は来るべき未来じゃなくて、来るかもしれない未来なだけ。

「だからね」

予言なんて当たらない。
私がそんな予言当てさせないよ。
だから…。


「一緒に逃げちゃおう」


ヴォルデモートさんの袖をぎゅっとひっぱって、私は顔を上に向けた。
ぱちっとヴォルデモートさんの紅い目と合う。

全部背負う必要なんてないよ。
自分が始めたことだからって、最後までやらきゃならないわけじゃないよ。
途中で放り出すのはやっぱり良くない事なんだと思うけど、たまには逃げてもいいと思うよ。
だから、全部放り出して逃げちゃおう。

ヴォルデモートさんは一瞬驚いたようだったけれども、ふっと笑みを浮かべた。

「そうだな、一緒に逃げるか」

そうと決まればとばかりに、ヴォルデモートさんは私を抱えたまま起き上がる。
あっさり同意したのがちょっとびっくり。
もうちょっと考えるかと思っていた。
でも、それだけ魔法界の浄化に未練がないんだと思うと嬉しい。

「杖だけあれば十分だろう」
「他はいいの?」
「ああ、がいてくれれば」

そう言って微笑んだヴォルデモートさんの表情は、初めて見たときとは違って優しいものと嬉しいものが混ざったもの。

一緒にいようって約束したよね。
だから、一緒に逃げよう。
闇に囚われず、何にも囚われずに。
ずっとずっと一緒にいようね。




屋敷から何度か姿現しを使って、遠くまで逃げた。
闇の魔法使いのトップに立つ人がまさか逃げるなんて誰も思わないよね。
追いかけられるんじゃないかとか、闇祓いに見つかるんじゃないかとか思ったけど、そんなことはなかったし、なんだか楽しかった気がする。

風の噂で闇の魔法使い達の勢いが一気に衰えたって言うのを聞いた。
それを聞いたヴォルデモートさんは、自分には全く関係ないことのように平然と聞き流していた。
これはこれでよかったのかな?

一人じゃないから。
ヴォルデモートさんが一緒にいる。
私がヴォルデモートさんと会って、リドルと会って。
私の命は、あの時病院で終わったはずだったけれども、見つけてくれたヴォルデモートさんにありがとうって言いたい。
たくさんたくさん言いたい。

黒髪の綺麗な赤い瞳の魔法使い。
サラザール・スリザリンの末裔。
魔法界で誰もが恐れる名前を名乗る偉大なる闇の帝王に……。


ありがとう。