一緒にいよう6




一緒にいよう 6






リドルの部屋は広いとは言えない部屋だったけれども、それ以上に気になったのが部屋に置いてあるもの。
ベッドがひとつ、棚がひとつ。
あとは大きなケース。
これ、ハリーポッターの映画のDVDで見たことがある。
ハリーが教科書とか服とかホグワーツに行くときにつめていったケースと同じようなものだ。

「ルーモス、光よ」

リドルが杖を取り出して呪文を唱えると、部屋の中にひとつの光の玉が浮かぶ。
光の玉は上空にふわふわっと浮いてそのままそこにぴたっと止まった。
薄暗かった部屋の中が明るくなる。

「何もない部屋だけど、とりあえずそこのベッドにでも座って」
「うん、ありがとう」

ベッドに上に座るけれども、このベッドが心地よいものじゃないことがそれで分かる。
決して恵まれた環境じゃない。
それからさっきのことも。

「それで、はどこから来たの?」

リドルは私の隣に座らないで、教科書をつめてあるケースに座った。
どこから…?
私はどう話していいものなのか迷う。
ここに来る前はヴォルデモートさんの屋敷にいたけれども、元々はここの世界にいたわけじゃないから。
必要な事だけ言えばいいんだろうけど、リドルはヴォルデモートさんだからあまり嘘はつきたくない。

「もしかして、自分がどこから来たのかもわからないとか言わないよね?」
「ううん、そういう訳じゃないんだけど…どこから話せばいいかな…」
「最初からでいいよ。少しくらい長くなっても時間は沢山あるしね」

リドルはヴォルデモートさんと同じ優しい目でそう言ってくれた。
違うけれどもやっぱり同じ。
だから私は最初から話した。
病院で私が死んでしまってからのことを…。


私は説明が上手くない。
それはわかっているけれども、なるべく分かりやすい言葉を選んで話した。
リドルは随分と頭がいいみたいで、一を話して十を知る?みたいな感じ。
分からないって思ったことは質問して聞いてくれたりして、時間は掛かったけれども事情はちゃんと伝わったみたい。

「それじゃあ、は別の世界の住人で、そこで死んでしまったけれども意識だけこっちに来たってことだね」
「うん、そう。この体は、私を呼んだ魔法使いの人がつくってくれたものなの」
「創った…?それじゃあ、人体を魔法で構成させたってことなのかな?を呼んだ魔法使いっていうのは随分と優秀なんだね」
「うん、とってもすごい魔法使いなの。そして、とっても優しいの」

話したのは、私が異世界から来た事、この世界に呼ばれたこと。
私を呼んだのがヴォルデモートさんだってのは言わなかった。
未来の貴方が私を呼んだんだよ。
そう言っても多分実感ないだろうし、今のリドルには分からないだろうから。

はその魔法使いの事、大切なんだね」
「うん、大切だよ。あの人がいつも幸せであればいいって思うの。それくらい大切」
「そう…」

少しだけリドルが寂しそうに見えた。
私はヴォルデモートさんがとっても大切で幸せになってほしいって思う。
でもね、リドルが寂しい顔するのは嫌だと思うんだよ。

「それで、どうして森の中にいたの?姿現しでも失敗したの?」
「ううん、違うと思う。私、まだ姿現しなんて使えないし…」

姿現しはとても高度な魔法で、空間を移動する魔法みたいなもの。
そんな高度な魔法、魔法を覚え始めて1ヶ月も経たない私が使えるはずがない。
それにここは過去だから…。
あの森にどうしていたのか私自身もあまりよく分からない。

「それじゃ、あの森で目を覚ます前はどういう状況だった?もしかしたら何か魔法のかかったものが原因かもしれないよ」

リドルが原因を突き止めるように聞いてくる。
やっぱりリドルは冷静で頭がいい。
私は森で目が覚める前のことを思い出す。
ヴォルデモートさんと言い合いをしちゃって、ヴォルデモートさんの魔力で吹き飛ばされた。
そして、ぱりんっと何かが割れた音と砂時計。

「そう言えば、砂時計みたいなのが割れて…」
「砂時計?」
「うん、棚の上にあったものなんだけど、それがちょっと揺らして落ちちゃったみたいで…」
「じゃあ、多分それだね」

それって、割れた砂時計のこと?
砂時計が魔法の掛かっていたものだったとして…。
砂時計、砂時計…砂時計で魔法の道具といえば……。
あ、タイムターナー?

