一緒にいよう1




一緒にいよう 1






暗闇に沈んで無くなると思っていた意識は、どれくらい経ったのか分からないけれどもゆっくり浮き上がっていく感覚がした。
あの世っていうのがあるのかな、って思った。
神様がいて、これから私がどこに行くかを決めてくれる場所みたいなのがあるのかなって。
私はあの世があるだなんて思えるほど幻想を抱いているわけでもないし、一応は現実的な考えをしている方だと思うんだよね。
でも、引き寄せられるように意識が浮き上がって、自然に目を開いた。

一番最初に目に入ったのは天井。
灰色の暗い感じの天井。
体の痛みは全く感じない。
自分の手、足、体がある感覚がする。
やわらかいベッドの上に横たわっているみたい。


「目が…覚めたか?」


頭の上の方から知らない声が聞こえる。
私はその声がしたほうに目を向けた。
紅い瞳と目が合う。

黒くてサラサラの長い髪。
怖いくらいに綺麗な顔立ち。
年はどれくらいだろう…?
私より随分年上に見える。

「誰…?」

でも知らない人。
だから私は誰なのか聞いてみた。
自分の声が口から出てきて少しほっとする。
さっき、自分が死んでしまったって分かったからなのかもしれない。

「先に……名をきいてもいいか?」

私の言葉に返ってきたのは質問。
こんな良くわからない状況で自分の名前を名乗っていいだろうか…とは思った。
でも、目の前のこの人の表情がどこか悲しそうで、寂しそうに見えた。

「私は…

、とフルネームで名乗ろうとした瞬間、その人が突然覆いかぶさるように抱きついてきた。
わ…と驚きの声が出てしまう。

突然何なんだろう…?

驚いたけれども、抱きついてくるときに見えた表情が泣きそうで、嬉しそうなものだったから何も言えなかった。
状況が全く分からないけれども、きっとこの人は悪い人なんかじゃないと思う。
だって、とても優しい目をしているから…。
私を見る目がとっても優しいから。


暫くそのままの体勢が変わらないので、私は目だけ動かしてここがどこなのか理解しようと思った。
だって、私は死んだはずなんだよ?
さっきまで病院のベッドにいたはずなの。
でも、ここは病院でもない普通の部屋。
普通ってのは違うかもしれない。
私が寝ているベッドはとっても大きいし、部屋もとっても広い。
部屋に置かれている棚とか、壁に飾ってある絵とか、どう見ても日本の普通の家にあるような部屋じゃないように見える。
これって西洋風な部屋って言うのかな。
ここ、どこなんだろ…?


「ここは、私の屋敷だ」


私の心の中でも読んだかのようにその人が答える。
その人は自分が身を起こすのと一緒に、私の体も支えて私の上半身も起こしてくれる。

「ここは私の屋敷の部屋のひとつだ。何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれ、

その人は小さな笑みを向ける。
本当に小さな表情の変化だけれども、綺麗な人が笑うとなんだか照れる。
だって、かっこいい…。

「あ、あの……」

何か言わないと…と思って口を開いたのはいいんだけど…。
何を言えばいいのかな。
その前に、この人は誰なんだろう?
何で私はここにいるんだろう?
この人の屋敷って、ここは具体的にどこにある屋敷なんだろう…?

いろんな疑問が頭の中をぐるぐるしている。
何を言えばいいのかが分からないってことは、私は混乱しているのかもしれない。
だって、病院のベッドで死んだと思っていたら、全然知らないところで全然知らない人と一緒にいるんだもの。

「この屋敷はロンドンにある」
「ロンドン…?」
「そうだ。イギリス、と言ったほうがわかりやすいか?」
「イ……?!」

イギリス〜?!!
日本とは結構離れていたよね…?
私、何でそんなところにいるの?

は私が作り出した体にいる。闇の魔法の中でも難しいと言われる合成獣の方法の応用を使ってな」
「魔法?合成獣…?」
「人の姿の肉体を作り出してそこに精神を憑依させる魔法だ」
「ひょう…い…」

