星の扉 18




―セフィロス製造過程記録 1

ルクレッツィアの卵子に”ジェノバ”細胞を埋め込む。
だが、3ヶ月目に異常が生じる。
卵子は細胞に耐え切れず消滅。
失敗に終わる。

体外受精をし、母体でなく人口子宮を作り上げて実験。
順調に成長しているかに見えた。
だが、5ヶ月目にして細胞に耐え切れず失敗。

実験の記録と結果がその書面に細かく記載されていた。


「あのセフィロスがこうやって生まれたなんてねぇ。道理で親を探しても出てこないわけだよ」

くすくすっと笑うルーファウス。
この記録を見て、どうしてそんな感想が出てくるのだろう。
クラウドはルーファウスを睨むように見る。

「本当に面白い記録だね、だけど……、こんなものを残しておいて何をするつもりなのかな」

ルーファウスはすぅっと目を細める。
ぱさぱさっと広がる書類。
そこにみっちり書かれた記録。
それは決してルーファウスが言うような面白いものなどではなく、大抵の人が見れば不快にしか思えないようなものだ。

「子供を駒と考える親がいるなんて別に珍しい事じゃないだろうし、本人の知らないうちに勝手に子供を作り出すのも僕には関係ないね」
「本人の知らないうち?」

ルーファウスの言葉にクラウドは僅かに顔を顰めた。
宝条とルクレッツィアは分かっていてセフィロスという子供を作ったのではなかったのだろうか。
それともルクレッツィアは無自覚であったとでもいうのか。

「最初は宝条の精子とルクレッツィアって女との卵子で”セフィロス”を作ろうとしたらしいよ。ほら、これ」

ルーファウスから渡された数枚の書類に書かれていたのは、クラウドが持っているものの続きのようだ。
失敗、失敗、失敗の文字が続く中、ひとつだけ”成功”の文字がある。

「こんな実験に進んで協力するような女なんてそういないだろうから、卵子は選べなかったんだろうね。でも、宝条相手では失敗ばかりだったみたいだから他の精子も実験に使うようにしたらしいよ」

卵子提供者の名前は全てルクレッツィアとなっているが、精子提供者の名前は宝条の他の名前が並んでいる。
宝条はそうまでして強大な力を欲したのか、それとも神羅の社長の命令ないのか。
成功の文字のあった欄の精子提供者の名前に、クラウドは表情を変える。

「ガスト・ファレミス…」
「宝条の前任者だね。確かセフィロスは彼のことを慕っていたらしいけど?」

(ちょっと待て。確かエアリスの父親がガスト博士じゃなかったか?)

「こんな隠し部屋があるってことは、これを知っているのは恐らく」
「宝条だけ、か」
「可能性として卵子提供者のこのルクレッツィアって女も知っているかもね」

書面に並べられた失敗の文字は数が多い。
ルクレッツィア自身が承諾したからこそ、他の男の精子での実験をする事にしたのかもしれない。
その辺りの詳しい事情報告までは書いていない。

「思った以上に僕の想像を超えていそうだ」

ぱさりっと書類をテーブルの上に投げ出すルーファウス。
広げられているのは”セフィロス製造過程記録”の数々。

「ジェノバの力と、セフィロスの力の秘密が少しでも分かればって思ったんだけどねぇ」

ルーファウスは大きなため息をつく。

「知っていたんじゃなかったのか?」

クラウドはルーファウスがセフィロスが作られた存在である事を知っているのかと思っていた。
そしてソルジャーの事も。
分かっていたからこそ、ここに確認のために来たのではなかったのだろうか。

「何を?セフィロスが宝条の手によって作られた存在である事をかい?それとも神羅が魔物を作り出していることかい?」
「…両方だ」
「セフィロスに関してはひとつの可能性としては考えていたよ。それから、神羅が魔物を作り出している事は知っていたよ」

ルーファウス自身が知っていることは思った以上に少ないのだろうか。
恐らく古代種の真実は知らないだろう。
神羅は誤解したままのはずだ。

「セフィロスの異常なほどの強さはジェノバにあり、か。でも、セフィロスを作るのだけでもこんなに苦労しているんじゃ、ソルジャー形式に変えるのも分かる気がするよ」

ジェノバ細胞を植え付けた子供を作り出す事。
”セフィロス製造過程記録”はそれについて述べられていた。
古代種であるジェノバの細胞を組み入れる事によって、より強力な”人”という名の兵器が生み出される。

「何の為にセフィロスのことを知ろうと思ったんだ?」

クラウドはガスト博士の所を何度も見返すが、そこの記述が変わるわけでもない。
きちんと調べれば分かるだろうが、この書類を信用するのならば、セフィロスの遺伝子上の父親はガスト博士になるだろう。
となると、エアリスとは母親違いの兄妹になる。

「セフィロスは強い、あの狸親父ですら警戒するほどにね。大体、何故あれほどの強さがありながら、素直に神羅に従っているのが不思議で仕方がないよ」
「ソルジャーの中でも異質なほどの強さ、か」
「そう、だからどうして神羅に大人しく従っているんだろうって気になったんだよ。宝条が何か弱味でも握っているのか、狸親父がなにか弱みでも握っているのか。そしてその弱味は僕でも知る事ができるものなのか」

