古の魔法 5






きぃ…、ぱたん

戸棚の扉が閉まる。
10月31日、ハロウィン。
恐らく、今日ヴォルデモートが来る。
大丈夫だと微笑んだリリーとジェームズ。
は祈るように、自分の魔法をかけた棒切れを握り締める。
目の前には、ポッター家の様子が映った水晶球。

(神様なんて信じてない。だけど、だけど、虫のいい話だけど、祈りたい。どうか、どうか…、お願い!リリーさんとジェームズさん、ハリーの3人を守って。あの幸せな家庭を壊さないで…!)



『ん?誰か来たのかい?』

1階にいるジェームズが玄関の物音に気付いてソファーから立ち上がる。
の目の前の大きな水晶球にその様子が映っている。
映像はジェームズ中心にして切り替わっていく。
ジェームズは警戒心がないように玄関の方へ…そこには…。


『随分と呑気だな、ジェームズ・ポッター』


あざ笑うかのような低い声。
黒く長い髪に深紅の瞳。
全身黒ずくめでニヤリと笑うその姿はかの有名な闇の帝王。
その雰囲気に、水晶越しで見ていたは恐怖を感じた。
しかし、ジェームズは静かにヴォルデモートを見返す。

『こんな時間に訪問するなんて、闇の帝王というのは常識がないのかい?』
『ほぉ…。まだ軽口を叩く余裕があるのか?』
『別に僕は君を恐れていたわけじゃないからね』
『こんな所にこそこそ隠れておいて、怖くない…だと?』

ヴォルデモートはくくくっと笑う。
嫌な笑いだ。
ヴォルデモートはすっとジェームズに杖を向ける。

『馬鹿な親だな、素直に子供を犠牲にしておけば命がもう少し永らえたものを』
『わが子を犠牲にしてまで生き延びたいと思う親がどこにいる?』
『自分の為に子供を切り捨てる親などいくらでもいるだろう?』

ヴォルデモートとジェームズとでは考え方が違うのだろう。
そう、ジェームズの考えはヴォルデモートには理解できず、ヴォルデモートの考えはジェームズには理解できない。

『親、友人、信じれば裏切られる。ならば最初から支配してしまえばいいのだよ。何故それが分からないのか』
『支配することは悲しいことだよ。それでは心は満たされない…、君も、ピーターも悲しい人だ。』
『俺様を愚弄する気か、貴様?!!』

ジェームズの言葉に怒りをしめすヴォルデモート。
相手が杖を構えたのを見て、ジェームズも杖を構える。
そして、同時に魔法が発動。


『アバダ・ケダブラ!』
『インペディメンタ!』



かっ


二つの光がぶつかり合う。
ジェームズは呪文を唱えると同時にその場から飛びのいた。
ジェームズが立っていた床がばりっと音を立てて破壊される。
妨害の呪文はヴォルデモートには多少しか効果ないようだ。

『アバダ・ケダブラ!』

緑色の閃光がジェームズに向かう。
ジェームズは近くのソファーを犠牲にして逃れる。
ソファーはヴォルデモートの呪文でばんっと破裂する。

『ちっ!!ちょこまかと!アバダ・ケダブラ!
ウィンガーディアム・レヴィオーサ!!

ジェームズは魔法でテーブルを浮かせて盾にする。
緑色の閃光はテーブルに当たり、今度はテーブルが破壊される。

『馬鹿の一つ覚えみたいに禁じられた呪文しか使えないのかい?君は?』
『何だと?!!貴様!!クルーシオ!!インペリオ!!
『…っ?!!』

禁じられた呪文の二重攻撃。
ジェームズはそれをもう1つのソファーを盾にすることでなんとか逃れる。
だが、ヴォルデモートは容赦をしない。

『褒めてやろう、ジェームズ・ポッター。俺様にここまで多くの禁じられた呪文を使わせたのはダンブルドア以外では貴様が二人目だ。…だが、これで終わりだな』
『そう簡単に決め付けないで欲しいんだけどね』

もう盾になるようなものはない。

『アバダ・ケダブラ!』
『レディオス・カーズ!!』


ヴォルデモートは禁じられた呪文を、ジェームズは聞いたことのない呪文を。
緑色の光と、青い光がぶつかり合う。
魔法を放ったジェームズは間合いをつめるようにヴォルデモートに駆け出す。
距離がそんな離れているわけではない。
ぶつかり合った魔法の光を避け、ヴォルデモートのすぐ側に……

『フェルーラ!』
っ?!レダクト!!

ヴォルデモートの体の回りに一瞬ロープみたいなものが現れ、すぐにそれはヴォルデモート自身の魔法によって破壊される。
ちっと舌打ちしたジェームズは再び

『フェルーラ!!』
『甘い!だから貴様はここで死ぬ!!アバダ・ケダブラ!!