淡々と語るその人の言葉に私は怖くなってしまう。
何を言っているのだろう、この人は。
闇の魔法?ごうせいじゅう?ひょうい?
違う世界の言葉のように聞こえる。

「貴方は…誰…ですか?」

目の前のこの人の存在が何なのか知りたかった。
知れば、この人の言葉の意味が分かるような気がした。


「私の名は…ヴォルデモート」


聞き覚えのある名前に一瞬息が止まるかと思った。
でも、それを名乗る人など存在するはずがないことを私は知っている。
だってあれは……。




名乗られた名前を頭に受け入れるまでに少し時間が掛かったと思う。
私に向けられた紅い瞳は怖いものじゃない。
やっぱり優しいものだ。

「ヴォルデモート…さん?」

遠慮がちにだけれども、名前で呼んでみる。

「何だ?」

優しい声が返ってくる。
なんとなくそれに嬉しくなってしまう。
偶然なのかな?
もしかして、外国では珍しくない名前なのかな?
そんな事を思ってしまうくらい、ヴォルデモートさんは、私が知っているあの本の”ヴォルデモート卿”とは全然違う。

「ここはイギリスで、私の体はヴォルデモートさんが作ったもの?」
「ああ、そうだ」

意識は私だけれども、この体は病気で苦しんでいた時の私の体じゃない。
見える部分では今までの自分の体と何も変わらない気がする。
鏡がないから顔立ちまで全部一緒なのかは分からないけど…。

「ここはがいた世界とは別の世界だ。マグル界の歴史や地名が同じでも魔法が存在する」
「…え?」

私は驚く事しかできなかった。
だって、違う世界って何?

「人の意識のみを本人の意思なく抜き取る事は出来ない。第三者が誰かの意識を取り出す場合は強制…ただ、強制する場合は意識が壊れてしまう場合があるが…、強制でなければその相手が肉体的に死を迎えた時のみだ」

難しい言葉だけれどもなんとなく分かった気がする。
だって、私は確かに死んだはずだから。
お父さんとお母さんにも最期の言葉を告げて、お別れしたはずだから。

「ここは違う世界で、私は本当は死んでいたけれど…」

自分の状況を理解しようと思って私は言葉にしていく。

「私の意識はヴォルデモートさんが作ったこの体にひょういした?ヴォルデモートさんが私の意識をこの体に呼び寄せた?」

ヴォルデモートさんが頷くのが見えた。
それで、この状況がわからなくてもやもやしていたものがすっとなくなった気がする。
多分、この状況を受け入れたんだと思う。

ここは違う世界で、お父さんもお母さんもいない。
私は一度死んでしまって、その意識をヴォルデモートさんが呼び寄せた。
それって、助けてくれたっていうのかな?
うん、そう言うのかも。

「ヴォルデモートさん」
「何だ?」

助けてくれたならば言う事があるよね。
言わなきゃならない言葉。

「私を呼んでくれて、ありがとう」

お礼はきちんと言わないと。
今気がついたけれども、あの声。
意識が沈んでから聞こえた声ってヴォルデモートさんの声だったんじゃないのかなって。

…」
「消えそうだった私を助けてくれて…ありがとう」
…!」

突然ヴォルデモートさんが、私を引き寄せて抱きしめてきた。
ヴォルデモートさんの体温は暖かい。
それは生きている証拠。

「我慢しなくていい。言いたい事を言ってくれて構わない」
「ヴォルデモートさん?」
「無理して笑う必要はない」

一瞬何を言われたのか本当に分からなかった。
でも、言われた瞬間涙が溢れて来た。


一番言いたかったのはお礼とかじゃない。
ここはどことか、場所なんて本当はただのごまかしみたいなもの。
知らない場所、知らない人。
私のことを知っている人は誰もいない。


「ここ…違う……のっ!」


涙声で途切れ途切れになりながら私が口にする本音。


「私は…こんなところ…知らないっ…!」


病気だったけれど、先が短い命だったけれど、病院ではいろんな人が私を知っていたの。
お父さんもお母さんも毎日のように会いに来てくれていたの。
友達も時々会いに来て楽しくお話してくれたの。


「なんで…誰も…っ!」


どうして私はこんなところにいるの?
全然知らないこんなところにいるの?


「ひとりは…嫌…だよ…!」


一番怖いのはひとりになること。
だって、一人ぼっちは怖い。
ここは知らない所。

死んでしまって私という存在は消えてしまうと思っていた。
でも、私がいる場所は知らない場所。
知らない人がいて、私を知る人がいない。
突然変わってしまった環境。


…!私がいる…」


自分に向けられた言葉もきちんと受け止めるほど私には余裕はなくて、ただ今の悲しくて寂しい思いを吐き出すのが精一杯だった。
ずっとずっと溜めてきたものだったのかもしれない。
病気の時も不安で悲しみで寂しさでいっぱいだったのかもしれない。
この時、それが全部出てきちゃったんだと、後で思った。

沢山沢山泣いた。
恥ずかしい事も沢山言ったかもしれないけど覚えてない。
ヴォルデモートさんを困らせるくらいに私は沢山泣いたことだけは覚えている。