「そうみたい」

映画で見たタイムターナーはペンダント式でそんな大きなものじゃなかったけど、もしかしたら別の形のものがあるかもしれないし、オリジナルのものかもしれない。
時間を越えてしまった原因はやっぱりそれなんだろうな。

「でも、それじゃあどうやって帰れば…」
「大丈夫だよ、来れたんだから帰る方法も絶対にあるよ。僕も一緒に探すから」

タイムターナーが割れてこの時代に来てしまったってことは、きっと事故みたいなものなんじゃないかな。
戻る方法なんて本当に雲をつかむような感じなんだと思うの。
でも、リドルは一緒に探してくれるって言った。
私は嬉しくなった。
やっぱり、リドルはヴォルデモートさんと一緒でとっても優しいよ。

「どうして、そこまでしてくれるの?」

リドルとは初対面。
こんなに親切してくれるようなことを私はしてない。

「だって、怒ってくれたよね?」
「え…?」
「さっき、僕が化け物って言われたの怒ってくれたよね?」

それが嬉しかったから…ってリドルは笑う。
それって、誰も怒る人がいなかったってこと?
間違った事を言っているのに、誰もそれが違うって言ってくれなかったの。
そんなの寂しいよ。

私は、そんな環境にいるリドルが悲しくて…立ち上がってリドルのところまで行って、リドルを抱きしめた。
私よりも少しだけ小さい体。
私よりも年下の子供。

…?」

リドルの不思議そうな声が聞こえる。
その声にリドルに会えてよかったって思った。
過去だけれども、リドルに会えて、リドルが見つけれてくれてよかった。

「ありがとう」
何言ってるの?お礼を言うのは僕の方だよ」
「ううん、そんなことない」

ありがとうって言いたかったの。
私を見つけてくれてありがとうって。
リドルに会えてよかったから、ありがとうなの。

「だって、私、少しでもリドルの側で役に立てたってことだよね?」

役に立てたってことはすごく嬉しい事。
認めてもらったみたいだから。
一人のときに見つけてくれる。
私を一人にしないでくれる。
だから、ありがとうなの。




孤児院には沢山の子供達がいた。
その中で魔法学校に通っているのはリドルだけで、リドルは孤立しているような感じだった。
なんて言うのかな…、皆リドルに近づかないし、リドルもそれで構わないって思っているみたいなの。
今はイースター休暇中で孤児院に戻ってきているリドル。
孤児院の院長さんたちがしばらくいない、って言ってもずっといないわけじゃない。
期間は1週間くらい。
それまでに私は帰る方法を見つけるか、どこか別に住む場所を探さなくちゃならない。
そう思っていたんだけど…。

「大丈夫だよ。もし、帰る方法が見つからなかったら一緒にホグワーツに行けばいい」
「でも、私、ホグワーツの生徒じゃないよ?」
「それくらい分かってるよ。でも、魔法が使える子をマグル界に放置できないお人よしがホグワーツにはいるからね。きっとどうにかしてもらえるよ」

リドルは自信満々にそう言ったけど、それって誰のことだろ。

が側にいてくれるなら、僕ががいる場所をつくるよ。だから大丈夫」

リドルの言葉に私は頬が赤くなるのが分かった。
だって、だって…リドルってやっぱりヴォルデモートさんになるだけあって、すごく可愛いっていうか、格好いいって言うか。
本当にそう思っているって分かっている上で、そういう言葉を聞くと恥ずかしくて嬉しくなるんだよ。

「一緒にいようよ、

リドルは私の隣に座って、私の肩に頭を預けてくる。

「うん、一緒にいようね、リドル」

私はリドルの手を握った。
私とそう大きさが変わらない手。
暖かい手。

リドルと私は何をするでもなく、部屋で一緒にくっついていたり、話していたりした。
部屋にばかりいるとやっぱり他の子供達がうるさい時があるから、森にでかけて木の実をとったり、近くにあった小さな泉で遊んだり。
本当になんでもない日常。
事故で来てしまったこの過去で、こうやって過ごすのも悪くないんじゃないかな、って思った。







そう、思っていたんだけど…聞こえてきたの。
ヴォルデモートさんの声。

?どうしたの?」

森の中、小さな日溜りの中で、私とリドルは日向ぼっこをしていた。
見上げると木々の葉っぱと、その隙間から見える青い空。
空を見ていたら聞こえたから、私は上半身を起こしていた。

「なんでも…ないよ?」



…!