17歳という若さながら、ルーファウスは強さを貪欲に求めている。
自分がいずれ神羅の頂点に立つことを疑ってもいない。
その強さを貪欲に求めようとする意欲はすごいと思う。
ただ、それが星を破壊するだろうジェノバに手を貸すことにならなければ、の話だ。

「ルーファウスが神羅の社長になったとして、これからも魔晄エネルギーの供給を続けるつもりなのか?」
「それが有効な手段ならばね。魔晄エネルギーは便利だ、けれどもそれは無限のものじゃない。この世に無限であるものなどないのだから、それに代わるものをいずれ見つける必要があるだろうことは分かっているさ」

星の命を吸い取っているという事も自覚しているのだろうか。
供給される魔晄エネルギーを求める人が少なくなれば、恐らくルーファウスはそれをやめるだろう。
神羅は所詮は企業なのだ。
儲からなければ魔晄を吸い上げる事もしなくなるだろう。

「クラウド」

ルーファウスは近くにあった椅子にどかっと腰を下ろす。
テーブルに右ひじをつき、右手に顎を添えてクラウドを見る。

「どうも君は僕の知っている以上の情報を知っていそうだね」

クラウドは小さくため息をつき、ルーファウスを見る。
ルーファウスの目は今も昔も変わらない。
何らかの信念がある目だ。

「俺は…」

クラウドがここにいるのは、セフィロスに過ちを犯させない為。
エアリスを、ザックスを救う為。

「ルーファウス、取引だ」
「何の取引かな?」

クラウドはテーブルに広げられた紙の上に手を置く。

「お前が知らないことを俺は知っている。それを教える代わりに、神羅の魔晄エネルギーの供給を止めろ」
「それは随分と無茶な要求だね。君の情報にその価値があるのかい?」
「魔晄ほどの効率はないだろうが魔晄に代わるエネルギーがあるだろう?供給をそれに変えてほしい」

厄災から1年後のクラウドがかつていたあの時代には、すでに魔晄エネルギーは使用されていなかった。
しかし、便利な暮らしに慣れていた人々が、突然原始的な生活に戻れるはずもない。
人々は魔晄エネルギーに代わるものをエネルギーとして、かつて程ではないにしろ機械を使用する生活を続けていた。

「無理な魔晄エネルギーの吸い取りは、星を壊す」
「星の命を吸い取るな、魔晄エネルギーの供給をやめろ、かい?」

くくくっとルーファウスは笑う。

「君が反神羅的な思考の持ち主だとは思わなかったよ、クラウド」

ルーファウスの目がすぅっと細くなる。
その目はどこまでも冷たい。
今のクラウドでなく、この当時のクラウドならばそれだけで威圧されてしまっていただろう。
クラウド自身、ルーファウスにこんな事を言っても取引に応じるかどうかなど殆ど賭けの様なものだと思っている。
だが、クラウドがここで資料を処分し、どうにかセフィロスの暴走を食い止めたとしても星の力が弱まるのは止められない。
そう、神羅の魔晄エネルギーの吸い上げをとめない限りは…。
だから、セフィロスの暴走を止めたとしても、結局はジェノバの復活が先に延びただけに過ぎなくなってしまう。
星の力が弱まりジェノバが復活してしまった場合、この星はジェノバに耐えることができるだろうか。

「古代種、ジェノバ、魔晄、ライフストリーム」
「クラウド?」
「全て繋がりがあるものだ」

ルーファウスの顔が僅かに顰められる。

「俺は、魔晄の吸い上げを止めさせる為に、魔晄炉を爆破させようなんて物騒な考えを持ってるわけじゃない。けど、神羅はやりすぎだ」
「魔晄炉を作って、人々の生活を豊かにして…、それの何が悪い?」
「生活を豊かにすることは悪い事じゃない。だが、星の命を削りとって、その後に何が待っている?」
「破滅でも待っているのかい?」

クラウドは首を横に振る。
破滅だけならまだマシだろう。

「厄災と破滅、そして崩壊だ」

より便利であれ、と求める事は悪くない。
それは人として当然のことだろうし、星だって魔晄エネルギーの吸い上げを決して非難していなかった。
子供である人がしたことだから、仕方ない…と母なる星は思ってくれている。
ルーファウスはクラウドをじっと見る。
クラウドの言葉をどう判断すべきか迷っているのだろうか。

「思い込みにしては少し物騒な言葉だね。話を聞く価値はありそうだ」

ルーファウスはすっと右手を出す。
どうぞ話してくれ、とでもいうような仕草だ。

「話に応じるよ、クラウド。君が僕の知らない事まで知っているのは間違いがなさそうだからね。神羅の魔晄エネルギーの供給。君の話次第では、僕がトップに立った暁には替えてあげるよ」

決して極悪人ではないルーファウス。
その時良ければ、星の命などどうでもいいと言うかも知れない。
それでも、あの厄災の後のルーファウスをクラウドは知っている。
あの時、確かにルーファウスは悔いていたはずだ。
その様子を見せたわけでも、何か言葉にしたわけでもない。
だが、確かに星の命を吸い上げていた事を、悔いていたのだ。




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