相手を捕らえることでなく、殺すつもりのヴォルデモート。
殺す手段を選ばず、捕らえる手段を選んだジェームズ。
その甘さが敗因か、ヴォルデモートの緑色の閃光はジェームズに向かう。
こんな間近からではさすがのジェームズも避けきれない。

『…っ!!』

どさっと倒れるジェームズ。
ヴォルデモートはそれをみて、軽く息をついた。
倒れたジェームズは杖を持ったまま、ピクリとも動かなくなる。
瞳は閉じられ、顔色は急速に青白くなっていく。


「嘘…、でしょ?」


は呆然と呟いた。
ヴォルデモートは動かなくなったジェームズを見て、そのまま2階を目指す。

さら…

が持っていた棒切れの一つが砂になって崩れだす。
これは棒切れがちゃんと身代わりになった証だ。
それなのに、水晶球に移るジェームズは動かない。

「どうしてっ!身代わりの魔法かけたのに!何で、何で効かないの?!!」

わかってはいたつもりだった。
『禁じられた呪文』には効く保障はないと…。
はぎゅっともう1つの棒切れを握り締める。
そしてはっとした。
戸棚の入り口の方に行き、ドンドンっと扉を叩く。
だが、扉はビクともしない。

「お願い!開けて!リリーさん!!」

効かなかった魔法。
倒れて動かなくなってしまったジェームズ。
真っ青な顔色はまさに死人のようだ。

「嫌だ!リリーさんまで、見てるだけなんて私は嫌だよ!お願いだから開けてよ!!」

ドンドンっと何度も強く扉を叩く。
扉を叩く音すら外に漏れていないかのように、外からの反応は何もない。


『貴様もジェームズ・ポッターと同じ馬鹿な考えというわけか』


聞こえてきた声にははっとなる。
水晶球からのヴォルデモートの声。
水晶球を見れば、ハリーを庇うように立つリリーとそれに対峙するヴォルデモート。
ヴォルデモートはリリーの睨みを平然と受け止めている。

「リリーさん!お願い!開けて!」

『大人しく死ぬか?それともその子供を大人しく差し出すか?』
『いいえ!ハリーは絶対守ります!』
『貴様もやはり馬鹿な魔女か…』

すっと杖を構えるヴォルデモート。
リリーも杖を構える。

『クルーシオ!』
『インペディメンタ!』


ばちっ

二つの光がぶつかり合い相殺。
いや、ヴォルデモートの力の方が強かったか…?

『きゃっ!!』

リリーの小さな悲鳴。
は水晶球からの声を聞きながら、扉をドンドンと叩いていた。
ヴォルデモートに見つかって無事で済むはずがないことは分かっている。
けれど、何もしないで見ているだけなのは嫌だった。

「お願い!お願い!!」

『貴様は弱いな、アバダ・ケダブラ!

ヴォルデモートの呪文にリリーは苦しみをこらえながら強く見返しただけだった。
緑色の閃光は妨害されることなくリリーに直撃する。
どさっとリリーの体が倒れる音。

(私は、私は!!こんな光景を見るために来たんじゃない!真実だけど、確かに真実かもしれないけど…こんなのは嫌だ!!

『こんな餓鬼が俺様に…、馬鹿馬鹿しい!』

倒れて動かなくなるリリー。
ジェームズの時と同様、の握り締めていた棒切れは砂に変わっていく。
やはり、禁じられた呪文を防ぎきることなどできなかったのだ。

『ハリー・ポッター、予言された子。これで終わりだな…、アバダ・ケダブラ!


やめてぇぇ!!


がいくら叫んでも、この声が届くことはない。
けれども、何の抵抗もできない赤子のハリーに向けられる禁じられた呪文。
緑色の光がハリーに向かうかに見えた。
だが、どういう原理か、その光ははじかれたようにヴォルデモートに跳ね返る。

なんだと?!

禁じられた呪文は跳ね返すことなどできない。
だからこそ、ヴォルデモートもそんな予想などせずに使っていたのだろう。
光はヴォルデモートを襲い、ヴォルデモートが叫ぶような悲鳴を上げる。
は水晶球の映像に目を移し、それをじっと見ていた。

どさりっとヴォルデモートは倒れ、ヴォルデモートの体から白い何かが出てくる。
ふらふらっとした幽霊のような白い透き通った物体はそのまま外へとでていった。
とたん、ヴォルデモートの体は砂のようにさらさらと崩れていく。

「え?何、これ…」

禁じられた呪文で倒されても、体が砂になるなど聞いたことがない。
はその光景を呆然と見るだけだった。

生き残ったハリーと、戸棚に閉じ込められたままのだけがその場に残されて。