ほんのかすかな小さな声だけれども、それは聞こえる。
私が病院で死ぬ直前に聞いた声と同じ声。
ヴォルデモートさんの私を呼ぶ声。
でも、リドルの不安そうな顔を見ると声が聞こえたなんて言えない。


―どこにいるんだ?!…!


小さな小さな必死な声。
闇の帝王で、魔法界で恐れられていて、ポッター親子を襲う人。
死喰い人を従える闇の魔法使いの頂点に立つ人。
でも、私にはとっても優しい人。
癒されたいって思っている人。

「呼ばれたんだね」

リドルの固い声にはっとなる。
悲しいのか寂しいのか怒っているのか、よく分からない目でリドルは私を真っ直ぐ見ていた。

をこの世界に呼んだ人が呼んでいるんでしょ?」

私はなんでもないって言ってたのに、どうして分かるんだろう。

は帰るんだね」

リドルは淡々とした言い方をする。
感情をわざと込めないような感じ。
でも、それがなんだか悲しく聞こえる。

「でも、私は…」
「一緒にいよう、

リドルが私の両手を包み込むようにぎゅっと握る。
私の手を全て包み込むほど大きくないけれども、暖かくて優しい手。

「必ず迎えに行くから…一緒にいよう」
「リドル…?」
「未来で一緒にいよう?」

リドルはきっと感情を押し込めているつもりなのかもしれない。
それでも目はとっても正直なんじゃないかって思う。
悲しい目、寂しい目。
でも、何かを決めた決意の瞳。

「リドル…なんで未来って…」

リドルに言ったのは砂時計が割れて、そのせいでここに”移動”してしまった事。
過去に来てしまったなんて一度も言ってない。

「”砂時計”が何をするための魔法のアイテムか少し考えれば分かるよ」
「でも、それだけじゃ過去か未来か…」
「それは勘、かな?合っているよね?」

私は頷く。
私はリドルのいるところよりも未来から移動してきた。

「リドルが生きている未来じゃないかもしれないよ?」
「大丈夫。僕は才能あるから賢者の石をつくってでも長生きするよ」

リドルが言っている事はそう簡単にできることじゃないのに。
どうして…。
どうして、私はリドルを一人にしちゃうんだろう。
ヴォルデモートさんが呼んでいる。
帰るのは嫌じゃない。
でも、リドルを一人にしたくないっていう気持ちもある。

「う…ん。私、待ってるからっ…リドル」

リドルに握られていた手を離して、リドルをぎゅっと抱きしめる。
一人じゃないから、今だけでもぬくもりを感じていたい、感じて欲しい。
リドルも私の背中に手をまわしてきた。

「本当はを返したくなんかない。でも、を呼ぶ魔法使いの力には、僕の今の力じゃ敵わない」
「だって、あの人はすごい魔法使いだもん」
「僕だってなるよ。にまた会う時までに偉大な魔法使いになるよ」
「うん、リドルならきっとなれるよ」

体がなんだかふわふわしてきた気がする。
何か少し引っ張られる感覚。


……!


ヴォルデモートさんの声が聞こえる。
でも、もうちょっと待ってて。
ヴォルデモートさんの声に引っ張られる前に、リドルとちゃんとお別れしたいの。

「すごい魔力を感じる。を引き寄せる力、お別れ…だね」
「う……ん」
?泣いてるの?」
「泣いて…ないよっ!」
「嘘、泣いてるよ」

頬に伝う涙は感じてる。
ぽたぽた零れる雫は自覚している。
泣くつもりなんてなかった。
でも、親しい人との別れは寂しくて悲しい。


「ん」

リドルが私の涙をぬぐうように目元に口を寄せてくる。
涙をその口でぬぐう。
少しくすぐったい。
右の目元、左の目元、それから…口に少し触れるだけ。

「僕を忘れないで、

そして、もう一度リドルは私の口に自分の唇を近づけた。
触れるだけの口付けだけれども、それは何かの誓いのように感じた。



…戻ってこい!!



ぐんっと強く引き寄せられる感じがした。
腕の中に感じているリドルの体温がだんだん失われていく。
リドルの顔がぼやけてきて、見えなくなってくる。

「絶対会えるから!リドル!!」

届いたかどうか分からないけれど、それは本当のことだから。
私を呼んだのは未来のリドルで、ヴォルデモートさんだから。
リドルを知った私が、未来のリドルのヴォルデモートさんに会いに行くだけだから。
リドルにとっては長い年月だけれども、絶対に会えるから。
だから………!!